「食」が人の繋がりを作る。新人作家・冬森灯さんが語る小説と食べ物のおいしい関係【KIRIN×ポプラ社 コラボ企画 第二弾】
昨年ポプラ社さんと一緒に開催した「#夜更けのおつまみ」投稿コンテスト。今秋、第2弾のコラボ企画が始まります。
「つながる温かな想い」を大切にして作家さんとの本をつくってきたポプラ社さん、よろこびに溢れた「乾杯の時間」を提案していきたいキリンビール公式note。
この両者の想いを融合させた「新しい作品」を作家さんと一緒に作ることはできないだろうか?そんな漠然とした企画を「#夜更けのおつまみ」の投稿コンテストが終わった頃にポプラ社さんに持ちかけました。
それから何度も打ち合わせを重ねる中で、ポプラ社さん主催の「おいしい文学賞」で最終選考に残った作家さんのデビュー作を読ませていただく機会がありました。
とにかく美味しそうな食べものの描写とジンと温かくなるような人とのつながり。作品を読み終えた時には、この作家さんとなら理想の作品ができると確信しました。
その作家さんとは、7月に『縁結びカツサンド』で作家デビューを飾った冬森灯さん。
冬森さんにお声がけさせていただき、それから冬森さん、ポプラ社さん、キリンの3者で熱のこもった(時にお腹の空く)企画会議を経て、この度冬森さんの2作品目となる『うしろむき夕食店』をキリンビール公式noteで連載をする運びとなりました。
今回はそんな冬森さんのインタビュー記事をお届けします。デビューを飾った『縁結びカツサンド』のお話や、ちょっとクスッとするような冬森さんにとっての「食べることと書くこと」、そして今秋始まる連載『うしろむき夕食店』に対する想いなど盛りだくさんの内容になりました。
実際に食べたわけではないのに、妙にくっきりと心に残っている食べもの。
物語の中で描かれる食べものには、そういう不思議な存在感があります。
ポプラ社が主催した第1回おいしい文学賞から生まれた『縁結びカツサンド』にも、とても美味しそうなパンがたくさん登場します。
濃厚なチーズの旨味とコリコリしたブロッコリーの食感がたまらないカレーパンや、とろりと舌に絡むチョコクリームにカリカリのピーナッツが入ったチョココロネ、ソースが滲みていてちょっぴりニンニクの風味がきいたカツサンドなど、読んでいるだけでお腹が減ってしまう美味しそうなパンの数々。
きっと読んだ人それぞれが、心に残るパンと出会える作品です。
私たちは、どうしてこうも目には見えない食べものに惹かれてしまうのか。
今作がデビュー作となる作家の冬森灯さんに、小説と食べものの美味しい関係について伺いました。
何度も何度も挫折して、ついに叶った小説家デビュー
ー冬森さんは、今回発表される『縁結びカツサンド』がデビュー作とのことですが、小説は以前から書かれていたのでしょうか?
冬森:えーっとですね、何度も何度も作家になることを夢見ては、何度も何度も挫折してきてまして…。小学校の卒業文集にも「作家になりたい」と書いていたんですけど、10代、20代、30代と、これまでに3度ほど筆を折ってきました。
特に30代のときは家族に大きなことがあって、「もう小説を書いてる場合じゃない」と思って作家の道を諦めたんです。だけど、そこから家族が頑張って自分の夢を叶えていく姿を見て、私ももう一度チャレンジをしてみようと思いました。それで、最後のつもりで応募したのが「おいしい文学賞」だったんです。
ーそこに出された作品が最終候補作となって、念願のデビューに繋がったと。
冬森:はい。その作品を元にして書いたのが『縁結びカツサンド』なんです。幸運にも、こんな素敵な形にしていただけることになりました。
ー小学生の頃に「将来は小説家になりたい」と思ったきっかけは何だったんですか?
