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「もう1杯飲みたくなる」ビールを。ハーヴェスト・ムーン醸造長園田智子さんと考えるビール造りのこだわり

「日本のビール文化を、もっと面白くしたい」という信念のもと、個性豊かなビールを造ってきたキリンのクラフトビール事業『SPRING VALLEY BREWERY』

前回の記事では、異業種からビール醸造を始め、20年以上に渡り挑戦と改善を繰り返す伊勢角屋麦酒の社長・鈴木成宗さんとキリンビールのマスターブリュワー田山智広が「クラフトビール文化の今とこれから」について語りました。

今回は、東京ディズニーリゾート®︎内の商業施設・イクスピアリ®︎にてクラフトビール製造を行う「ハーヴェスト・ムーン」醸造長・園田智子さんがゲストです。

ハーヴェスト・ムーンは、2000年の開業以来、国内外のさまざまなビールコンペティションで数々の賞を受賞してきました。ブランド立ち上げ時から醸造を担う園田さんは、日本に10名ほどしかいないビアテイスターの最高位資格「マスター・ビアジャッジ」をもつ職人でもあります。

対談するのは、前回に引き続きキリンビールのマスターブリュワーとして長年商品を手掛けてきた田山智広、そして20代にしてキリンビール製品の中味開発に携わり、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』も手がけた山口景平が加わります。

味わいだけでなく、ビールの文化そのものを愛する3人が、ビール造りの“魂”について語り合いました。

【プロフィール】園田 智子
ハーヴェスト・ムーンブルワリー醸造責任者
株式会社オリエンタルランドのゲストパーキングのキャストを経て、地ビール事業に参画。1998年に日本地ビール協会「マスター・ビアジャッジ」を取得。2000年開業した東京ディズニーリゾート内の商業施設・イクスピアリにて、「ハーヴェスト・ムーンブルワリー」を立ち上げ。以降、同ブルワリーの製品で「インターナショナル・ビアコンペティション(国際ビール大賞)」「世界に伝えたい日本のクラフトビール」など国内外のコンペティションで受賞を重ねる。海外のビアコンペティションの審査員も務める。

【プロフィール】田山 智広
キリンビール株式会社マスターブリュワー。1987年キリンビールに入社。工場、R&D、ドイツ留学等を経て、2001年よりマーケティング部商品開発研究所にてビール類の中味開発に携わる。2013年から商品開発研究所所長、2016年4月からキリンビールのビール類・RTDなどの中味の総責任者“マスターブリュワー”に就任。『SPRING VALLEY BREWERY』は企画立案より携わり、現在もマスターブリュワーとしてビールの企画開発を監修する。

【プロフィール】山口 景平
2015年入社。キリンビール岡山工場でのビール醸造の経験や、シカゴでの短期研修の経験を経て、2018年からマーケティング部商品開発研究所にてビールの中味開発の仕事に携わる。キリン一番搾り〈黒生〉のリニューアルなど様々な商品の中味開発を担当し、『SPRING VALLEY 豊潤<496>』の中味開発も手がけている。

アルバイトから醸造長へのシンデレラストーリー

─園田さんがビール醸造に携わるきっかけは、「社内公募」だったそうですね?

園田:はい。もともとは東京ディズニーリゾートで、ゲスト用の駐車場のキャストをしていましたが、ある日休憩室に、ビール職人になる人を募集する社内公募が貼り出されていたんです。なんでも舞浜駅前に商業施設・イクスピアリを新しくつくるのにあたり、地ビールをその場で造って出すレストランを併設するとのことでした。

当時、もちろんビールを造ったことは一切ありませんでしたが、ビールは好きでよく飲んでいましたし、それこそキリンさんの横浜市にある生麦工場や、他社さんの工場に見学に行ったことがあったので興味を持ちました。

応募の際に「どういうビールを造りたいか」という質問があって、専門的なことを何もわからないにも関わらず、海に近いので「海の香りがするビール」と書いたことは覚えています(笑)。当時から、フルーツビールができたらいいなとか、小規模でオリジナルのビールを造りたいなとは思っていました。

田山:倍率はどのくらいだったんですか?

園田:応募したのが200人弱くらいで、採用は私含めて2人でしたね。

田山:すごい倍率ですね。ビール醸造は肉体労働でもあるので、ビール造りのご経験がないと大変ですよね。園田さんを選ばれたのは、何が決め手だったんですかね?

園田:憶測ですが、この人なら真面目にやってくれると思ってもらえたのかなと(笑)。
新規事業に関われるなんて光栄なことだと思っていたので、面接の時は「もし採用されなくても、お掃除でもなんでもやるので携わらせてください!」と言っていました。他のみなさんはビール愛を語る人が多かったそうなので、そんなことを言う人は私くらいだったんじゃないですかね。

田山:その後のご活躍ぶりを考えると、きっとその頃からただものではないオーラが出ていたんでしょうね。それにしても、チャレンジングな会社ですばらしいですね。

─まったく経験がないなかから、ビール造りの技術はどのように習得されたんでしょうか?

