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PADDLERS COFFEE代表・松島大介さんに聞いた「街に居場所を作る」

食卓を囲むこと、酒場で飲むこと、生産者とつながること、フィットする働き場所を選ぶことなど、暮らしのなかの「いい時間」を紐解きながら、「あらたなよろこび」「こころ豊かな社会」を探っていく連載企画「 #いい時間 」。

第4回は、東京・渋谷区西原にあるコーヒーショップ「PADDLERS COFFEE(パドラーズコーヒー)」代表の松島大介さんです。

幼少期を中野で過ごした松島さんは「PADDLERS COFFEE」の2号店として2021年7月、この地に新店舗「LOU(ルー)」をオープンしました。

パドラーズコーヒーの2号店「LOU」

中野ブロードウェイ裏の「ふれあいロード」に突如現れる木をベースにした温かみのあるコーヒーショップ。そこには店員さんとお客さんが一緒になっておしゃべりする、賑やかな空間が広がっていました。

「僕はコーヒー屋だけど、コーヒーを作っていません。ただお店のなかでお客さんと話すだけ」と語る松島さん。
たくさんの人が行き交うカフェという場を営む松島さんにとって、「街に居場所を作る」とはどんなことなのか?
松島さんのこだわりが詰まった心地よい空間の中でお話を伺いました。

パドラーズコーヒー店主の松島大介

【プロフィール】松島 大介
1985年東京都中野区生まれ。高校から大学時代をポートランドで過ごし、2007年に日本に帰国後、「PADDLERS COFFEE」を立ち上げる。2021年に、生まれ故郷である中野区にカフェ「LOU(ルー)」をオープン。


ポートランドで感じたコーヒーショップの心地よさ

パドラーズコーヒー店主の松島大介

─本日お邪魔している中野の「LOU」は、松島さんのご実家を改装してつくられたお店だそうですね。

松島:そうなんですよ。中学の頃までは、ここに住んでいました。当時は近くにあるスケートボードショップによく通っていて、そこで会った先輩たちにスケボーや音楽、ファッションのことを教えてもらっていましたね。今も好きなカルチャーの土台は中野で育まれたと思います。

お話を伺った「LOU」は1階がカフェ、2階をゲストルーム、3階はイベントスペースになっている。イベントスペースの窓を開けると、「中野ブロードウェイ」の看板の文字が現れる。

─15歳からはアメリカのポートランドに住んでいたと伺いました。ポートランドではどのような暮らしをされていたのでしょう?

松島:ホストファミリーの家で暮らしながら、高校に通っていました。学校に行って、友達とスケボーをやって。ただただ遊び惚けていましたね(笑)。周りにはめちゃくちゃスケボーが上手い友達がいて、でも僕はそのレベルまではいけなかったので、途中からはフィルマー(スケートビデオの撮影者)をやっていました。高校卒業後はポートランドのコミュニティカレッジで映像を学びました。

─アメリカでスケートボードにのめり込んでいた松島さんが、コーヒーショップをやろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

松島:アメリカから帰ってきたのが21歳。その頃、「僕に何ができるんだろう」と悩んでいたんです。でも、特にこれといったものがなかったので、バイトをしてお金が貯まったら旅に出るというような生活をしていました。そんな感じでブラジルを旅していたときに東日本大震災が起きて、すぐ日本に帰ってきたんです。僕もできることをやらなきゃと思って。それが25歳のときです。

地元の先輩や音楽をやっている人たちが東北で一軒家を借りて支援活動をしていたので3月末には僕もそこに入らせてもらいました。その家には、日本全国から同じ想いを持った人が集まっていて、一緒に支援活動をしながら生活していたんです。そこで、多種多様な人たちがランダムに一つの場所に集まって、それぞれのスキルを共有できる場所ってすごくいいなと思ったんですよね。

各地でいろんな人に出会って、多くの経験をしてきたけど、地に足をつけたことをしたいと思っていた時期でした。行動力とコミュニケーション能力には自信があったので、そういった自分の強みを活かして、さまざまな人が行き交う場所をつくれないかと思ったんです。

そのときに思い出したのが、アメリカに住んでいた頃にスケーターの友達とよく行っていたコーヒーショップのことでした。
ポートランドには、カジュアルな雰囲気のお兄さんやお姉さんが、かっこいい建物でレコードをかけたりしながらやっているコーヒーショップがたくさんあったんです 。「そのシャツいいね」みたいな感じで気さくに話しかけてくれて仲良くなったりするんですよね。その空気感がすごく好きで。東京には、あまりそういう場所がなかったので、自分でやってみようかなと思ったんです。

人との出会いがつながって生まれた「PADDLERS COFFEE」

パドラーズコーヒー店主の松島大介

─コーヒーショップをやろうと思ってから、オープンまでどんな準備をされたんですか?

