「免疫ケア」が当たり前になる未来へ。キリンが産学連携で小学生向け教材を作る理由
教室から聞こえるのはビンゴで盛り上がる声、はたまた姫を守る勇者に盛り上がる声。これはれっきとした授業。キリンがこの夏スタートさせた小学生向けの「免疫ケア」の授業の一幕です。
なぜ小学生へ授業を?と不思議に思う方も多いかもしれませんが、キリンは35年以上にわたり「免疫」を研究し、「免疫ケア(※)」の啓発活動を続けてきました。その研究成果を大人だけでなく子どもたちの健康にも役立てたいという思いから、「先生から、教育を変えていく」というビジョンのもと、教育領域における課題解決の糸口を探し出す株式会社ARROWSと共に、特別教材「免疫ケアで健康な毎日を!」を共同開発しました。
小学生に免疫ケアの重要性を知ってもらうために、どのような工夫が凝らされているのか。教材を通じて子どもたちに伝えていきたいのはどんなことなのか。最前線で「免疫ケアで健康な毎日を!」の制作に携わった株式会社ARROWSの中石尚吾さんと、キリンホールディングスのヘルスサイエンス事業部で免疫領域事業のマーケティングを担当し、教材作りに企画から参加した田中圭衣が語ります。
子どもたちに「免疫」について教えたいという思いがずっとあった
─この夏、キリンと共同開発した教材「免疫ケアで健康な毎日を!」がリリースされました。これはどのような教材なのでしょうか。
田中:キリンがこれまで35年に渡り研究をしてきた免疫研究と免疫ケアの啓発活動で培った知見を生かして、小学6年生が「免疫」についてわかりやすく理解できるようパッケージにした教材です。健康な毎日を送るために欠かせない「免疫ケア」の概念について学び、なぜ今免疫について学ぶ必要があるのかなどを考えてもらいます。スライド、動画、ワークショップの3つがセットになった45分の授業です。
─デザインがポップで目を引きますね。今回「免疫についての教材を作る」というコラボレーションは、どういったきっかけで始まったのでしょうか。
田中:今年の2月頃にキリンからARROWSさんにお声がけしたのがきっかけです。
私たちは「免疫」について35年以上の研究実績があり、免疫機能の機能性表示食品である「プラズマ乳酸菌(※)」を配合した商品を展開してきましたが、お客様の健康課題にお役立ていただきたいと考えている一方で、そもそも世の中になかなか「免疫」という言葉が浸透しないことを課題に感じていました。これまでもイベントや勉強会の取り組みなどを通じて、免疫の大切さを広めていく活動を継続的にやってきましたが、そのなかで「子どもたちにも免疫ケアの大切さを教えていきたい」という声は社内でもずっとあったんです。
─以前から、子どもたちに「免疫ケア」を学んでいただける場をつくりたいという構想があったんですね。
田中:子どもたちへ免疫ケアの大切さを伝えていきたいとは思っていたものの、私たちが一校一校訪問して授業をするしか方法が思い付かず悩んでいたときに、エージェントさん経由でARROWSさんを紹介いただきました。教育現場とのネットワークが強く、1万人以上の小学生に授業ができる素晴らしいスキームをお持ちだと知り、ぜひご一緒したいと思いました。
─ARROWSさんはどんな事業をされているのでしょうか?
中石:「先生から、教育を変えていく」というビジョンのもと、先生を支援し、教育現場をより良くしていくための事業を展開している会社です。民間企業で日本最大級の先生同士をつなぐ『SENSEI ノート(SNSプラットフォーム)』を起点にしています。最近では先生方が教えることに苦労されている新しい潮流の授業テーマに対し、その分野のスペシャリストである企業様とコラボして作った学校教材を先生に無償で提供するという「SENSEIよのなか学」というサービスを運営しています。
日本や世界をリードする最前線の企業様とともに、その企業がもつ知見やツール、データ、最新情報を活用させていただき完全オリジナルの授業を作っています。授業の進行台本と授業で使うスライドや動画がパッケージになっているので、忙しい先生でも少ない準備時間で中身の濃い授業ができるのが特徴なんです。
─中石さんは「免疫の授業をしたい」というリクエストを聞いて率直にどう感じましたか?
中石:お話をいただいたときは「ぜひお作りしたいです」とすぐお返事をしました。学校の先生たちのニーズにも合致しているものだったので。
─先生のニーズとは?