園田:イクスピアリのオープンまで4年ほど準備期間があったんです。そこで他社のビールや全国のクラフトビールを飲んだり、他社の製造工場に研修に行かせていただいたりしました。

あとは、海外にも行きましたね。世界では、どんなビールがどのように飲まれているかを見てみたいと思って。そうした研究を続けて、今必要なビールのラインナップや製造環境、そして伝えたい味をどう実現すればいいかを考えていきました。

大学は文系だったので、きちんと化学や数学を学んでいなくて、圧力をどう計算するかといった部分では苦労しました。体力的にも、思った以上にきつかったです。ビールを造る設備の機械を分解するのも最初はできなくて、どういう仕組みなのかを調べながら練習しました。

─山口さんは若くしてさまざまな商品の開発に携わっていますが、そもそもどのようなきっかけで入社されたんですか?

山口:私はもともと大学で機械工学を学んでいたのですが、就職活動期間中に「キリンビールにエントリーすると『一番搾り』がもらえる」というのを聞いて(笑)、キリンビールに応募しました。

そもそも、ビールが大好きだったというのもあったんですけど、会社説明会でビール造りの話を聞いて「機械系の仕事は基本的にBtoBであるのに対し、ビール造りであればお客さんの顔をダイレクトに見られて、自分が出した価値がわかりやすい」と思ったんです。それが入社のきっかけですね。

面接でも入社後も「ビール造りがしたいです」と言い続けてきたおかげか、2018年からビールの中味開発に携わらせていただくことになりました。

─入社当初から「ビールを造りたい」という明確なビジョンがあったんですね。田山さんは、入社してからどのような経緯でビール造りに携わったのでしょうか?

田山:なかなか商品開発には携われず、実際に中味の開発を担当するようになったのは、入社14年目となる2001年のことですね。入社当初はもちろんビールは好きでしたが、正直ここまでのめり込んでビール造りをするとは思っていなかったです。

入社後、ドイツ留学や技術開発、工場勤務を経験し、ビール造りに関する知識をさまざまな角度からインプットしていくなかで、やるからには自分もビール造りにとことん携わりたいと思うようになっていきました。

突き詰めてもわからないことがたくさんあったんです。論理的に考えればおいしくできるものでもないんですよね。その奥深さを感じて、これは全身全霊でやる価値のある仕事だなと感じたんです。

「飲みやすさ」と「特徴的な味」を同時に実現する極意

─園田さんは、ハーヴェスト・ムーンのビールを造るうえで、どんなことを心がけていますか?

園田:東京ディズニーリゾートがある舞浜の立地をふまえると、クラフトビールに馴染みのない方も多いと思います。そういう方にも、ハーヴェスト・ムーンでは「いろいろな個性のビールがある」ということを知って欲しかったんです。

なので、開業時から『ピルスナー』『シュバルツ』『ブラウンエール』『ペールエール』『ベルジャンスタイルウィート』の定番5種のスタイル名をそのまま商品名に使っています。

それぞれ色や香りは違いますが、雑味のなるべくない、飲みやすい味わいにして、「おかわりしてもらえるビール」になるよう心がけています

今日はハーヴェスト・ムーンのビールのテイスティングセットを用意しているので、田山さんと山口さんも、ぜひ試飲してみてください。

田山:それでは、まずピルスナーをいただきます。
麦のうまみをしっかり感じますね。大規模なロットで造ると、そのあたりの味がすっきりしちゃうので、この麦の強い味わいを出すのは難しいんですよね。

園田:それはよく聞きますね。クラフトビールでも、大きな設備で造ると、味がすっきりしてしまうと。

田山:だから大手でこういった味を出すには、もっと麦芽の風味をしっかり出してあげる工夫をしなくてはいけないんです。ただ、規模が大きくなればなるほど、麦の品質を均等にそろえるのが難しくなります。

例えば我々の場合、1回の仕事で20トン近くも麦を投入します。だから特定の麦の特徴を強く出すというよりも、ヨーロッパ産、北米産、豪州産などをブレンドし、特徴を均一化させ、飲みやすくてニュートラルな美味しさを追求することが多いんです。

山口:本当に麦芽の香りが豊かですね。私もしばしば麦芽をそのまま食べてみたりするのですが、そのときに味わったような穀物の香ばしい味が感じられました。ホップも強すぎず・スパイシーすぎない、非常にきれいな風味です。

─園田さんが味の面でこだわっている部分はありますか?

