中高生とともに未来を考える場を。キリンが10年続けているSDGs教育「キリンスクールチャレンジ」
持続可能な社会の実現に向けて、企業にできることは何でしょうか?
キリングループでは10年前から、中高生とともに環境問題やSDGsについて議論し、その意見を中高生がさらに同世代へ伝えていく「キリンスクールチャレンジ(KSC)」という取り組みを続けています。
「この10年間、若者の変化をダイレクトに感じられたのは大きな財産だった」
「アンケートの数値だけでは見えてこない、若者の生の反応を感じ取ってほしい」
そう語るのは、キリンスクールチャレンジ(KSC)を長年手掛けてきたキリンホールディングスCSV戦略部の藤原啓一郎と、プログラムの設計を担当するこども国連の井澤友郭さん。10年続けるなかで見えてきた子どもたちの変化、そして企業が教育に関わることの意味について伺いました。
今年で10年目!キリンスクールチャレンジのワークショップ内容とは?
2024年3月27日・28日、東京にある聖心女子大学キャンパスにて、「キリン・スクール・チャレンジ2024」が開催されました。今回は、「FSC®」と「レインフォレスト・アライアンス」の2つのコースです。
「FSC®(*)」コースでは、2020年末までに国内飲料商品の紙容器をすべてFSC認証紙に切り替えたキリンの事例と、FSCジャパンによる持続可能な森林の利用について学びながら「のみもの×持続可能な農業」を考えます。
「レインフォレスト・アライアンス」コースは、キリンが2013年から「キリン 午後の紅茶」の主な原料茶葉生産地であるスリランカで取り組んでいる紅茶農園への支援(レインフォレスト・アライアンス認証を取得するためのサポート)と、より持続可能な農業を広げようと活動している国際NPOレインフォレスト・アライアンスの取り組みについて学びながら、「のみもの×持続可能な農業」を考えるという内容です。
ワークショップは、主に3つのステップで進行。まず、参加する中高生たちは、事前のeラーニングで、それぞれのテーマで社会や企業が直面した現実や課題をインプットします。ワークショップ当日は、事前に学んだことを中高生自身の目線で読み取り、グループ内で議論。最終的には、同世代に向けてどう発信すれば良いかを考え、アウトプットとしてX投稿を作り上げるという流れです。
本ワークショップの特徴は、中高生たちが意見を交わす議論の段階で、レゴ®ブロックを活用していること。2016年からスタートするまでは、付箋を活用して「書く」ワークが多かったところをリニューアルしたそう。
「言語化が得意な中高生はきれいな言葉で簡単にまとめてしまい、逆に言語化が苦手な人はペンが止まったままのことがよくあります」と井澤さん。そこで、最初から文章を書かせるのではなく、抽象的なイメージをレゴブロックで具現化し、考えを自分なりに表現できるような仕掛けに変えました。
最終的なアウトプットとなるX投稿は、文章をはじめ、一緒に載せる写真もグループ内で協力しながら撮影。実際に「こども国連環境会議推進協会(JUNEC)」のXアカウントでポストされ、期間内に一番多くのリポストを得た班が表彰される仕組みです。
笑顔や笑い声が混じる楽しい雰囲気に包まれながらも、終始、真剣にワークショップに取り組む中高生たち。そんな濃い時間は、どんなきっかけで始まり、どのようにして作り上げられたのでしょうか?
中高生が自ら考え、納得して選択し、発信できるワークショップを
─まずは、キリンスクールチャレンジを立ち上げた経緯を教えてください。
藤原:2013年にキリンは、2050年に向けた長期戦略として「キリングループ長期環境ビジョン」を策定し、2020年には「キリングループ環境ビジョン2050」に改訂されて今も引き継がれています。ただ、「地球を持続可能にして次の世代に渡す」という目標は共通していて、そのためには渡される側の「次の世代」から意見を聞く機会が必要だと考えました。
若い世代とのエンゲージメントを図るプログラムを模索していたところ、2014年の夏に井澤さんのワークショップを知り、すばらしい内容だと感銘を受けたんです。
井澤:ありがとうございます。僕はもともと教育や環境、途上国支援といったバックグラウンドは全くない人間なんです。IT企業で5年勤めたあと、次の転職までのインターバル期間に、こども国連の運営の手伝いを頼まれたのがきっかけで、今の仕事をするようになりました。
2003年当時、プログラムの内容は水問題や地球温暖化など自然環境教育がメインでした。アウトプットも、「経済活動は悪」といった誘導された感のある発表や宣言文が目立っていた。でも、現代は経済活動なくして生活は成り立たない。会社員として働いていた経験も踏まえて、持続可能な成長に向けたジレンマを乗り越えることの大切さを感じていました。
井澤:2015年頃からは、さまざまな企業がCSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)への取り組みを本格化させ始めたこともあり、僕らも企業との連携プログラムを強化していきました。教育の現場でも、環境だけでなく経済・社会の視点も取り入れたESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)がスタートした時期と重なっていましたね。
