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土地の歴史と伝統に根ざした、日本のビールを発信。『常陸野ネストビール』のビール造りとは?

個性豊かで多様なクラフトビールと多くのお客さまが出会い、気軽に楽しんでいただく「場」を実現するため、2017年からキリンが展開している飲食店向けのサービス「Tap Marché(タップ・マルシェ)」。
ブランドの垣根を越えて、20種類以上のクラフトビールを楽しむことができます。

▼「Tap Marché(タップ・マルシェ)」って?

今回はタップ・マルシェ担当の丹尾健二が、このサービスが誕生した初期からご協力いただいている『常陸野ひたちのネストビール』のブルワリーを訪ねます。

『常陸野ネストビール』は、200周年を迎える清酒メーカー「木内酒造」が1994年に立ち上げたビールブランド。時代の変化をいち早くキャッチしながら、スピード感を持って、“自分たちにしかできないビール造り”を続ける『常陸野ネストビール』が目指す姿とは?

木内酒造で酒製造部ゼネラルマネージャーを務める谷幸治さんに、『常陸野ネストビール』ならではのビール造りへの想い、タップ・マルシェ導入からの変化などについて伺いました。


先を見据えた設備投資とスピード感で“地ビールブーム”の衰退から脱却

対談
木内酒造 洋酒製造部ゼネラルマネージャー 谷幸治氏(左)とタップ・マルシェ担当の丹尾健二(右)

丹尾健二(以下、丹尾):今日はよろしくお願いします。僕がタップ・マルシェの担当になって最初に伺ったブルワリーが、『常陸野ネストビール』でした。今でもよく覚えています。

谷幸治さん(以下、谷):そうでしたね。長いお付き合いになってきました。よろしくお願いします。

丹尾:まずは『常陸野ネストビール』の成り立ちからお伺いさせてください。清酒メーカー「木内酒造」として今年で200周年を迎えますが、クラフトビールの製造を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

谷: 清酒造りは10月から4月の仕込みの期間が忙しくて、夏の間は仕事が少なくなります。そのため、杜氏とうじ(酒造りの最高責任者)の方々には、仕込みの期間だけ集まってもらって清酒造りをしている状態でした。しかし、夏の間も日本酒以外の酒造りができれば、社員を通年雇用して、酒造りのノウハウを構築できるのではと考えてビールの製造を始めました。ちょうど酒税法が緩和された1994年、いわゆる地ビールブームのタイミングです。

丹尾:当時は各地で地ビールが増え始めていましたよね。

谷:地ビールを造って、観光客をターゲットにして、生ビールとおつまみを提供するというスタイルが多く見受けられました。

常陸野ネストビール

丹尾:地ビールブームで次々とブランドが増えましたが、ブームが過ぎると続けられずに衰退していくブランドも多かったと思います。そんななかでも『常陸野ネストビール』が、現在まで続けられている理由はどこにあると思いますか?

谷:私たちはもともとお酒を造っていたので、瓶に詰めて長期保存するノウハウや流通網がありました。他社が生ビールで提供するなか、いち早く瓶ビールの販売を念頭に置いていたのも大きかったと思います。瓶で流通されるとなると、賞味期限が6か月は必要になります。ビールは少しでも酸化すると味が落ちてしまうので、衛生管理の視点から製造機器や醸造自体のグレードを上げなくてはならなかった。頑張って高性能な機械を導入しましたね。

醸造所内

丹尾: その土地で造られたビールをその土地で飲むというのが地ビールの前提だったなかで、長期保存を実現し、全国流通させ、多くの方に飲んでもらうという発想と技術は革新的ですよね。

お話を伺っていると、木内酒造さんはスピード感のある会社だなと感心させられます。みなさん専門知識がとても豊富で、とにかくチャレンジするのが早い。技術も設備も必要だと思えばきちんと良いものを取り入れるし、自分たちがやりたいこととトレンドが合致すればすぐ行動する。そういう大胆さが本当に素晴らしいと思います。

