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ビールが街を再生する。ブルックリン・ブルワリー起業物語『ビールでブルックリンを変えた男』刊行!【著者スティーブ・ヒンディからのコメントも掲載】

米国の代表的なクラフトビールメーカーであるブルックリン・ブルワリーの創業者、スティーブ・ヒンディがその起業物語を壮大に描いた書籍が、DU BOOKSより2020年4月30日に発売されました。

今回は発売を記念して、本書の読みどころから、同じようにビールで街づくりをしている方からの推奨文、著者からの読者の皆様に向けたメッセージをご紹介します。記事の最後には、書籍の冒頭-はじめに-が全文掲載されているDU BOOKSさんのnoteもご紹介します。ぜひ最後までご覧ください。

本書の読みどころ

ブルックリン・ブルワリーが創業したのは1988年。本書ではそれよりもっと以前、創業者のスティーブ・ヒンディが一人の「ビール好き」だった頃から物語が始まります。

異業種からの転身(元戦場ジャーナリスト→ビールで創業)、街づくり(ブルックリンにビールで再び活気を取り戻した)、周りの人を巻き込む力(『I ♡ NY』で知られるトップデザイナーミルトン・グレイザーがデザインしてくれた)など、著者の人生を通じて様々な角度からのヒントがちりばめられている本書ですが、今回は「地域から街を元気にした」というところにスポットを当てて、本書の読みどころをちょっとだけご紹介します。

本書の旨味02

(1) ビールで荒廃した街とコミュニティが生まれ変わった

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ブルックリン・ブルワリーがあるのは、ブルックリンのウィリアムズバーグ。かつて19世紀のブルックリンは工業地区としてアメリカ三大都市のひとつで、人口も多く大変活気のある街でしたが、ニューヨーク市の財政危機と共に治安が悪化し、ギャングによる銃撃戦などの犯罪多発地区となり、街は荒廃していく一方でした。

しかし、現在ではニューヨークのカルチャー発信地と呼ばれるまでに発展を遂げました。その背景にはブルックリン・ブルワリーが大きく関与しています。ビールによって人が集まり、コミュニティが生まれ、カルチャーを繋ぎ、街に再び活気を取り戻しました。

(2) カルチャーの底上げなくして売上なし

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「ブルックリンにビール文化をよみがえらせる」という目標を掲げて活動を始めた彼らは、広告の代わりに、芸術団体、ギャラリー、公園協会、非営利団体にビールを寄付しました。こうした団体は、募金活動でビールを売れば資金を得られるし、彼らにとってはたくさんの新しい客にビールを試飲してもらえる機会にもなると考えたからです。

また、「ブルックリンラガー・バンドリサーチ」というイベント名をつけて、大手レコード会社と未契約のバンドを集めたコンテストの開催も実施しました。

これらの活動によるメディアの注目は大きく、大勢の営業マンがブルックリン・ブルワリーのドアをノックするようになります。音楽イベントはラジオからのオファーが来て、結果的に広告費なしで、ラジオで自社の宣伝ができました。

こうしたコミュニティへの貢献こそが宣伝になると、彼らは考えていました。

(3) ビールを街の文化にするために必要なこと

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昼は新規顧客の開拓に力を入れ、夜になれば取扱店であるレストランやバーに出向き、お客様たちにブルワリーのストーリーを語ることで店の売り上げに貢献するという活動もおこないました。

ブルックリンの一流レストランで数えきれないほどのビアペアリング・ディナーも開催しました。こうして、ブルックリンラガーをニューヨークの歴史に織り込むことを試みていきます。

活動を続けた結果、ニューヨーク・タイムズ紙に1つのコラムが掲載されました。その記事では、さまざまなビールの種類とそれに合う料理が紹介され、ワインと同じように、ビールでも食事とのペアリングは十分可能であることが説明されていました。

「ワインに取り憑かれた都市」ニューヨークでビールがブレークスルーを起こした瞬間でした。


アカウントダイレクター金からのメッセ―ジ

ブルックリンブルワリー・ジャパン㈱アカウントダイレクターとして世界初となるブラッグシップ店「B(ビー)」の店舗開発を担当し、本書出版にも関わった金(キム)より、書籍に寄せた想いについて聞きました。

