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都会と自然、会社と個、デザインと戦略。二つの立場を行き来することで見えてきた「調和」の筋道【#わたしとキリン vol.16 遠藤楓】

キリングループでは、「よろこびがつなぐ世界へ」というコーポレートスローガンを掲げています。そのために社員が大切にしているのが、「熱意、誠意、多様性」という3つの価値観。

これらをベースに、各自が大切にしている第4の価値観をミックスすることで、社内では新たな取り組みがたくさん生まれてきました。

そんな社員たちの取り組みから、多様な働き方を考えていく企画が#わたしとキリン ~第4の価値観~です。

16人目となる今回の出演者は、キリンビバレッジ株式会社 マーケティング部 ブランド担当 フューチャーチームの遠藤楓。デザイナーとして『生茶』や『午後の紅茶』のパッケージ・広告を担当したあと、マーケティングのブランド担当に転向。そして現在は、地元である山梨県にUターンし、リモートと対面を交えながら働いています。

理想のワークライフバランスを求めて東京を離れた結果、新たに得るものが増えたという遠藤。彼女が大切にする第4の価値観には、立場を変えたからこそ見えてきた未来への当事者意識がありました。


視覚的なデザインよりも、目的を考えてデザインをする仕事がしたい

遠藤 楓

【プロフィール】遠藤 楓
キリンビバレッジ株式会社 マーケティング部 ブランド担当 フューチャーチーム アシスタントブランドマネージャー。2009年にキリンビバレッジに入社。『生茶』や『午後の紅茶』などのデザイナーを経験し、2018年よりマーケティングと戦略担当へ。2020年よりヘルスサイエンス事業部とキリンビバレッジの兼務を経て、2021年より産休・育休。2023年に現職に復帰。

─遠藤さんは、デザイナーとしてキリンに入社されたんですよね。デザイナーを志したきっかけを教えてください。

遠藤:私は山梨県甲州市勝沼の出身で、母方の家はぶどう農家、父は家具職人をしていました。生まれたときから、自然とものづくりが日常にあるような環境で育ったんですよね。
小さい頃はとにかく絵を描くのが好きで、学校や地域のイベントでポスター作りを頼まれることもあって。そういう経験から、特技を活かして誰かの役にたつ楽しさを知ったので、これからもずっと絵を描いていきたいと思って美術大学に進みました。

大学では、人の意識や行動を変えることで、社会や産業における課題を解決する広義の意味での「デザイン」であったり、作品づくりよりも概念的にデザインを科学するようなことを学びました。その分野に興味があったので、感性による見た目の美しさよりも、目的からデザインする仕事に就きたいと思うようになったんです。

遠藤 楓

─例えば、ポスターを作るときに単にデザイン業務を受注するのではなく、「このポスターはそもそも何のために必要なのか」というところから一緒に入って考えるような仕事をしたかったと。

遠藤:そうですね。デザインって、どうしてもバリューチェーンの最後になりがちです。だけど、もっと初期の段階からものづくりに関わりたくて。だったら製造業だよなと思って、企業に属するインハウスデザイナーを志すようになりました。

―たくさんあるメーカーのなかで、キリンを選んだのはなぜだったのでしょうか?

遠藤:人の暮らしと一番密接に関わるのは食だし、飲み物は老若男女の誰もが手にとる商品ですよね。そういうところで仕事をしたいと思いました。
それと、キリンは「自然と人を見つめるものづくり」という企業指針を掲げていて、それにとても共感したんです。私自身、自然のなかで育って、自然をリスペクトしながらものづくりをしたいという気持ちがあったので、キリンを受けました。

商品愛がきっかけとなり、デザイナーからブランド担当に

遠藤 楓

─デザイナーとして入社されてから、どんなお仕事をされていたのでしょうか?

遠藤:企業のインハウスデザイナーは、社内のデザイン部署に所属して、各ブランドチームから仕事を発注される形が一般的です。だけど、キリンビバレッジは独特で、各ブランドチームにデザイナーが一人ずつ配属されて、商品のブランド価値や販売戦略を含めた議論に参加しながら、ディレクションしていくんです。

マーケティング的なところから、パッケージや広告などのデザインを一貫して手がけられたのは、まさに私がやりたかったことだったので、キリンに入社できたことはとても運命的だったと感じています。

─具体的には、どんな商品を担当しましたか?

