原料生産地からビールの里へ。ホップ畑から始まる遠野のビール造り【FARM to SVB #02】
日本の地域の魅力を知ってもらいながら、農作物からつくられるビールの多様性を楽しんでいただきたいという想いから始まった「FARM to SVB」プロジェクト。
これまで同プロジェクトでは、全国各地の生産者さんを訪れ、広島の八朔や北海道のハスカップなど、地域で生産されている特徴的な農作物を使用してビールを造ってきました。
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ビールは麦芽、ホップ、水を主原料とし、酵母を加えて発酵させた醸造酒です。つまり、素材のすべてが自然由来のもの。大きな工場で造られるビールでも、この基本原則は変わりません。
この中でも、ビールのテイストに大きな影響を与えているのがホップです。
ホップは、品種や使い方によって味わいや香りを大きく変えることから“ビールの魂”とも呼ばれています。
そのホップの国内最大の生産地である岩手県遠野市を、SVB東京のヘッドブリュワー・古川淳一が訪れました。
収穫期を迎えたホップ畑の様子や、普段はなかなか見ることのない加工工場内での作業、そして2018年5月にオープンしたマイクロブルワリー『遠野醸造』へのインタビューなどをお届けします。
緑のカーテンのように生い茂る美しいホップの畑
ホップ栽培で50年以上の歴史を誇る遠野市では、現在「ビールの里構想」というプロジェクトが進められています。これは、単なる原料生産地になるのではなく、自分たちでビールを生産することで、畑からグラスまでが地続きになっている遠野のビール文化を伝えていこうという取り組み。
「ホップの里からビールの里へ」というビジョンのもとに集まった地元のホップ農家さんと、ビール造りに興味を持つ若い移住者の人たちが手を取り合って、ビールを基軸にした新しい街づくりが行われています。
古川が最初に訪れたのはホップ畑。ちょうど収穫期を迎えた畑では、国産ホップ『IBUKI』の刈り取り作業が行われていました。ホップはアサ科のツル性多年草で、ビールに使用されるのは毬花と呼ばれる花の部分です。
『IBUKI』のツルは成長すると12mにもなりますが、花(毬花・まりはな)がつくのは先端から5メートルの部分のみ。
7月になって花が咲き始める頃には、それぞれのツルに葉が生い茂り、畑全体が緑一色に。何本ものホップのツルが整然と並ぶ様子は、まるで緑のカーテンのようで、収穫前には幻想的な風景が見られます。
ゆっくりと暑い時期を過ごした毬花の中には、ルブリンという黄色い粉が生成されます。これがビールに独特な苦味や香りをもたらす成分。
それに加え、ビールの泡立ちをよくしたり、雑菌の繁殖を抑えて腐敗を防ぐ効果もホップにはあります。まさに、“ビールの魂”といえる素材なのです。
収穫から出荷まで、すべてが市内で行われる遠野産ホップ
畑で収穫されたホップは、すぐさま遠野市内の加工工場へと運ばれます。ここで働いているのは、ホップ農家のみなさん。遠野のホップ農家さんは、それぞれ自分の畑で栽培を行いながら、収穫期には工場で一緒に加工作業をしています。
遠野で採れたホップはすべてここに集まり、すぐに加工されます。機械で作業できない部分は農家の奥さんたちが手作業で丁寧に選別。
慣れた手つきで仕事を進める女性たちの姿は、まさに熟練の職人といった佇まい。
毬花だけになったホップは乾燥室へ。乾燥した毬花は、ほんのりと香ばしい匂いで、ふわっとした軽い感触に。
これを送風機にかけて水分量を9%に戻したあと、プレス機でペレットという粒子状のものに加工します。この状態になって、ようやく全国のビール工場へと出荷。
このように遠野のホップは、収穫から加工、出荷までがすべて市内で行われているのが特徴です。
