老舗居酒屋『大甚本店』と営業マンが一連託生で挑んだクラウドファンディングの軌跡
1907年に創業し、100年以上の長きに亘って名古屋で愛され続けてきた居酒屋『大甚本店』。
戦後の復興期に建てられたままの姿を残す店内には、さまざまな料理が盛りつけられた小鉢が並んでいて、お客さんはそこから自由に食べ物を選んで席につきます。
平日でも開店時間の16時になればたちまち満席になってしまうため、相席で座るのが基本。たまたま隣になった人と会話が弾み、意気投合してしまうなんてことも、ここでは珍しい光景ではありませんでした。
ところが、新型コロナウイルスの流行により状況は一変します。
三密を避けるため相席での飲食は難しくなり、売上が通常の1割程度にまで落ち込むこともありました。そんな状況下で大甚本店がはじめたのがクラウドファンディングでした。
「次の100年を皆様と一緒に作りたい」という想いを掲げた老舗の挑戦に、全国のファンから支援が集まり、なんと初日にして目標金額の100万円を突破。
最終的には663人の方から、700万円を超える支援が集まったのです。
しかし、このプロジェクトがはじまる前、『大甚本店』の4代目を務める山田泰弘さんはクラウドファンディングについてまったくの無知だったといいます。
そんな山田さんにクラウドファンディングの提案をしたのは、キリンビールの営業マンでした。
『大甚本店』の営業担当になってわずか半年だった辻本希光は、自身も未経験の状態からクラウドファンディングについて勉強を重ね、リターンの減価率などを計算した上で山田さんにプランを提案。
SNSのアカウントを立ち上げて積極的に情報発信を手伝うなど、営業職の枠を飛び越えて、目標達成のために尽力したのです。
そうして初めてのクラウドファンディングに成功した山田さんと辻本に、手探りで進んできた挑戦の日々を振り返っていただきました。
お店もお客も4代目!老舗ならではのよろこびが溢れる光景
─大甚本店さんは今年で創業114年目。ひいお爺さんの代からはじまって、山田さんで4代目になるんですよね。
山田:そうですね。だから、お客さんでも3代、4代で来てくださっている人が多くいらっしゃいます。「じいちゃんに連れて来てもらってたんですよ」みたいな方が。そういうのは嬉しいですね。
─それは老舗ならではの光景ですね。建物も1954年から70年近く変わってないということですが、当時からこの辺りは飲食店の多いエリアだったんですか?
山田:この辺は、1945年の名古屋大空襲で全部焼けているんですよ。そのときに創業当時の『大甚』の店舗も焼失しました。そこから復興して、最初は銀行がたくさんできたんです。だから、うちの店が再建された頃は、飲食店は少なくて、会社ばっかりの街でしたね。
─キリンビールとの付き合いがいつ頃からはじまったかというのは、記録として残っているのでしょうか?
山田:うちの1階にすごく古いキリンのポスターがあるんですよ。森繁久彌さんとか、佐久間良子さんとか、当時の大スターが描かれているポスターなんですけど。それが、この建物を建てた頃からあったらしいので、少なくとも1954年くらいにはキリンビールさんとの付き合いがあったみたいですね。
─では、70年近いお付き合いが。
山田:そうですね。父親から聞いた話では、今うちが仕入れをしている秋田屋さんっていうキリンの特約店とは、大正7年からの付き合いらしいです。
─大正7年ってことは…1918年!
山田:そうですね。はっきりとした記録は残ってないんですけど、おそらくその頃からキリンビールを仕入れていたんじゃないかと思います。
─辻本さんが大甚本店さんの担当になったのは、いつからだったんですか?
辻本:2020年の10月ですね。1回目の緊急事態宣言を経て、少しずつお客さまが戻りつつあった時期から担当させていただくことになりました。ちょうど、これから徐々に盛り返していくぞというタイミングでした。
─そういう状況のなかで、辻本さんがクラウドファンディングをやろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
辻本:『大甚本店』さんの担当になった直後の2021年1月に、2回目の緊急事態宣言が出たんです。そういう状況下で自分たちにできることの一つとして、お客さまである飲食店の方々が必要としているであろう情報を集めて共有するという取り組みをしていました。テイクアウトのノウハウや、支援金申請手続きといった情報をまとめてお伝えしていたんです。そういった情報の一つに飲食店向けのクラウドファンディングがあって、山田さんにご提案させていただいたのがきっかけになりました。
─クラウドファンディングの提案を受けたとき、山田さんはどういったご感想でしたか?