遠藤:最初は『生茶』の担当になって、それからいろんなブランドをやりました。一番長かったのは『午後の紅茶』で、4年くらい担当しました。長かったので、楽しかったことも大変だったこともたくさん経験しましたね。

特に印象に残っているのは、『午後の紅茶』の大きなリニューアルに携わったことです。「紅茶をもっと世の中の日常茶として広める」というスローガンのもと、会社の看板であるレギュラーシリーズを容器開発から手掛けました。毎年11月1日のお祭り的な恒例行事「紅茶の日」に向けたデザインパッケージではパッケージにグラスの形を描いて、2本を合わせると乾杯に見えるという期間限定デザインを作ったり。
当時は、今ほどインスタグラムが一般的ではなかったし、ペットボトル飲料をSNSにあげるなんて動きはなかったんですけど、若年層を中心に乾杯アクションが生まれ、「人と人、会話の間にはいつも紅茶がある」を『午後の紅茶』で創り出してきました。

また、社内のデザイナーが集まって、新しいブランド『moogy』を立ち上げました。清涼飲料って、飲んだらすぐに捨てられてしまう短いサイクルの商品ですが、それだけじゃない価値を清涼飲料に宿したいと思って。
好きなものに囲まれて暮らしたい方もいらっしゃいますし、そういう方に対して飲み物が自分の機嫌を取るための雑貨的なものになり、飲料を暮らしのなかに馴染ませていけるのでは、と考えて作ったのが『moogy』という商品です。

─まさに商品を根本から考えるというアプローチですね。

遠藤:そうなんです。でも作った商品に愛着があればあるほど、売り上げの数字を気にしたり、自分の力でプロジェクトや組織を動かしたくなりました。また、会社の意思決定も、もっと長期的な目線でみてくれたらいいのにと思うこともあったんです。
こういった、デザイナー的な未来思考やユーザー視点を戦略・意思決定に活かしていくためには、自身も戦略を読み解けるようにならなきゃいけないという課題感が自分のなかに生まれたので、2018年にデザイナーからマーケティングのブランド担当に転向しました。

─マーケティングや戦略のことも考えようという発想は、大企業のインハウスデザイナーという立場だったからこそ生まれたのかもしれないですね。

遠藤:そうですね。最初は、『午後の紅茶』を担当して、翌年からはヘルスサイエンス領域で『iMUSE』を担当することになりました。

遠藤 楓

─すでにメジャーなブランドである『午後の紅茶』に対し、『iMUSE』は新しいブランドです。そういう商品に関わる仕事はいかがでしたか?

遠藤:誰も踏み込んだことのない場所に入っていくような仕事をしたいという意識はありましたし、楽しかったですね。ただ、大変なこともたくさんありました。会社の規模が大きいので、何かを動かすにはそのための理屈や意義が必要です。まずは営業チームを納得させる。それからお客さまに商品を伝えるための言葉やアプローチを考えて、商品が歩むべき道を指し示す必要がありました。

―そうでないと、営業チームも商品を紹介できないですもんね。

遠藤:だけど、キリンもヘルスサイエンス領域に踏み込んだばかりで、自分たちが商品を通じて何をしたいのか、というビジョンをしっかりと言葉にできていなかったんです。素晴らしい技術革新や研究者の想いはあるけど、どのように社会に実装していくかの絵を描けていなかったというか。だから、私たちは『iMUSE』というブランドの強みや、目指している世界を言語化して、営業チームに伝える努力をしました。

─今では『iMUSE』の商品がたくさん発売されていますが、当時の遠藤さんたちが考えたブランドのビジョンや指針がベースになっているのでしょうか?

遠藤:今の足がかりにはなったかなと思います。あとは、ヘルスサイエンス事業部を中心に、グループ全体で一枚岩となって、プロジェクトを進められたことも大きかったなと。
私がブランド担当をしていた3年前には、「免疫ケア」という言葉すら世の中にありませんでしたが、今は7割程度のお客さまがその言葉を知ってくださっているので。少しずつですけど、免疫ケアという市場ができてきているのを実感しています。

ヘルスサイエンスの未来を探索し、拡張していく「フューチャーチーム」の仕事

遠藤 楓

─現在所属されているキリンビバレッジ・マーケティング部フューチャーチームとは、どのような部署なのでしょうか?

遠藤:キリンビバレッジは清涼飲料を扱っていて、大きく分けて「食領域」と「ヘルスサイエンス領域」の二つのカテゴリーがあります。食領域はお茶やコーヒーなどを、ヘルスサイエンス領域は『おいしい免疫ケア』や『iMUSE』などの健康飲料を扱っています。

私が所属するフューチャーチームは、ヘルスサイエンス領域のチームで、免疫ケアへの興味関心を増やすニーズの創出や、難易度の高い新技術を採用した開発に取り組んでいます。次のヘルスサイエンス領域を探索するのも大切な役割で、長期的な視点での戦略づくりも行っています。