園田:「きれいな味のビールを造りたい」とよく言っているのですが、では具体的にどんな味かというと、先ほど言ったような雑味のない、澄んだ味わいです。それを実現するために、たとえばホップのエグみや、麦芽から出る渋みをいかに少なくするかというのを、20年試行錯誤してきました。

ホップのエグみが濃くなってしまったら、次は入れるタイミングを少し遅くしてみよう、とかですね。まったく同じように仕込んでも同じ味にはならないので、注意深く進めていくことも重要になります。

あと、根底にあるのは、1杯で終わらず、次の1杯に飲み進んでもらいたいという想いです。少しの量で美味しいというスペシャリティなビールはたくさんあります。でもうちは、ボトル1本飲んで、もう1本飲みたいと思ってもらいたい。そのためには、余計に感じてしまうものをなるべく排除する必要があります。

一方で、特徴も出さなくてはいけないので、飲みやすいんだけど、他社のビールとはちょっと違うなという絶妙な着地点を目指し、毎回チャレンジしています。

─その「ちょっと違う」を、具体的にどのように実現していますか?

園田:たとえば麦芽の風味に、甘みを少し残すようにしたり。それとピルスナーだと、ホップは「ザーツ」というお花っぽい香りがするヨーロッパタイプのものを使うことが多いのですが、うちはそのなかでも「テトナング」という、スパイシーさもあるホップを使っています。そこまで目立つわけではないのですが、そんなふうにして麦芽の甘みやスパイシーさで、「ちょっとした違い」を表現しています

山口:飲みやすい味にすることと、特徴を出すことって、相反する部分がありますよね。特徴を出しすぎると、その1杯で終わりになってしまいかねない。では、もう1杯飲みたいと思ってもらうには、どうすればいいか。私も難しいお題だなと思いながら日々取り組んでいるので、共感します。

田山:特徴は出しつつ、余計な雑味はなくすというのは、我々の『SPRING VALLEY BREWERY』の考え方とも同じです。まさにそこが難しいんですよね。とりわけ、定番アイテムであればまだトライ&エラーでブラッシュアップしていけますが、限定商品は一発勝負なので、経験が必要にもなってきます。

園田:新しいホップを使うときも、ホップのサプライヤーが特徴やビールになった時のイメージを教えてくれるのですが、実際にビールにしてみるとそれとは結構違ったりするんですよね。だから説明は参考程度にとどめ、想像を働かせたり、途中の経過を確かめながら調整したりしています。

田山:そのあたりは、同業他社の情報もすごく役に立ちますよね。コミュニケーションがすぐにとれる間柄であれば、どれをどれくらい使ったの?と聞かせてもらったりして。

海外だとなかなか気軽にコミュニケーションできませんが、最近は買って飲むことに関しては簡単にできますし、ホームページなどに「ホップはこれを使い、酵母はこう使う」といった製法がくわしく載っている場合もあります。そういうのも参考にさせていただきながら、1回の失敗をミニマムに抑えるようにはしていますね。

「日常に根ざしたクラフトビール文化」のすばらしさ

ハーヴェスト・ムーンの醸造スペース

─みなさんがビールを造るうえで大切にしている「姿勢」や「魂」を教えてください。

山口:私は、飲んでいる人の顔を忘れないようにしています。岡山工場に勤務していた頃、『一番搾り』の味を安定させるために、日々、原料の品質を確認しながら、麦芽やホップの配合を考える仕事をしていたのですが、仕事後にふと居酒屋に行くと、多くのお客さんが楽しそうな顔で一番搾りを飲む光景を目にするんですよね。

山口:そういう光景を見ると、「自分の仕事はこれなんだ」と感じるんです。自分が関わったビールを多くの方々が飲んでくださり、それにより楽しそうな表情が生まれる。そうした「顔や感情の変化」こそが、価値なんだなと思いました。

反対に、怖くも感じますけどね。変なものを造ったら、お客さまにはすぐ気づかれます。だから私は工場の仕事でも、今の中味開発の仕事でも、お客さまが飲んでいるときの顔を想像することを大事にしています。

味の面では、園田さんと同じく私も「もう一口飲みたいな」という味を重視しています。そういったものの方が、飲んでいてやっぱり楽しいと思うので、どの製品でもそこは大切にしていきたいですね。

田山:山口が言うように、キリンビールがブランドとして何十年も大切にしてきたのが、「飲み飽きない」味わいを造ることですね。まさにそこはハーヴェスト・ムーンとも一緒だし、山口の話を聞いていて、キリンビールの魂がきちんと伝承されているなと感じました。

