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「オフィスの健康」から「働く人の健康」へ。社内新規事業「KIRIN naturals」サービス誕生までの道のり

働く人の「食」を豊かにし、いきいきと健康的に働ける職場づくりをサポートする法人向けサービス「KIRIN naturals」

2016年にキリンビバレッジの新規事業として発足し、企業と提携しながらオフィス向けの野菜や果物のスムージーデリバリー、健康セミナーのオンライン配信などを通じて、従業員の心身の健康をサポートしてきました。その結果、2020年にはブランディング活動が評価され、「Japan Branding Awards」を受賞しました。

しかし、このサービスがここまで成長するまでには多くの葛藤がありました。新規ビジネスとして、社内での反対意見があり、またオフィス向けサービスのリリースから1年後には、コロナ禍によるオフィス離れという逆境が立ちはだかりました。

そのような困難な状況の中で、時代や顧客の変化に柔軟に対応しサービスを進化させてきたのは、プロジェクト発足時から中核を担ってきた上野健史と善田英樹です。

今回は、サービスが生まれるまでの経緯や苦労を振り返りながら、キリンが目指す「健康経営」のビジョンやその背景にある思いについて話を聞きました。

KIRIN naturals担当の善田と上野

【プロフィール】善田 英樹(写真左)
キリンビバレッジ株式会社 企画部 新規事業開発室 2006年入社。法人営業部・マーケティング部を経て、2020年に新規事業開発室創設より現職。健康カテゴリの活動に携わり2016年よりnaturalsを担当。

【プロフィール】上野 健史(写真右)
キリンビバレッジ株式会社 企画部 新規事業開発室 担当部長2015年入社。マーケティング部を経て、2020年に新規事業開発室創設より現職。これまで健康カテゴリーの活動に携わり、善田とともに2016年よりnaturalsを担当。


働く大人たちに野菜を届ける最善の形がスムージー

KIRIN naturals担当の善田と上野

─「KIRIN naturals」はどんなサービスですか?

善田:「KIRIN naturals」は、働く人の健康をキーワードに、さまざまな健康施策を通じて、働く方々をサポートする健康経営支援サービスです。2019年にキリンビバレッジ株式会社の新規事業としてスタートしました。

企業さまと契約し、ともに従業員の皆さんの健康をサポートしています。
例えば、不足しがちな野菜や果物を補えるスムージーをオフィスに提供したり、栄養、運動、睡眠、免疫などに関する健康セミナーをオンラインで配信しています。単に健康を支えるだけでなく、健康リテラシーを向上させることを目的としたさまざまなサービスを提供しています。

─「KIRIN naturals」は、どのような経緯で誕生したのでしょうか?

上野:2016年4月、マーケティング部に新規事業立ち上げのオファーがありました。その時点で決まっていたのは「健康領域」での新規事業を立ち上げることだけ。何をするかはまだ決まっていませんでした。

お客さまの課題を調査していくなかで注目したのが「食」の問題です。野菜不足と果物不足は過去にも政府が対策を講じてきましたが、依然として解決されていません。これならば、政府に任せるだけでなく、民間としてできることがあるのではないかと感じ、取り組みを始めました。

KIRIN naturalsのスムージー
オフィスにデリバリーしているスムージー3種。左から「KIRIN The GREEN」「KIRIN The YELLOW」「KIRIN The RED」。野菜や果物の色合いや食感、味わいにこだわり、不足しがちな栄養をおいしく取ることができる。

上野:次に考えたのは「ターゲット」です。野菜が一番不足しているのは誰か、どの層に課題感が強いかを考えたとき、真っ先に浮かんだのが働く人たちでした。

データを見ても、忙しくて朝食をデスクで済ませたり、ランチをカップ麺やコンビニ弁当で済ませる人が多いんですね。そこで、忙しい働く人たちが仕事の合間に手軽に毎日野菜を摂取できる方法として、スムージーを採用することにしました。

