Far Yeast Brewing(ファーイーストブルーイング)が地域とのコラボレーションで取り組むビールの新たな市場創造
「キリンだからこそ担える、クラフトビールの役割がある」
そんな志のもと、ブランドの垣根を越えてクラフトビールの楽しさを体感できる「Tap Marché(タップ・マルシェ)」というサービスがあります。
コンセプトは“ビールの自由市場”。そこに共感したさまざまなブルワリーが参加してくださり、一緒にクラフトビール市場を盛り上げています。
▼「Tap Marché(タップ・マルシェ)」って?
タップ・マルシェに参加するブルワリーを訪ね、ビール造りへの想いやタップ・マルシェ導入後の変化について伺う企画、第2弾はFar Yeast Brewing(ファーイーストブルーイング)が登場です。
本社を山梨県小菅村に構え、『東京ホワイト』や『東京IPA』に代表されるFar Yeastシリーズのほか、“和の食卓に映えるビール”を目指す『馨和 KAGUA』、ワイルドイーストやビール酵母以外の微生物を活かす『Off Trail』ブランドなど、定番品から限定品まで、積極的にラインアップを広げる多様性のある醸造で知られています。
キリンビールでタップ・マルシェを担当する丹尾健二が、Far Yeast Brewingの細貝洋一郎さんにお話を聞きました。
未経験でビール業界へ。一番うれしい瞬間は「結婚式」に訪れた
丹尾健二(以下、丹尾):本社の入り口には「源流醸造所」という立派な木の看板を置かれていますね。そもそもなのですが、どうして山梨県小菅村に本社を据えたのですか?
細貝洋一郎さん(以下、細貝):この辺りは東京都を流れる多摩川の源流部なんです。自社醸造を始める際、東京に近い拠点を探していたとき、ご縁があって候補に挙がったのが小菅村でした。
「華やかで、伝統と最先端が混じりあいながら日々進化していく」というイメージから「東京」を冠したビールを造ってきた私たちとしては、東京を流れる多摩川の源流にあることは商品のストーリーにも合致します。きれいな水も豊富で、気候も涼しく、ビールの発酵にも適した環境。伝統的なマイクロブルワリーが多くある北ヨーロッパの気候にも似ています。
さらに、小菅村は循環型社会の実現を推進しており、生ゴミや下水といった廃棄物処理施設に注力しています。結果的に、ビール造りの好条件がそろったんですね。村役場もとても協力的に、私たちの事業を応援してくださいました。
丹尾:細貝さんがFar Yeast Brewingに入社されたきっかけは?
細貝:日系メーカーの営業職をしていた頃に、ヤッホーブルーイングさんの『よなよなエール』を飲んで「こんなにおいしいのか!」と。そこからクラフトビールにのめり込みました。情報収集をしていくなかで、代表の山田司朗がTwitter(現 X)でビール醸造所の立ち上げメンバーを募っており、応募して2016年11月に入社したんです。
丹尾:もともと醸造技術を学んでいたわけではなかったのですね。
細貝:そうです。立ち上げメンバーは代表の山田、醸造経験者1名と、全くの初心者の私でした。『常陸野ネストビール』の木内酒造さんが立ち上げのサポートをしてくださり、設備導入や技術研修を行っていただきました。
当時は代表を含めた3人で古民家を借りて共同生活をして、代表が海外出張で仕入れてきた世界のビールを飲んだり、皆でボードゲームをしたりしながら、これから造るビールについて語り合いましたね。先輩方に揉まれて、自分も知見を広げていきました。今、一緒に働いているメンバーも醸造未経験者は多いですね。
とはいえ、クラフトビールの業界はそもそも経験者のほうが少ないですね。私は勤めて7年目なので、すっかり古株の域になってきました(笑)。
丹尾:7年続けてみて、より楽しくなったり、気持ちの変化はあったりしますか?
細貝:ビール醸造の仕事で良さを感じる瞬間はいくつもあるのですが、一つは自分の仕事を「これを造っています」と説明しやすいことです。それこそ、タップ・マルシェ導入後には販路が急速に広まり、いろいろな方から「飲んだよ」と声をかけられることも増えました。
特にうれしかったのは友人から「結婚式で、細貝が造っているビールを出したい」と言われたとき。引き出物に選んでもらったり、披露宴で供されたりと、友人の大切な瞬間を自分が造った大好きなクラフトビールで彩れるのは、一番の喜びです。
それに、新商品や限定品を含めて、新しいことが次々に起きるので、飽きませんね。
丹尾:いやぁ、素敵です。今は年間どれくらい新しい商品を出しているのですか?
