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今「ワインの街・上田」がアツい理由。地域を盛り上げるプレイヤーと、サポートする行政×企業のかたち

2019年、上田市初となるワイナリー「シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー」オープンを機に、「ワイン産業振興を軸にした地域活性化に関する」包括連携協定を締結した上田市とキリン。

前回は、行政と企業がタッグを組んで取り組む地域創生について、上田市役所のお二人とキリン担当者に話を聞きました。

そして今回は、官民連携でワイン産業を推進している上田市で、具体的にどんな取り組みが行われ、どんな方々が活躍しているのかに注目します。

お話を伺ったのは、上田市に移住してブドウの栽培からワイン造りをしている田口航さん、東京に住みながら地域との関係を育み「信州上田まつたけ&ワイン祭り」を主催した笠原造さん、そしてキリンホールディングスCSV戦略部で上田市との包括連携協定業務を担当する結城正義の3名。

まずは、それぞれが上田市に関わるようになったきっかけから取材がスタートしました。


上田市に関わるようになった、それぞれのきっかけ

Sail the Ship Winery代表 田口 航さん 笠原 造さん キリン 結城 正義
(左)「Sail the Ship Winery」代表 田口 航さん、(中央)「信州上田まつたけ&ワイン祭り」主催者 笠原 造さん、(右)キリン 結城 正義

―最初に、皆さんが上田市に関わるようになった経緯を聞かせてください。

結城:私はキリンホールディングスのCSV戦略部という部署にいて、地域社会と人とのつながりを作り、コミュニティの持続可能性を高めていく業務を担当しています。そうした取り組みの一つが上田市との「ワイン産業振興を軸にした地域活性化に関する包括連携協定」で、キリンが行政や地域の方々と一緒に何ができるのかを考え、かたちにしていく仕事をしています。

―企業と地域とのつなぎ役というポジションなのですね。

結城:そうですね。上田市とやりとりする窓口として、地域の声をキリンに伝え、キリンのことを地域に伝えるような役割をしています。

上田市 キリン 官民連携 対談

【プロフィール】結城 正義
キリンホールディングス株式会社CSV戦略部。
CSV活動を通じ「コミュニティ」における価値の共創や企業ブランディングを推進。キリングループの事業を通じた地域社会やコミュニティの活性化、官民連携の推進を担当。

―笠原さんは、普段は東京にいらっしゃるそうですね。

笠原:平日は東京ですが、週末は山梨県で過ごす2拠点生活をしています。仕事としてはマーケティングやブランディングのコンサルをしていて、お客さんと一緒に商品の開発をしたり、さまざまなプロジェクトを進めたりしています。

―上田市とのつながりは、何がきっかけだったのでしょうか?

笠原:コロナで緊急事態宣言が出たときに東京を離れたいと思い、山梨県に行くようになったんです。八ヶ岳で見つけた中古のログハウスを改装して、週末はそこで過ごすようになりました。

あの辺りにはいいワイナリーがたくさんあるので、ワインが好きで通っているうちにワイン用ブドウ栽培のお手伝いをさせてもらうようになって。最初は収穫だけでしたが、翌年には剪定なども含めて1年通して関わらせてもらいました。

それはすごくおもしろい体験でしたが、同時に、高齢化や担い手不足など、農家さんが抱える課題も知ることになりました。だから、今まで自分が培ってきたノウハウを使って、地域創生に関われないかなと思ったんです。

そんなときに出会ったのが、上田市とキリンが共同で主催する地域ビジネスの人材育成型スクール「上田ワインビジネスラボ」でした。ワインに関わる地域創生って、まさに自分が求めていたものだなと思い、すぐに参加することにしました。

上田市 キリン 官民連携 対談

【プロフィール】笠原 造
株式会社ワールド・カフェ代表取締役。
上田市×キリンが開催した「上田ワインビジネスラボ」に参加し、「信州上田まつたけ&ワイン祭り」を主催。

―「Sail the Ship Winery」代表の田口さんは、ご自身でブドウの栽培から醸造までをされていますが、ワインの仕事をしようと思ったきっかけは?

田口:学生の頃からお酒が全般的に大好きで、ギネスビールを飲みたくてアイルランドにワーキングホリデーに行ったり、スコットランドのアイラ島へウイスキーを飲みに行ったりしていました。大学を卒業してからは東京の商社に勤めていましたが、やっぱり自分が好きなお酒造りを仕事にしたくて。

ビールもウイスキーも日本酒も好きでしたが、原料の栽培から自分で手がけられて、品種によるバリエーションも多様で、さらにビンテージというおもしろさもあるということを考えると、明らかにワインが一番魅力的だなと。それで転職して、京都のワイナリーで働くことにしました。

上田市 キリン 官民連携 対談

【プロフィール】田口 航
Sail the Ship Winery」代表。
ワイン造りのため上田市へ移住。2016年、一からブドウを植え、「Sail the Ship Vineyard」(セイルザシップヴィンヤード)をスタート。

田口:最初は独立するつもりはありませんでしたが、働いているうちにやっぱり自分のワインを造ってみたいと思うようになって。

それならいいブドウが獲れる場所でと考え、日本全国の産地を見に行きました。そのなかで、やっぱり長野の上田市や東御市とうみしのクオリティがすごかった。移住して畑をやるならこのエリアがいいなと思いました。

―田口さんが思う、上田市の特性とはどういったところなのでしょうか?

