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ファンの期待を裏切らない味を届け続ける。『本搾り™』を支える「果汁ハンター」という仕事

世界各国から集めた果実のおいしさを、その爽やかな香りまで、まるごと詰め込んだ缶チューハイ『本搾り™』は、2003年の発売から現在まで、たくさんのファンから愛される一本です。

こだわりは、果汁とお酒だけでつくること。「果実そのままのおいしさをお客様に届けたい」という思いをもとに、香料・酸味料・糖類も無添加です。それゆえに開発は難航を極め、発売以降も品質の安定や新フレーバーの発売など、いつも課題は山積み。

そんな『本搾り™』を支える部署が調達部です。原材料から梱包資材まで、商品に関わるあらゆる物を調達しています。『本搾り™』においては、その味わいを実現するべく、時に世界中を飛び回ることも。その姿は「果汁ハンター」とも呼ばれるほどです。

そんな果汁ハンターの一人、荒木祥恵は、工場での品質保証や中味開発の担当者を経て、現職に就きました。その仕事は、『本搾り™』が「本搾り™であり続けるため」に欠かせないものでした。

荒木 祥恵

【プロフィール】荒木 祥恵
キリンホールディングス株式会社 調達部 果汁グループ
2010年キリンビール入社。3年間キリンビール横浜工場にて品質保証を担当。2013年より商品開発研究所に異動し、『氷結®︎』や『本搾り™』
などの中味開発を担当。2021年春よりキリンホールディングス調達部に異動し、原料果汁の調達を担当。


世界中のパートナーと協力して、理想の果汁を求めていく

キリンの荒木

─荒木さんは調達部に来るまで、どのような仕事をしてきましたか? 

荒木:「好きなものをつくっている会社に入りたい」という軸で会社を選んだら、キリンビールと縁があったんです。もともとお酒は好きでした。最初はビール生産拠点の横浜工場で品質保証などを3年間担当して、そこでキリンの品質に対する考え方を学びました。

例えば、生産ラインで缶に傷がついてしまった可能性があったなら、その日の梱包分は全数を開封して、他にも傷がないかを確認します。それから、できあがった商品は毎日、実際に口に含んでチェックすることも欠かせません。どちらも就いてすぐの頃は驚きましたが、「お客様に絶対に安全安心な物をお届けする」というこだわりを強く感じました。

その後に、入社時からやってみたかった仕事だったこともあって、中味開発の部署へ2013年に異動することに。主にはRTD※商品の『氷結®』や『本搾り™』に携わりました。中味開発を8年間続けていくうちに、“果汁の調達”に興味が湧いて、2021年の4月から現在の調達部に就くことになったんです。

※ Ready to Drinkの略。栓を開けてそのまま飲める低アルコール飲料

─調達部は、どういった仕事をされているのでしょう。

荒木:キリンが商品に使っている物(原材料から梱包資材まで)は、基本的にすべて調達部が購買しています。その中でも、私は果汁の担当者の一人として、『本搾り™』や『氷結®』に使う原材料、メルシャン商品向けのブドウ果汁も調達しています。

時には現地に出向いたり、Web会議などを通じて世界中のパートナー企業と連携したり、現地の農家さんとやり取りしながら商品の品質を保ち、安定的に生産するためには欠かせない仕事です。

前任者の大越崇は、海外の生産者さんと会うときには、『本搾り™』を持っていって、つくりたい味を知ってもらうようにしていたといいます。「言葉が通じなくても、『本搾り™』の味そのものが共通言語になる」という考えなんですね。

 ─『本搾り™』は「果汁とお酒だけ」が売りですが、香料などで味わいの調整ができない分、難易度も高そうです。

本搾り グレープフルーツのパッケージ

荒木:そうですね。まずは目指したい風味のコンセプトを定めて、合致する味わいを作り出す、というプロセスを繰り返します。ただ、果汁をブレンドしていると、思いがけない驚きもあるんです。ある国から仕入れた果汁単体では個性が弱い場合でも、他の国の果汁とブレンドすることで、お互いの個性が引き出され、よりおいしい味に仕上がることもあって。