木内酒造の谷

谷:スピード感は、僕自身も意識しているところです。もともと保険会社に勤めていましたが、大手企業は意思決定に時間がかかるし、石橋を叩いて渡ることが多い。それに比べて、ビール造りはスピード勝負だと思っています。

すぐに行動しても成功に辿り着くまでには、いろいろな失敗もあります。それでも、思い立ったらすぐチャレンジしてみた方が良いと思うんです。始めたばかりの小さい規模のうちに失敗した方がリカバリーも速いし、途中でやり方も変えられる。やめることだってできる。

時間とお金をたくさん費やして失敗してしまったらダメージが大きいので、早い段階で小さくトライすることが大事だと思っています。

ここにしかない日本のビールを発信。土地の歴史や伝統に基づいたビール造り

常陸野ネストビール

丹尾:『常陸野ネストビール』は海外への進出も早かったですよね。現在、輸出のシェアはどのくらいの割合ですか?

谷:現在は生産量に対して輸出が40%ほどです。輸出先は現在40カ国以上ありますが、その半分はアメリカです。本格的な輸出が始まったのもアメリカからでした。

丹尾:そんなに多いんですね!ここまで海外展開が広がった理由はなんでしょうか?

谷:海外展開を始めたのは2000年頃からで、初めはイギリス風ペールエールやドイツ風ヴァイツェンなど、いわゆる伝統的なスタイルのビールを造って展開していました。コンペでも受賞していたので、それを海外展開して事業を伸ばしていくスタイルをとっていたんです。

ですが、そのビールを送っても現地の取引先にはまったく響かず、「日本のビールを送ってくれ」と言われてしまって。これではダメだということに早めに気付いて、すぐに脱却できたのは良かったですね。

梱包された常陸野ネストビール

谷:よくよく考えてみるとアメリカとヨーロッパは距離も近いですし、お互いの国の物が手に入りやすい。なので、欧米のコピー品はいらないんです。そう気付いたので、日本のカルチャーを発信するために、古代米である赤米を使った『レッドライスエール』や、茨城県産の福来みかんを使った『だいだいエール』といった、日本ならではのビール造りを追求しました。

『レッドライスエール』は、海外でとても人気が高い。あとは麹を使ったビールや、ゆずを使ったビールも人気です。

丹尾:“日本らしいビール”が受けたんですね。

谷:“日本らしさ”に加えて、茨城の土地の歴史に根ざした農作物を使うことにもこだわっています。メロンや梨などの果物もありますが、茨城は国内有数の二条大麦生産地だったんです。2007年からは醸造所近郊で「金子ゴールデン」というビール麦の栽培も始めています。ただ、茨城にはビール麦を醸造用の麦芽にする(モルティング)場所がなかったため、今年7月に麦芽工場も作りました。

麦芽のサンプル
『常陸野ネストビール』に使われている麦芽

丹尾:先日伺った際にも、ブルワーの方が「地元でとれた大麦で、ビールを造るのはロマンだ」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

クラフトビール業界における次のトレンドとして、原料造りにどこまでこだわっていけるかはキーになっていくのかなと感じていますが、『常陸野ネストビール』は早い段階から実践されていますね。

谷:もちろん大変なことも多くて。2016年からはホップも栽培していますが、高温多湿のこの土地には合わないようで、なかなか難しいんです。大麦が昔から栽培されていたのは、この土地の気候に合っていたからなのだろうなと納得です。

タップ・マルシェを通じて、これまで届かなかったお客さまにも届く

タップマルシェ用のボトル
タップ・マルシェ用のボトルに詰められた『常陸野ネストビール』

丹尾:タップ・マルシェがスタートするとき、最初にお声がけさせていただいたのが『常陸野ネストビール』でした。今後いろいろなブルワリーとお付き合いをしていくことを考えたときに、長年ビール造りを続けている『常陸野ネストビール』に参画いただければ、他ブルワリーさんからの信頼度も上がります。

品質も良好で国内外の人気も高い『常陸野ネストビール』が気軽に飲めるようになれば、お客さまにもよろこんでいただけるはず、という想いもありました。

谷:最初、「キリンビールが他社ビールも売る」と聞いたときは冗談かと思いましたね(笑)。でも、日本のクラフトビールマーケットをみんなで作り上げていこうというコンセプトにとても共感して、一緒に盛りあげていきたいと感じました。

