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農家とのコラボで生まれるビールの多様性と新しいビール文化 【FARM to SVB #01】

日本が開国して、まだ間もない1870年。海外からの玄関口になっていた横浜の地に、一人のビール醸造家が降り立ちました。

彼の名は、ウイリアム・コープランド。アメリカからやってきた彼は、さまざまな文化が入り混じる開港都市・横浜に『SPRING VALLEY BREWERY』というビール醸造所を設立しました。

コープランドが造ったビールは、横浜居留地に住む外国人たちの間でたちまち話題となり、やがて日本人にも飲まれるように。彼はビールを作るだけでなく自宅の庭に日本初のビアガーデンを創設したり、日本人のビール醸造家を育てるなど、日本のビール文化発展に大きく貢献しました。

この『SPRING VALLEY BREWERY』こそが、日本で初めて商業的な成功を収めたビール醸造所でした。

SPRING VALLEY BREWERY

コープランドが日本でビール作りを始めてから約130年経った2012年。

脈々と受け継がれる日本のビール文化を、もっとおもしろくしたい」という想いから、キリンビール株式会社の社内ベンチャーとして新たな組織が誕生しました。

その名は、『SPRING VALLEY BREWERY』。コープランドが設立したビール醸造所が、時を超えてクラフトビールの醸造所として生まれ変わったのです。

SPRING VALLEY BREWERY

立ち上げ以来、さまざまなクラフトビールを作り続けている『SPRING VALLEY BREWERY(以下SVB)』。現在は、日本各地で生産されている特徴的な果物や野菜を使ってビールを造る「FARM to SVB」というプロジェクトに取り組んでいます。

今回はSVBの創設メンバーである吉野桜子に、大量生産・大量消費の世の中で、次第に工業製品のように思われるようになってしまった ビールの実情や、キリンビールの醸造家たちに代々受け継がれてきた「生への畏敬」という精神、そして今の時代に合ったビール文化を造ろうとする「FARM to SVB」のビジョンについて伺いました。

【プロフィール】吉野 桜子
スプリングバレーブルワリー株式会社 マーケティングディレクター。
2006年入社。営業を経験後、マーケティング部に異動。チューハイやカクテルなど、RTDと呼ばれる商品群を手がけたのち、ビールの開発担当へ。社内はもちろん、各地の醸造家とも協働しながら、クラフトビール戦略の立役者として活躍中。多忙な仕事のかたわら、中学時代から続けている演劇活動でも脚本を手がけている。


「ビールは工業製品ではない」と伝えたくて

SVBの吉野

このままだとビールがおもしろくなくなっちゃうと思ったんです。

なぜかと言うと、今のビールって、工業製品みたいに思われているところがあるなと感じていて。多くの方からすると、ビールって近代的な設備の工場で、半ば自動的に大量のビールが造られているようなイメージを持たれているんじゃないかなと。

SPRING VALLEY BREWERY

だけど、ビール造りって、本当はもっと農業と直結しているものだし、大きい会社に見えても実際にやっていることは麦芽を煮て、発酵させて…という、地道な作業なんです。そういうところを伝えていかないと、ビールの本当のおもしろさや魅力が知られないままになってしまうんじゃないかという危機感がありました。

だから、小さなスケールで、実際に農作物を使ってビールを造っているところを見てもらうことで「ビールは命からできている」ということを伝えていきたいなという想いがあったんです。そういうことを実現するために、SVBを立ち上げました。

ビール本来の姿を取り戻すためのプロジェクト

SPRING VALLEY BREWERYと料理

SVBは立ち上げ当時から「Beer is made of life」というスローガンを掲げていて、文字通り「ビールは命からできている」という視点に立って活動しています。その一環として始めたのが「FARM to SVB」というプロジェクトです。

これは日本各地で生産されている特徴的な果物や野菜を使ってビールを造るというプロジェクトで、工業的に思われるようになったビールを「農作物から作られる」という本来の姿を伝えたいという意図でスタートしました。

ビールの原料になる麦やホップは畑で収穫されるものなので、気候の変動などによって、毎年どうしても味は変わってしまうんです。ワインも、年によって味が変わりますよね。ビールも本当は同じなんです。それは、決してネガティブな話ではなく、ビールって本来はそういう多様性を持ったお酒なんですよ。

そういった視点で考えると、いつ、どこで買っても同じ味を楽しめる大手のビールが、いかに高い技術の上に成り立っているのかという見方もできますよね。そうやって、いろんな角度からビールを楽しんでもらえるようになったらいいなと思っています。

SVBの吉野

ビールの原材料って、基本的には麦とホップと酵母と水で、そこに加えられる副原料もさまざまなものがあります。もちろん、麦やホップや酵母にはたくさんの品種がありますし、加工の仕方も段階によって何通りもあるので、組み合わせとしては数え切れないほどのパターンがあるんですよ。

そういうたくさんの選択肢の中から、自分の好みに合わせてビールを選べる未来を作りたいというのがSVBの目標のひとつです。そして、その多様性は、決して農作物とは切り離せない関係にあるんです。

SPRING VALLEY BREWERYのスタッフ

キリンビールの醸造家たちには、代々「生への畏敬」という精神が受け継がれています。原料になる農作物はもちろん、発酵を進める酵母も生命であり、生命なくしてビール造りはできないという考えです。

ビール作りは生命を扱うことであり、醸造家は命に対するリスペクトを失ってはいけない。そのように「生への畏敬」を持って物作りをすることで、多様性のあるビールを生み出していけたらなと思っています。