山田:僕はクラウドファンディングってものが何なのか、まったく知らなかったんですよ。だけど、辻本さんからいろいろと教えてもらって、自分でもちょっと調べてみた結果、「まぁ、やって悪いものではないんだな」と思いました。ちょうど、その頃、売り上げが50%くらいまで落ち込んでいたので。
ただし、「売り上げが落ちているので助けてください」っていうのはやりたくなかったんです。そうじゃなくて、「次の100年に向けての事業を作っていく」という気持ちで挑戦することにしました。
創業114年の老舗が挑む、次の100年に向けた事業
─山田さんが考えていらっしゃる「次の100年に向けての事業」というのは、具体的にどういったものなのでしょうか?
山田:僕は店のことを1,000個変えたいと思っているんですよ。そうすれば、もっとよくなっていくと思っていて。で、そのうちの一つがキッチンを変えることだったんです。
というの、うちのキッチンは建物と同じときにできたものなので、古くて狭いんですよ。だから人が横に並んで立つことはできるんだけど、一緒に作業するってことは難しくて。せめて一般的な飲食店くらいのセンターテーブルがあって、ガス台とシンクが離れた場所にあって、人が行き来できるようなスペースはほしいなと。何年か前から、そう思ってたんですよ。
─古い建物には趣があるという良い面だけでなく、狭くて作業が難しいという側面もあるんですね。
山田:そうなんですよ。もともとうちは午前中に煮物を仕込んで、それを売ったら終わりという店だったんです。あとは、お刺身を切って出したり、焼き鳥を1日に20本ほど出すくらいで。今まではそれで間に合っていたんですけど、それだともう売上が頭打ちになっちゃって。
─作った分しか売らないから。
山田:そうそう。昔はね、それでいいと思っていたんです。むしろ、営業時間内に売り切れちゃうのが誇らしいような気持ちもあって。だけど、営業時間が9時までなのに7時には何も提供できるものがなくてお客さんを断るのは、ちょっと違うよなと思ったんですよ。売上も伸びないですし。
そんなことを考えていたときに、大きなカフェで調理経験がある料理人が入社してくれて、彼といろいろ相談するなかで、「出すものがないなら、作ればいいじゃん」ってことになったんです。まぁ、ごくごく当たり前のことなんですけど(笑)。
─なるほど(笑)。
山田:そういうごく普通のことが、今まではできてなかったんですよ。今では、小皿料理や洋風メニューなど常時80種類以上用意しています。
キッチンを何とかしたいという気持ちは、コロナ禍でますます強くなりました。2020年の3月から売上が下がりだして、作ったものが売れ残るようになり、4月には売上が前年の1割程度まで落ち込んだんですよ。これは何とかしなきゃいけないってことでテイクアウトをはじめたんですけど、それがありがたいことに好評で。
もともとうちは小鉢に入れて並べた料理をお客さんに取っていってもらうスタイルの店なんですけど、それをそのままパックにして売ったんです。それが1日に700パックも売れて。
─おぉ!みなさん、家で『大甚本店』さんの小鉢を楽しみたいという気持ちがあったんでしょうね。
山田:だから、テイクアウトもちゃんと一つの事業にしようと思ったんです。そのためにも広いキッチンが必要になってきたんですよね。とはいえ、コロナ禍で全体の売上は落ちている状況で…。しかも、うちの父親は、銀行からお金を借りるのが嫌いなんですよね。
だから、クラウドファンディングのお金などを基に、キッチンを改修できればと思ったんです。
─それが「次の100年に向けての事業」のひとつだったんですね。
─クラウドファンディングのリターンを見ると、食事チケットは額面よりもお得に利用できる値段設定になっていましたよね。
山田:そうですね。当時、僕もクラウドファンディングのことはよくわかってなかったんですけど、「もし自分が支援をするなら、少しくらいは見返りがあったほうがうれしいよな」と思って。もちろんお気持ちをいただくというのもうれしいですし、それに対してはこっちも気持ちでお返ししようと思うんですけど、やっぱり額面以上のもの出したいなと。その辺りは、辻本さんと相談しながら決めました。
─食事チケットの価格設定は、辻本さんが原価などを計算したうえで決めたと伺いました。
辻本:そうですね。僕も初心者なので、クラウドファンディングの本を読んだりしながら勉強していくなかで、やっぱりリターンはお客さんにもメリットがあることが大事だなと思って。その辺りのことを山田さんも理解してくださったので、赤字にはならないように計算してご提案させてもらいました。
─お店で使っているものと同じ徳利や盃を出したリターンは人気で、あっという間に品切れになったそうですね。
山田:あれは本当にオリジナルのもので、岐阜の窯で作ってもらったものなんです。だけど、その窯がなくなってしまったから、もう二度と同じものは作れないんですよ。
─そんなに貴重なものだったんですか!