また、遠野のホップ工場には、日本で唯一「凍結粉砕ホップ」専用ラインもあり、この「凍結粉砕ホップ」から『一番搾りとれたてホップ生ビール』や、スプリングバレーブルワリーの『Hop Fest』が造られます。
驚くべきことに、「凍結粉砕ホップ」で造られるビールは、ホップの収穫からビールとして出荷されるまでの工程がすべて24時間以内に行われるのだそう。農家さんから、ドライバーさん、工場まで作業する人まで、一瞬の隙もないチームワークによって鮮度を保持したおいしいビールが造られています。
遠野醸造のブリュワーが見据えるビールと地域の関係性
現在、遠野市には二つのブルワリーがあります。一つは、日本酒の造り酒屋として230年もの歴史を誇る上閉伊酒造が手がける「ズモナビール」。
日本酒に使われるのと同じ名水でビール醸造を開始した1999年から、20年間に渡って遠野産ホップの魅力を伝えてきた老舗ブルワリーです。
もう一つは、昨年5月にオープンした「遠野醸造」。こちらは、ビール造りをするために遠野へ移住してきた袴田大輔さんと太田睦さん、田村淳一さんによって創設されたマイクロブルワリーで、ビールを介したコミュニティづくりをミッションに掲げています。
遠野ホップの味わいを全国に発送できる「ズモナビール」と、お店でしか飲めないビールを製造している「遠野醸造」。
それぞれ別の役割を担う二つのブルワリーが、遠野の「ビールの里構想」を支えています。
ホップ工場の後に「遠野醸造」を訪れた古川は、遠野に移住してきてビール造りを始めた袴田大輔さんと対談。お互いに数多くのビールを造ってきた二人のブリュワーに、それぞれが見据えるビール文化の未来について伺いました。
ー最初に「遠野醸造」が作られた経緯について教えてください。
袴田:今、遠野では「ビールの里構想」というプロジェクトが進められていて、ホップの里からビールの里への転換を目指しているんです。市内には「ズモナビール」さんというブルワリーがあるんですけど、樽生で遠野産ホップを使ったビールを飲める場所がほとんどなかったんです。
遠野はホップの一大産地なのに、それではもったいないということで、遠野産のホップや食材を活かして、生産者・醸造家・地域住民が一体となってビールを楽しむ場を作ろうというアイデアから遠野醸造が誕生しました。
住民はもとより、遠野を訪れる誰もがオリジナリティ溢れるビールを楽しむことで、街のコミュニティの中心となるようなブルワリーを目指しています。
ー古川さんは、さまざまなホップを使ってビールを造ってきたと思うんですが、遠野のホップの特色はどういうところだと思いますか?
古川:日本のホップと海外のホップでは香りの種類が全然違うんですよ。例えば、アメリカのホップって、フルーティだとか、ウッディだとか、香りがはっきりしてるんです。
だけど、日本のホップって、一つの香りに例えられないというか、人によって感じ方が違うんですよね。『IBUKI』だったらレモンという人もいれば、グレープフルーツという人もいるし、『MURAKAMI SEVEN』もミカンとかイチジクのような香りだと感じる人もいます。
ー香りのレンジが広いってことなんですかね。
古川:そうですね。まだ、そんなにたくさん品種はないんですけど、日本のホップにはそういう特徴があると思います。その中でも、東北産のホップは非常に品質が安定していますね。
袴田:それは土地の気候もありますし、生産者さんの努力っていうのが大きいと思います。遠野でホップの栽培が始まった1963年以来、長年に渡る技術と経験の積み重ねがありますから。
古川:そうですよね。台風の影響を受けた年もありましたが、それでも一定の量が収穫されていますし、品質も常に高くて驚かされます。キリンには品質を計る基準があるんですけど、遠野産のホップは最もグレードの高い1等級のものしか出てこないですから。
—袴田さんは、農家さんと直接お話しする機会も多いですか?
