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「Think Global,Brew Local.」九州・宮崎を世界に。宮崎ひでじビールが目指す、地域に根ざしたビール造り

 「キリンだからこそ担える、クラフトビールの役割がある」

そんな志のもと、ブランドの垣根を越えてクラフトビールの楽しさを体感できる「Tap Marché(タップ・マルシェ)」というサービスがあります。コンセプトは“ビールの自由市場”。そこに共感したさまざまなブルワリーが参加してくださり、一緒にクラフトビール市場を盛り上げています。

 担当の丹尾健二がタップ・マルシェに参加するブルワリーを訪ね、ビール造りへの想いやタップ・マルシェ導入後の変化についてうかがう連載企画。第4弾では、宮崎県延岡市にある「宮崎ひでじビール」を訪ねました。

 「宮崎ひでじビール」は、宮崎県の北部にある祖母傾山国定公園「行縢 むかばき山」の麓に醸造所を構え、自然豊かな環境で、天然水と自家培養酵母を使用したビール造りを行っています。創業は、地ビールブームが始まった1996年。石油販売を行う会社のクラフトビール事業部として誕生しました。

その後、従業員であった現代表が事業を買い取り、2010年に独立という形で再スタート。たくさんの壁を乗り越え、九州を代表するクラフトビールのブルワリーへと成長しました。その成り立ちやビール造りにおいて大事にしていること、モノづくりのこだわりについて、入社10年目を迎えるブリュワー・森翔太さんにお話を聞きました。 


「実はビールは好きじゃなかったんです」異業種から、ブリュワーに転身

宮崎ひでじビールの森翔太、タップ・マルシェ担当の丹尾健二
「宮崎ひでじビール」のブリュワー森翔太さん、写真右:タップ・マルシェ担当の丹尾健二

丹尾 健二(以下、丹尾):今日はよろしくお願いします。それより森さん、なんかものすごく日焼けされていませんか?(笑) 

森 翔太(以下、森):そうなんです。実は今、ホップ畑の管理もしているので、一日中、畑で作業をしていたらこんなに焼けてしまいました(笑)。 

丹尾:その辺りについても、後で聞かせてください。まずは改めて森さんの経歴を伺いたいのですが、前職はたしか鉄鋼関係でしたよね。ご出身は延岡市ですか? 

森:そうです。延岡で生まれ育って、高校卒業後は鉄鋼関係の会社に就職しました。愛媛と千葉で働いて、そろそろ地元に戻ろうかなと考えていたタイミングで、地元・延岡でブリュワー募集を見つけたんです。2014年2月に入社、今年で10年になります。 

丹尾:まったくの異業種からの転職だったのですね。もともとビールがお好きだったのですか? 

森:いえ…。それがビールは好きじゃなかったんですよ(笑)。入社当時はビールが飲めなくて、何を飲んでも味の違いがわからない状態でした。 

丹尾:そこからどうやってビールが好きになったんですか?

 森:入社した当時、「宮崎ひでじビール」では10種類くらいのクラフトビールを造っていて、「まずは全部飲んで覚えなさい」と指導されました。毎日の朝礼で2分間スピーチの時間があり、そこでランダムに指定された商品について説明するんです。味を覚えて、説明できるようにならなくてはいけないので、そこで鍛えられました。今はもうビールしか飲まないくらい好きですね。

宮崎ひでじビールの醸造所
背後に望むのが「行縢 むかばき山」

丹尾:意外な過去ですね。「宮崎ひでじビール」は1996年、この場所で創業したんですよね。

森:そうですね。1994年に酒税法が改正になって地ビールが作られるようになったんですが、その時、各地で立ち上がったビールブランドの一つです。創業者の西田英次さんの名前をとって現在の社名が「宮崎ひでじビール」と名付けられました。代表や工場長から話を聞くと、「当時はおいしくないビールを造っていた」と。技術も追いつかないし、ビールをきちんとわかっていない状態で造っていたんだと言います。

 工場長に当時のレシピや資料を見せてもらいましたが、なかなかすごいビールを造っていたみたいですね。このままではいけないと、技術改革の一つとして取り入れたのが酵母の純粋自家培養でした。工場長と醸造担当が業務の前後にひたすら勉強したそうです。その自家培養の酵母から完成したのが『太陽のラガー』。当時は違う名前でしたが、『太陽のラガー』としてリニューアルし、ついに国際的なビールの大会で受賞するまでになりました。