山田:だから、これまでも譲ってほしいというお客さんがいても、みんなお断りしていたんです。でも、そうも言っていられない状況だからと思って倉庫に行ったら、けっこうな本数があって。聞いたら、2代先の分まで作ってあったらしいんですよね。それで100本だけクラウドファンディングのリターンに出すことにしました。
山田:それでもここまでの反響は予想してなかったですよ。
─初日で目標金額の100万円を突破したんですもんね。
辻本:最終的には700万円を超えるご支援が集まりました。
─支援者の方からのメッセージも熱かったですね。「息子が成人したら絶対行きます」とか、ずっと残っていてほしいという気持ちを感じるメッセージがたくさんありました。
山田:本当にありがたいですね。読みながら泣いてましたもん。
営業職の本質は、お店を盛り上げること!
─キリンの営業の方がお店にクラウドファンディングを提案するというのは、これまでにも前例があったんですか?
辻本:いろいろあたってみたのですが、私が認識している限りはないようです。
─前例がないことをやるうえで、会社の反応はどうでしたか?
辻本:もともとお店さんに共有していた情報は、会社のサポートチームがまとめてくれてたものだったので、「挑戦してみるのはすごくいいと思う」といった反応でした。「思っているようにいかないことも多いだろうし、理想と現実のギャップもある」という話もありましたけど、最終的には「歴史もあり、ファンも多い『大甚本店』さんなら、うまくいく可能性も高い」と背中を押してくれましたね。
─クラウドファンディングに合わせてSNSをはじめるというのも、辻本さんからの提案だったそうですね。
辻本:クラウドファンディングの準備をするにあたって、本当に毎日のように打ち合わせをさせていただいて、そのなかで少しでも情報に触れてもらう機会を増やそうということでTwitter、Facebook、Instagramをはじめることになりました。
山田:最初は、辻本さんから「SNSは広報的な役割だから、できれば毎日何かしらの情報を発信してください」って言われたんですけど、なかなかできなくて(笑)。それでも何とかやっているうちに、少しずつフォローしてくれる人も増えて、Twitterでバズることなんかもあったりしてね。
─具体的には、どんな情報を発信しているんですか?
山田:例えば、うちのテーブルはすべて1954年から使っているものなんですけど、ほとんどが檜で、一つだけ桜が使われているものがあるんです。それが節のない綺麗な一枚板なんですよ。あれだけの厚さで、節のない桜の一枚板は、おそらくもう現存しないと思います。そういう情報をSNSにあげていました。
─そういう話って、なかなかお店でお客さんに話す機会はないですもんね。
山田:ないですね。他にも床には鉄平石が使われていたり、階段は欅だったりと、わざわざお客さんに説明しないような情報がいっぱいあるんですよね。もうボロボロだけど、椅子や土壁、燗をつけるかまどなんかも、この建物ができたときから使い続けているものばかりですから。
─語ろうと思えば、いくらでも語れるものばかりなんですね。そういった情報をSNSで発信することで、接客とは別の接点を持てる新しいチャンネルができたわけですね。
山田:まさにそうですね。
─営業の人って、単にお酒の取引をするだけではなく、リターンの原価計算とかSNSの運営とか、そういうことにまで携わるんですね。
辻本:僕がこういう関わり方をするのは『大甚本店』さんが初めてなんですけど、やっぱりお店をどうやって盛り上げていくかというのが営業の仕事なので。
山田:普通はビール会社さんって、こういうことまではやらないですよ。2ヶ月に1回くらい店に来て、「おはようございます。どうですか?」みたいな話をして、「またよろしくお願いします」なんて言って、10分で帰っていくみたいなのが普通ですから。キリンの営業の人だって、いろいろいましたよ。
─(笑)。
山田:でも、辻本さんは最初からすごく頻繁に顔を出してくれて。クラウドファンディングのときも、僕は何もわからなかったですけど、すごく勉強した上で提案してくれたので、「そうなんですか。じゃあ、お願いします」って、ほぼおまかせでお願いしましたね。
─そうやって徐々に信頼関係が築かれていったんですね。
お客さんに「明日からも頑張ろう」と思ってもらえる店であるために
─先ほど山田さんは「店のことを1,000個変えたい」とおっしゃっていたじゃないですか。反対に、伝統あるお店として「これだけは変えない」とか「守っていきたい」と思っているのは、どういう部分ですか?
