精神科医の星野概念さんに聞いた「曖昧さを受け入れること」
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精神科医の星野概念さんに聞いた「曖昧さを受け入れること」

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食卓を囲むこと、酒場で飲むこと、生産者とつながること、フィットする働き場所を選ぶことなど、暮らしの中の「いい時間」を紐解きながら、「あらたなよろこび」「こころ豊かな社会」を探っていく連載企画「 #いい時間   」。

第3回にご出演いただくのは、総合病院で精神科医として勤務する傍ら、ミュージシャンや文筆家としても活動する星野概念さん。日々、人と対話をしながら、曖昧さや不安定さに向き合っている星野さんに、「心を健やかに保つためにできることってありますか?」という相談を投げかけてみました。

【プロフィール】星野概念
精神科医など。精神科医として病院に勤務するかたわら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』(2018)、『自由というサプリ』(2019)(ともにリトル・モア)、単著『ないようである、かもしれない~発酵ラブな精神科医の妄言』(2021)(ミシマ社)がある。
Twitter:@gainenhoshino

創造性が試される精神科医の仕事

―今日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、精神科医になる前、星野さんはミュージシャンを目指していたそうですね。

星野:高校時代からバンドをやっていたんですが、コンテストで優勝して、割とうまくいっていたんです。だから、音楽で食べていけるだろうと思っていました。それがすべての勘違いの発端だったんですけどね(笑)。

医大生時代もバンド中心の生活をしていました。だけど、30代の半ばでバンドマンとして食べていくのは無理だと感じ、そこから精神科医として身を立てていくことを決めたんです。

―精神科医のどんなところに面白さを感じたのでしょう?

星野:大学6年生で国家試験を受けるときも、僕はまだ音楽で成功する気持ちがあったので、あまり勉強に身が入っていなかったんです。そんなときに、脳の研究者の池谷裕二さんと、糸井重里さんが対談した『海馬』という本に出会いました。それが、記憶のメカニズムの話がメインの本で、めちゃくちゃ面白かったんです。

頭がい骨を開いたら見られるような脳の話ではなく、目には見えない脳の働きについての対談でした。実は脳の機能ってまだわかっていないことがとても多いんですよね。だから本の中でも結論が曖昧になったり、途中で人生の話になったりする。それが面白くて、そこから脳の働きに興味を持ち、遅ればせながら精神医学を志したという感じです。 

内科の治療というのは、「この症状にはこの治療が適している」というようにある程度やるべきことが決まっています。でも、人の気持ちや感覚、生活はみんな違う。共通することがあっても、まったく一緒ということはありえない。人の心と向き合うというのは、その人の歴史や人間関係を含め、その人のすべてと関わることなので、人の数だけ対応の仕方があるんです。

もちろんセオリーのようなものもありますが、それだけをやっていても満足感を持ってもらえなくて。反対に、その人に合わせた対応がフィットすると、関係性がグッと深まったりするんですよね。だから、工夫のしがいがあるし、そういう意味では精神科医って創造的な仕事だなと思いました。アートや音楽にも通じるところがあるんですよね。バンドをやっていた頃よりも、創造性が試されている感覚があります。

曖昧さを恐れる必要はない

―星野さんが精神科医として大切にしていることや心がけていることはあるのでしょうか?

星野:「わかった」と思ったら危険だというふうに考えているので、あらゆる可能性を捨てないようにしたいと思っています。「絶対にこうです!」と断言することが重要なときもありますが、可能性というのは本当に無限大で、なにごとにも知らない側面があるはずなんです。実際、自分が知らない側面が出てきて、すべてが覆されたという経験は何度もしてきましたので。

―あらゆる可能性を残し続けると、いつまで経っても結論には辿り着けず、やきもきしてしまうこともあると思うんです。 

星野:そうですね。あらゆる可能性を捨てないでいると終わりがありません。そして、人は「決まらない」という状態が得意じゃないですよね。でも、僕は「まぁ、そのうち見えてくるだろう」という気持ちで構えています。

そのスタンスは、バンド活動から教わったことなんです。バンドをはじめたときは、自分たちが楽しく演奏していれば、言葉で何かを説明する必要はないと思っていました。だけど、周りのバンドが売れていくと、自分たちも早く売れたいと焦りだして。今になって思えば、ブレずにやっていたほうがチャンスはあったと思うんですけど、僕はめちゃくちゃブレてしまって…。それまでずっとMCもせずにいたのに、あるとき他のバンドを真似して今までやらなかったMCやコールアンドレスポンスをやりはじめちゃったんですよね(笑)。