細貝:以前は年間で40種類ほど出していました。最近でも、毎月3種類程度は限定品をリリースしています。全く新しいものもありますが、毎年シーズナルに造るものもあります。たとえば、夏の定番として毎年リリースしているのが桃を使ったビールです。山梨県は桃の一大産地でもあり、地元の⽣産者さんと連携しながら、継続的に届けていこうとしています。
「製法上の機能美」を感じる。ストーリーを抱くビールたち
丹尾:Far Yeast Brewingのビールには、ベルギーやドイツでは伝統的な「容器内二次発酵製法」が多く用いられていますね。特徴的でありながらも、その分、手間もかかるかと思いますが、なぜそこを積極的に取り入れていらっしゃるのでしょう?
細貝:一次発酵後のビールを缶や樽に充填する前に、酵母と少量の糖分を加えて容器内で二次発酵させることで、やわらかな炭酸と豊かな風味が生まれます。容器内に残る酸素が発酵の過程で使われるため、酸化による劣化リスクが大幅に抑えられ、品質を保ちやすくなるメリットがあります。
Far Yeast Brewingは創業が2011年ですが、当初はベルギーでの委託醸造から始まっていまして、容器内二次発酵製法は創業時から考えていたことなんです。
丹尾:2011年ですと、まだまだ日本でもクラフトビール黎明期ですね。
細貝:そうですね。ベルギーへ柚子や山椒を持っていって、現地でビールを醸し、世界各国へ輸出していました。容器内二次発酵製法は、ベルギービールで古くから用いられてきた製法で、そこからいろいろと知見を得てきたのもあり、自社醸造をする際にも容器内二次発酵製法を取り入れよう、という代表の思いがありました。もちろん、先ほど挙げたメリットも活きてきますから。
丹尾:僕は容器内二次発酵には「製法上の機能美」みたいなものを強く感じていたので、それが聞けてうれしいですね。その製法を取り入れていることで、ブルワリーとしての主張やこだわりを感じさせる。でも、缶のパッケージの表面ではそれらを謳わずスッキリ洗練されたデザインなんですよね。
僕にとってクラフトビールは、消費者側の想像力も試されるプロダクトだと思っています。製法を謳わない潔さもそうですが、会社名も酵母のイースト(Yeast)と東のEastをかけていてウィットに富んで洒落も効いている。そして、何よりビールがおいしいブルワリーである。とても魅力的だと感じていました。
細貝:ありがとうございます。容器内二次発酵製法は造りのなかで変数が一つ増えますが、それをいじれる楽しさもあるんですね。熟成するとおいしくなるビールもあります。「IPAはフレッシュな状態で飲んだ方がおいしい」という方もいれば、「3ヶ月くらい寝かせた方が良い」という方もいて、発酵の具合で自分の好きな要素を増やせるのも良いところです。
2023年1月に新しく「出荷前倉庫」を設けてから、保管スペースが増えて、効率的になりました。現在は、充填後に室温20度で2週間ほど容器内二次発酵をさせてから出荷しています。タップ・マルシェのボトルも同様に、二次発酵後にお出ししています。
設備や酵母の進化も、日本のクラフトビールを底上げしている
丹尾:クラフトビール自体の広まりを実感することはありますか?
細貝:業界にいるとわかりづらいこともあるのですが、以前よりは知られるようになったと思いますし、全国各地にブルワリーも増えました。みなさんおいしく造られていて、危機感を覚えることもあるくらいです(笑)。
「クラフトビールを造っていること」の価値は薄れてきて、飲んでおいしいというのが前提条件になってきているのかなと。今後は「地域ならでは」や「日本発」といった要素を考え、どんなストーリー性を付与できるのかが、お客さんから選ばれる決め手にもなっていくのでしょう。
丹尾:ブルワリーの由来や出自、醸造や商品への思想などが、さらに大事になっている感じがしますね。日本のクラフトビール全体のレベルが上がっている要因は何だと考えますか。
細貝:ブルワリー間の情報共有や切磋琢磨、アメリカなど海外の文献へのアクセスがしやすくなったこともあるのですが、海外の醸造設備が手に入りやすくなったこともあると思います。それから、原材料の品質も上がってきました。たとえば、小規模ブルワリーですと乾燥酵母を使わざるを得ないところもありますが、その品質もかなり上がっていると実感します。
丹尾:たしかに消費者としてはホップの香りなどわかりやすいところに目がいきがちですが、発酵や酵母もおいしさを造る大事なパーツですね。
細貝:あとはより良い充填設備を使いやすくなったことも要因です。タンクでおいしいビールが造れても、充填時に酸素が多く含まれて劣化しやすかったのが、かつての「地ビール」ブームの頃にはよくあったのだと思います。アメリカを始めとしてクラフトビールがブームになるなかで、小規模ブルワリーにも対応した設備メーカーが日本にも入ってきましたから。
