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日本らしいビールってなんだろう?BRUTUS編集長と語らう、クラフトビールカルチャーの現在地

クラフトビールの解釈を深めながら、クラフトビール文化の楽しさと可能性、キリンのクラフトビールに対する想いを発信していく連載企画がスタートします。聞き手に雑誌『BRUTUS』編集長の田島朗氏をお招きして、キリンのクラフトビールに関わる人たちとの対話を重ねていきます。 

第1回は、キリンビール マスターブリュワーの田山智広とともに、「ブームからカルチャーとして根付くために必要なこと」を探るべく、クラフトビールの歴史を辿りながら、クラフトビールの価値や可能性について語り合いました。


「クラフトビールを語らおう!」成熟しつつあるクラフトビールカルチャー

写真左:キリンビール マスターブリュワー田山智広/写真右:『BRUTUS』編集長 田島朗氏

田島 朗(以下、田島):今日はビールを飲みながら語れるなんて、楽しみにしていたんですよ。

田山智広(以下、田山):よろしくお願いします。まずは乾杯しましょうか!

2人:乾杯! 

田島:早速ですが、僕たち『BRUTUS』は2年前にビール特集「ビールについて語らせろ」を出版しているんですよね。クラフトビールの登場により、これまで単純に“楽しく飲むもの”だったビールが、ワインのようにいろんなことを語れるカルチャーになってきたなというタイミングでの特集でした。ビールが少しずつそういう存在になったのを感じつつも、そのときは「クラフトビール」とタイトルには入れていないんです。

田山:本当だ。“ビールについて”となっていますね。

田島:そうなんです。それから2年経って、今年出した増刊号では「クラフトビールを語らおう!」と特集名を改めました。ついにクラフトビールという言葉を表に出すタイミングが来た。同時に、この2年間で世の中の空気感が「ビールについて(俺も)語らせろ」から「みんなで語らおう」という雰囲気に変化していた気がして。少しずつカルチャーが根付いてきていることを僕らもすごく肌で感じています。

『BRUTUS』特別編集 増補改訂版 クラフトビールを語らおう!/MAGAZINE HOUSE MOOK

田山:なるほど。ビールカルチャーが成熟してきたということですね。

日本のクラフトビールには、第1次ブームとも言える地ビールブーム、ベルギービールやオクトーバーフェストなどが大衆化を進めた第2次ブーム、そして今若い世代が牽引しているのが第3世代だと思っています。

若い世代の造り手というのは、みんなポリシーを持っているし、自信もあるし、何よりビールのおいしさを体で知っている。海外で学んだり、自由に体験したりして、いきなりすごいビールを造る人が出てきました。

田島:センスのいい若い子たちの中で「ちょっとビール造りをやってみようかな」とか「ビールの世界っておもしろいな」と感じている人が、増えている印象はありますね。そして、それぞれにちゃんとお客さまがついてきているのがすごい。

田山:そうなんです。スキルを持っていいビールを造っているところに教えを請うて、そこから独立して行くというスタイルが広がっていったのも大きい。カリスマブリュワーと言われるような名人に弟子入りして、修行を積むようなパターンとか。

木内酒造(常陸野ネストビール)、伊勢角屋麦酒、COEDO BREWERY、といった第1次、第2次ブームを生き抜いてきたブルワリーの現場で経験を積む過程で、先輩ブリュワーたちが、しっかりと次の世代を育ててきたんです。


造り手の想いを自由に込める。そもそもクラフトビールとは?

田島:いわゆるラガービール一辺倒だった日本のビールの歴史の中で「もっと自由にビールを選びたいよね」と、少量生産で少量販売されていったのがクラフトビールだと思っていたのですが、田山さんの中での「クラフトビールの定義」ってなんですか?

