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20年後のあなたに。クリエイターとみこさんの #はじめての乾杯

成人の日。振り袖やスーツに身を包んだ新成人を見て、ふと思い出す20歳のあの頃。

20歳の頃に飲んだお酒はどんな味でしたか? 

早く大人の仲間入りがしたくて背伸びしながら飲んだお酒。だけど、あの頃の“大人”もみんなはじめての乾杯を通ってきたのかもしれない。そう気づいたのは随分と時間が過ぎてから。

1月10日の成人の日を前に、きほんのうつわPR・商品開発を手掛けるクリエイターのとみこさんに「 #はじめての乾杯 」をテーマにエッセイ寄稿していただきました。新成人のときの思い出、そして、未来の乾杯が楽しみになるあたたかなストーリーをお届けします。

【プロフィール】とみこ
うつわブランド『きほんのうつわ』のPR・商品開発。ライフスタイルメディア『cocorone』の編集長。フリーランスでコンセプトメイキングや言葉まわりのお仕事に携わっています。SNSでは、うつわ、お酒、リノベ、子育てなど、暮らしの記録を発信。

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はじめて飲んだビールの味は、いまでもよく覚えている。

苦い、渋い、思っていたよりおいしくない…20歳になりたての私には、正直“好き”とは言い難い飲みものだった。

子どもの頃、ビールを片手に乾杯する大人たちはいつも楽しそうに見えた。どこか緩んだ表情で瓶ビールを注ぐ父、いつもより饒舌になる母…そんな姿を見て育ったから、ビールは密かに憧れの存在だったのだ。

ビールを楽しめるようになると、”一人前の大人”だと誰かに認めてもらえるような気もした。でも、現実はまだまだ “子ども以上、大人未満”。黄色い液体の残ったグラスをもてあましながら、気づかれないように小さく落ち込んだ。

「ビールって、おいしいかも」

苦手意識がなくならずビールと距離を置いていた頃、大学の食堂で友人がふと言った。あの独特な苦みが心地いいと思えるようになったらしい。

「あの味を“おいしい“と感じられる日が来るの?」と半信半疑だったけれど、私も無性にビールを飲みたくなり、手に取ることにした。

久しぶりに飲んだビールは、やっぱり苦かった。

口いっぱいに広がる苦みは、しゅわっと弾ける炭酸とともに爽やかな味に変化していく。

心からおいしいと思えたわけではない。でも、「これが”のどごし“なのかもしれない」と、その時はじめてビールを心地よく味わえた気がした

20代の頃は、“お酒のある場”が好きだった。

サークル仲間と飲んだカシオレ。卒業旅行のイタリアで飲んだ赤ワイン。仕事終わりに同僚と飲んだ生ビール。パートナーを家族に紹介した日に飲んだ日本酒。

どんな相手と一緒でも、一度お酒を飲み交わせば、心の距離が縮まる気がする。どんなに緊張していても、お酒が気持ちをほぐしてくれて、誰かと誰かをつないでくれる。そうやって、お酒が私の楽しい記憶をつくってくれた

そして30代にさしかかり、新たなお酒との向き合い方を覚えた。

“お酒のある場”を楽しむだけでなく、知識を深めたくなっていった。

キリンビールサロンに参加し、ビールについて学び、語り合える仲間ができ、仲間とともにお酒を学ぶ楽しさを知っていった

自分に合ったお酒の学び方を覚えたことで、ビールに飽き足らずワインの勉強もするようになり、これまた友人と情報交換をしたり、ときに一緒に飲み交わしながら学びを深めている。

お酒は、体験で味わうものなのかもしれない。

酒場に漂うなんともいえないあの熱気、乾杯と言い合う時の高揚感、一目見ただけでおいしいと確信できる茶色いおつまみ、仲間と本音で語り合える開放感…。

ひとつひとつは些細なことだ。でも、その積み重ねがあったからこそ、お酒をより深く楽しめるようになったと思うのだ。

はじめてお酒を飲んだ日から、12年が経ち、娘が生まれた。

娘と過ごす毎日は、とにかく気持ちが忙しい。笑顔が見られたら幸せな気持ちになる。涙の理由が見つからないと自分が無力で悲しくなる。出来ることがひとつ増えると自分のことのように嬉しくなる。猛スピードで予期せぬ未来が訪れる毎日は、大変だけど新鮮で楽しい。こんなにカラフルな感情が自分の中にあるなんて、出産するまで想像もつかなかった。

娘が20歳になったとき一緒に飲めたらと思い、娘と同い年のビンテージビールを買った。

このビールを開ける頃、私は、娘はどんな人生を歩んでいるのだろう。もしかしたら反抗期を迎えた娘と激しくぶつかり合っているかもしれないし、顔も見たくないと思う日もあるのかもしれない。

それでも娘と交わす“はじめての乾杯”は、私にとって大切な思い出になるはずだ。20年後のその瞬間を、今からとても楽しみにしている。

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はじめて飲むお酒の味はどうですか?

思っていたよりおいしくなくて、想像していた大人のようにはなれなくて、小さく落ち込んでいたりするかもしれません。

でも、大丈夫。少しずついろんなお酒知っていけば、自分の“好き”が見つかるから。その体験が巡り巡って、自分だけのお酒の楽しみ方につながるから

待ち遠しい未来があるよろこびを、あなたが生まれてはじめて知りました。

いつも新しい景色を見せてくれてありがとう。

20年後のあなたに、乾杯。

編集部のあとがき

「お父さん、あんたと飲みたがってるのよ」
おせっかいな姉が、こっそりと、でも「早く飲みに誘いなさいよ」という暗黙の強制力をはらんだ口調で言ってきたのは、成人式もとうに終わり、社会人1年目を迎える頃だったと思います。当時はまだ親と飲むということが恥ずかしかった頃でした。

そんな姉の助言のおかげもあって、その後社会人になり数年経った頃、近所の駅前の大衆居酒屋で父親とはじめて「さし飲み」というものをすることになりました。その時のことは、もう忘却の彼方で、どんな話をしたのかは皆目思い出せないのですが、やたらと照明の明るい店内と、幾分早いペースで空いてしまったジョッキの軽さだけはぼんやりと憶えています。

あの時、父親はどんなことを思っていたんだろう。
とみこさんの文章を読んで、ふとそんなことを思いました。もう父親に確認することはかなわないけれど(5年前に天国に旅立ちました)、ちょっと聞いてみたい気持ちにもなりました。

谷川俊太郎さんの作品に『成人の日に』という詩があります。とても好きな詩で、成人の日になると必ず読み返す作品です。その中にこんな一節があります。

成人とは人に成ること もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている

谷川俊太郎『成人の日に』

今振り返ると、父親と飲み交わしたあの日、僕だけではなく父親も「成人の日」としてひとつの節目を迎えていたのかもしれない、そんな風に思えてきました。そう思えるとなんだか安心もします。まだまだじっくり時間をかけて成っていけばいいんだなって。

成人の日。いつか飲み交わしたあの人のことを思い出してみるのもいいかもしれないですね。

それでは、成人の日に、乾杯。