果汁の組み合わせによっておいしさを引き出していく、という意味では、ブレンドワインの考え方にも近しいともいえます。もともと、『本搾り™』は合併前のメルシャンで開発された商品を移管したものなので、ワイン造りの発想やノウハウが活かされています。

─『氷結®』など、他の缶チューハイとは根本的に作り方や考え方から異なると。

荒木:もちろん、『氷結®』にもブレンドの妙はあるのですが、フレーバーやエキスといったものも掛け合わせて味わいを積み上げていきますからね。私は中味開発に携わっていた経験があるので、香料などの素晴らしさは身に染みています。でも、『本搾り™』はそれらを使いませんから、やはり「いかにおいしい果汁を使えるのか」が大事になってきます。

果実の「搾り方」でも、配合率0.1%の違いでも、味わいは変わる

本搾りオレンジのパッケージ

─2021年4月から着任ということは、まさにコロナ禍の真っ只中です。海外を相手にする仕事としては、苦労も多かったのでは? 

荒木:海外渡航は認められていませんでしたし、ほぼ出社もできずにリモートワークの時期でしたからね…。たしかに大変なことは多かったです。でも、もしコロナ禍でなかったとしても、そもそも果汁の調達は難しいシーンがよく訪れるものです。

いろいろな産地のものを組み合わせるので、気候変動や自然災害での不作はいつも懸念です。2022年もアメリカのフロリダに大きなハリケーンが到来しましたが、代表的な果汁の産地が影響を受けると、同様に多くの企業がダメージを負うわけです。必要な数量を確保するためにも、常にバックアップとしての仕入先は検討しておかなければなりません。

北半球と南半球で産地を分けるのは方法の一つですが、たとえ品種が同じであっても、産地によって果汁の味わいが全然異なるものですから、万全ではないですね。あとは、果汁メーカーのある国でインフレが進んでいると、人件費などが高騰して原価も上がってしまいますし、不当な売買や児童労働などの問題が起きていないかもチェックする必要があります。サプライチェーン上の人権に関わる諸問題も、調達部が絶対にケアすべきポイントです。

もっとも、これらは『本搾り™』の果汁だけに限りません。キリン商品の原材料全体に対する考え方としては「品質本位」であり、お客様には絶対に安全安心な物をお届けするという姿勢は、開発全体を通して同じベクトルを向いていますね。

─クリアすべき課題が多いゆえに、果汁が手に入らない事態もありえますか?

荒木:もし、ある果汁の調達が難しくなることが見込まれる場合には、果汁ハンターとして数ある候補から調達できる物を探してきて、ブレンドの組み直しによって求める味わいに近づけます。とにかく、お客様が期待される味わいをキープすることが第一で、欠品は防がねばなりません。『本搾り™』は、他のキリン缶チューハイよりも圧倒的に果汁を多く使用しているので、おいしく高品質な果汁を安定的に調達することがとにかく重要なんです。

─それだけ、あらゆる産地の果汁に対する理解も必要になりますね。

 荒木:中味開発の頃から常にさまざまな果汁を味わってきましたが、調達部に来てからも積極的に果物を買っては食べるようにはしています。品種が同じでも産地や畑で味が違うということは、スーパーに並んでいる果物でも感じられるのでイメージしやすいかと思うのですが、果汁に関して言えば、実は「搾り方」でも味わいが変わるんです。

キリンの荒木

『本搾り™』では、現地で搾った果汁を使用しているため、皮ごと搾るのか、皮を剥いて搾るのかなど、どういった搾り方をしてできた果汁なのかが重要になってきます。以前から取引先のパートナーと一緒になって、搾り方の段階から協力して果汁開発を進めてきたものもあります。風味の調整のために搾り方を変えるお願いをすることもあって、コミュニケーションはよく取っています。