田山:これはよく聞かれる質問ですね。実はクラフトビールの正式な定義というのはありません。キリンビールとしては「おいしさにこだわった造り手の感性と創造性が楽しめるビール」と定義しています。
その意味するところをもう少しかみ砕いて説明する際に、私はよく4つのキーワードでお話ししています。

職人、職人技を指す「Artisan」、その土地ならではの価値とも言える「Locality」、バラエティを求める「Seek variety」、最後が、クラフトビールがあることで、ビールとの付き合い方が変わるという意味での「Drink Less, Drink Better」です。

Artisan…造り手の創造性が楽しめるビールであること。どういう人がどんな想いで造ったのか想像が膨らむような性質を持つビール。

Locality…その土地ならではの価値を持って造られるビールであること。日本独自の、あるいはその地方にしかない価値を持っているかが重要。 

Seek variety…自分で意志を持って選択する、探しに行くなどのアクションを誘発できるビールであること。ビールに対して能動的な態度が重要であり、そのためには探したくなる、アクセスしたくなる何らかの付加価値が必要となる。 

Drink Less, Drink Better…時間の過ごし方が変わる、あるいは従来とは違ったビールとの付き合い方ができるなど、変化をもたらしてくれるビールであること。

田島:なるほど。こうして田山さんが挙げてくださったキーワードを眺めてみるとクラフトビールは始まりこそ「少量で自家醸造する」ことだったかもしれないけれど、今は進化していて、“小さいこと”や“リミテッドなこと”だけがクラフトビールではなくなっているということですね。

田山:そうなんです。ときどき「クラフトビールって、バリエーションが豊富なビールということだよね」というようなことも言われますが、それはあながち間違いではないんです。でも、僕は「Seek variety」であることが大事だと思っていて。「Seek(求める)」とあるように、ビールに対して能動的な態度が重要だと思っています。

その対局にある言葉が「とりあえずビール」です。これはビールに対して受動的な対応だと言えます。 

田島:人は自分が好きなものに対しては能動的になりますよね。探したくなるには、何らかの付加価値が必要で、それはLocalityやArtisan的な意味もありそうですが、ビハインド ストーリーというのもかなり大切かもしれないですね。

「Drink Less, Drink Better」にある変化とはどういうことですか? 

田山:ジョッキでゴクゴク飲むのもいいけれど、その楽しみ方だけがビールではないと思うんです。今までと時間の過ごし方が変わるとか、あるいは従来とは違ったビールとの付き合い方ができるとか、その変化をもたらしてくれるものがクラフトビールには間違いなくあると思います。 

田島:クラフトビールをより知ってもらうため次のステップとしては、4つのキーワードのような本質的な部分を伝えることが重要になってきそうですね。それは、我々も『BRUTUS』のビール特集を作って思っていたことでした。そして、キリンが「SPRING VALLEY BREWERY」をつくった理由も、そこに行き着くんだろうなと。


「SPRING VALLEY BREWERY」の誕生。キリンがクラフトビールを造る理由

田山:クラフトビールに限らず、ビールというものには垣根がないし、明確なカテゴライズや定義もない。「ビールって、自由で楽しいものだったんだ!」と気づいてもらう入り口にクラフトビールはなりえる。そんな思いから「SPRING VALLEY BREWERY」をはじめました。

田島:僕は、「キリンビールがクラフトビールをやるのか!」って、結構衝撃だったんですよ。先程も言ったように当時クラフトビールには少量生産、少量販売でカウンターカルチャー的なイメージを持っていたので、正直少し違和感があったんです。だけどこの「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」に来て、ビールを見たときに、「これはかっこいいし、本気だな」と思ったことを鮮明に覚えています。

田山:ありがとうございます!実はキリンのクラフト的な取り組みは1988年に遡ります。1988年に小規模で手造り感満載のブルワリーを京都にオープンさせました。そこでは、従来のラガータイプとはまったく違うカナディアンエールスタイルの「No.1497」を造り、京都市内だけで売っていたんです。

田島:バブル景気の時期ですよね。なぜキリンは、その時期にあえて小規模なブルワリーを作ったんですか?

