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ビールを「とりあえず」から「これが好き」へ。タップ・マルシェが描くクラフトビールの未来

飲食店のメニュー、スーパーやコンビニでクラフトビールを見かけることが増えてきました。キリンビールでも多様なビールをお客さまにお届けするべく、そして、クラフトビールの楽しさをお伝えするべく活動を続けてきました。 

その活動の一つとして、主に飲食店向けに展開する「Tap Marché(タップ・マルシェ)」が挙がります。飲食店には小容量のサーバーでいろいろな銘柄のクラフトビールをより提供しやすくし、お客さまにはいろいろなビールを楽しむきっかけにしていただきたい、そんな思いから立ち上げた事業です。 

「キリンだからこそ担える、クラフトビールの役割がある」

開発当時を知る牧原達郎と、現担当者の金川瑞穂に「タップ・マルシェを通して創りたいビール文化」をテーマに、その成り立ちやこれからについて聞きました。


「ビールのおもしろさ」を再発見してもらおう

キリンの牧原と金川
タップ・マルシェ開始当時の担当・牧原達郎(写真左)、現在の担当・金川瑞穂(写真右)

─キリンがクラフトビールを取り扱うきっかけは何だったのでしょうか?

牧原:お客さまにビールをあらためて「おもしろいお酒」として見ていただきたいという思いですね。

1994年をピークに日本におけるビールの市場規模は右肩下がりを続けていて、何とか市場を元気にしたいという想いが、キリン社内にずっとくすぶっていました。そんな折に、アメリカでクラフトビールが盛り上がってきたのを受けて、2013年頃から日本でも流行の兆しが見え始めていました。

クラフトビールは、醸造方法や材料の自由度も高く、ビールの本質的な価値を具現化してお客さまに伝えている存在だと思います。キリンはこれまでお客さまの定番となれるビールを造り続けてきた自負はありますし、お客さまに日々楽しんでいただけるのは喜ばしい一方で、ビールがあまりに一般的になりすぎたようにも感じていました。なので、クラフトビールの流行は、まさにビールの価値を再評価するいい機会でした。

そこで、キリンでもクラフトビールを通じて、「ビール」そのものが持つ自由度や創造性の魅力をあらためて広め、ビール市場を活気づけようとさまざまな取り組みをスタートさせます。後に缶としても発売する「SPRING VALLEY」のプロジェクトもそのひとつ。パブ・ブルワリーを開設し、リアルな体験と共にクラフトビールを提供して、魅力を拡げたいと考えていたんです。

─当時の日本でクラフトビールをめぐる環境は、飲食店でもまだまだ特別視されていたようにも感じます。

キリンの牧原

牧原:そうですね。まだまだクラフトビールへの認知が低い状況のなかでしたので、飲食店からすれば、必ずしも売れる見込みがない商品をいきなり数十リッター単位で仕入れるのはチャレンジで、踏み出せない方も多かったでしょう。

また、大手ビールメーカーと飲食店のお付き合いとして、「メーカーがビールサーバーを提供する」という慣例もありました。しかし、クラフトビールを取り扱う場合は、飲食店自身でサーバーを新規導入しなければなりません。こういった点がクラフトビールを取り扱うハードルとなっていました。

これらの課題があったうえで、キリンとしてクラフトビールを広めるためにできることを考えていったのが、タップ・マルシェにもつながっていくのです。

 

独自サーバーも、店舗への発送も、クラフトビール文化を広げるために

タップマルシェでビールを注ぐ
さまざまなクラフトビールを、専用ディスペンサーで提供できる「タップ・マルシェ」。3Lペットボトルで小容量からクラフトビールを販売することが可能。現在は飲食店のほか映画館などにも設置されている。

 ─タップ・マルシェは、ペットボトル交換式の独自サーバーが特徴的です。どのようにして今の形が完成したのですか?

牧原:まず私たちが目指すゴールは、それまで専門店でしか取り扱われていないクラフトビールを、一般の飲食店でも提供できるようにすることで、多くのお客さまが接触する機会を増やすというものでした。

そんな折に、オーストラリアにあるキリングループ子会社の「ライオン」が、家庭用ビールサーバーを展開していることを知りました。早速取り寄せてみると、3.2リットルのペットボトルにビールが充填されている仕様でした。日本の住空間を考えるとサイズが大きすぎましたが、「家庭用ではなく業務用なら使えるのでは?」とアイデアが出ました。これを複数束ねれば、クラフトビールの多様性を表現するサーバーに最適ではないかと。 

また、独自技術のコーティングを用いて、気体の透過を遮断するペットボトルの開発に成功していました。これらを活用すれば、大型のペットボトルでクラフトビールを輸送し、飲食店で販売できるサーバーが作れると見込んで、開発がスタートしたんです。

─サーバーの開発はどれくらいの期間で実現したのでしょうか。

牧原:プロジェクトとしては3か月ほどです。大きな論点となったのは商品1本あたりの容量です。従来のステンレス製ビール樽は、キリンは7リットルが最小容量でした。ただ、あまり小型にしても交換頻度が増えて、飲食店の負担になってしまう。さまざまに検討して、3リットル容量に決めました。 

サーバーも、ダンボールでプロトタイプを作ってみたりしながら、何個のボトルを連結するのかを考えましたね。もともとプロジェクトは「TAP10」という名称で始めたこともあったため、試しに10個連結したモックも作成しましたが、やはり大きすぎました(笑)。飲食店のスペースも考慮しつつ、クラフトビールの多様性も表現したいと議論した結果、初期は4種類を詰められるサーバーで形作りました。現在は、さらに省スペースに対応できる2種類のサーバーも用意しています。

─飲食店からはどのようなフィードバックがありましたか?