金さまprof+

【プロフィール】金 惠允
2009年キリンビール(株)入社。九州にてキリンビールの量販営業を経験後、2014年キリンホールディングス(株)人事総務部 多様性推進室に異動。女性活躍推進および「なりキリンママ・パパ」を手がけたのち、2019年4月よりブルックリンブルワリー・ジャパン㈱アカウントダイレクターとして「B(ビー)」の店舗開発を担当。

心地よい音楽、感性を刺激するアート、おいしいお料理、旅先の景色・・。ビールは何かと掛け算することでそのおいしさ、楽しさはより大きくなり、私たちの記憶に残る。

これこそがブルックリン・ブルワリーが目指す姿である「CULTURAL CONNECTOR」です。この本には当時小さな醸造所に過ぎなかった「ブルックリン・ブルワリー」が荒廃した街を再生し、ビールとカルチャーを繋いで楽しいシーンを生み出し、街と共に成長してきたストーリーが描かれていています。

コミュニティへの貢献を何よりも大事にしてきた著者スティーブはビールでブルックリンのアートと音楽への支援を始めます。時にはブルワリーにアーティストの作品を展示し、アーティストのファンにもブルワリーに足を運んでもらうことでお互いのファンが交じり合い、新たなコミュニティが生まれていきました。

ビールを通して異文化を融合し、人と人を繋いでいく。そういったスティーブの活動は、ブルックリンの街で小さな奇跡を起こし、ブルックリンだけに留まらず世界に広がっていったのです。

シカゴ、ストックホルム、ロンドンなど様々な都市でビールテイスティング会を開いたり、「ブルックリン・マッシュ」と呼ばれる、コンサートや地元のレストランやとのビールディナー、コメディーショーなど多様なカルチャーを、ビールを軸に“混ぜ合わせる”巡回イベントを行ったり。

場所が変わっても、組み合わせるカルチャーが変わってもそこにはいつも、「ビール」とそれに関わる全ての可能性を信じて止まない「仲間たち」が存在していました。

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今からおよそ30年前、NYブルックリンの地でスティーブが抱いた想いと同様に、ビールが持つ力を信じている私たちが、日本でもビールで街を元気にしたいという想いで立ち上げたのが世界初となるフラッグシップ店「B」。

スティーブが大切にしてきた「ブルックリン・ブルワリーらしさ」を受け継ぎ、お客様にブルックリン・ブルワリーの多様なビールをより楽しんでいただけるシーンをつくるべく、スタッフ一人ひとりが「CULTURAL CONNECTOR」となること。そこで新たなコミュニティが生み出し、街と共に成長していくこと。

なんだか壮大な話ではありますが、無限の可能性に秘められたブルックリン・ブルワリーのビールと、仲間たちと一緒ならこの地図のない旅路もきっと楽しい時間になると信じています。 スティーブ、楽しみにみていてね! CHEERS!

▼「B」について
https://note-kirinbrewery.kirin.co.jp/n/n9e89aa67a61f
▼「B」公式Instagram
https://www.instagram.com/b.k5.tokyo/

株式会社BrewGood代表取締役 田村淳一様より推奨文

「ホップの里」から「ビールの里へ」。ホップの一大産地である岩手県遠野市で、マイクロブリュワリー「遠野醸造」の設立や1万2000人もの来場者数を誇る「遠野ホップ収穫祭」など、多くの取り組みを通じて街づくりを行っている「BrewGood」代表の田村さんより本書にコメントを寄せていただきました。

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【プロフィール】田村淳一様
和歌山県出身・33歳。リクルートで新規事業の立ち上げや法人営業を担当した後、2016年に退職し岩手県遠野市に移住。2017年には同じく移住した仲間と株式会社遠野醸造を設立し、翌年春にビール醸造所兼レストランを開業。また、ホップとビールによるまちづくりの推進、新たな産業創出をプロデュースするため、2018年に株式会社BrewGoodを創業。
https://twitter.com/tam_jun

ビールで地域を元気にしたい、という取り組みは日本においてもこの数年で少しずつ増加しています。ビールの原材料である「ホップ」の生産地・岩手県遠野市に移住して、小さなブルワリーを立ち上げた私たちも、その中の一つ。