田山:技術陣には「ビールはラガーだけじゃない!世界にはこんなにいろんなビールがあるんだ!我々だって造れるぞ!」という想いがあった。そして、もっといろんなビールの楽しみ方をお客さまに知ってほしいという強い想いもあった。だけど、その取り組みが拡大することはありませんでした。でも当時の僕はすごくワクワクしたし、そういう仕事に自分も関わりたいと思っていたんだけど、事業としては続かなかった。

田島:想いはあったけど、ビジネスとしては成立しなかった、ということですね。 

田山:そうですね。そんな経験もあって、「SPRING VALLEY BREWERY」をやるときは絶対昔のようにはならないようにしようと強く思いました。「ビールっていろいろあって楽しいでしょ、おもしろいよね」だけでは、同じことの繰り返しになるかもしれない。原因はほかにもあるかもしれないけれど、やっぱり一番大事なのはトップのコミットメントだと思って、社長に直談判したんですよ。

田島:社長へ直談判に紙芝居を使ったという話を聞いたことがあります。

田山:そう、心に訴えかけろ!と(笑)。キリンが新しいステージに進むための選択肢は、クラフトビールだけではなかったと思う。でも我々はやっぱり、これに賭けるしかないと思っていて。海外のマーケットを見ても日本でもいずれはこのムーブメントが来るという確信があった。時代の空気やライフスタイルの考え方にすごくフィットしたのが、クラフトビールでした。 

田島:“自由”もそうだし、多様性という点においても、たしかに時代に漂う気持ちとシンクロする部分はありますね。

田山:間違いなくこれは大きくしなくてはいけないし、きっとみんな支持してくれるはずだと。同時に、「とりあえずビール」の言葉に象徴されるような、ビールを選ぶことを楽しむ文化を生み出せなかったのが大手ビールメーカーなのであれば、我々はそれを自ら壊して、やらなければいけない義務があるんだとも思っていました。

田島:それで、あえてキリンが造るのは「クラフトビール」だと宣言したのですね。先程の4つのキーワードともつながってきますね。

田山:もちろんキリンが「クラフトビール」という言葉を使うことに対しての自問自答はありましたが、世界的にクラフトビールという言葉が広がっているし、何より、そこにはさまざまな思想が込められている。我々もその文脈に乗っかりたいという思惑もあって、あえて宣言したんです。

田島:立ち上げ当初、意識したことはなんですか?

田山:考えていたのは3つ。お客さまがバラエティに富んだビールをより気軽に買える状態を作ること、ビールのある時間を変えてより豊かな生活を実現すること、そして新しいビアカルチャーを作ること。なので、最初からこぢんまりとやるつもりはありませんでした。

田島:ビアカルチャー自体を盛り上げることを当初から思い描いていたんですね。

やっぱりビール造りはおもしろい。ビール造りの本質を考える

田島:ビールの造り手として、今後田山さんが具体的にやってみたいことはありますか? 

田山:ひとつは「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO/KYOTO」の店舗の自由度が高いことを生かして、ここでしかできないようなチャレンジは引き続きやりたいと思っています。もうひとつは、日本じゃないと飲めないようなビールを造ること。今のクラフトビールブームがただのブームで終わらず、カルチャーとして定着してほしいです。 

田島:より多くの人に伝わっていくためにも、東京だけじゃなくて、全国津々浦々でブルワリーやお店がどんどん増えていくことも大事なんでしょうね。そして、より手に取ってもらうためには伝え方も大事なのかなと思いました。「クラフトビールっていいよね、おいしいよね」という伝え方だけじゃなく、そこにストーリーやカルチャーみたいな造り手の想いが見えていることもそうだし、その背景にある広がりが伝わっていくこともそう。

田山:そのとき重要になってくるのがやっぱり「Locality」だと思うんです。しっかり地域に根ざした、周りの人たちに愛されるブルワリーが増えていくこと。ドイツなんかそうですよね。“おらが村のブルワリー”があって、子どもの頃からその存在を知っている。そこまでいくのはかなりの時間がかかりますが、その土地に愛されるブルワリーが地方ごとにできることが本当に定着になる。だからこそ、キリンだけでやるのは矛盾しているんです。あくまで我々の商品は入り口で、クラフトビールの世界に入っていくきっかけになってくれたらいいですよね。

田島:カルチャーって、作ろうと思って作れるものではないですよね。『BRUTUS』を例に出すと、43年間続いていて、僕で11人目の編集長。「BRUTUSを続けるうえでマニュアルってあるんですか?」とよく聞かれますが、全然ないんです。僕も先輩たちの背中を見て学んで考えて、自分なりの『BRUTUS』スタイルを積み上げてきたつもりです。

ちなみに、田山さんはビールを造るときって、何を大切にしていますか?