「FARM to SVB」のプロジェクトから生まれた二つのビール

「FARM to SVB」のロゴ

これまで「FARM to SVB」のプロジェクトでは、日本の地域の魅力を知ってもらいながら、命からつくられるビールの多様性を楽しんでいただきたいという想いのもと、二つのクラフトビールを造ってきました。

「FARM to SVB」のクラフトビール

一つは、広島県因島の八朔を使ったクラフトビールです。実際に、私も現地へ行って農家さんとお話しさせていただいたんですけど、八朔って採れたてがおいしいというわけではなくて、少し寝かせて水分を飛ばすことで独自の食感や味わいが出てくるらしいんです。

栽培と同じくらい熟成が大事」とおっしゃっていて、ビールと一緒だなって。そういう発見があって、とてもおもしろかったです。

八朔の農家さん

ブルワーも現地へ足を運び農家さんとコミュニケーションを取ったうえで、新しいビールの開発に挑んでいます。

柑橘系の果物の中で八朔は、割と苦味がしっかりあって、甘みと酸味のバランスが整っていたので、ビールとの相性も良く、お客さまにも大好評でした。

「FARM to SVB」のクラフトビール

二つ目は、北海道厚真町のハスカップを使ったクラフトビールです。ハスカップも自分たちで収穫しに行ったのですが、ものすごく皮が柔らかい果物なので、基本的には手摘みなんです。ビールに使うだけの量となると、120キロも必要ということで、キリンビールの北海道支社の人たちを集めて1日かがりで収穫しました。

おもしろかったのは、木によって果実の味が違うんです。この木の実は甘いとか、あっちの木は渋いという違いがあって、これぞ多様性だなと思いました。ハスカップも苦味と渋みがあって、ジュースみたいになり過ぎず、おいしいビールができたのでよかったです。

ハスカップ

生産者の方の中には、私たちがビールに危機感を持っているのと同じように、自分たちが作っている作物や農業自体の現状に危機感を持っている方もいらっしゃって、「未来を変えなければならない」という共通の問題意識があることもわかりました

そういう方たちと、一度きりではなく継続的にビール造りができたらいいなと思っています。

「FARM to SVB」

あとは、各地でローカルのブルワリーさんが増えてきているので、そういうところが地元の素材を使うためのお手伝いができるといいなとも考えています。というのも、地方で採れた果物や野菜の多くは都市部に出荷されていくので、地元の人が使いにくいことがあります。

ビール造りに欠かせないホップも、日本産のものはほとんどが契約栽培なので以前は大手メーカーしか買えませんでした。でも、地方のブルワリーが地元の素材を使えないというのはおかしいじゃないですか。それに、ホップ農家さんたちも、もっとたくさん自分たちのホップを使って欲しいはずなんです。

そうした状況を打破するために、キリンビールでは数年前から日本産ホップの販路を開いて、日本産ホップの価値を伝えていくことで地方のブルワリーさんにも積極的に使ってもらえる状況を作ってきました

日本産ホップ

これは別に慈善活動というわけではなく、そうやってビールのおもしろさを広げることで全体の市場が大きくなっていくと思うんです。

それに、造り手が増えることで、単純にどこがおいしいビールを造れるかっていう健全な競争が生まれてくるんじゃないかなという期待もあります

“今の時代に合ったビール文化”を作りたい

SVB

居酒屋さんのメニューを見ていると、昔は「日本酒」、「赤ワイン」というようにザックリした表記が多かったんですけど、最近は具体的な銘柄が書かれるようになってきていますよね。

だけど、ビールは相変わらず、「生ビール」とか「瓶ビール」って書かれていることが多くて…。それって、やっぱりビールが多様なお酒であることが認知されていないからだと思うんです。

こうした状況を変えていくためには、自分たちの商品だけを売ることを考えていてもダメだと思っています。それでは、ビールの多様性や、命からつくられているということは伝わっていかないので。

だから、まずは多種多様なビールがあることを紹介して、「ビールっておもしろい」と思っていただくことが第一歩だと考えています。そのためには、他のブルワリーさんのおもしろいビールも一緒に紹介していく必要がある。そういうことは、SVBの立ち上げ当初から考えていました。

実は、SVBのロゴには、「PR ALL BEER」という文字が隠れているんです。

SVBのロゴ

大袈裟に言うと、私たちの使命は「今の時代に合ったビール文化」をつくっていくことだと思っています。

日本のビール文化って少し特殊で、家で瓶ビールを飲むお父さんのイメージだったり、飲み会でのお酌の作法なんかがありますが、そこには、お酒の場に社会の人間関係が持ち込まれるという背景があると思うんです。つまり、ビール文化って生活とすごく密接につながっているものなんですよね。

SVBの吉野

そういった従来のビール文化は各時代に合っていたのだと思うし、否定するつもりはまったくありません。でも、昔よりも生き方が多様になってきています。だからこそ、今の時代に合ったビール文化というのが必要なんじゃないかと思っているんです

例えば、みんなで乾杯するのって、今も昔も変わらず関係性を深めてくれるきっかけになりますよね。だけど、手にしているビールはみんなが同じものではなく、それぞれの好みに合ったものでもいいんじゃないかなって。

仕事終わりに「お疲れさま!」と言って乾杯する一体感は大切にしつつ、「でも、選ぶビールは好き好きでいいよね!」という考え方が、今の時代に合ったビール文化なんじゃないかなと思っています。先は長いですがSVBでは「今の時代に合ったビール文化」を築けるように頑張っていきます!

キリンビール公式noteでは、今後もこの「FARM to SVB」の活動を継続してご紹介していきたいと思います。

▼SPRING VALLEY BREWERY
https://www.springvalleybrewery.jp/

それでは、また次の乾杯まで。

文:阿部光平
写真:土田凌