私たちと規模は違いますが、ブルックリン・ブルワリーの歩みは起業物語としてだけでなく、地域社会を築き直し、そこに新しい文化をどのようにつくっていったのかという点でも気づきや学びが多いのです。本書を読めば、ビールでこんなことができるんだ!とその可能性にわくわくするはずです。

現在も続くブルックリン・ブルワリーの壮大な物語に刺激を受け、ビールで日本の地域を元気にする動きがもっと増えていくことを楽しみにしています。

私たちはホップの価値を伝え、まちづくりの仲間を増やすために、毎年8月に遠野ホップ収穫祭を開催しています。5年前に始めた当初は2500人の参加者でしたが、2019年には1万2000人も集まるイベントに。

その取り組みを評価され、日本ビアジャーナリスト協会が主催する「第5回 世界に伝えたい日本のビアカルチャー」にて最優秀賞をいただくことができました。ホップ農家の減少や過疎化などの課題がある中で、少しずつ地域を元気にする成果が出てきています。まだまだ始まったばかりですが、私たちも遠野での挑戦を続けていきます。

▼第5回 世界に伝えたい日本のビアカルチャー
https://www.jbja.jp/archives/29542
▼遠野の取り組み
https://note.com/brewingtono

著者スティーブ・ヒンディからのメッセージ

今回、この記事に寄せて著者のスティーブよりコメントをいただきました。荒廃した街をビールで再び元気にしていく物語は、コロナの状況下におかれた私たちの「これから」を考える上でもたくさんのヒントと勇気をもらえる内容です。そんなスティーブからは、現実的な「今」を見据えた言葉をいただきました。

スティーブ様prof

スティーブ・ヒンディ自宅にて。妻のエレンが撮影

【プロフィール】スティーブ・ヒンディ(Steve Hindy)
元ジャーナリストで、ブルックリン・ブルワリー共同創業者。
AP通信時代の中東特派員を経て、1988年、ブルックリン・ブルワリーを創業。今日の米クラフトビール市場をリードするクラフト・ブルワリーが誕生した。ワイン好きのニューヨーカーにさまざまな種類のクラフトビールの愉しみ方を広め、ブルックリン・ブルワリーは現在、ニューヨークの観光名所となり、醸造所のあるブルックリン(ウィリアムズバーグ)界隈も活気を取り戻した。
Twitter and Instagram @SteveKHindy

―コロナウイルスは私たちの日常生活を変えました。最近何をしていますか?

今、妻エレンと私はメイン州ブルックリンのサマーハウスにいます。私の娘リリー、夫アレハンドロと孫娘エミリアも合流し、家族との時間を大切に、毎日を過ごしています。

仕事上の変化の1つとして、オンラインでの試飲会とインタビューをおこないました。Craft'd Companyというウェブサイトと、コーネル大学で開催されている「Entrepreneur of the Year」という名の会です。

日本でもオンラインを介してブルワリーとファンの交流を行っていると聞きました。直接会うことが難しい状況でも、ファンとの交流を途絶えさせない工夫をすることが大切だと感じています。

―ビールコミュニティはポストコロナの世界でどう変わると思いますか?その状況でビールや醸造所は何ができますか?

米国の8000の醸造所の半分は小さな「テイスティングルーム」醸造所です。彼らの収入のほとんどは、彼らの醸造所の試飲室での販売によるものです。ですから今、彼らは収入のほとんどを失いました。

彼らがテイスティングルームを利用する人々の数を制限する「ポストコロナの世界」を生き残ることができるかどうか、今はまだわかりません。新しい取組や工夫が必要になってくるのは明らかです。

ブルックリン・ブルワリーのビジネスの45%は、レストランやバーです。今までは取扱店であるレストランやバーに出向き、直接お客様と接してきましたが、こういったコンテンツもオンラインで開催するようになりました。コロナ以降、私たちもお客様との関わり方が変わってきています。

多くの収入が減少している一方で、チェーンストアと小売の売上は急成長しています。外に出ることが難しい今「家でビールを楽しむ」需要が急増しています。

そこで、私たちの醸造所長、ギャレットオリバーは、家にいてもブルックリン・ブルワリーのビールを楽しんでもらえるよう、Instagramにいくつかのクールな投稿をして、ビールについて話し、リンゴと山羊のチーズの卵のオムレツのレシピを示しています!