松島:コーヒーショップで働いたこともなかったので、普通ならまずコーヒーショップで働くところだと思うんですけど、僕はコーヒーの原料がどうやってできているのかを知りたいと思って、グアテマラに行きました。

─グアテマラへ!すごい発想ですね。

松島: 15歳でアメリカに行ったときも、僕は英語の成績が1でした。それでもなんとかなったから、コーヒーのことを知るのも、現地に行けば何かわかるかなと(笑)。グアテマラでコーヒーショップの人に会って、そこのコーヒーショップに1か月住み込みで、コーヒーに関するさまざまなことを教えてもらいました。

松島:その後、グアテマラからポートランド経由で東京に戻ってくるタイミングで、またいい出会いがあったんです。

たまたま街で見つけたコーヒーの試飲会に行って、そこで出会った人がポートランドで有名なコーヒーショップのゼネラルマネージャーでした。東京でコーヒーショップをやろうと思っているという話をしたら、冗談っぽいノリで「お前、おもしろいな!東京で店やるなら俺らのコーヒー豆を使ったら?」って言ってくれて。そのお店では、昔ポートランドで一緒にスケボーをしていた友達が働いていて、ご縁も感じたので、「コーヒー豆を扱わせてほしい」とお願いすることにしました。

そのコーヒー豆を扱うためには、お店の研修を受けなければいけなかったので、 ポートランドに行って研修を受けさせてもらいました。それで、そのまま契約させてもらったのが「PADDLERS COFFEE」や「LOU」で使っている「Stumptown Coffee Roasters」の豆です。アメリカではかなり知られたコーヒーブランドなのですが、当時日本で扱っているお店はなかったんですよね。

パドラーズコーヒー店主の松島大介

松島:その後、どうやってお店をやろうかなと思って。そのときに思い出したのが、東北の震災がきっかけで知り合ったコーヒー屋さんの人だったんです。

彼に「実は『Stumptown』のコーヒー豆を取り扱えることになったんですよ」って相談したら、僕よりも驚いてくれて。「Stumptown」のコーヒーが日本に来るのって、コーヒー業界からすると「ブルーボトルコーヒー」が上陸するみたいなビックニュースだったんです。

彼もちょうど次のステップを考えていたときだったので、一緒にお店をやることになりました。彼が「PADDLERS COFFEE」を一緒に立ち上げた加藤健宏です。そこから、友人に金銭面で援助してもらいながら 、パン屋さんの一角で間借りのコーヒースタンドを始めました。それが渋谷・西原の「PADDLERS COFFEE」につながっています。

みんなで盛り上がったほうが、自分も盛り上がる。商店街に学ぶ心地のいい人間関係

パドラーズコーヒー店主の松島大介

─松島さんは、「PADDLERS COFFEE」の店舗がある渋谷区西原の商店会の理事も務められているんですよね。

松島:はい。うちは祖父の代から中野で商売をやっていて、父親は商店会の会長をやっていました。そういう環境で育ったから商店会に入るのは当たり前でした。商店街って日本特有で、すごくいいカルチャーだと思っているんですよね。みんなで盛り上がっていこうっていう組織なので。

僕はお店をやるにあたって、自分たちだけで盛り上がるってことは考えていませんでした。地元の人たちと仲良くさせてもらいたかったから、商店会に入らせてもらって、会合にもできるだけ参加しています。

今では店を閉めちゃう方が次の借り手を探している時に、僕が間に入って次の借り手を見つけることもあります。そうやって街にレコード屋さんや花屋さん、雑貨屋さんなどが増えていくうちに、街の人が「松島君に言ったら人を紹介してくれる」ってことで声をかけてくれるようになったんです。

─そういう取り組みには、自分の生活圏を充実させたいという想いがあるんですか?それとも、街のためといった使命感があるのでしょうか?

松島:自分のためっていうより、これは商店街の考え方ですね。みんなで盛り上がっていくほうが、結果的に自分も盛り上がるっていう。だから、同じ商店街でよく来てくれる人にはコーヒーをディスカウントしています 。そうすると、僕が相手のお店に行くときにも、おまけしてくれたりして。そういう気持ちのいいギブ&テイクが商店街にはあると思っています 。

パドラーズコーヒー店主の松島大介

─人付き合いに心地よさを感じるのは、中野の商店街で暮らしていた頃の原体験が関係しているんでしょうか?

松島:そうですね。子どもの頃、親にお使いを頼まれていたのですが、うちは肉も魚も豆腐も買う店が決まっていました。スーパーに行けば何でも揃うのに、わざわざ全部違うお店に買いに行くっていう。そういうコミュニティの中で育っているから、自分たちもホットドッグのパンは地元のパン屋さんにお願いするし、お花は地元のお花屋さんから買うようにしてます。

あとは、飲食店をしている人がコーヒーを飲みに来てくれたり、今度は自分がその飲食店に行ったり。そういうアナログな関係性がすごく気持ちいいし、僕は好きなんです

コーヒーショップがつなぐ街と人

パドラーズコーヒー

─街におけるお店の存在って、どういうものだと捉えていますか?