中石:全国の小学校から高等学校までの先生を対象に調査した結果、86%が「児童・生徒の健康および生活習慣に課題がある」と考えていて、90%が「体の抵抗力や免疫についての指導は重要だ」と思っていることがわかりました。でも、実際に指導できているのは半数以下という結果でした。
─キリンが感じている課題と学校現場で先生たちが感じている課題が合致したんですね。
中石:まさにそうなんです。「日本ケロッグ」さんと共同開発した朝食についての教材、「パラマウントベッド」さんと作った睡眠についての教材など、生活習慣に関する教材はARROWSですでに制作事例があったのですが、「免疫」というテーマは、まだ先生をご支援できていない分野で、ぜひやりたいと思っていたところにキリンさんからお話をいただきました。
生活習慣が乱れ始める小学校高学年にこそ「免疫」の知識が必要
─今回の教材は小学6年生向けとのことですが、なぜ「6年生」なのでしょうか?
中石:「6年生向けに」というのはARROWSからご提案しました。以前、中学校の先生から「小学校高学年頃から子どもたちの生活リズムが崩れがちになり、その後なかなか立て直しにくい」というお話を聞いたことがありました。そうならないように小学生の頃から免疫について知るのは大事なんですが、詳しい情報が先生方に届く状況があまりなく、授業で詳しく習う機会って実は少なくて。朝の会や保護者向けのお便りの中でさらっと免疫について触れるだけのケースが多いんです。
─免疫について学ぶべき時期に、適切な学びの機会が提供されていないと。
中石:そうなんです。健康については小学3年生から学びますが、「生活習慣を整える」という話は小学6年生の保健体育の授業に含まれているので、その時期に免疫について知るのがベストだと思い提案しました。特に生活習慣が崩れがちになる夏休み前に授業ができたのは、良いタイミングだったなと思います。「なぜこの時期に免疫について教えるのか」はキリンさんともしっかりすり合わせたので、スムーズに進みました。
─「免疫」は難しい専門知識が多そうな分野ですが、6年生にわかりやすく伝えるためにどのような工夫をされたのでしょうか。
田中:私たちが一方的に免疫の授業をすると、「そもそも免疫とは」という話から始まりどうしても難しくなってしまいます。それをARROWSさんの力で、ゲーム感覚で飽きずに楽しく学べるような教材にしていただきました。特に冒頭のビンゴは授業見学でもすごく盛り上がりましたよね。
中石:小学4年生、5年生、6年生では「おもしろい」と感じるものが全然違うので、社内のプロフェッショナルの意見を聞きつつ、どうすれば6年生が楽しめるものになるかを考えました。ビンゴはやり方もわかりやすいですし子どもたちが主体的に参加できるので、先生からの評価も高かったです。
田中:あとは、免疫の仕組みや乳酸菌の仕組みを擬人化した動画もポイントですよね。免疫機能を「姫を守る勇者」にたとえた動画で、勇者たちが集まった瞬間は教室が沸きました。
─とはいえ、楽しいだけでなく必要な知識を正しく伝える必要もありますよね。教材を作る中で難しかったところや、正しい知識を伝えるために気をつけたところはどんなところですか?
中石:昨今、世の中の健康意識も大きく変わりましたが、免疫ケアは「今だからこそやる」というわけではないんです。日々の健康を維持するために大切だから免疫ケアをするんだよ、と伝えるのが大事だと思って。「日々の生活習慣の見直しと健康維持」というキーワードにうまく着地できたと感じています。
田中:そうですね。私たちは「プラズマ乳酸菌をとれば免疫ケアができるよ」と言いたいわけじゃないんです。三食きちんと食べるとか、笑うとか、よく寝るとか、生活の中での全体的な免疫ケアのアドバイスをしていきたいと思っていたので、その部分をきちんと教材に落とし込んでいただきありがたかったです。
中石:タイトルの通り「健康な毎日を」という方向をみんなで目指していった感じはありますね。
田中:あとは、小学生が楽しめるかどうかを考えるために、小学生の気持ちになって動画を見るように心がけましたね。小学生時代の自分を思い出して…(笑)。
初の授業見学を見たときは、感動のあまり涙が
─今は実際に多くの小学校の授業でこの教材が使われていますが、どのような反響や手応えを感じていますか?
中石:一番大事なのは「授業のあとで子どもたちの生活習慣に行動変容が起きるか」だと思っていて、その点でかなりポジティブな結果になったと感じます。
授業後のアンケートでは「免疫ケアをやってみたいと思いましたか?」という質問に対して9割近くの子どもたちが「何かしらのアクションをとりたい」と回答しています。また、授業の満足度も6点満点中5.3という非常に高い数字になっています。よく寝ることや笑うことも含め、日常生活で何が大事なのかを純粋に理解してくれた。それがすべてだと思います。
田中:うれしい結果ですよね。最初の授業見学が岡山県の小学校で、私は見学に伺えなかったので中石さんに動画を送っていただいたのですが、それを見て感動して泣きましたね。
─どんなところにグッときましたか?