田口:東信地方(上田市や東御市が含まれる長野県の東部エリア)は雨が少なくて、ブドウの栽培には適した環境です。そのなかで上田市の隣にある東御市は産地として有名ですが、自分がやりたいカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、カベルネ・フランなどの品種を造るにはちょっと標高が高くて。もう少し赤黒い果実の感じがほしいと思ったときに、上田市の環境のほうが合っていました。

僕が畑をやっている場所は、東御市よりも300メートルくらい標高が低いところにあります。そこなら自分が造りたいパワフルでボディー感のある味わいが出せると思って、上田市への移住を決めました。

生産者同士が力を合わせることで、地域を盛り上げていく

上田市 キリン 官民連携 対談

―地域によっては、外から来る人に対して閉鎖的なこともあるかと思います。上田市の場合、そのあたりの雰囲気はいかがでしたか?

田口:ワイン造りをするにあたっては、すごくやりやすかったですね。行政も応援してくれるし、すごくオープンな雰囲気でした。

僕は、JAの研修生というかたちで上田市に来ました。長野県がワイン産業の振興を目指す「ワインバレー構想」を打ち出していて、それに合わせてJAが全国で初めてブドウやワインの研修生を募集していたんです。そういう仕組みがあったからこそ、すぐに受け入れてもらえたし、畑を借りることもできました。

そうやって自分で畑をやっていくなかで、地域の人たちと一緒に「HEARTBEATまるこ」という農業者団体を作りました。丸子地域で農業を営む、ブドウ農家、米農家、花農家などが集まって、上田市を活性化させようという趣旨で。その立ち上げをキリンさんがサポートしてくれました。

「HEARTBEATまるこ」のWEBサイト。丸子地域で、農業や農産物に関わる仕事をしている20代〜50代までの7人で結成したグループで、上田市に新しいワイン文化を根付かせる活動に取り組んでいる

―キリンは、どういう意図で「HEARTBEATまるこ』の立ち上げに関わったのでしょうか?

結城:上田市の農業課題を一緒に解決して、ワイン産業や食産業を盛り上げていきたいという考えが根幹にあります。「HEARTBEATまるこ」は、農家さん同士の横のつながりがない、農業の担い手の減少や遊休荒廃地の増加という課題に、若手農業者と一緒に取り組もうという意図で立ち上げのサポートをしました。

―今まで個々で仕事をされていた生産者の力をひとつにすることで、地域を盛り上げていこうと。

結城:先ほど田口さんがおっしゃったように、同じ農家さんでも作っているものはさまざまです。そういう方々が集まって、それぞれの仕事とワインと掛け合わせることで、地域に新しい価値を作れたら、というのが出発点でした。

ワインに合うメニューを考えてマルシェで販売したり、食材をレストランで使ってもらってワインとのペアリングイベントをやったり。そういう機会を作りたかったんですよね。

上田市 キリン 官民連携 対談

―田口さんは、上田市でブドウを作ろうと思ったときから、「地域を盛り上げたい」という意識はありましたか?

田口:正直ありませんでした。僕は、自分が追い求めるワインを造りたくて上田市に来たので。だけど、自分で畑をやっていくと、耕作放棄地や後継者の問題が身にしみてわかってくるし、いろんな人とのつながりもできてきて。この地域の農業を守らなきゃという気持ちに、自然となっていきました。

最初は本当に誰も知らない状態だったのが、「HEARTBEATまるこ」を通じて知り合いが増え、地域や農業に対する姿勢が変わっていったという感じです。

上田市 キリン 官民連携 対談

―田口さんは他地域のワイナリーで働いていた経験もありますが、上田市のように官民連携でワイン産業を後押ししている環境というのを、造り手としてどのように感じていますか?