「売れてないけど、お客さんはまあまあ来る」という曖昧な状態に耐えられなくて、何かを変えなきゃいけないと焦っていたんです。実際MCをやってみたら、今度はその反応が安心材料になっちゃって…。自分が何をしたいのかがますますわからなくなってきた。自分の信じる音楽を作ってはいるけど、ライブのやり方はまったく自分を信頼してなかったんです。

―「音楽を聴いてほしい」というところから、「お客さんにウケたい」という気持ちに変わっていったんですね。

 星野:そうやってブレた結果、バンドは解散しましたが、その後も細々と音楽は続けていました。もう「売れる」ってことには取り憑かれてないから気楽に。そしたら、少し仕事をもらえるようにもなったんですよ。

そのときに、人生というのは自分ではどうしようもないことが多いんだなって思ったんです。「自分ではどうしようもない」というのは、極めて曖昧な状態だけど、その中で小さくても豊かなエピソードを楽しむことができれば、心地いい時間が増えていくんじゃないかと思ったんですよね。

実際、曖昧だけど気楽な状態でいると友達が増えたり、なぜか仕事が入ったりもした。だから曖昧な状態こそが、当たり前なんだと思うようになったんです。

星野さんの著書『ないようであるかもしれない:発酵ラブな精神科医の妄言』(ミシマ社)

 ―曖昧な状態でいるのは、恐れることではないと。

星野:「これが今の自分」という曖昧な状態を受け入れて、少しでも辛さが減るようにという気持ちでいると、気がつくとちょっといい感じになっていたりする

「曖昧さに耐える」というのは、人と人が関わる上で重要なキーワードだと思うんです。すぐに変わるわけじゃないけど、曖昧な今の状態をなるべく豊かに過ごせたらいいんじゃないかなって思っています。

 確信を持って揺さぶられながら関係性を築く

 ―患者さんのお話を聞き続けるなかで、星野さん自身も気持ちが引っ張られてしまうことはないですか? 

星野:ありますよ。患者さんの話を聞いて落ち込んだり、厳しい言葉を受けて気持ちが揺さぶられてしまったり。以前は、プロとして患者さんに接するときは気持ちを一定にするべきだと思ったので、自分なりの理論武装をして、揺さぶられないように意識していた時期もありましたが、そういう姿勢で仕事を続けているうちに、また限界を感じるようになったんですよ。こちらがバリアを張っている状態だと、いつまで経っても患者さんとの距離が埋まらないんですよね。だからといって、バリアを解くと安定したサービスが提供できなくなる。そこにすごく葛藤はありました。

―自分が傷ついてでも距離感を縮めるのか、揺さぶられないようにして安定した仕事をできるようにするのかという。

 星野:そうなんですよ。でも、岡山で精神科医をされている山本昌知先生とお話しをする機会があり、バリアはいらないと思うようになりました。山本先生は今80代なんですが、まったくバリアがない方なんです。患者さんから揺さぶられるようなことを言われたら、とにかく謝るんです。その上で、「僕はこう思うから頼む」という接し方をしていて。それを見たときに、自分は立場の差を埋めたいとか言っておきながら、目線を合わせることすらできてなかったと痛感したんです。それからバリアを張ることはやめました。

―バリアを解いた後は、なにか変わりましたか?

星野:まずは相手がどういう気持ちなのかを考えるようになりました。そして、なぜそういう気持ちになったのかをできれば教えてほしいと伝えるようにしました。今じゃなくてもいいし、僕にとって嫌な話だったとしても絶対に聞くので、と。

そうすると、やっぱり気持ちを揺さぶられることもあるし、診療後も「今日の診療はどうだったんだろう」とか「あの人は今、何考えているんだろう」とか引きずるようになって、パキッと仕事が終われないんです。

だけど、もしかしたら、こうやってずっと考えてくれる人の存在が大事なのかもしれないというような気づきも生まれて。そういうことを考えたり、話したりしているうちに、ちょっとずつ患者さんとの関係性が深まっていきました。だから、今はまた揺さぶられる時期ではあるんですけど、それが必要だという確信を持って揺さぶられています。

自己否定を減らすことが心地いい状態に繋がる

―ご自身のメンタルを心地いい状態に保つためのされていることはありますか?