冬森:私は小学生の頃、学校に行けないことがありまして。そのときに、ずっと本に救われていたんです。
あとは、学校の行事でミュージカルを観劇する機会がありまして。それに参加して感想文を書いたら、学校の先生が「なかなかいいから、コンクールに出しておくよ」と言ってくださったんです。その感想文が佳作に選ばれて、「私は何の取り柄もないけど、書くことはちょっと好きかもしれないな」と思ったんですよね。それも、小説家になりたいと思ったきっかけのひとつでした。
ーそこで評価されたことが手応えになって、小説家という夢ができたんですね。
冬森:そうですね。でも、やっぱり上には上がいるもので…。私が行った中学校に、そのコンクールで大賞をとった子がいたんです(笑)。
だから、「やっぱり私は凡人なんだな」と思いながら書いてましたね。チャレンジしては諦めての繰り返しでした。
「美味しいものについて書くのが、すっごく楽しいんです」
ー『縁結びカツサンド』を読ませてもらって、食べものの描写がすごく魅力的だなと思いました。色とか、音とか、温度とか、そういう食べものの描写が想像を掻き立てて、読んでいると「あぁ、これ食べたい」という気持ちになるんです。食べものが出てくるたびに、お腹が空きました(笑)。
冬森:本当ですか? そういっていただけるのは、すごく嬉しいです。
—冬森さんは、ブログで「ごはん日記」も書かれていますが、もともと食に対する関心が強かったんですか?
冬森:私は、なんというか…すごく食いしん坊で(笑)。
一同:(笑)
冬森:だから、美味しいものについて書くのが、すっごく楽しいんですよね。
冬森:以前、WEBで小説を公開したことがあったんですけど、読んでくださった方から、「美味しいものがたくさん出てくるのはいいんだけど、食べものに目がいきすぎて、話の筋がぜんぜん入ってこない」って言われて(笑)。
—でも、それだけ食べものの描写が魅力的だったということですよね。
冬森:そのときに、私は本当に食いしん坊なんだってことがよくわかったんです。でも、やっぱり食べるのが好きなので、この先もずっと美味しいもののことさえ書ければいいなと思っていて。
そんなときに見つけたのが「おいしい文学賞」だったんです。だから、これはもう何かの巡り合わせだなと思って応募しました(笑)。
ー「待っていました!」って感じですよね(笑)。
冬森:「きたー!」と思いました(笑)。「好きなものが書ける」と思ったら、すごく嬉しくて。
小説に出てくる食べものは、「一番美味しい味」で楽しめる
―冬森さんは、ご自身で料理もされるんですか?
冬森:はい。食べるのも作るのも好きですね。あとは、本を見て食べたい欲を満たしたりしています。
ー本ですか?本を見ることで、食べたい欲って満たされます?
冬森:私、レシピ本やお店が紹介されている本なら、いくらでも見ていられるんですよ。それに、そういう本を見ていると物語が立ち上がってきたりするので、煮詰まったときにはレシピ本を眺めています。
ーレシピ本を眺めてると物語が立ち上がってくるんですか?
冬森:写真がすごく素敵だったりするので、じっくり見ていると、その向こう側にいる人の姿がなんとなく思い描けたり、声が聞こえるような気がするんですよね。それで、食べたい欲が満たされるってことはあります。
ーすごいですね、その能力は(笑)。まるで、食べもののことを書くために生まれてきた人みたい。
冬森:本当にすごく食いしん坊なんですよね(笑)。
冬森:実際に食べるのもすごく好きなんですけど、小説を読んだり書いたりしていていいなと思うのは、出てくる食べものを「一番美味しい味」で味わえるんですよ。その食べものに対して、自分の記憶の中で一番美味しい味を当てはめられるので。
だから、食べもののことを小説で読んだり、書いたりしているときは、脳内で一番美味しい味を何度も反芻しながら、「うわぁ、幸せ〜」って思ってます(笑)。食べものが出てくる小説の楽しみって、そういうところじゃないですかね。
ーなるほど。読みながら食べて、食べながら書くというような。
冬森:そうですね。私は胃袋で書いている気がします。
ー胃袋で小説を書いてる!それもすごい(笑)。そういう感覚って、あるときに気がついたんですか?それとも物心ついた頃からありました?
冬森:たぶん、昔からですね。中学生のとき、初めてもらったお小遣いで買ったのがお菓子の本だったんです。レシピと写真が載ってる本で、それはもう何度も何度も見ていました。知らない食材もいっぱいあったんですけど、「どんな味なんだろう?」って想像しながら見るのが楽しくて。
あと、小さい頃から児童書の中に出てくる食べものが大好きだったんです。例えば、『ぐりとぐら』という絵本の中で野ネズミの兄弟が食べていた『カステラ』だとか、『赤毛のアン』が飲んでいた『いちご水』とか。そういうのを「美味しそうだなぁ」って想像しながら読んでいました。今の感覚も、その延長線上にあるんだと思います。
ーそうやって頭の中に浮かんだものを、文字にして書いてるってことなんですね。
冬森:頭の中で食べてるんだと思います。だから、「うわぁ、美味しい!」って思いながら書いてますね(笑)。やっぱり食べもののことを書くのが、私は一番楽しいです。
食事が人間関係にもたらす影響とは?