タップマルシェの特徴

牧原:はじめは4店舗でテストをしたのですが、とても評判が良かったです。特に、スペースの限られた飲食店でも気軽にクラフトビールを扱える点が好評でした。

ただ、そこから展開していくうえでも、社内外との調整はなかなかハードでした。通常の流通では、私たちメーカーから特約店・酒販店を経由して商品を飲食店へ届けますが、タップ・マルシェは飲食店へ直接送る流れを取っています。理由はさまざまですが、まずはコンパクトかつシンプルに事業をスタートさせたい意図もありましたね。

─どういった説明で、関係者を説得していったのでしょう?

牧原:まだまだクラフトビールの浸透が未知数のなかで、お得意先に在庫管理のリスクなどを負わせるわけにはいかないと考えました。私たちとしては、それらのリスクをキリンが率先して引き受けることで、クラフトビールの楽しさを多くの方に知っていただき、ビール市場が元気になれば、売り上げにも貢献することができる、ということを関係者には伝えていきました。

 

日本の代表格ブルワリーの参加は大きな後押しだった

キリンの牧原

─初期はどんなラインナップでスタートしたのですか。

牧原:最初はキリンビールや、キリンと提携関係にある4ブランドの商品です。

ですが、タップ・マルシェが掲げているコンセプトは「ビールの自由市場」です。さまざまなビールや人々が行き交うようなプラットフォームになってほしいという思いが込められています。やはり、キリンビールの関連商品だけで「クラフトビール」と言い切るのは多様性に欠けるので、その後もコンセプトを実現するために、全国各地のブルワリーと連携を進めていきました 

─他のブルワリーと連携していくなかで、印象的だった出来事はありますか?

牧原:日本のクラフトビールとしては代表格ともいえる、『常陸野ネストビール』で有名な木内酒造さんとの連携は大きなターニングポイントでした。私がとあるイベントでたまたまお会いしたのが木内酒造の木内敏之さん(現社長)で、後日思い切って連絡してみたんです。タップ・マルシェの構想をお伝えすると、「おもしろいね、ぜひ一緒にやろう!」と乗り気で話を進めてくださって。多くのアドバイスもいただき、私たちにとっても良き学びがたくさんありました。木内酒造さんの参入は、他のブルワリーとの連携のきっかけともなりましたね。 

─その後はどのように展開していったんですか?

牧原:その後の提携や展開は、私は現場を離れてしまったので、金川から話してもらいましょう。

金川:タップ・マルシェは、今では20種類以上の銘柄を提供できるようになりました。私はキリンの公式オンラインショップ「DRINX」でクラフトビールの担当を経て、2022年10月からタップ・マルシェのチームに参加しました。今でもブルワリーとの連絡窓口を務めていて、日々の販売報告や設備調整などのやり取りを担当しています。

タップマルシェが扱うクラフトビール一覧

クラフトビールが郷土愛やモチベーションにつながっていく

キリンの金川

─ブルワリーとの関係づくりは、どのように進めているのでしょうか?

 金川:導入時には工場を実際に訪問して、醸造や管理に関する体制は必ず確認します。提携後も年に1回は各ブルワリーを訪ねています。その際に、ブルワリーとして抱えている技術的な課題にキリン側から支援できることがあれば、解決策を提案することも。 

各ブルワリーと共に品質を保ち、向上させて、さらに新しい取り組みにつなげていく。それはビールメーカーとして「品質本位」を旗印に、技術を培ってきたキリンだからこそ担える役割といってもいいかもしれません。

─タップ・マルシェに参加したブルワリーからもらった声のなかで印象に残っているものがあれば教えてください。

金川:『いわて蔵ビール』で知られる、岩手県一関市にある世嬉の一酒造さんは、品質面向上のサポートが受けられるようになったことや、物流面で評価をいただきましたね。岩手県で造られたビールが九州や中国地方といった地元以外で飲まれていたり、遠方に住む友人などから「近所のお店でビールを見たよ!」と声をかけられたりしたことで、自分たちの造るビールがより広い範囲で、多くの方に届いている実感を得られたようです。

岩手県は成人になると県外へ出られる方も多いそうで、そういった点でも遠方の土地で『いわて蔵ビール』を目にして、地元に思いを馳せたり、思い出に浸れたりするようなこともあって、お客さまにとっても良い時間を提供できているのではないか、と感じます。

─“土地柄”が表れるクラフトビールの良さが光りますね。飲食店からの反応では、いかがですか?