外で購入すると手間や価格的で続けにくいですが、企業に補助をいただく仕組みを作ることで、従業員が気軽に毎日飲めるようにしました。実際に、スムージーを飲み始めて野菜と果物を積極的に摂るようになったことで、健康意識が高まり、その結果、運動を始めるなど、食以外にもいい影響が広が方がった方が多くいらっしゃいます。

─スムージーが健康意識の向上につながるんですね。もう一つのサービス、「健康セミナー」について教えてください。

善田:食事や運動、睡眠など、さまざまなテーマで専門家監修の体験型セミナーを企画しています。
例えば、食の資格を持つスペシャリストが食事や野菜に関する豆知識を伝える「食育マルシェ」や、睡眠インストラクターによる「快眠セミナー」など、ウェルネスプログラムを提供しています。

KIRIN naturals担当の善田

─健康セミナーはどのようなきっかけで始まったのでしょうか?

善田:スムージーサービスが形になってきた頃です。冷蔵庫に「こんなシーンで飲むといいですよ」といった健康豆知識を書いたポップやポスターを設置したところ、それを見た方々から健康に関する知識を求められるようになり、健康セミナーの企画が始まりました。

─サービスが始まった当初、「SDGs」や「健康経営」は広く叫ばれていなかったと思いますが、なぜ従業員の健康に着目したのでしょうか?

上野:その概念自体はなんとなく存在していたんですよね。ただ、今のように明確に言語化されてはいませんでした。「会社は従業員に健康を提供しましょう」というシンプルな考え方でした。
そのなかで、会社と従業員の関係性を深掘りしていくうちに、ちょうど「健康経営」という言葉が広まり始めました。

その概念が私たちの考えていた方向性にとても近く、ようやく前に進めると思いましたね。もちろん未知の領域で、社内には反対意見も多かったのですが、少しずつ方向性が固まっていった記憶があります。

KIRIN naturals担当の上野

─社内に反対派が多い中、どのように説得したのでしょうか?

上野:新規事業では反対がつきものです。社内承認を得るためには、まず結果を証明するしかないと思い、調査に留まらず実際にオフィスでテスト販売を行いました。前向きな意思決定が進まないなかで、「テスト販売をして、来月の経営戦略会議で結果をお見せしますので、そこで判断してください」と言い切ったんです(笑)。

営業をかけているうちに、導入見込み企業が決まり始めて、必死でした。急遽タクシーに冷蔵庫とスムージーを積み、オフィスに直接お届けしました。

約3週間後に得られた結果を分析し、今後のマーケット予測や、実際にサービスを利用した従業員の声をもとに、健康経営の重要性と事業の見込みを説明しました。その結果、ようやく承認が取れ、まずは1都3県の50社を対象にサービスを開始しました。

─テスト販売の結果を受けて、社内の空気はどう変わりましたか?

上野:テスト販売の結果は非常によろこばれましたね。会社からの「健康分野で新規事業を立ち上げる」というミッションの達成に近づくことができたので。

ただ、一部からは「50社程度で続けられるのか?爆発的に全国で売れなければどうするのか?」という声もありました。たしかにキリンは基本的に全国一斉発売を前提にしているので、そのように思われても仕方ないんですよね。

でも、僕たちはお客さまに直接届けてよろこばれる姿やリアルな意見をもらい、自分たちのコンセプトが世の中に貢献できると実感していたので、突き進む決意が固まりました。

─新しいサービスを始めるのは容易ではないですね。キリンが担う理由はどこにありますか?

善田:「KIRIN naturals」の根本には、CSV(※)を先導する企業として、キリンのサービス・商品を通じて人々の健康をサポートしたいという強い想いがあります。

健康市場を見渡すと、多くの商品やサービスは「健康意識の高い人向け」なんです。しかし、健康意識が低い人たちに向けた商品は需要がないため、切り込むのが難しい。だからこそ、健康意識が低い層が放置されがちで、これは社会的な健康課題でもあります。「KIRIN naturals」はこの課題に着目しました。