田口:産地としては、メルシャンさんのような大手もいて、小規模な造り手もいるというのがすごくおもしろいですよね。規模によって、ブドウの作り方や仕込み方も違ってくるから、いろんなワインが味わえるじゃないですか。たくさん選択肢があったほうが飲む人も楽しいし、それでこそ産地だと思います。

僕らはワインを造ることはできても、それを宣伝するのは得意ではなくて。だけど上田市は、行政主導でイベントを企画してくれたり、東京にある長野のアンテナショップでワインイベントを開催してくれたりとサポートしてくれるので助かっています。

だから、上田市のように官民連携でワイン産業を推進している街は、造り手にとっていいことばかりですね。現に僕が来た8年前から、造り手の数はさらに増えています。

Sail the Ship Winery Mr. Feelgood
田口さんが造るワイン『Mr. Feelgood』。自園ブドウ100%、無添加にこだわり、自然が育んだブドウの持つ力を最大限生かして造られている

―田口さんのお話をうかがっていると、上田市では同業者の方はライバルというより、むしろ仲間意識が強いように感じました。

田口:みんな仲間意識は強いと思います。世界のワイン産地を見ていると、何千というワイナリーができて初めて産地として認知されているんですよ。そうやって発展していくことが、産地化するということなのだと思います。だから、10社、20社で仲違いしている場合じゃないよね、と。

たくさんのワイナリーができて、みんなで助け合って、ワインの産地を目指そうという意識で取り組むことで、ワインの本数も増えて地元の人に行き渡るし、価格も下げられる。そうやって産地としての認知も少しずつ上がっていくのだと思っています。

僕らの世代は横のつながりもあるし、同じような考えを持っている方も多いので、みんなで意見交換して、助け合いながらワインを造っていますね。

“地元の特産品×外からのアイデア”で生まれた、新しい価値

上田市 風景

―笠原さんが参加した「上田ワインビジネスラボ」は、ワインに関する事業の企画から実施までを行う人材育成スクールだと聞きました。具体的には、どのような企画を実施されたのでしょうか?

笠原:上田のワインをPRすることをテーマにさまざまな講座が組まれていて、企画から実施までを行うものでした。

でも、マーケティング的にはなかなか難しいなと思っていました。まず日本ワインを飲むという人自体が少ないのでパイが小さい。そこからさらに上田のワインに絞るとなると、何か上田ならではの特長を活かしたPR方法が必要だなと。

「上田ワインビジネスラボ」には「地域を知る」とか「ワインを知る」といった講座が、全部で6回ありました。そのなかで上田のフィールドワークをしているときに、松茸小屋ののぼりを見つけたんです。周りの人に聞いてみたら、実は上田は日本一の松茸の産地だということがわかって。それで思い出したのが、イタリアの都市アルバで開催されているトリュフ祭りでした。

上田市 キリン 官民連携 対談

笠原:アルバは世界的な白トリュフの産地で、隣にはワインで有名なバローロという街があります。そこで年に1回、有名なシェフ等が白トリュフの料理を作って、おいしいワインを味わうグルメフェスがあって。

人口3万人の町に世界中から30万人以上のお客さんが来るっていう、すごいイベントなんですよ。松茸とワインの産地である上田なら、それと同じことができるんじゃないかなと思ったんですよね。

ただ、ワインに合わせることを考えると、土瓶蒸しや炭火焼きといった従来の松茸料理ではなく、違うアプローチも必要で。それで市内のレストランや、東京のシェフにも相談して、ワインに合う松茸料理の開発をお願いしました。

―いろんな人を巻き込むことで、企画をかたちにしていったんですね。

笠原:それが「上田ワインビジネスラボ」の非常にいいところで。やっぱり多種多様な人たちがいて、いろんな意見が出たほうがイノベーションが生まれやすい。私のように東京から来た人間がいたり、上田市役所の職員がいたり、学生がいたり、いろんな人が集まってコミュニティ化していき、この人たちと一緒に何かやりたいという気持ちが強くなっていきました。

結城:回を重ねるごとに「これやったらおもしろそうですよね」という意見がどんどん出てきて。みんな本業を活かしながら、そこにコミットすることを考えていたのがおもしろかったですね。

笠原:オンラインのグループでも、何か困ったことを投げかけると、みんなすぐにアドバイスをくれるのですごく助かりました。そうやって企画を練りながら、2023年の9月に「信州上田まつたけ&ワイン祭り」を開催することができました。

信州上田まつたけ&ワイン祭り
「信州上田まつたけ&ワイン祭り」当日の様子

笠原:当日は天気にも恵まれて、2日間で延べ3500人の方が来場されました。上田のワインを知らない人に来てもらいたいと思ったので、外に向けても積極的にプロモーションして、実際に6割くらいが市外からのお客さんでした。初日はスタート前から行列ができて、たくさんの料理とワインを味わっていただけました。

松茸料理も、松茸パエリアに松茸ガレット、松茸タルト、松茸ピザ、松茸ソフトクリーム、松茸チーズケーキまで(笑)。今年は猛暑で雨も少なかった影響で松茸が100年に1度の不作でしたが、探し回ってなんとかかき集めました。香りがすごくよくて、会場中が松茸の香りに包まれていましたね。

上田市 キリン 官民連携 対談

―田口さんも出店されていたとのことですが、ワインに対する反応はいかがでしたか?