山田:食べ物については、今まで出してきたメニューは基本的に全部そのまま残しています。それに少しずつ足していってる感じですね。
今までうちの店は、油を使ってなかったんです。フライパンすらない店で、煮物がメイン、焼き物が少しあるくらいで、ご飯類と揚げ物と焼酎は絶対にやらなかったんです。だけど、もうそんなこと言っていられないし、お客さんからの要望もあったのでメニューに加えることにました。
─本当に昔のままのメニューで営業していたから、フライパンも必要なかったんですね。
山田:そうそう。だから、キッチンの壁も土壁で、油を使えるようにするためにステンレスを貼って、換気扇もフード付きのものにしたんです。
─そうやって少しずつメニューを増やしていったんですね。
山田:そうですね。だから、増やしたことはあっても、減らしたことはほとんどないですよ。机や椅子もそのままだし、いまだにお会計はそろばんだしね。むしろ、変えてない部分のほうが多いと思います。
─昔からあるものを守りつつ、新しいものを積極的に取り入れている山田さんが思う“『大甚本店』らしさ”って、どんなところですか?
山田:うちはもう、“楽しい”っていうのが第一だと思っているんですよ。食べて、飲んで、おいしいっていうのもあるんですけど、スタッフとの掛け合いや、隣の席になったお客さんとの会話、何十年も変わってない空間なんかも含めて、この場を楽しんでもらいたいなと思っています。
お会計をして帰るときに「おいしかったよ」とか「ごちそうさま」って言っていただくのも嬉しいんですけど、やっぱり一番は「楽しかった」って言ってもらったときなんですよね。食べることも、会話も含め、店にいた時間が楽しかったと思ってもらえるようにしたいですし、そういう過ごし方をしてもらえるのが“『大甚本店』らしさ”だとも思っています。
─おいしいものを食べたいとか、人と話したいとか、居酒屋さんに行く理由はいろいろありますけど、その根幹にあるのは確かに「楽しい時間を過ごしたい」って気持ちですよね。
山田:うちでは、愚痴を言ったり、喧嘩をしたりする人がほとんどいないんですよ。部下に説教をする上司とかね(笑)。
─たまに居酒屋さんで見ますよね、そういうシーン(笑)。
山田:ここでは、ほぼそういう場面を見たことがありません。最近は若い人が上司と飲みにいきたがらないって話も聞きますけど、うちは上司と部下で一緒に来られるお客さんも多いですしね。
─そうなんですね。オープンな場だから、説教などが起きにくいっていうのもあるのかもしれませんね。
山田:そうかもしれないですね。そもそも居酒屋っていうのは、説教をする場ではないので。それは会社でやればいいことじゃないですか。飲みに行ったときは楽しく、次の日につながっていくような時間を過ごしてほしいですね。「じゃあ明日からも頑張って仕事しよう」っていう気持ちで帰ってもらえるような店でありたいなと思っています。
─歴史があって、常連さんも多いお店を担当するというのは、辻本さんとしてもプレッシャーがかかることだと思いますが、今後はどういうお付き合い、お仕事をしていきたいと思っていますか?
辻本:クラウドファンディングをきっかけに、山田さんとはいろんなお話をさせていだたくようになったんですよね。そういう関係性で一緒にお仕事をさせてもらえるのは本当にありがたいことですし、これからも大甚本店さんのご繁盛に繋がるようなご提案をしていきたいと思っています。僕ら営業の人間ができるのは、そういうことだと思っているので。
***
コロナ禍で大人数での飲み会ができなくなってから、もうすぐ1年半が経過します。
今ではすっかり外で飲めない日常が当たり前になってしまいましたが、「楽しく飲んで、明日からも頑張ろうと思ってもらえる店でありたい」という山田さんのお話を聞いて、改めて居酒屋さんは生活に欠かせない場所なのだと感じました。
誰かにとって必要なお店を少しでも支えられるよう、キリンビールの営業部もできる限りの努力を続けていきたいと思います。
【店舗概要】
『大甚 本店 (だいじん)』
住所:愛知県名古屋市中区栄1-5-6
営業時間:
[月~金]16:00~21:00(L.O)
[土]16:00~20:00(L.O)
定休日:日曜・祝日
電話番号:052-231-1909
Twitter:@daijin1907
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