田中:頑張って作った教材が多くの小学校の先生方の手に渡って、それぞれの先生が教材の内容をしっかりと読み込んでくださった上でオリジナルの授業を展開されていることに感動したんです。台本をそのまま読むのではなくて、「ここはこういうことなんじゃないかな」と子どもたちに投げかけていただいたり。あとは、子どもたちの反応ですよね。私たちが大事だと思っているところをしっかり理解して良いリアクションをとってくれている様子を見て、本当に作って良かったなと思いました。
─先生方の反応はどうでしたか?
中石:アンケートでもマイナス評価はほぼなく、総じてものすごく満足していただいています。「免疫ケア」という言葉が浸透した手応えを感じています。
─具体的に、どんな声がありましたか?
中石:「自分では動画を作れないので、子どもの興味を引く動画があったのがとても良かった」「免疫について教えることは大切だと思っている一方、なかなか実践に移せなかったので、いい機会をもらえてありがたい」「免疫の仕組みがわかりやすくまとまっていた」など、ポジティブな感想をたくさんいただきました。あとは、先生自身も「自分の健康を見直しました」とか…。
─先生自身の生活習慣を見直すきっかけにもつながっているんですね。
田中:アンケートでは先生方からたくさんの熱いコメントをいただきました。特に、大阪の小学校の先生からの「免疫ケアを心がけるということは、自分自身を大切にすること。 “あなたたち一人ひとりを大切に思ってるよ、大切に思ってる人がいるよ、だからあなたもあなた自身を大切にしてね”ということを子どもたちに伝えられたと思います」というメッセージが印象的で。そんなふうにとらえていただき、授業をしていただいたことに感動しました。
中学、高校でも継続的に免疫を学ぶ場を作っていきたい
─この授業をきっかけに、子どもたちにどんな行動変容や意識の変化が起きてほしいと感じますか?
田中:私たちの理想は、「免疫ケア」という言葉が日常の歯磨きくらい当たり前の健康習慣になることです。「今日は夜更かししちゃったから明日は気をつけよう」とか、「免疫が下がらないように少し笑ってみよう」などと、日常のふとした瞬間に思い出してもらえたら嬉しいですね。
中石:あとは、その知識をみんなに語れるような存在になってもらえたらより良いですよね。家族や大切な人に、免疫ケアについて教えてあげられる人になってくれたらいいなと。
田中:そのために、授業の終わりにお渡しする「免疫だより」という保護者の方向けのお便りもセットにしました。子どもたちがおうちに帰ってから「今日はこんな授業をしたんだよ」と家族と対話ができるきっかけをつくれるように。
中石:免疫や生活習慣の知識って、家庭で実践してもらわなければいけない一方で、学校で習った内容がなかなか家庭に浸透しにくいという課題があります。だからお便りを通じて「授業でこんなこと習ったよ」と子どもが家族に伝えるのはすごく大事で、先生方からも求められていることなんです。
─親の学び直しも大事ですよね。今後、健康や免疫ケアの教育について「もっとこうしていきたい」という展望はありますか?
田中:私たちは医師の先生方とお話する機会も多いのですが、小児科医の先生からも「良い活動ですね」というお言葉をいただけて。教育現場で「免疫ケア」を広めていくことは意義のある活動だと考えていますので、35年間免疫の研究を積み重ねてきたからこその知見やエビデンスを活かして、引き続きさまざまなタッチポイントで免疫ケアの重要性をお伝えしていきたいです。ARROWSさんには素晴らしい教材を作っていただいたので、ぜひ「バージョン2」もやりたいですね。
中石:もっと世の中に影響を与えられるように、より多くの方にこの教材をお届けしたいです。
小学校で一度学んでも、中学生や高校生になるとまた必要な情報が変わったりするので、まだまだスタートラインという感じは正直あって。中学や高校でもまた学び直してもらい、理解を定着させていくことを目指したいですね。
田中:免疫ケアについて子どもたちに伝えたいことは、教材に盛り込んだ内容以上にまだまだたくさんあるんです。より専門的な内容を、分厚い本ではなく動画やゲームなどわかりやすいフォーマットでお伝えし、毎日を健康で過ごすためのヒントとして役立てていただくことが、これからも私たちに求められていることなのかなと思います。
中石:やっぱり「バージョン2」を作るしかないですね!
編集部のあとがき
取材前に、教材として活用されているアニメ動画を拝見させていただきましたが、大人の私が観ても学びの多い内容でした。なんとなく「わかっていたつもり」だったものが、「これなら人に教えてあげられる」というところまで理解でき、「誰かに教えてあげたい」という気持ちにもなりました。
一つの教室での学びの機会が、そのまま家族の会話につながったり、大人の学び直しにもなっているという話を聞いて、あらためて教育の可能性を知る恰好となりました。
次のステップ、どうなるのでしょう。今からとても楽しみです。
文:鼈宮谷千尋
写真:飯本貴子
編集:RIDE inc.