松島:なくてはならないものです。コーヒーショップということで言えば、何も考えずに行ける場所でありたいなと思っています。「PADDLERS COFFEE」は来年でオープンして10年になるのですが、毎日来てくれるお客さんも多いです。そういう方は何を頼むかもわかっているし、どこに座るのが好きなのかもわかっているし、お客さん同士も知り合いだったりする。そういう場所が自分の生活のなかに一つあるだけで、僕だったらすごく楽しいなと思うんですよね。

みんな忙しいし、時には嫌なこともあるじゃないですか。でも、お店に来ているときはスマホもパソコンもいらない。ただコーヒーを飲んだり、スタッフとおしゃべりをする。そんな感じで難しいこと考えず過ごしてもらえたらなって。そのために、僕はコーヒーショップをやっていますから。

パドラーズコーヒー店主の松島大介

─実際にお店を見ていると、お客さん同士が挨拶を交わしていたり、店員さんとの距離感が近いなと感じます。お店をやるうえで、何か意識されていることってあるのでしょうか?

松島:僕らのお店ってマニュアルがないんです。スタッフには「自分がされて気持ちいいと思うことをやってください」と伝えています。友達が家に遊びに来たら、部屋は暑くないかなとか、喉は乾いてないかなとか、荷物の置き場所に困ってないかなとか想像するじゃないですか。それとまったく同じで、お客さんが困ってないかなとか、何をしたいかを常に想像して動くってことを意識しています。優しさみたいなものですよね。そういう意識でいれば、別にマニュアルがなくてもいいお店はつくれると思います。

スタッフを採用するときもコーヒーに関する知識や経験は求めていなくて、人として好きかどうかが重要だと思っています。だから、面接では最近行ったおいしいご飯屋さんのことを聞いたりして、この人はどんな人なんだろうというところを見ています。うちのお客さんが求めているのは、ディープなコーヒーの話じゃなくて、他愛もない会話だと思うので。

パドラーズコーヒー店主の松島大介

松島:僕はコーヒー屋だけど、コーヒーを作っていません。ただお店のなかでお客さんと話すだけ。自分の家にお客さんが遊びに来てくれているような感覚なんです。それが楽しいので、今の仕事は天職だと思っています。

─お話を伺っていると、お店というのは街と人をつなぐ場所なのかもしれませんね。

松島:そういう意識はありますね。僕はつなぎ役が好きだから、「あの人とあの人がつながったら、おもしろいんじゃないかな」と思って、お客さん同士を紹介することはよくあります。「PADDLERS COFFEE」は、“おしゃれカフェ”と言われることもあるんですけど、そういうつもりは本当になくて。地元のおじいちゃん、おばあちゃんも来てくれるし、若い人も来てくれるし。そうやっていろんな人が共存できるお店でありたいですね。

松島さんが、今回の企画にちなんで、取材中にかけてくれたレコード「いい時間」(EVISBEATS)。「僕は朝の時間帯が一番好き。LOUは8時からお店を開けているのですが、出勤前に寄ってもらって、コーヒーを1杯飲みながら本を読んだり、レコードで音楽を聞いてから仕事に向かう。それって、結構いい時間だと思うんです」(松島さん)。

松島:コーヒーショップというハードルが低い場所だからこそ、コミュニケーションはすごく大事にしています。こっちから自分を開けば、お客さんもオープンに話してくれたり。そんな関係性を築いていって、自然とお客さんが来てくれる店になったら最高だなと思っています。

パドラーズコーヒー店主の松島大介

編集部のあとがき

LOUの店内

「友人が家に遊びにきてもらっているつもりで接客する」という言葉を聞き、個人的にもよくお世話になっている「PADDLERS COFFEE」の居心地の良さの理由が少しわかったような気がしました。

私が住んでいる街にもいくつか居心地のいい場所はありますが、共通するのは「ちょうどいい距離感」があるということ。そのちょうどよさは、訪れるお店によって変わってくるし、同じお店でも行くタイミングによって変わったりするもので、なかなか言葉にしづらいところなのですが、そのちょうどよさを醸しているのが「友人が遊びにきてもらっているつもり」の態度なのかもしれないな、と思いました。

どんなことも打ち明けられる親密な友人もいれば、共通の趣味で話が盛り上がる友人もいる。ただお酒を飲むだけの友人もいるし、オンラインでやりとりするのがちょうどいい友人もいる。もっと喋りたい時もあれば、ちょっと放っておいてほしい時もあって、そういう匙加減を互いに伺いながら心地いい距離感を保っているのが、つまりは友人なんですよね。

そう考えると「友人の家」に足を運ぶ身としてどんな態度でいるべきか、少しだけわかったような気がしますし、これからも街で過ごすことが楽しみになってもきました。


文:阿部光平
写真:なかむらしんたろう
編集:RIDE inc.

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