この課題解決の一つが「健康経営」なんです。「健康経営」は、健康意識が低い人々の健康リテラシーを向上させ、彼らが元気に意欲的に働けるようにするためのアプローチの一つ。キリンだけで直接アプローチするのではなく、企業の人事や総務の方々が協力者となり、一緒に働きかけることで効果的に課題を解決できると考えました。

多くの企業が賛同してくださる理由の一つには、キリンの信頼性があるのかなと思います。

※Creating Shared Valueの略。お客さまや社会と共有できる価値の創造。

─企業に協力者がいることで、一緒にサービスを盛り上げていけるんですね。

善田:あとは、野菜が苦手な人でも飲みやすくなるよう、おいしさと品質にはかなりこだわっています。

キリンビバレッジはさまざまな清涼飲料水を手がけてきましたが、スムージーの開発は初めての経験だったので、とても苦労しました。納得がいくまで何度も試作を繰り返し、品質とおいしさに強いこだわりを持って製品づくりに取り組みました。その結果、プロトタイプが完成した際に、製品に対する好き嫌いや関心、購入意向を調査したところ、当時市場で爆発的に売れていた他社のスムージーよりも高い評価を得ることができました。

「オフィスの健康」を謳い、1年でコロナ禍に。

KIRIN naturals担当の善田と上野

─リリースから1年でコロナ禍に。オフィスを軸にサービスを展開されている分、影響も大きかったのではないでしょうか?

上野:当時は「働く人の健康」をコンセプトに掲げていましたが、オフィスに誰もいなくなったのは明らかに危機的な状況でしたね。
新規契約は進まないし、オフィスに出勤する人がいなければ、スムージーも売れない。セミナーも開催できない。このままではビジネスを続けることができないのではないかという不安が、緊急事態宣言から2か月ほど経った2020年5月頃に出てきました。

善田:社内から反対され続けていた事業をなんとか進めてきた僕たちも、さすがに「一旦引きますか」と話したことを鮮明に覚えています。
でも、最終的には少し様子を見ようとなり、以前から提案されていたオンラインセミナーや、自宅への商品配送など、新しいアプローチを試してみることに決めました。

KIRIN naturalsの従業員向け動画配信の一部
naturalsが各企業の従業員向けに配信しているオンデマンド動画の一部。この時のテーマは「肩こり腰痛解消!簡単エクササイズ」

上野:以前、企業さまからは「オンライン設備が整っていないので、セミナーはオフィスに来て直接実施してほしい」と言われていたんです。でも、働く場がオフィスから自宅へとシフトするタイミングで、初めてオンラインセミナーを実験的に開催したところ、予想以上に大盛況で。

善田:福利厚生や健康経営は、これまでオフィスでの勤務を前提に設計されているものが多かったのですが、コロナ禍を契機に、企業の福利厚生の適用範囲が広がりました。それに合わせて、スムージーやキリンビバレッジの「プラズマ乳酸菌」を使用した飲料『iMUSE』などを、従業員のご自宅にお届けするプランも提供しました。

企業側にも課題意識が高まりました。お家時間が増えることで、従業員の運動不足や肩こり、メンタルケアなどの問題を放置するわけにはいきません。
また、顔を合わせる機会が減った分、企業として従業員に向けてしっかりとメッセージを発信しなければ、企業と社員の間に溝が生まれてしまいます。そのため、セミナーの重要性が増してきたと感じています。

─在宅ワークに対応して、サービス内容も変化させていったんですね。

善田:そうなんです。オンライン需要が高まったことで、新しいデータを取得できるようにもなりました。自宅配送のためにEC機能を整備し、従業員さんのIDと紐付けることで、より詳細なユーザー情報を収集できるようになったんです。

例えば、サプリメントを好むかどうか、健康への危機意識がどれくらいあるか、オーガニック志向なのか、ダイエットへの関心が強いのかといった情報が、アンケートや購買履歴からわかるようになりました。
そのデータを活用して、例えばダイエット志向が強い会社にはエクササイズ系のセミナーを提案したり、内面からの健康を重視する社員が多い企業には、ヨガやピラティスのオンライン配信を行ったりと、よりパーソナライズしたアプローチが可能になりましたね。