自家培養の酵母
自家培養の酵母

丹尾:そんな矢先に、親会社が事業撤退を決断したのだとか。 

森:そうなんです。せっかく賞を取ってこれからというタイミングでした。このままでは終われないと、現代表の永野がクラフトビール事業を買収して独立、それが2010年です。

ちょうどその頃、今度は宮崎の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザウイルスと口蹄疫が流行したり、新燃岳の噴火があったり、観光産業が大打撃を受けていた時期。せっかく独立したのに、ビールが売れないという厳しいスタートでした。

これはなんとかしなきゃいけないと、宮崎の特産である日向夏、金柑、紫芋の3種類の副原料を使ってクラフトビールを造りました。それが、「宮崎ひでじビール」のフルーツビールの始まりです。

宮崎ひでじビール 九州CRAFT 日向夏
宮崎特産日向夏を副原料に使用したほどよい酸味と爽やかな香りが人気の『宮崎ひでじビール 九州CRAFT 日向夏』

 丹尾:「宮崎ひでじビール」といえば、フルーツビールですね。私も日向夏が、「宮崎ひでじビール」の入口でした。森さんはいろいろな課題はあるけれど事業を大きくしていきたい、というタイミングでの入社だったんですね。

 森:そうですね。入ったときは課題が山積みで大変でした(笑)。そのときは従業員がまだ10人もいなかったので、ビール造りを習得するために先輩に教わるのと並行して、独学でもいろいろな資料を読んで造り方を覚えたり、他のクラフトブルワリーに研修に行ったりもしました。

うちはすごく自由で、「やりたいことはどんどんやれ」という指導方針で、ありがたいことにいろいろとやらせてもらえる環境なんです。その結果、どんどん改善が進んで賞も毎年取れるようになっていきました。

「Think Global,Brew Local.」地域性を大事にしたビール造り

宮崎ひでじビールの森翔太
バランスの取れたきれいなビールの味わいが特徴の「宮崎ひでじビール」。ビール造りの技術はもちろん、徹底された設備や醸造所の清掃・洗浄も、ブレない安定した味わいにつながっているという。

 丹尾:自由な社風のなかでも、「宮崎ひでじビール」の軸として大切にしていることはどんなことですか?

 森:やっぱり、「地域性」です。ここだけは絶対にブレません。僕たちが大切にしている理念に「Think Global,Brew Local.」という言葉があります。世界を見据えた視点を持ちながら、地域視点でモノづくりをしていこうという考え方です。その思いを軸に「グローカル・クラフトビール・ブルワリー」を目指しています。「グローカル」とは、グローバルとローカルを掛け合わせた造語。地域のために何ができるか、地域の財産をどうPRできるかを常に考えながらビール造りをしています。

僕たちが造る限定ビールは、必ず宮崎に関係するものになっているんです。最近、副原料として使ったグレープフルーツも、宮崎県日南市で栽培されたもの。国産のグレープフルーツというのは珍しくて、宮崎県外ではなかなか知られてない素材なので、ビールを通じてPRできたらと思っています。

丹尾:「宮崎ひでじビール」としては、地域性を大切にしたビール造りをしているとのことですが、森さん自身はどんなこだわりをお持ちですか?

宮崎ひでじビールの森翔太

森:「常に安定した味」という点にこだわっています。実は限定のビールを常に作るより一度造ったビールを同じ品質で再現することの方が何倍も難しいと感じています。その為には常にすべてのプロセスを検証し、同じ味、同じ数値、同じ炭酸のレベルを管理する必要があります。これからも安定していて、いつ飲んでも、おいしいビールを造り続けたいと思っています。 

もう一つは、僕個人というより会社全体としてのこだわりですが、「ドリンカビリティ」という言葉も大事にしています。何回でも飲みたくなるビールを造ることが、ビールの味造りの一番ベースにあります。 

丹尾:今日、聞いてみたかったことがあるんです。僕たちキリンもおいしくて、飲み飽きないビール造りを目指していますが、「宮崎ひでじビール」が考える「ドリンカビリティ」にも通じると思っていて。森さんからは、キリンが造るビールについてどんな風に見えていますか?