これからビールの楽しみ方は変わっていくかもしれません。ですが、ビールそのものが持つ力、そしてそれを愛するファンの気持ちは変わりません。私たちは「ビールで世界はまた明るくなれる」ことを信じて、これからもファンに最高のビール体験を提供し続けます。ブルックリンの街がビールで生まれ変わった時と同じように。

『ビールでブルックリンを変えた男』「はじめに」はDU BOOKS noteで全文公開中!

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それでは最後に、『ビールでブルックリンを変えた男』の「はじめに」を全文掲載している、出版元のDU BOOKSさんのnote記事をご紹介します。編集に携わったDU BOOKS稲葉様からいただいたコメントと共に、ご覧ください。

ぼくの中でビールとカルチャーは密接な関係にあります。

まだビールが飲めなかった高校生時代に読んだ村上春樹さんの小説。瓶ビールを夏の暑い日に飲む楽しみを、本から先に知ってしまいました。大人になってからは、本とお酒と音楽が三位一体に。アメリカ文学を読むときは雰囲気を壊さないよう、できればメイド・イン・USAのビールがいいですよね。

ブルックリン・ブルワリーのビールと出会ったのは、まずはラガーからでした。一口でニューヨークを感じたのは、ぼくの思いこみのせいでしょうか。いや、本書『ビールでブルックリンを変えた男』を読めば、なんとそのレシピからニューヨークの歴史に根差していたことがわかります。

そして、サマーエールの瓶のデザインをはじめて見たときの感激も覚えています。なんて爽やかな配色なんだろうと。運送用のダンボールまでかっこよかった。それで、スティーブさんが執筆した『クラフトビール革命』という本の存在を知り、2015年になんとか翻訳出版にこぎつけることができました。

全米各地のクラフトビールについて取材したこの本は、ブルックリン・ブルワリーについての本ではないのですが、ブルックリン・ブルワリーのファンになってしまったぼくは、表紙にブルックリン・ブルワリーのロゴを使いたい!と、スティーブさんにお願いして使わせてもらいました。

もちろん、本の帯には、感激したサマーエールのパッケージも入れました。このときもスティーブさんは、他にもいろいろな素材を送ってくれて、自由に使わせてもらうことができました。

普通の本づくりだと、とくに企業のロゴやパッケージはここまで勝手に使わせてもらえないことも多いので、その自由なスタンスにますますファンになりました。

そこで、歴史書といった趣の『クラフトビール革命』ではなく、スティーブさんの個人史と、ブルワリーの発展のストーリーも1冊の本として語ってくれないかと思っていたのですが、ついに、起業物語を書き下ろしてくださったのが、本書になります。

ブルックリンと言えば、2000年代のアメリカの音楽シーンを語るうえで最重要地区ですが、90年代からブルワリーが、同地区のアートや音楽を支援してきたことも本書で知りました。

内容や本書が伝えたいことについては、「はじめに」を読んでいたければ、ぼくがつけ加えることはないのですが、ぼくからは造本(ブックデザイン)について、クラフトな(?)ちょっとしたこだわりを。

本書は、小さなサイズの本なのにハードカバーにしています。

ビール瓶をもったときのような心地よい重みと重厚感(でも本全体は軽い)が、ほしかったからです。本文用紙は、ラガービールの色でもあるアンバー(琥珀色)の用紙からスタートして、徐々にライトに変えていっています。

これは、ブックデザイナーの藤田康平さんのアイデアです。見返しには創業当時のブルックリンと、2020年の観光名所となったブルックリンの地図を掲載しました。

そして、訳者の和田さん、イラストの藤井さんと、大のビール好きが集まって本をつくることができました。本の手触りもふくめて、ビール好きの方にはぜひ手にとっていただきたい1冊です。

▼DU BOOKS『ビールでブルックリンを変えた男』「はじめに」の全文公開はこちら

文:アカハネカオリ
写真:土田凌



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