1杯飲んで、もう1杯飲みたくなる。そこを先輩方がとことん追求し、ずっと積み上げてきたわけなので、私たちも大切にしないといけないなと。50年先、100年先まで続くよう、今の最新技術も使いながらそれを伝えていくことを、一番大切にしています。

だから私は、先輩方一人ひとりの顔も、常に思い浮かべるようにしています。あの先輩はあんなふうにしていたよな、こんなところにこだわっていたおっちゃんがいたな、と。そうした財産をしっかり次につなげながら、さらにブランドを大きくしていくのが、私たちのミッションだと思っています。

園田:やっぱりビールってカジュアルなお酒なので、日常のなかに寄り添えるとか、構えないで気軽に飲めるといった楽しさを提供したいと思っています。だからこそ、おかわりしてもらい、好きになってもらいたい。そして欲を言えば、ちょっとした記憶に残るようなビールになったらいいなと。

たまにお客さまの人生の大事な場面に、ハーヴェスト・ムーンのビールが立ち会うこともあるんです。たとえばプロポーズの場面だったり、別れ話をしながらビールを飲んでいたらもう1回やり直すことになったとか。そんなふうにして「このビールを飲むと、そのときのことを思い出す」というような存在になってくれたらいいですね。

お客さまの日常に寄り添っているからこそ、大事な場面にも立ち会えると思うので、そうした話をお客さまから聞くと、ハーヴェスト・ムーンもそんなビールになったんだなと、すごくうれしいです。

何か特別なビールではなくても、あることでホッと幸せを感じてもらえるような、そういうビールでありたいです。

─最後に、ビール造りに関するみなさんの今後の展望を聞かせてください。

園田:冒頭で申したとおり、うちはビールのスタイルをそのまま商品名にしているので、やっぱりハーヴェスト・ムーンをきっかけに、世界にはビールの種類がたくさんあることを知ってもらえたらうれしいです。

例えば、うちのペールエールを飲んで美味しいと思ってもらえたら、他のところへ行ったときにも「またペールエールを飲んでみよう」となりますよね。ペールエールひとつとっても、うちのようにイングリッシュタイプもあれば、アメリカンタイプもあって、また世界が広がっていきます。

そうやっていろいろな種類のビールに触れ、自分の好きなスタイルを見つけ、ビールって楽しいなと思ってもらいたいです。その結果、ビールを楽しんでもらう時間がどんどん増えていったらいいなと思います。20年前から続けているその取り組みを、この先も追求していきたいです。

左からハーヴェスト・ムーンの定番5種のビール『ピルスナー』『シュバルツ』『ペールエール』『ブラウンエール』『ベルジャンスタイルウィート』。季節ごとに期間限定ビールも販売しており、2021年冬は、『クリスマスポーター』(11/18発売)『ニューイヤー ピルスナー』(12/16発売)を限定発売。

山口:私は、ビールが古い飲みものだと思われないようにしていきたいと思っています。飲料の多様化もあり、ビールの製造量が年々落ちている事実はたしかにあります。

一方で海外研修などでいろいろなビールを飲んでみると、日本のピルスナービールって美味しいんだなと、あらためて感じます。それを、ぜひみなさんにも知っていただきたいんですよね。

そういう意味では私も、みなさんにさまざまなビールを飲んでいただきたいです。いろいろ試すことで、「古いと思っていたけど、美味しいじゃん」と気づいていただく。そのために私たちが、いろいろな美味しいビールのパターンを提供していければなと思っています。

田山:海外に行くと、複数のスタイルのビールをあたりまえのようにT.P.O.や料理で飲み分けているのを、目の当たりにします。また海外だと、ビールのバリエーションが広いだけでなく、そこに歴史とストーリーが紐づいています。そして鮮度もいいから、とにかく美味しいんですよね。日本でも、そういった「日常生活に根ざしたクラフトビールの文化」を広めたい想いが、強くあります。

その意味ではまだまだ道なかばですが、日本でもクラフトビールとの接点が広がっていることは確かです。私たちも『SPRING VALLEY 豊潤<496>』のような製品を通し、その流れを加速できればなと。「とりあえずビール」の世界を、「とりあえずじゃないビール」の世界に変える。それが大きな目標です。

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「もう1杯!と思ってもらえる、飲み飽きない味」「ビールの多様性を伝える」。立場の違う3人でありながら、ビール造りで目指すものがきれいに一致していました。それを、3人がそれぞれどんな形で実現していくのか、今後も注目したいところです。

取材にご協力いただいた店舗

舞浜 イクスピアリ ロティズ・ハウス
東京ディズニーリゾート内の商業施設「イクスピアリ」4Fにあるビール工房隣設のビアホール。種類豊富なハーヴェスト・ムーンのクラフトビールや、ビールに合うグリル料理を楽しめる。

文:田嶋章博
写真:土田凌

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