金川:以前、タップ・マルシェの設置店舗向けに「クラフトビールの売り方」についてのセミナーを開催したことがあります。参加した飲食店の方々はとても意欲的で、「自分のお店のメニューに合うビールの選び方」などを相談してくれたんです。その学びをメニューに反映すると、クラフトビールの販売数が上がる店舗もありました。売れることで考えることがより楽しくなり、さらなるアイデアが湧く機会になっているそうです。結果として、クラフトビールについて学び、おすすめしたビールをお客さまが「おいしい」と言ってくださる経験がスタッフのモチベーションにつながっていると聞いたときはうれしかったですね。

 

「とりあえず」から「これが好き」へ

タップマルシェでビールを注ぐ

─初期のタップ・マルシェと、金川さんが参加したタイミングでは、展開には違いはありましたか? 

金川:私が加わった時は、タップ・マルシェの設置店が増え、一旦落ち着いたタイミングでした。映画館など飲食店以外にも設置されることも増えたのですが、一方で、「クラフトビールが楽しい」ということがお客さまに伝わっているのか、ということに向き合う必要がありました。 

そこでタップ・マルシェの初心に戻り、「クラフトビールを体験する質を上げる」方向へと戦略の舵を切ったのが昨年からの展開です。お客さまが何を求めていて、その体験を高めるためにできることは何かを考えることに注力し、昨年はタップ・マルシェを設置いただいている飲食店のお客さまを対象にしたインタビューも行ないました。

―インタビューではどんなことを聞いたのでしょう

金川:ビールに限らず、お客さまが持っている価値観、飲食店に求めること、クラフトビールに対するイメージなどからはじまり、他にも飲食店を訪れた際の注文の仕方、一緒にテーブルを囲む人々との会話の内容、クラフトビールが日常生活でどういった位置づけにあるのかといったことも伺いましたね。

結果として、インタビューを行なったお客さまは、友達など「周囲の親しい人」との時間を大切にしたいと思われる方が多かったんです。

クラフトビールを単なる商品としてだけでなく、会話が盛り上がったり、自分の好きな銘柄を話し合ったりと、コミュニケーションの一環としても楽しまれている。ビールが持つ本質的なおもしろさだけでなく、クラフトビールの良い面がまた見えてきました。

クラフトビールを楽しむということは、時間を大切に過ごすということとの相性が良いのだろうなと。それは我々としてもうれしい発見でした。

キリンの金川

─これからのタップ・マルシェの展開で、実現していきたいことはありますか?

金川:クラフトビールは、造り手の思いが現れやすく、また飲み手にとっても“自分が好きだと思えるもの”が生活の中に増えていく感覚が得られる、数少ない性質を持ったプロダクトだと感じています。店舗を訪れたら、好きなクラフトビールが当たり前に置いてある世界が実現すれば、飲食店で過ごす時間も、日常のひとときも、もっと好きになれるはずです。それはとてもよいな、と思っていて。

ただ、必ずしもタップ・マルシェでクラフトビールの魅力をすべて伝えたいのではなく、多くのお客さまにとって「入り口」としての役割を果たし、楽しみを提供していきたいですね。

ビールが「とりあえずビール」という存在になったことは、ビールメーカーの一つの成果かもしれませんが、これからはクラフトビールも交えて、「私はこういうビールが好きだから頼みたい」と語れる人が増えてきたら、また違った景色が広がっていくと思うんです。

キリンの牧原と金川

牧原:たしかに、クラフトビールの名前自体は、私が関わり始めた頃からすれば、多くの人々に知られるようになりました。ただし、ビール市場のシェアとしては、全体のまだ約2%です。もっと認知度を上げて、楽しみ方を知っている人を増やしていきたいですよね。

タップマルシェのロゴ

金川:そうですね。余談のようですが、タップ・マルシェにはトレードマークの三色旗があるんです。ビールの黄色と白、それから赤で「ビール愛」を表しています。これからもビールを愛するすべての人たちとの絆を深めて、日本のビール文化の発展に貢献したいです。

牧原達郎

【プロフィール】牧原 達郎
キリンビール株式会社 マーケティング部兼事業創造部 
1999年キリンビール入社。2013年キリンビール企画部の際に、スプリングバレーブルワリー立ち上げプロジェクト開始をきっかけに、クラフトビール事業に携わる。現在はブルックリンブルワリー・ジャパンも兼務しつつ、キリンビールのクラフトビール戦略を推進中。

金川瑞穂

【プロフィール】金川 瑞穂
キリンビール株式会社 事業創造部
2012年キリンビバレッジ入社。2019年に社内公募制度でスプリングバレーブルワリーに着任したことをきっかけにキリンビールのクラフトビール事業に携わる。その後ECサイト「DRINX」でのクラフトビール販売促進を経て、現在はタップ・マルシェを担当。提携クラフトブルワリー各社を含めたカテゴリー育成を目指している。

文:長谷川賢人
写真:上野裕二
編集:花沢亜衣

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