日本のクラフトビールマーケットはニッチで、それをどう広げていくか、お客さまに認識してもらうかが重要です。それをキリンが率先してやってくれるというのはありがたいなと。タップ・マルシェは容器も小さいし、おしゃれだし、新鮮なビールを味わえる。お客さまが好きに自由に選べるのは、とても良いですよね。

ボトル詰めの機械
タップ・マルシェ用に設備したボトル詰めの機械

丹尾:実際にタップ・マルシェが導入されたお店を見て、いかがですか?

谷:中華料理店やうどん屋、カフェなど、幅広い業種に置かれているのを目にしました。クラフトビールを楽しめる場が広がっていることを実感できますし、お客さまがクラフトビールを手に取る機会が増えるのはうれしいことです。

丹尾:生まれた背景や造り手の想いを知って選べるのが、クラフトビールの良いところだなと思います。選ぶ理由をしっかりと考えられるカテゴリーがクラフトビールだなと。タップ・マルシェも、好きなビールを選んで楽しめるのはすごく良いですよね。

ここでしか飲めない旬の味、ブルワリーの顔が見える旬な情報を

木内酒造の谷

丹尾:『常陸野ネストビール』が、これからチャレンジしたいことや展望はありますか?

谷:私たちが得意とする、地域性を活かしたラインナップはより強化していきたいと思っています。ビール大国のドイツでは、その地域の風土や歴史を活かしたビールが造られていて、国内だけでも何千種類のビールがある。だから、それぞれの街にビール工場がたくさんあるし、ビール造りがその土地に根ざしているんです。

私たちも地域の農業や食文化とともに歩んでいくことをとても重視しているので、今後も地元産大麦による製麦の事業を積極的に展開していきたいですね。

土地の伝統や歴史に基づくことの良い点は、他社と競争にならないこと。それはコピーしようがない個性です。そんな風に地域ならではのカルチャーを大切にしながら、ビールを造っていきたいです。

対談

丹尾:タップ・マルシェを通じて、私たちキリンと一緒にチャレンジしたいことがあれば教えてください。

谷:タップ・マルシェのコンセプトは「自由市場」。市場って旬なものがある場所ですよね。なので、限定商品をもっと出していくことで、お客さまにワクワクしてもらって飽きさせないということもしていけたら良いですよね。

丹尾:私たちも商品情報だけではなく、「今こんなことにチャレンジしています」とか「ここが課題です」、「今日は福来みかんを収穫しました」など、ブルワリーさんの旬な情報をキャッチして発信していけたらと考えているところです。そうすることでより市場感を出していけるのではと。

谷:旬なビールだけでなく、旬な情報も良いですね。

この辺りにもタップ・マルシェを取り扱っているお店が増えていて、そのなかでも『常陸野ネストビール』を選んで置いてくれているお店も多いんです。私たちも仕事終わりにビールを飲みにいくことがあって。普段工場で、瓶や缶に入れる前のビールを味見するのと、お店で飲むのとは全然違いますね。シーンや食べるものも違いますし、改めて自社商品を味わうのは新鮮です。他社のビールと飲み比べをして、刺激を受けて、モチベーションアップしています。


木内酒造の谷

【プロフィール】谷 幸治
木内酒造 洋酒製造部ゼネラルマネージャー。20年以上、ビール製造に携わる。現在ではビール以外の洋酒全体も含め、製造を見守り、支援している。バブル時代から、ずっとビールファン。

タップマルシェの丹尾

【プロフィール】丹尾 健二
キリンビール株式会社 タップ・マルシェ担当。入社以来、営業やリサーチ業務、ECなどさまざまな分野を経験しながら、20年1月より現職。ブルワリー各社と共に、料飲店からクラフトビールの浸透を図る取り組みを行っている。いちユーザーとしても、クラフトビールの大ファン。

文:高野瞳
写真:飯本貴子
編集:RIDE inc.

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