タップ・マルシェに参加して、さらに磨かれたビール造り
丹尾:充填設備や品質管理でいうと、タップ・マルシェとの取り組みでは専用設備を導入いただくなど、ハードルもあったかと思います。参加してみて、いかがですか。
細貝:振り返ってみても、良い決断だったと思います。販路の広がりだけでなく、当時の僕は製造担当だったのですが、醸造の稼働数が上がるのも大きなメリットでした。タップ・マルシェで一定数の納品があって稼働を確保されると酵母を連用でき、醸造効率がだいぶ良くなりました。
作業者も醸造回数を繰り返せることで熟練度も上がります。新商品や限定品のアイデアもより出せるようになりましたね。
あとは、品質面でのサポートも大きいです。キリンビールと弊社では、ビールに対する知識量やアクセスできる情報、使える機械や設備も段違いです。たとえば、醸造技術で僕らが立てた仮説に対して、キリンビールさんへ現品を送って数値や微生物の動きを検査していただいたこともありました。
丹尾:「見える化する技術」や、そのための設備があるのは、たしかに大手メーカーの強みかもしれません。結果的にブルワリーの技術が向上すると、僕らが提供するタップ・マルシェの品質が高まります。お互いの得意分野を生かすように取り組めるのがベストなのかな、と感じています。
細貝:そうですね。衛生安全面も毎年キリンビールさんの監査が入る形で、現場にも刺激になっています。
タップ・マルシェ参加時に担当されていたキリンビールの方も、私たちの容器内二次発酵に関するリスクなどは重々承知されていて、その上でお話をしてくださったのを覚えています。大手ビールメーカーとしての視点だけなく、クラフトビールメーカー側の視点もご理解いただき、寄り添いながら、ギャップを埋めるように考えてくれました。それは、さまざまな担当者さんと会話しても、今でも感じることですね。
「地域密着型市場創造」で、山梨県小菅村から魅力を届ける
丹尾:ちなみにFar Yeast Brewingさんではどういった形で新商品が生まれることが多いのでしょう?
細貝:私が考えた限りで3パターンありますね。1つ目は「プロダクトアウト」のように、ブルワー自身が造りたい香味や使いたい素材などの熱量を反映させる形です。2つ目は逆に「マーケットイン」で、流行のスタイルや海外でのブームを取り入れる形。3つ目は「コラボレーション」として生産者や別の企業と組んで造り上げていく形。現状は「コラボレーション」が増えてきていて、意識的に地域の方々との連携も増やしています。
丹尾:先ほどもお話されていた桃を使ったビールや、山梨県産のトマトを使ったベジタブルエール、山梨県北杜市の米を使ったビールなど、ユニークなものも多いですよね。
細貝:2023年9月には、北杜市でホップ栽培の継承に取り組んでいる「小林ホップ農園」とコラボをして、 『Far Yeast Farm to Brew 2023』というビールを造りました。小林ホップ農園で朝に収穫した生ホップを、その日のうちに仕込み釜に投入して造るビールです。同じ山梨の地で意欲的に活動する者同士、応援しあっていきながら、北杜市産ホップの魅力を伝えていきたい思いから生まれた一本ですね。
こういったアイデアにはブラッシュアップは必要で、販路や製造の課題を一つひとつ潰していかなくてはなりません。ただ、基本的にメンバーのみんなから出てきたアイデアは「全部やりたい!」という思いはあります。Far Yeast Brewingとして大切にする「ビールの多様性と豊かさをもう一度取り戻す」というミッションの体現に近づいていければと考えています。
丹尾:すばらしいです。ぜひ、今後に造っていきたいビールや、会社としての目標についても聞かせてください。
細貝:地域の生産者さんとのコラボレーションで商品開発をしていくうちに、本当にいろんな方に応援していただけることに気づきました。社内の言葉で「地域密着型市場創造」と呼んでいますが、地域と連携しながらプロダクトを開発することで新たな市場が創造できている実感があり、この動きをより強めたいですね。商品を通じて山梨県や小菅村の魅力を日本や世界の方々が知って足を運んでくださるような機会も増え、そこから生まれるメリットも体感しています。
丹尾:タップ・マルシェとしても、Far Yeast Brewingさんの動きに連動して、プロダクトの特性や季節感を表現したラインアップをそろえていけるようになったら、よりおもしろいと個人的には思っています。生産の課題もありますし、いきなり大胆なことはできないかもしれませんが、タップ・マルシェ専用プロダクトみたいなものも、いつか造れたらいいですね。
細貝:そうですね!一緒に商品開発もさせていただけるとなれば、私たちとしてもすごくうれしいです。