─文字通り、ヘルスサイエンスの未来を拡張していくような部署なんですね。

遠藤:これまでのヘルスサイエンス領域のターゲットは、“健康への関心が高い人”という限られた層に焦点を当てていました。しかし、より広い範囲で、いつまでも健康でいつづけたい老若男女すべての人々の暮らしをよくするための健康の在り方を模索しています。間口の広い清涼飲料を扱う私たちの使命は、お客さまの一生に寄り添いながら健康をサポートする商品を提供することだと考えています。

─たしかに健康って、子どもから高齢者まで誰にでも関わることですもんね。

遠藤:そうなんです。これまでの健康の在り方って、「おいしくないけど体にいいから飲む」みたいな、我慢することが美徳だという考え方が多かったじゃないですか。目の前の健康課題に対処することが、健康飲料の役割だったというか。

そうではなくて、健康の土台づくりを毎日のおいしい健康で支える健康パートナーになりたいというのが、ヘルスサイエンス領域で掲げている目標です。健康のための取り組みとして、食事、運動、睡眠と同じくらい重要な位置づけに免疫ケアを据えることで、人生の土台作りをサポートしていきたいと思っています。

山梨にUターンを決意。リモートワークと副業で気づいた新たな考え方

山梨県甲府市の景色

─現在、遠藤さんは山梨で生活しながらリモートワークをしているそうですね。

遠藤:基本的にはリモートワークで、必要に応じて東京に行くというスタイルです。直接顔を合わせて会話をした方がやっぱりいいなと思うこともあるので、リモートワークのよさと、通うことのよさ、どちらも感じますね。

生まれ育った山梨に戻ってきたのは、東京の生活があまりにも仕事中心になっていたので、一度ワークライフバランスを考えようと思ってのことでした。仕事中心ではなく、暮らしのなかの一部として仕事があるという考え方に変えたくて、物理的に距離をとりました。

─暮らしにおける仕事のウエイトを変えたかったんですね。

遠藤:一度違う方向を向いてみると、反対側のことがよくわかると思うんです。やっぱり東京のほうがいいかなとか、こういうところは山梨がいいよなとか。そういうことをやってみたくて山梨に引っ越して、最初2年くらいは毎日1時間半くらいかけて東京のオフィスに通う生活をしていました。

─えっ!最初は山梨から東京まで通勤していたんですか?

遠藤:はい。まだコロナ渦前で、今ほどリモートワークも普及していなかったので山梨から通勤していました。みんな驚いていましたけど(笑)。

遠藤 楓

─移住してから、生活は変わりましたか?

遠藤:変わりました。東京に住んでいた頃は、朝から晩まで仕事をして、帰りは飲みに行き、寝るのは夜中という生活だったんですよ。でも、毎日東京から山梨に帰るとなると、自ずと会社にいる時間をもっと有効的に使うようになったし、自分の好きなことができる時間も増えました。通勤だけで1日3時間かかるので、その間に本を読んだりして。

─遅くまで仕事をして、次の日も早くから出勤となると、そういう自由な時間の確保が難しかったりしますもんね。

遠藤:予定が多くて余白がなくなると、どうしても仕事と暮らしの境界線が曖昧になってしまって、そういう状況がストレスだったんです。ちゃんと生きられてないなと思って。

─自分の生活を自分の手で作るという実感が、東京では持ちにくかったと。

遠藤:そうですね。ちゃんと生きているという実感を得たくて、東京に住んでいた頃はよく登山に行っていました。都市にいると、蛇口をひねれば水が出るし、お腹が空いたらデリバリーで家までご飯を持ってきてもらうこともできる。だけど、山では自分で水を汲みに行かなきゃいけないし、温かいご飯を食べるには火を起こす必要があります。便利ではないけど、ちゃんと生きているなって思えるんですよね。

定期的にそういう体験をすると、「やっぱり東京って便利だな」とか「おいしいものがたくさんあるな」とも実感できて、また仕事も頑張れました。そう考えると、躓いたり行き詰まったりしたときに、対極的なところに身を置いて視点や考え方を変えることは、これまでもずっとやってきたことなのかもしれません。

─強制的に今までと対極的な環境に身を置くことで、見える世界を変えるみたいな。たしかに視点を変えるには、身を置く場所を変えるのが一番手っ取り早いですもんね。

手元の写真

遠藤:山梨にUターンしてからは結婚して、子どもも生まれました。以前は、鮮度感があるものや刹那的なものに価値があると思っていたんです。今ここでしかできないことが大事だよねって。
だけど、子どもが生まれてからは、未来のことを考えるようになりました。「この子の生きる未来がこうあってほしい」とか「今やっていることが未来の肥やしになるように」とか。刹那的なものよりも、続いていくものや未来のことに価値を感じるようになりました。

─親という新しい視点に立って、未来に対する当事者意識が強くなったということなんですかね。そういう変化は、子どもから高齢者まで、長いスパンで人生に寄り添っていくというヘルスサイエンス領域との向き合い方にも、いい影響を与えそうですね。

遠藤:そうですね。未来志向になって、より広い視点で健康のことを考えられるようになったと思います。

遠藤 楓

─山梨にUターンしてからは、副業もされているとお聞きしました。

遠藤:副業と言っても、それほど大きなことではないんですけど、山梨のぶどう園のオーナーさんからロゴを作ってほしいという依頼があって。それで趣味程度に始めたんですけど、デザイン自体の価値を下げちゃいけないなと思って、ちゃんとお金をいただいてやっています。

─企業でのデザインと個人で受けるデザインの仕事では、どんな違いを感じますか?

