『一番搾り』のビール仕込粕が、ファンケルの化粧品包材に?2社の課題から生まれた、環境想いな「容器」開発
2019年に資本業務提携を結んだキリンホールディングスとファンケル。連載企画「#ファンケルとキリン」では、“食と医のキリン”と、“美と健康のファンケル”の2社がタッグを組むことで生まれるシナジーと、その可能性について探っています。
今回は、ビールの製造工程で麦汁を搾ったあとに残った粕で、ビール製造において最も大量に発生する副産物の「ビール仕込粕」から作られた化粧品包材の開発について、両社の研究担当者に話を聞きました。
この取り組みについて、「資本業務提携があったからこそ、開発につながった」と、ファンケルの⻘木秀彦さんは話します。
キリンホールディングスのパッケージイノベーション研究所でペットボトルの設計開発などに携わる永谷明子は、この開発を契機に副産物のさらなる活用についても意欲を見せています。
商品は「中身」だけでは完結しません。すこしマニアック、だけれど大事な「容器」の世界を覗いてみましょう。
『一番搾り』のビール仕込粕が、プラスチックになる?
―ビール製造時の副産物から、化粧品包材の開発に辿り着いた経緯を教えてください。
青木:ファンケルは、環境配慮の一環として、パウダーファンデーションなどのレフィル(※詰め替え品)を販売することで、コンパクトケースを繰り返し使えるようにしています。
現在、レフィルの包材(透明なパッケージ)には、PET素材を用いていますが、さらなる環境配慮を目指して、植物由来の包材素材の必要性を検討してきました。
永谷: キリンは、商品製造時の副産物を利活用する道の一つとして、主にバイオプラスチック研究開発や製造を行っている株式会社事業革新パートナーズさまと協力し、『一番搾り』のビール仕込粕からヘミセルロース抽出について相談していました。
それをファンケルさんにご案内すると、ちょうどファンデーションのリニューアル時期だったこともあり、導入の検討が始まったのです。
―ヘミセルロースとは何ですか?
永谷: 木材や穀物といった植物の細胞壁に含まれる成分の一つです。ヘミセルロースは、樹木や植物を構成するうちの約20〜30%を占めていますが、利用率は1%未満で、ほとんどが廃棄されてきました。
事業革新パートナーズさまは、ヘミセルロースを原料とするバイオプラスチック開発に世界で初めて成功した企業です。
植物由来のヘミセルロースを用いた包材は、石油由来の原料を使用しないので、二酸化炭素を増やさず地球温暖化の対策になります。
さらに、原料が植物由来であるため、プラスチックのような見た目と特徴を持ちながらも、燃えるゴミとして捨てられるメリットがあります。
―キリンとしてはビール製造時の副産物について、どういった課題があったのでしょう?
永谷:現状、ビール製造時の副産物は、家畜の飼料やキノコの栽培に使われていますが、今後の酒税改正で発泡酒や新ジャンルのビールの税率が統一されてくる影響を鑑みると、ビールの消費が増えることが予想されます。そうなると、ビールの仕込量が増えることに伴って、先々の副産物が余ってしまうという懸念がありました。
そんななかで、事業革新パートナーズさまの研究によって、ビール仕込粕からヘミセルロースが一定量抽出でき、安定した品質が得られることがわかりました。
樹木や木材から抽出するとなると、通常は粉砕してチップ状にしなければなりませんが、ビール仕込粕はそもそも麦芽のため、そういった前処理が必要ないという利点もあって。
両社の課題がマッチし、国内の化粧品業界で初めての取り組みへ
―ファンケルは植物由来の包材素材を見つけたかった。キリンはビール製造時の副産物の利活用を探っていた。両社の課題が、ここでマッチしたわけですね。
青木:もともと、植物由来の包材として、 植物の細胞壁や植物繊維の主成分である「セルロース」を用いるアイデアは以前からありました。セルロースは焼却処分をしても大気中の二酸化炭素にあまり影響を与えず、地球温暖化の対策にも有効と言われています。
しかし、成形加工がしにくいため、セルロースのみでは化粧品などの包材となるシートを製造することは難しかったんです。
そこで、『一番搾り』のビール仕込粕から抽出したヘミセルロースを混合してみると、流動性が高く、加工性も向上したシートの製造条件を見いだすことができました。
開発初期はシートの厚みが均一にならなかったり、ビール由来の香ばしい香りがしてしまったりと、なかなか難航しましたが、最終的に形になってよかったです。
ファンケル調べではありますが、ビール仕込粕から抽出したヘミセルロースを化粧品包材に採用するのは、国内の化粧品業界では初めての取り組みとなりました。
―製造されたシートは、燃えるゴミとして捨てられることに加えて、環境に対してどのようなプラスの影響を与えることができるのでしょうか?
青木:プラスチック製よりも軽量化したことで、大量に輸送する際に重量差が生まれ、輸送時のCO2排出量を減らせるでしょう。ただ、軽くなることは強度とのトレードオフになります。最低限の強度は保ちつつ、材料をできるだけ少なくすることが重要です。
青木:今回開発した化粧品包材は、このように複数個をスタッキング(※重ねた状態)して輸送します。その際に、輸送時の振動でズレが起きたり、荷重がかかりやすい下部の包材や中身が潰れたりしないように、形状で強度を担保する工夫をしています。
また、環境面ではありませんが、植物由来の材料を使った容器にすることで、捨てる際の心理的負担も軽減できると考えています。
中身を守る“容器”も合わさって、商品はやっと完成する
ー難航した開発の過程についても聞かせてください。どういった点が難しかったですか?