田山:僕自身も飲み手なので、まずは誰よりもビールに厳しい人間として、自分が飲み手という視点で考えます。人に何か新しいおいしさや驚きを提供するためには、自分がそういう体験をしないとできない。いち消費者としてどう感じるかを突き詰めることが、やっぱりその先に繋がるなと。ただそこで大事なポイントは、決して自分好みの独りよがりなものにしちゃいけないということ。できるだけ客観的に論理的に構築して、中味を造っています。 

田島:おっしゃる通りだなと思います。僕も、「『BRUTUS』の特集って自分が好きなことをやってるんですか?」って聞かれるんですけど、まったくそうじゃない。あくまでも、今、世の中の人に対して何を差し出したらおもしろがってくれるかということだけ。それは必ずしも流行っていることだけではなくて、こんな世の中だから、こういう見方もあるよねっていう“視点”を提示することについて全力で考えます。

田山:通じるものがありそうですね。僕らもビールを造っているけど、ただ単においしいビールを造ろうということではなくて、そのビールがあるとどうなるんだろう、ということを捉えるようにしています。アメリカのクラフトビールは一時期IPAが多かったけど、彼らは今ピルスナーを造り始めている。この意味は何だろうと考えると、きっといろいろあるわけですよ。苦すぎるビールを我慢して飲んでたんじゃないかとか(笑)。やっぱりラガーが究極のうまさだよなとか。そうやって突き詰めて考えていくと、やっぱりビール造りっておもしろいし、カルチャーとして定着させることもまた造り手の仕事だなと思います。 

田島:まさに雑誌の造り手にも通じる話です。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました


対談を振り返ってのあとがき|田島 朗

仕事で何度もお逢いしたことのある田山さん。ですが実は僕にとっては「コワモテの職人さん」という印象でした(ごめんなさい)。だけど今回、こうして1杯のクラフトビールを飲んで語らうことで、実は自分と一緒の「ビール好きなひとりのオジサン」であることが分かったのです(重ねてごめんなさい…)。

ずっと聞きたくても聞けなかった「なぜキリンがクラフトビールを始めたのか」についても話していただけたし、これこそが田山さんの言う「Drink Less, Drink Better」なんだなあと。『BRUTUS』の特集は年間23冊あって毎回その“味”が違うように、ビールだっていろんな“味”があっていい。それこそが自由な楽しみ方だし、ビール好き/雑誌好きな人々はそれこそを求めている。

そして企業に属しているからこそ攻めていける“”表現”があるんだなって。対談後、そのまま一緒に何杯もクラフトビールを飲んでしまったのはみなさんの予想通りです。あれ、Lessじゃないな。でも結果的になので!

 

【プロフィール】田島 朗
『BRUTUS』編集長、第四編集局(『BRUTUS』『Tarzan』)局長。1997年にマガジンハウスに入社し『BRUTUS』に約18年間在籍。2016年に『Hanako』の編集長に就任、リニューアルに着手する。デジタル活用や読者コミュニティの形成、台湾での事業展開、商品開発、都市開発、クリエイティブレーベル事業など、幅広いブランド展開を手掛けてきた。2022年4月1日発売号から『BRUTUS』の編集長に就任。『BRUTUS』に戻ってからも、クリエイティブブティック事業の「PB」やクリエイターのためのコミュニティサービスプラットフォーム「BHIVE」、特集と連動した動画シリーズ「BRUTUS ORIGINAL MOVIES」など、新たな試みを続けている。

【プロフィール】田山智広
1987年キリンビールに入社。工場、R&D、ドイツ留学等を経て、2001年よりマーケティング部商品開発研究所にてビール類の中味開発に携わる。2013年から商品開発研究所所長、2016年4月からキリンビールのビール類・RTDなどの中味の総責任者“マスターブリュワー”に就任。『一番搾り」や『本麒麟』も監修。『SPRING VALLEY BREWERY』は企画立案より携わり、現在もマスターブリュワーとしてビールの企画開発を監修する。

文:高野瞳
写真:土田凌
編集:花沢亜衣


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