─もともとメルシャンで開発された経緯を思うと、「ワインをつくるために畑作りから携わる」という取り組みにも通ずるところを感じます。 

荒木:ブドウ畑から農家さんと一緒に育てていく、という点もワインに近いですよね。なかなか外側からは見えにくいのですが、果汁をただ混ぜて、お酒と合わせれば『本搾り™』の味になるわけではありません。だからこそ、そのこだわりの数々が熱意のあるお客様に支えられていますし、期待を裏切りたくないですね。

─「ただ果汁を混ぜるだけではない」と改めて聞くと、『本搾り™』は商品によって果汁の含有率が細かく違うことも際立って見えてきます。たとえば、グレープフルーツは28%ですが、ピンクグレープフルーツは29%。やはり、1%の違いは大きいですか?

果汁%が記載されたパッケージ

実は1%どころか、0.1%でも味が変わります。パッケージには切りのいい数値で載せていますが、味わいの追い込み方としては、いつも0.1%単位で調整しています。缶チューハイは果汁が多ければおいしくなるという単純なものではないので、絶妙な調整を突き詰めることがおいしさのカギとなります。

定番2種がリニューアル。『本搾り™』は終わりなき旅 

本搾りのパッケージ

─『本搾り™』は定番商品の「グレープフルーツ」と「レモン」の味わいがリニューアルしたと聞きました。どういった背景があったのでしょう? 

荒木:『本搾り™』のリニューアルは「よりおいしくなる」という目的でしか実施しません。お客様の嗜好はずっと変化し続けていますし、私たち開発に携わる者としても、さらにおいしくしたい気持ちを常に持っています。いつも新しく、さらに進化させようと実施に至りました。

 中味の開発担当やマーケティング部も一緒になって、お客様調査なども踏まえて味わいの方向性を決め、それに見合った果汁を調達部として見つけてきました。使うべき果汁や果実の搾り方も調整して、開発担当と密に連携しながら仕上げています。いくつか仕上がった候補を、『本搾り™』ファンや馴染みのない方もお呼びして飲んでいただき、お客様調査の最終確認をしたうえで味わいを決定しています。

 大きなところでは果汁の原産国も変わり、レモンは「スペイン、アルゼンチン」から「イタリア、アルゼンチン」に、グレープフルーツは「アメリカ、南アフリカ」から「メキシコ、南アフリカ」になりました。

 ─飲んでみるのが一番とは思いますが、あえて言葉にすると、どういった違いが表れていますか。

キリンの荒木

荒木:例えばグレープフルーツは、甘いだけではなく、酸味や苦味もグレープフルーツらしさを構成する大事な要素です。果汁の配合を見直して甘味・酸味・苦味のバランスを調整することによって果実そのものの味わいを強化して、「果汁とお酒だけ」という『本搾り™』の特徴がもっと楽しめるようになりました。あとは、缶チューハイとして「飲み飽きない味わい」も大事だと考えています。お食事と召し上がる方、お風呂上がりに傾ける方もいらっしゃることを思うと、甘すぎたり苦すぎたりすると、味に飽きてしまいますから。味のバランスも調整しました。

 ─今後、新商品なども増えていきますか? 

荒木:まだはっきりとは申し上げられませんが、季節ごとに発売している期間限定商品も、さらにブラッシュアップしていきたいです。ただ、『本搾り™』はコアなファンが本当に多いブランドですから、絶対に皆さんを裏切らないおいしさを作り続けることが大前提です。

果汁ハンターとして携わってみると、「『本搾り™』はずっと進化できるなぁ」と思うんです。新しい産地や果汁に出会えたら、いろいろと試してみて、さらにおいしい組み合わせが見つかるかもしれない。今回はグレープフルーツとレモンのリニューアルですが、おいしいものが手に入ったら、今後も変わっていく可能性だってあります。

『本搾り™』は、私にとって「終わりなき旅」ですね。


文:長谷川賢人
写真:飯本貴子
編集:RIDE inc.


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