ただ、企業からのメッセージをそのまま伝えても、子どもたちは「大人の意図」みたいなものをすぐ嗅ぎつけてしまうものなんです(笑)。だからこそ、子どもたちが自ら考え、納得して選択し、発信できるワークショップを作っていきました。
藤原:私たちも2013年にCSRからCSV(Creating Shared Value、共通価値の創造)へと舵を切った時期。それまでの反省から、社会課題解決に直結する本業での取り組みを模索していました。そんななか、2014年の夏、井澤さんが手がけるこども国連のワークショップに、協力企業としてキリンが参加させていただく機会をいただきました。
そのワークショップがすごくよかった。内容もすばらしいし、参加した若者が熱心に取り組んでいる様子も印象的でした。それで、ぜひキリン用にアレンジしたプログラムを作っていただきたいと、井澤さんにお声がけしたんです。
なんとかできそうだと引き受けていただき、その年の12月には第1回のキリンスクールチャレンジを開催。井澤さんといろいろ議論するなかで決めたコンセプトは企業目線ではなく、若者と同じ目線に立ってチャレンジする場を作ることでした。
藤原:最初の2年間はプログラム作りに悪戦苦闘しました。参加者の最年少は中学1年生。考えてみれば数か月前は小学生だった訳です。彼らにCSVや取り組みの意義を理解してもらうには、伝えるメッセージをシンプルにしないといけない。でも、伝えたいことを削ぎ落としすぎても大事なことが抜け落ちてしまう。そのバランスを取るのが大変でした。
プログラムを作るなかで、中学生から高校生までの目線に合わせることの重要性を実感しました。実はある日、サポーターとして来てくれていた大学生から、「企業で普通に使っている単語を彼らは聞いたことがないのに、専門用語を並べても中学生は理解できない」と指摘されたんです。中学1年生がわかる単語や表現とはどういうものなのか。それを理解し、実践するのに2年ほどかかりました。そこからは、腹落ちするストーリーを伝えることができるようになったと思います。
「つながっている、わたしたちと世界」を伝えたい
─レゴブロックを使うワークショップが特徴的です。どのような意図があるのでしょう?
井澤:以前にレゴブロックを使ったワークショップに参加した経験から、レゴブロックが言語化の補助ツールとして優れていると気付いたんです。例えば、消費者と生産地の間にある「壁」を表現するとき、高い壁を作る人もいれば、スカスカの壁を作る人もいる。その差には意味があるはずなのに、言葉だけだと「壁がある」で済まされがちです。
でも、ブロックで表現してもらうと、一人ひとりが思い描く「壁」の違いが浮き彫りになります。その壁を乗り越えるために必要なことも、壁の形や色によって変わってくる。ブロックを使うことで、言葉の解像度が上がり、中高生でも物事を俯瞰してみることに取り組みやすいんです。
藤原:キリンスクールチャレンジでは、「つながっている、わたしたちと世界」というテーマを掲げ、それを参加する中高生に伝えたい、という想いを強く持っています。そのためにキリングループとして何ができるのかを考えながら、ワークショップの内容をつくっています。ただ、「つながり」を言葉だけで表そうとすると、抽象的になりがちですし、言語化もしにくい。それをブロックで表現してもらうと、一人ひとり違った世界観が見えてきます。
─どうして「世界とのつながり」を重要視されるのでしょう?
藤原:これは子どもだけでなく大人もそうですが、海外に興味を持っている人が少なくなっていると感じていたからです。原材料が世界のどこから来ているのか、誰が作っているのか、使用後はどう処理されるのか……そこに目を向けてもらわないと、サステナビリティの議論は始まらないんです。
例えば、古着の回収をしても、ニーズにあってないために結局は途上国で捨てられているだけだったりする。そういうところまでは知らないし、知ろうとせず、古着を回収ボックスに入れて満足してしまう。テレビでSDGsをテーマにした番組が増えたといっても、そのレベルで止まっているのが現状です。
今だから言える話ですが、実は初期のキリンスクールチャレンジでは、参加者が中高一貫校の帰国子女ばかりだったこともありました。休み時間になると、子どもたちだけで英語で会話していたほどです。まだサスティナビリティに興味を持つ日本の中高生は少なかったといえるかも知れません。
井澤:そのうち社会としても SDGsの活動が広がり、キリンスクールチャレンジに参加する子どもたちにもその影響を感じました。徐々に公立の中学や高校の学生が増え、現在は、男女問わず幅広い学校の生徒が参加するようになっています。すでにSDGsへの理解も大人顔負けです。
とはいえ、「自分も何かしたい」と思っても、まだまだ個人レベルの行動で終始しがち。フードロス問題でも「自分は食べ残しをしない」と言って満足してしまうところで止まってしまう。
だからキリンスクールチャレンジでは、個人の行動を超えて、社会のシステムまで変えていく視点を大事にしています。企業の取り組みを批判するだけでなく、消費者として自分に何ができるか。そこまで踏み込んで考えてもらうんです。「チャレンジ」の名前には、知るだけじゃなく、行動につなげる意味が込められているんです。
─企業の側でも、サステナビリティへの意識は大きく変わってきたのでしょうか?