森:もうドリンカビリティの塊だと思いますよ(笑)。僕自身、『一番搾り』が大好きなんです。どこでも飲めるし、どこで飲んでもおいしいし、飲食店でも安心して頼める。それは品質がよいこと、バランスがよいことの証だなと思います。

「九州を元気に」。同じ方向を向いてクラフトビールを盛り上げたい

宮崎ひでじビールの森翔太、タップ・マルシェ担当の丹尾健二

丹尾:「宮崎ひでじビール」がタップ・マルシェに参入されたときは、森さんはもう入社されていましたよね。 

森:たしか入社してすぐでした。勉強のために参加していた商談会で、タップ・マルシェのブースに「すごく気になります」と名刺交換をさせてもらったのを覚えています(笑)。

 丹尾:そうでした。そのあと、私たちから声をかけさせていただいたんですよね。それぞれの地域に一つ代表するブルワリーがあると、よりお客さまに楽しんでもらえるんじゃないかと。そのとき、九州なら品質も含めて「宮崎ひでじビール」だろうとお声かけさせていただきました。参入するにあたって、社内ではどんな意見がありましたか?

 森:参入について、当時代表は相当悩んでいました。「クラフトビールメーカーと大手ビールメーカーは違う」という考えが、当時の業界にはあったんです。だから、そこが手を組むことに対して業界からなんて思われるんだろうという不安が一つ。もう一つは、果たしてうちみたいな製造量で対応できるのか、追いつかないんじゃないかという不安です。

それでも、最後に参入を決めたのは、代表のなかで「クラフトビールはまだまだ浸透していない。もっと浸透させていかなくては」という気持ちが強かったから。そのためには自分たちだけの力では難しいし、限界があると。その頃から代表がクラフトビールの団体の副会長もしていたので、もっと広くクラフトビールを知ってもらうためにはこの取り組みは絶好のチャンスなんじゃないかと思ったようです。

 丹尾:1996年の地ビールブームも経験された永野さんからすると、参入にもいろいろな葛藤があっただろうなと思います。

森:そうですね。あとは、「九州を元気に」というキリンビール九州支社のスローガンも決め手の一つだったんです。僕たちもちょうどPRの対象を宮崎から九州に広げていこうと「九州クラフト」ブランドを立ち上げる時期でした。同じ方向性を向いているならばと、参入することに。

販売を開始するまでは、正直大変でしたが、今では、本当に参入してよかったと思っています。僕たちみたいな小さなクラフトビールメーカーに寄り添いながら基準を作ってくれたり、アドバイスをくれたり。それがあったからこそ短い期間でたくさんの課題が達成できたと思います。自分自身もすごくいい経験になったし、たくさんの知識が得られたのは大きかったですね。

切っても切り離せないクラフトビールと地域性

タップ・マルシェ担当の丹尾健二

丹尾:これからのクラフトビール市場を森さんはどのように考えていますか?

森:新しいブルワリーはまだまだ増えると思います。それと比例して、品質を高めるという業界の課題もより一層ハードルが上がっていくのかなとも思っています。消費者にとってはクラフトビールに触れる機会がもっと増えるはず。お店も増えて、取り扱い店舗も増えて、楽しめる機会が増えればいいなと思っています。

丹尾:「宮崎ひでじビール」さんは、全国のビールイベントにもよく出店されていますが、ここ数年のお客さまの変化は感じますか?

 森:感じますね。ちょうどゴールデンウィークに福岡で開催されたイベントに参加したんです。そのイベントは毎年やっていて、これまで来場者はクラフトビール初体験の方が多い印象でしたが、今年はある程度嗜んでいるお客さまが多かったです。

いつもなら、「宮崎ひでじビールって飲んだことありますか?」「飲んだことない」「じゃあ、まずは『太陽のラガー』を」っていう流れが定番だったのに、「飲んだことあります、これ飲みました」「飲んだことあるなら、これはどうでしょう」というようにコミュニケーションが変わったことを実感しました。

丹尾:クラフトビールがちょっとずつ広がっているような実感があるんですね。

森:はい。ただ、もっともっと伸びしろはあるだろうなとも思います。あとは、インバウンドも増えていますね。ちなみに海外の方からは何が一番頼まれると思います?

丹尾:『九州CRAFT 日向夏』ですか?