田口:すごくよかったですね。ワイン好きの方がたくさん来てくださって。会場が上田城だったので、広々しているし、芝生で寝転がっている人たちもいて、本当にいい雰囲気でした。初めてうちのワインを飲むという方もたくさんいらっしゃって、充実したイベントだったなと思います。

笠原:SNSでも「上田のワインって、こんなにおいしいんだ」とか「食材のクオリティが高かった」という意見がたくさんあってうれしかったですね。地元のレストランで作ってもらったスペシャルメニューも好評だったので、イベント以外でも出そうかなという話もあったりして。そうやってイベントという一つの点が、面になって広がっていくといいなと思っています。

―笠原さんは、もともと上田市とは何も接点がなかったということですけど、今はまるで地元の話をしているみたいですね。

笠原:もうね、すっかり上田ラブなんですよ(笑)。来年も、さらにパワーアップして開催したいと思っています。

「ワインが上田らしさをつなぐハブになる」

上田市 キリン 官民連携 対談
「信州上田まつたけ&ワイン祭り」の会場となった上田城跡公園にて

―今後、ワインの街としての上田が、どのようになっていってほしいと思いますか?

田口:全国的に見ても気候や土地の優位性は高いので、自然のおかげでいいワインが造れる環境にあると思います。だけど、ワインを地域に根付いたものとしてとらえてもらうということは、生産者一人ではできません。そこは行政やキリン、メルシャンさんの協力なしには、実現しないと思うんですよね。

僕らとしては、上田で本当にいいワインを造って、世界のランキングにも入って、広く認知されて、上田市民の方が誇りに思えるような存在になってほしいなと思っています。

―今のお話を聞くと、田口さんの心持ちが8年前に上田に来たときとはずいぶん変わったのではないでしょうか。地域に対する当事者意識が強くなったというか。

田口:そこは変わりましたね。来たときには仲間もいなかったので。今はみんな仲間だし、上田市やキリン、メルシャンさんにも助けてもらっていて、みんなで上田のワインを盛り上げていきたいという気持ちです。

上田市 キリン 官民連携 対談

笠原:上田って、東京から近いじゃないですか。新幹線で1時間20分くらいだから、日帰りで来る方が多い。それがもったいないなと。上田のワインを飲んで、おいしいものを食べて、温泉に泊まっていくようなツアーを作りたいですね。

「信州上田まつたけ&ワイン祭り」でも、生産者の方々に会いに行くツアーをやったんですよ。実際に食材やワインを作っている場を見せてもらうと、その環境や作り手の方々の努力が実感できるじゃないですか。そういう体験を増やしていけたら、上田の価値をさらに感じてもらえると思っています。

―それは海外の方にも人気が出そうですね。

笠原:そうそう。軽井沢まではインバウンドのお客さんがたくさん来ていますが、上田にはまだそこまで足を運んでもらえていない。その流れは変えていきたいですね。

あとは、上田ワインが飲めるお店が増えて、バル巡りができるようになったらなと。スペインの美食の街・サンセバスチャンのような。上田が、いろんなワインを飲み比べできるような街になってほしいなと思っています。そういうお手伝いをしていきたいです。

上田市 キリン 官民連携 対談

結城:私としては、メルシャンが「日本を世界の銘醸地に」というビジョンを掲げてシャトー・メルシャン 椀子ワイナリーもこの地に存在するので、上田のワインが日本ワインのブランド力を上げるくらいの存在になってほしいです。「日本ワインといえば上田だよね」と言ってもらえるような街に。

笠原さんのお話にもあったように、上田にはワインも松茸も温泉もあります。上田城で地元のワインと松茸を味わって、別所温泉や、鹿教湯かけゆ 温泉などの丸子温泉郷に宿泊するという体験は上田でしかできないことです。

ワインは、食べ物とも温泉とも、地域ともつながるもの。だから、ワインが上田らしさをつなぐハブになって、その価値が市民の誇りにもなり、世界に広がっていくような発展を目指していきたいなと思っています。

―「ワインが上田らしさをつなぐハブになる」って、すごくいいですね。

結城:ワインと上田の魅力がつながることで「上田のワインによる街づくりって、おもしろいよね」と皆さんに感じてほしいです。

このように企業と行政と地域プレイヤーの方々がつながっていくと、どうすれば地域がより活性化して、それぞれが事業を続けていけるのかが見えてきますよね。私としては、ワインやキリンの商品・サービスをきっかけとしてそのようなつながりの場を創っていくことで、個性が活きる地域社会の活性化を実現していけたらと考えています。

文:阿部光平
写真:土田凌
編集:RIDE Inc.