袴田:多いですね。今、お店で出している『サンクスセゾン』というビールは、若手のホップ農家さんと一緒に様々なセゾンタイプのビールを飲んで、「夏に畑で飲みたいビール」というテーマでゼロからレシピを考えました。
ーそれは、まさに畑の近くにブルワリーがあるからこそ可能なビール造りですね。
袴田:これまではどうしても農家さんはホップを生産することだけをやっていて、自分がつくったホップが最終的にどんなビールになって、世の中に出ていくかを知る機会がなかったんです。
だけど、遠野醸造ができてから、農家さんの中にもビール造りに興味を持ってくれる方が増えてきて、我々にどういうビールを造ってほしいという要望や、そのためにどんな品種を育てようかという話も出てきています。そういうコミュニケーションができるのは、やっぱり産地ならではですよね。
古川:確かに、それは東京ではなかなかできないですね。
袴田:最近だと地元の方から、「この原料を使ってみない?」と提案をいただくこともあります。この前は、白樺の樹液というのがあることを教えてもらって、実際に自分で採取しにいって、ビールを造ってみました。
冬場にはホップ農家さんがうちの手伝いをしてくれたりもするんです。カウンターに立ってくれたり、サービングをするなかで、「僕ホップをつくってるんです」みたいな話をお客さんとしたりして。
ー農家さんから直接話を聞きながらビールを飲めるんですね。それは本当に、遠野ならではのビール体験ですね。
袴田:お店に立ってお客さんと話すのは、農家さんもすごくうれしそうですね。自分の畑のホップで造られたビールを、目の前でお客さんが楽しんでくれるというのは、今までにはなかった体験ですから。
古川:鮮度の面でも、畑の近くにブルワリーがあるというメリットはかなり大きいと思います。ホップって摘んでしまうと一日で色も変わっちゃうし、香りも落ちるんです。
だから、フレッシュなホップを使うなら、畑から近ければ近いほどいいですし、ペレットに加工する場合でも収穫からなるべく時間をおかずに作業した方が鮮度は保たれます。
袴田:そうですね。やっぱりフレッシュホップは、香りや瑞々しさが全然違います。あの香りを活かしたビールが造れるのは、生産地と醸造所が近いからこそだと思います。
この前もフレッシュホップでビールを造ったんですけど、ちょっと余ったので冷凍して保管しておいたんですよ。でも、二日後にはもう香りがガクッと落ちていて、まったくの別物になっていました。
古川:僕は海外のホップを使うことが多いんですけど、しっかり管理されているものじゃないと、同じ品種でも品質にバラつきがあるから難しいんですよ。
だから、顔が見えるほど近くにいる生産者の方のホップを使える環境っていうのは、本当に素晴らしいなと思いますね。
ーそういう環境が整っているからこそ、「遠野醸造」では、この場所、この時期にしか飲めないビールが提供できるんですね。
この先、遠野のホップやビール造りには、どのようなことを期待していますか?
古川:農業や街づくりも含めて、「ビールの里構想」という遠野の取り組みが上手くいくかどうかというのは、今後、日本のホップ産業が発展していくのか、衰退していくのかという岐路になると思っています。
先進的な取り組みをしている遠野は、全国で同じような状況に立たされている地域のロールモデルにならないといけないと思うんです。だから、僕たちも遠野のホップを使ってビールを造って、お客さんにおいしいと思ってもらえるように、それをきっかけになるべくたくさんの人が遠野ホップの魅力を知ってもらえるように頑張っていきたいと思っています。
袴田:ありがとうございます。とても心強いです。
古川:具体的には、「遠野醸造」さんとコラボができるといいですね。それが話題になって、遠野でホップが栽培されているってことを知らない人にも届き、興味を持ってもらえるきっかけになればいいなと。そういう形でずっと関わっていきたいですね。
ー袴田さんが思い描いている今後のビジョンも聞かせてください。
袴田:我々はまだスタートして1年半なんですけど、いろんな失敗もしたし、荒削りな部分もあるので、SVBさんの技術力や経験値から学ばせてもらえることはすごく多いと思います。
それと、代官山に醸造所と店舗があるのは、大きな魅力ですよね。遠野とは比べ物にならないくらいたくさんの人に、ビールの魅力を伝えられる場所ですから。そこに、遠野のホップ農家さんと一緒に行って、お客さんの意見を聞いたり、遠野を知ってもらう機会が作れたらいいなって。
古川:やっぱり一緒にビールを造りたいですよね。
袴田:『MURAKAMI SEVEN』とか『江刺2号』とか、そういう新しい品種のホップを使って、テストバッチを一緒に造ってみるのは、おもしろそうですね。
古川:いいですね!それを代官山のお店にゲストタップとして持ってきてもらえば、東京の人にも遠野のホップを味わってもらえますし。
袴田:そうですね。是非、よろしくお願いします!
古川:こちらこそ、よろしくお願いします!
ーSVBと遠野醸造のコラボビール、期待しています!