森:『九州ラガー』なんです。九州というワードを知っているからか、ほとんどの方が九州ラガーを頼みます。やっぱりその土地のビールを飲みたい気持ちがあるんだなと。僕たちがビール造りで大事にしている地域性、コンセプトは間違っていなかったんだなと思えました。

丹尾:どこまで行っても、クラフトビールと地域性は切っても切り離せないですね。

より地域に根ざしたモノづくりを。循環型のブルワリーを目指して

宮崎ひでじビールの森翔太、タップ・マルシェ担当の丹尾健二

丹尾:やっと日焼けの話に戻りますが(笑)。ビール造りだけでなく、ホップ栽培や自家培養酵母、製麦と、次々と新しいことに挑戦していますね。さらに新しい事業を始められたとか。 

森:そうなんですよ。ビール造りの中でも製麦って大変だし、ホップも自然相手なので難しい。真っ黒に日焼けして頑張っています(笑)。ここまでの工程を自分たちでやっているブルワリーはほかにはないと思います。

新しい事業としては、自分たちで麦芽粕を使って肥料を作っているんです。通常何度か再利用するビール酵母をうちでは一回しか使わないのがこだわりでもあるんですが、栄養素の塊を一度で廃棄するのは正直もったいないんです。

また、栄養価が高すぎてそのまま廃棄すると自社の浄化槽が故障するおそれがあります。それなら有効利用できないかと考えて始めたのが、アグリバイオ事業です。

ホップ畑
ホップ畑の様子。栽培だけでなく圃場整備もスタッフ自らが行う

 丹尾:具体的にどんな事業ですか?

森:麦芽粕に焼酎粕を混ぜて乾燥させ、高付加価値の農家さんも使いやすい肥料商品として循環させていこうという取り組みです。肥料成分がすごく高く、トマトの糖度や実の大きさが変わったという試験結果も出ています。九州内や大阪の農家さんで畑の土壌改良剤としても使ってもらっています。

丹尾:地域に根ざす以上はどれだけ貢献できるか、地域から受け取ったものをどう自然に還元していくか。クラフトブルワリーの考え方として、一つそういう視点は大事ですよね。

森:実際どこのブルワリーでも麦芽粕の処理には困っているんです。大量に出るし、水をいっぱい含んでいるためすぐに腐敗してしまうので。産業廃棄物として処理しているところもありますが、僕たちが目指しているのは循環型のクラフトビール事業。

もう試験は終わって、いつでも生産できる体制まで整えているんですけど、ビール造りの片手間ではできないくらい大変な作業。ただ、うまくいけばビジネスとしても成り立ちますし、よいモデルケースにもなれると思っています。

丹尾:ビール造りとしては、今後考えていることはありますか?

 森:まずは去年から力を入れている缶製品です。やっと完成したのでもっと知名度を上げて販売促進して、流通量を増やしたいですね。あとは海外輸出です。これまでも年に何回かは輸出していますが、もう少し本腰を入れていきたいところ。そのためには設備の増強も必要になってきます。

丹尾:輸出のことを考えると、地域に根ざしたクラフトビールとして、さらに日本や九州を感じられることも大事になりそうですね。

 森:そうですね。現在その観点で進めている商品開発も。県の行政の研究機関とも一緒に取り組み始めていることがあって、まだお話できないのですが。ぜひ期待していてください!

醸造所の周辺には創業者の西田英次さんがコレクションしていたというはにわが至るところに配置されている。
宮崎ひでじビールの森翔太

【プロフィール】森 翔太さん
「宮崎ひでじビール」のブリュワー。高校卒業後、鉄鋼関係の会社に勤務の後、地元延岡へ戻り、2014年2月に「宮崎ひでじビール」に入社。現在は限定ビールの醸造を担当しながら、ホップ栽培や新規事業にも携わる。

タップ・マルシェ担当の丹尾健二

【プロフィール】丹尾 健二
キリンビール株式会社 タップ・マルシェ担当。入社以来、営業やリサーチ業務、ECなどさまざまな分野を経験しながら、20年1月より現職。ブルワリー各社と共に、料飲店からクラフトビールの浸透を図る取り組みを行っている。いちユーザーとしても、クラフトビールの大ファン。

文:高野瞳
写真:飯本貴子
編集:花沢亜衣

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