藤原:2013年頃から、キリンが原材料調達地の状況に目を向け始めたのは大きな変化でしたね。それまでは、もっぱら自社の省エネやリサイクルに注力するだけで、バリューチェーン(価値連鎖)全体は見えていなかった。
最近でいえば、海洋プラスチック問題が取り沙汰された際に「ペットボトルを買わない」という選択をされる方々もいました。実は、ペットボトルは単一素材で構成されていてリサイクルされやすい素材。むしろ衣料品の洗濯や車のタイヤから出るマイクロプラスチックのほうが全体に占める割合が大きく、深刻だといわれます。
その一方で、使用済みペットボトルのリサイクルも、元の製品と比べると品質低下を伴うことが多く、その点の企業努力は足りなかったという現状もありました。ようやく、私たちも、バリューチェーンを理解した一段高い活動を行うことができるようになってきています。
問題が見えない状態にすることで満足しても、根本的な解決にはならない。これは、私たち企業にも言えることですが、社会全体でも気を付けるべきことだと考えています。バリューチェーンまで見据えた行動をとり、その大切さを子どもたちに伝えていく必要性をあらためて感じています。
若い世代の声を直接聞くことで得られる、「見えない」意見
─企業と若い世代をつなぐ場として、キリンスクールチャレンジの意義は大きいですね。
藤原:比較的、今の若い世代は企業に対して不満があっても、あまり大きな声では言わないんです。文句を言うわけでもなく、SNSで批判するわけでもない。ただ黙って、その企業の商品を買わなくなる。
だからこそ、キリンスクールチャレンジのような場で若者の声を直接聞かないと、自分たちがどのように見られているのか、企業は気付けないんです。
井澤:日本の若年世代は「自分一人が声をあげても何も変わらない」と諦める傾向が強いんですよね。日本財団が実施した意識調査(*)でも、自分の行動で世界が変わると思っている若者の割合は、欧米に比べてとても低い。
だからキリンスクールチャレンジでは、たった一つのSNS投稿や、一日のプログラムでも社会を変えられると伝えたい。小さな成功体験の積み重ねが、若者のマインドを変えていくきっかけになればと思っています。
*参考:日本財団「18歳意識調査」第20回 テーマ:「国や社会に対する意識」(9カ国調査) | 日本財団
続けることで得られた大きな財産と、これから
─キリンスクールチャレンジも10年続いてきました。今後の展望についても教えてください。
藤原: キリンスクールチャレンジは、キリングループが若者とエンゲージメントを取れる、数少ない場なんです。この10年で若者の変化をダイレクトに感じられたのは、本当に大きな財産となりました。社内でも注目度は上がっていて、見学に来る部署も増えています。
そして、なにより大切なのは、「続けること」だと思っています。だから10年間やってこられた。若者との接点を絶やさないためにも、これからもキリンスクールチャレンジを継続していきたいですね。
井澤:企業の方にも、アンケートの数値だけでは見えてこない、若者の生の反応を感じ取ってほしいですね。商品を手にした瞬間の表情とか、空気感みたいなものは、直接会ってみないとわからない。そういう意味でも、キリンスクールチャレンジという"リアルな場"の意義は大きい。オンラインも併用しつつ、できる限り、顔と顔を合わせる機会を作っていければと思います。
─新しい取り組みなどは考えていますか?
藤原:現時点では、参加者の満足度は高く、一定の成果は出せているので、このプログラムを継続していくことに重きを置いています。何か新しくやるとしたら、別のテーマで同様のプログラムを展開する可能性はあるかもしれません。
しかし、10年続けた成果は他にもあると思っています。2013年に受講した高校3年生は、もう28歳前後。企業でも一番活躍しはじめている世代です。
最近、大学生の時にサポーターをやってくれていた女性と、企業の勉強会で再会したんです。10年前に年下の中高生と真剣にサスティナビリティを学んでいたのを思い出したとのことで、またサポーターをやってくれるようになりました。ビジネスパーソンとしても新しい視点を得たと言ってもらっています。
キリンスクールチャレンジに参加した中高生が大人になれば重要顧客です。でも、飲み物の原材料が世界のどこから来ているのか、誰が作っているのか、使用後はどう処理されるのかを理解して買っていただけるお客様が増えることが大事なんです。
井澤:キリンスクールチャレンジ初期の参加者は、20代、30代になりつつあります。彼らを対象にした「大人版キリンスクールチャレンジ」を企画するのも、おもしろそうです。子どもの頃にキリンスクールチャレンジを体験した人が、今度は社会人としてどんな学びを得るのか。世代を超えた学びの場を作れたら素敵ですよね。
それから、これまではどうしても東京での開催が中心で、地方の学生が参加しづらい面がありました。でも、昨今はSDGsの学びに力を入れる学校が全国的に増えてきている。だからこそ、キリンスクールチャレンジも地方に出向いて、もっといろんな地域の子どもと触れ合えたらと思っています。
東京に比べると、地方はまだSDGsへの意識に温度差があります。でも、そういう地域の子供たちにこそ、キリンスクールチャレンジを通じて世界とつながる体験をしてほしいですね。