遠藤:個人の仕事では、お客さまと直接対話しながら作っていけるのがおもしろいですね。私はデザイン力が特に高いわけではないので、すごくおしゃれなものを作れるわけではないんですけど、その人の暮らしを変えたり、ぶどう園に来た人が「いいな」と思ってくれたりするようなものを作れるとうれしいです。自分の生み出したものが目の前の人を笑顔にできている実感が、やりがいになっています。

企業と個人、どちらのおもしろさもあるので、その両方を知っていることが多様性なのかなと。身近な人がよろこんでくれることを磨き上げていくのは、会社の仕事をする際の駆動力にもなっていますね。

遠藤楓が作成したロゴデザイン
遠藤さんが作成したロゴデザイン

─地域で身近な人がよろこんでくれる対面の仕事と、企業で社会的にもインパクトのある仕事の両方ができているのはすごいですね。それぞれの仕事から、地域と企業に持ち帰れる経験もあるでしょうし。

遠藤:それができているのは、親や仲間がいる故郷があったからですね。やっぱり故郷が好きだし、山梨が羨ましがられる土地になって、そこで暮らす人たちが豊かになることに一役買えたらいいなと思っているので。そう思える故郷があることはラッキーだなと思います。

─地方か都市かの二択ではなく、そうやって行き来できる働き方が増えていったら、日本全体がおもしろくなっていきそうですね。

常に対岸を見ながら、「調和」の道筋を探っていく

遠藤 楓

─『わたしとキリン』という企画では、キリンが掲げている3つの価値観(熱意、誠意、多様性)に加えて、社員の方それぞれが大切にしている第4の価値観についてうかがっています。遠藤さんが仕事をするうえで大切にされている、第4の価値観を教えてください。

遠藤:都会と自然、会社と個、デザインとマーケティングというように、私は振り子のように両方を行き来して、違うサイドに立ってみることで自分をモチベートしているなと思っていて。それってなぜなのかを考えてみると、自分なりの「調和」を大切にして、全体をバランスよく釣り合わせようとしているんだなと気づきました。

─なるほど。対極的な立場を行き来することで、調和の道筋を探していると。

遠藤:その商品が社会にとってどんなメリットがあって、お客さまの暮らしをどう変えるのかを考えるのも、それを営業チームに伝えるのも、全体が調和していくために必要な動きなんだと思います。

フューチャーチームが取り組むのは、基本的に新しいことばかりなので正解がわかりません。だから、何をするにも反対意見が出てきます。そのときに大事なのは、どんな意見にも寛容であることで、それによって議論が前に進み、考えが深まって、アイデアが強いものになっていくのだと思います。
新しいことをやるのがミッションだからこそ、どんな意見も歓迎するし、反対意見も力に変えていきたい。そうやって、最終的には全体が調和して、そのたびに組織がしなやかに強くなっていったらいいですね。

遠藤 楓 富士山

─「調和」という価値観を大切にしながら、今後はどういう仕事をしていきたいですか?

遠藤:「免疫ケア」が「歯磨き習慣」のように、当たり前の健康習慣になるような市場創造につながるアウトプットを生み出していきたいです。そして、キリンの未来の飯の種となるような可能性を見つけたい。

現在は、次の健康領域の探索として、5年先に向けた開発をしています。そのときに私が今と同じ仕事をしているか、世の中がどうなっているのかもわかりませんが、柔軟にインプットをして未来志向のものづくりを続けていけたらなと思います。

商品を世に出していくうえでは、言語化や数値化の大切さもありますが、言葉では説明できない余白や世界観が、お客さまとの関係を作っていくこともあります。数字やスペックは、いつか誰かに塗り替えられるものなので、そうではない力強い絆をお客さまと一緒に作れるようなブランドづくりもしていきたいです。まさに「健康領域」においては、そういうつながりがこの先より必要になると思うので。

そのためにも東京と山梨とか、企業と個人とか、デザインとマーケティングという二足の草鞋を履いて、常に対岸を見ながら調和の道筋を探っていきたいと思っています。

文:阿部光平
写真:土田凌
編集:RIDE inc.