上野:今、話していてあらためて気づいたのですが、通常はサービスを完成した形で提供する方が効率的ですよね。でも、僕たちはお客さまのニーズに合わせて、日々進化させてカスタマイズしているんです。

その方が、結果として満足度が高くなるじゃないですか。
サービスは使ってもらわなければ意味がないし、単に数値目標を追うだけの提供では空虚な感じがします。せっかく提供するからには、従業員の皆さんに本当に健康になってもらいたい
そのために、既成のパッケージではなく、お客さまに合わせて柔軟に対応する。コロナ禍を通じて、「KIRIN naturals」の本来の強みが際立ったと感じています。

KIRIN naturals担当の善田

─オンラインを活用したサービスが充実し、お客さまからはどんな反応がありましたか?

善田:「キリンさんにお願いすると、ここまで従業員のことを掘り下げて考えてくれるんだ」という声を多くいただいています。これまでBtoCで培ってきたお客さま中心のマーケティング手法を、そのまま「従業員中心」に置き換えて活用しているんです。

例えば、導入前には必ず各企業と事前にヒアリングを行い、サービス内容をセミカスタマイズしています。さらに、その企業に合わせてセミナーのタイトルや内容を変えたり、アンケートを実施して次回の企画に活かしたりと、従業員さんのニーズに基づいて柔軟に対応しています。
ここまで踏み込んで従業員分析をしているサービスもなかなかないと思います(笑)。

─2020年には、日本のブランディング施策を評価する「Japan Branding Awards」を受賞されたと聞きました。

上野:この受賞は、顧客視点に立ったマーケティング施策の立案と、その実行力を評価していただいた結果だと感じています。僕たちの活動は、単なるビジネスとしての利益追求ではなく、「お客さまに健康を提供する」という本質的な目的に根差しています
これからも、企業と協力しながら一緒に課題解決を進め、従業員の健康サポートに真摯に向き合っていきたいですね。

キリンが考えるこれからの健康経営とは

KIRIN naturals担当の上野

─健康や働き方の面で、これから起こりうる社会問題に対して、「KIRIN naturals」が取り組めることは何だと思いますか?

善田:やっぱり、従業員の声やニーズをしっかりと汲み取り、それを具体的な形にしていくことが全てかなと。それこそが、キリンが大切にしている部分ですし、「KIRIN naturals」としても、企業としても最大限の力を発揮できるところだと感じています。

─これから「KIRIN naturals」をどのように成長させていきたいですか?

善田:先ほども触れましたが、従業員の皆さんの声を、さらに精度高く収集していきたいですね。そうすることで、新たなサービスが生まれていくと思います。リアルな声を細かく拾い上げ、セグメントごとにプログラムをカスタマイズしていけるようにしたいです。

KIRIN naturals担当の善田

上野:さまざまな検証を重ねるなかで、ようやく「これをするとこうなる」という成果が見えてきました。現時点ではまだ小さなサービスですが、今後はさらにいい影響を広げ、健康意識を浸透させていきたいと思っています。

これからの時代、健康経営は世界的なスタンダードになるはずです。働く人々の健康を支援することができれば、次はさらに裾野を広げていきたいですね。例えば、高齢者や地域住民、子どもたち、個人事業主や専業主婦・主夫の方々など、企業に属さない人々にもサービスを届けていければと。

今のところ具体的なプランはありませんが、あくまで構想の段階です(笑)。ただ、「KIRIN naturals」を通じて、社会全体がお互いに健康になれる仕組みをつくり上げていけたらと思っています。

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「KIRIN naturals」は、働く人の健康をサポートする新たな取り組みとしてスタートしました。従業員の皆さんが、心身ともに健康的に働ける未来を目指し、時代に合わせたライフスタイルの変化に対応しながら、日々サービスを進化させています。

次回は、実際に「KIRIN naturals」を導入されたお客さまとの対談をお届けします。サービス導入の背景や社内での変化、さらに企業が目指す「健康経営」の在り方について、お話をうかがいます。

文:山城さくら
写真:土田凌
編集:RIDE inc.