星野:自分が“いい状態”じゃないと、患者さんにいい助言はできないので、“いい状態”でいることはすごく意識しています。最近は心を整えるためには、体が整っていることも大事だとより一層思うようになり、どういうときに、どんな食事をすると、自分が“いい状態”でいれるかを検証しています。

あと、僕は発酵に興味があって、目には見えない菌がどう働いているのかを考えるのが趣味なんです。果てしない領域を調べたり、考えたりするのが、キリがなくて面白くてワクワクする。 

そうやって食事について自分で検証したり、見えない領域へ興味を注いだりすることが、結果的に自分を“いい状態”に保つことに繋がっているんだと思います。それが患者さんにも還元できることもあるので、自分が心地よくあることや、心と体を整えることには妥協したくないんですよね。

―星野さんは心地いい状態というのを、どのように捉えていますか?

 星野:僕がものすごく尊敬している精神科医の神田橋條治先生の本に、”心地よさとは「やったー!」の雰囲気”ということが書かれているんです。日々のなかの「やったー!」って思う瞬間に、“辛さ”はないですよね。無条件のワクワクというか。それが心地いい状況なんじゃないかと。

気分がよくて、歩いているだけで嬉しい気持ちになることってありませんか?その「やったー!」の感じを増やしていくことが、心地いい状態を作るってことだと思うんですよね。

それをもう少し具体的な言葉にすると、自己否定が少ない状態だと思います。自己否定を完全にゼロにするのは難しいですが、減っていけば機嫌はいい方向にいくんじゃないでしょうか。

―自己否定を減らすためには、どうしたらいいのでしょうか?

星野:なるべく周りのことを気にしないのと、すごく小さなことでもいいから自分に「いいね!」と言ってあげることが大事だと思います。周りの人の意見はいろいろ変わるから、自分くらいは自分にいいねって言ってあげられないとキツいじゃないですか。

私たちはつい、できなかったことにフォーカスしがちですけど、できたことにもちゃんとフォーカスしてあげてもよくない?って思うんです。例えば電車を乗り過ごしたときに、「失敗した」と思うか、「少し寝られてスッキリした」と思うかでは、心持ちがだいぶ違いますよね。「何やってるんだよ」と思っても、プラスの方向に思い直せれば、自己否定は減っていくと思うんです。そういうことを丹念にやっていれば、心地いい状態は増えていくんじゃないかなと。

―そういう捉え方を習慣的にできるようになったら、日々の心持ちは変わりそうですね。

これは僕の実感ですが、自己否定を減らす努力をしていると、人にも優しくなれるんですよ。

自分には「もっとちゃんとやれよ」って厳しくしながら、他人には「いいよ」って言っちゃうことがあるじゃないですか。でも、それって本当は「いいよ」と思えていないんですよね。社会的な振る舞いとして「いいよ、いいよ」と言っているけど、自分に対して「もっとちゃんとやれよ」と思っている人間が、心からそんなことは言えません。だから、言葉とは裏腹にイライラしちゃったりする。

でも、自分に対して優しくできるようになると、あのイライラは何だったんだろうって気持ちになるんですよね。そうすると他人にも優しくできるし、より素直に話をしてもらえる関係になれる実感があります。 

―それはまさに「ないようであるかもしれないもの」ですね。

星野:そうですね。「ないようであるかもしれないもの」って、本当にたくさん身の回りにあるんですよ。

 編集部のあとがき

取材中はいつも気になったフレーズをメモがてらノートに書き込むことにしています。後になって頭の中を整理するためなのですが、今回の取材メモを見返すと、いつも以上に多くの言葉でビッシリと紙面が埋まっていました。それだけ楽しい取材だったという証左でもあるのですが、それ以上に面白いのは、一見すると文章だけでは意味が通じないキャッチフレーズのような言葉が多いことです。

キリがないことを知る
心身相関は“ととのう”こと
合理性から距離を置く
イレギュラーもレギュラー

 こうして並べてみると、この取材で伝えたいことが伝わっているような感覚になるから不思議です。そして多くのフレーズの中でも、特に大きく(下線付きで)書かれていた言葉が「無限大」でした。

 「無限大」は、取材中に幾度となく星野さんの口から出てきたフレーズ。無垢で前向きなそのフレーズが妙に頭に残って大きく書き残していました。

 完成した記事を読み返して、改めてこの言葉を目にしてハッとしました。この記事のテーマである「曖昧さを受け入れる」ことはつまり、言い換えれば「無限大の可能性を信じる」ということであることに。

 やはり答えは、ないようであるものなのかもしれません。 

文:阿部光平
写真:土田凌

 

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