ー作中に出てくる『ベーカリー・コテン』にはモデルがあるんですか?
冬森:いえ、特定のモデルはありません。『ベーカリー・コテン』は、なんとなく懐かしい感じがして、立ち寄ってほっこりできるような、そういう街のパン屋さんをイメージして書きました。
ー今回「おいしい文学賞」に作品を応募するにあたって、パンを題材にした理由は何だったのでしょうか?
冬森:パンって嬉しくなったり、楽しい気持ちになったりする食べものだと思うんです。
私が住んでいる街にはパン屋さんがなくて、ずっと悶々としながら暮らしていました。だけど、何年か前にパン屋さんができて、それがすごく嬉しかったんです。そのときに、「美味しいパンは人を幸せにする」ってことを実感して。だから、パンって暮らしの中に嬉しさを、しかも手軽に届けてくれる食べものだと思うんですよね。
冬森:それと、これは小説を書いてから知ったことなんですけど、「仲間」とか「一緒に何かをする人」を意味する「コンパニオン」って言葉があるじゃないですか。その語源は、「一緒にパンを食べる人」って意味らしいんですよね。
日本にも「同じ釜の飯を食べる」って言葉がありますけど、パンも人と人との繋がりを象徴する食べものなんだなと思って。
ーそれは初めて知りました。古今東西、食事には人を繋ぐ役割があったのかもしれませんね。『縁結びカツサンド』は、食べものを通して人間関係を描いている作品なのかなと思ったんですけど、冬森さんは食事が人間関係にもたらす影響ってどんなことだと思いますか?
冬森:やっぱり、人と人を一歩近づける役割を果たしてくれるものだと思いますね。
食べることってすごく無防備だし、パーソナルなことじゃないですか。それを共有することで、お互いに一歩近づけるのかなって。 特にお酒を囲んで乾杯をする場なんかは、そういう作用が強いですよね。
キリンビール公式noteで連載が始まる新作『うしろむき夕食店』について
—最後に、次回作についても聞かせてください。9月からキリンビール公式note上で、冬森さんの新作を連載していただくことになりました。今度は飲み屋さんが舞台のお話で、タイトルは『うしろむき夕食店』。ちょっと変わったタイトルだなと思ったんですが、どのような意味が込められているのでしょうか?
冬森:落ち込んでるときって、「自分には何もない」とか思っちゃうじゃないですか。でも、後ろを振り返ってみると、それぞれに重ねてきた歴史があるはずなんです。その中には、今の悩みに立ち向かうためのヒントが埋もれていると思うんですよね。
だから、お酒や料理を通して自分の過去を振り返り、そこから前向きなヒントを見つけられるような物語にできたらいいなって。それで『うしろむき夕食店』というタイトルをつけました。
ーなるほど。自分が積み重ねてきたものを見つめ直すことで、前に進むためのヒントを掴もうと。タイトルは「うしろむき」ですけど、すごく前向きなお話なんですね。
ー『うしろむき夕食店』も、きっと美味しい食べものがたくさん登場する物語になるんですよね?
冬森:そうですね。15品以上の料理を登場させているのですが、お酒と料理が出てくる物語なので、その組み合わせをいろいろと考えています。おつまみって美味しいものがいっぱいあるので、選ぶのが大変で…。考えているうちに、あれもこれも食べたくなっちゃうんですよね(笑)。
ー冬森さんにとって「食べたいものがいっぱいある」というのは、「書きたいものがいっぱいある」ってことと同じなんですね(笑)。
冬森:食べたいものと書きたいものは、たぶん尽きないですね。いっぱい食べたいのに、全部は無理だという心苦しさがあります(笑)。
一同:(笑)
ー小説で食べものを描くときって、実際に料理を作ってみたりされるんですか?
冬森:そうですね。ちょっと書く手が止まると、料理を作ってみて、どうやったら美味しくなるかを考えてっていう繰り返しです。そうやって、手から考えているところはありますね。料理って実際に作ることで、「あ、なるほど」って気づくことがあるので。
ー体験から言葉が生まれてくるんですね。そうして書かれた小説だからこそ、読んでいて食べたい気持ちが掻き立てられるのかもしれないなと思いました。
冬森:そう感じてもらえたら嬉しいですね。
—『うしろむき夕食店』でも、どんな美味しい料理に出会えるのか楽しみにしています!
冬森灯さんの新作『うしろむき夕食店』はキリンビール公式noteで9月から連載開始予定です。冬森さんの心温まる美味しいお話をお楽しみに。