永谷:まずは、透明性を高めることでした。ビール仕込粕から抽出されたヘミセルロースは、ビールのように黄色味がかっています。
“ビール由来”をアピールする意味で、その色を生かした容器にするアイデアもあったのですが、化粧品は美しくなるためのアイテム。ファンケルさんの商品の美観を損ねてしまうのは好ましくないということで改善が求められました。
青木:透明でないことは、製造でも影響します。ファンデーションを機械で押して容器に入れる際に、細かな粉がはみ出ることがあるんですが、工場ではそれらを目視で検査して、必要に応じて蓋を開け、粉を取り除く作業をします。容器に色がついていると、どうしても目視での検査が難しくなってしまうんです。
青木:商品について話すとき、話題になるのは容器ではなく、“中身”についてですよね。ただ、中身を守る容器の確かな品質も合わさって、商品はできあがります。
その点においても私自身は、ものづくりの観点から容器開発の仕事におもしろみを感じています。
ただ、容器のトラブルは非常に目立ちやすい。中身が漏れたり、落として割れたりしないような品質を担保しています。しかし、中身と容器が合わさった際によく問題が起きるんです。
例えば、「ポンプで中身の取り出しがうまくできない」「中身の成分と容器が合わず、変色・変形してしまう」といったトラブルはつきものです。それを開発段階で、しっかり発売までに解決しておくのが、私たち容器開発グループの仕事です。
ーそのうえで、ヘミセルロースのシートは、化粧品包材の他にも使っていく予定ですか?
青木:他の商品への展開も考えています。例えば、リップやコンシーラーの保護キャップといった、現状ではPETを用いているものについても代用できるか検討中です。
解決すべき問題はいろいろあるのですが、うまく対応していきながら、植物由来の包材素材へ切り替えていきたいですね。
ーファンケルとして、環境対応品へ転換していく方針はありますか?
青木:2030年までに化粧品やサプリメントの容器を100%環境対応にするという目標があります。私たちの環境対応は、リユース、リデュース、リサイクル、リニューアブルから成る「4R」のいずれかを満たすものと定義しています。
今回のケースだと、リデュースやリサイクルが当てはまるかと思うので、目標に向けて進んでいきたいと思います。
新しいアイデアのために、常に生活からアンテナを張っておく
ー今回の取り組みのなかで、さらに進めてみたいアイデアや、新たに見えた可能性があれば教えていただけますか?
永谷:ビール製造以外にキリンビバレッジの方でも、商品生産時に副産物が出ています。
そこで現在、ファンケルさんのグループ会社である「アテニア」のクレンジングオイル容器に使うパーツに、キリンビバレッジの飲料生産工場から出るペットボトル不要キャップの利活用をはじめました。不要キャップを粉砕して、別のパーツとして生まれ変わらせているんです。
このように副産物の用途は広がってきていますが、さらなる環境への対応を含めて、一緒にできることを探っていけたらと思っています。
ー業務提携してから、そのような取り組みは加速したと感じますか?
青木:そうですね。キリンさんと提携後はさまざまなご提案をいただいています。素材やデザイン、中身との兼ね合いも考慮しなければならないので、採用が難しいケースもあるのですが、今回こうして形になるものが生み出せたのは、良い事例になったと思います。
永谷:ファンケルさんのスタンスメッセージは「正直品質。」です。何より大切にしている品質が、消費者からの支持を得ている理由でもあります。そこを阻害しないような取り組みは前提としつつも、シナジーを創出できるようなご提案は続けていきたいです。
ー最後に、今回のような取り組みを加速させていくために、研究者が意識すべきことはなんでしょうか?
永谷:常に日常生活からアンテナを張っておくことでしょうか。自分が実際に使うものや目にするもので「ここが、こうなったらもっと良いのに」という点を見つけることが大切だと思います。
キリンの社内では、業務外での研究やアイデア創出などを目的とした「アイデア創発活動」が行われています。担当業務に限らず、自発的な研究や検証など、新しいアイデアを創出するための活動時間が設けられていて、そこから製品が生まれることもあります。今回のビール仕込粕のアイデアもその一つなんです。
目の前の仕事には集中しつつも、どうにか余裕を持たせて、自分が楽しくなるアイデアを見つけていきたいですね。
ー日用品の開発は、消費者であり生産者であることを強く感じられる仕事ですね。そこに、ものづくりのおもしろさも現れやすいのでしょう。
青木:私もドラッグストアなんかで容器の底を見て、容器メーカーを確認するのがクセになってしまっていて。パウチ容器も見る人が見れば、メーカーを識別できるものです。一種の職業病ですね(笑)。
そうやって情報をいろいろ集めて、諸要件を考慮しつつも、何よりお客さまへ安心なものを提供できるようにすることが大切だと思います。
ヘミセルロースの利活用のように、これからも新しい材料が登場してくると思いますが、地球環境への負荷が少なく、製品に悪影響がないものであれば、どんどん作っていってほしいです。
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次回の「ファンケルとキリン」では、キリンの熟成ホップ技術を採用した、ファンケルのクレンジングオイル開発の裏側に迫ります。
どうぞ、お楽しみに。