「らしさ」を曲げずに歩み続けた、『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』の商品開発
1984年の発売から、今も変わらぬ製法で作り続けられている『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』。ヨーグルトとしては他社よりも遅れて登場したブランドでありながら、独自の製法や味わいによって新しい道を切り拓いてきました。
健康志向の高まりを受け、2015年には生乳から脂肪を取り除いた『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』を発売。こちらも原材料は生乳のみ。だからこそのおいしさとなめらかな食感で親しまれています。
小岩井乳業の看板商品になった『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は、どのような想いで作られ、長く愛される商品になったのか。
ブランド担当の遠藤祐太と、『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』のリニューアルを担当した開発担当の佐山芽吹に話を聞きました。
素材のおいしさを活かした、小岩井らしいヨーグルトとは
―1984年に発売された『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は、どのような経緯で誕生したのでしょう?
遠藤:当時の小岩井乳業の牛乳事業は薄利で商品の取り扱い状況にも偏りがありました。そこから乳を使った新しいカテゴリーに挑戦しようということで生まれたのが『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』だったそうです。
その頃すでに他社さんがファミリーサイズのヨーグルトを販売していたので、そこに割って入っていくという挑戦だったんですよね。市場でいえば後発です。他社研究やお客さまへのヒアリングを重ね、開発に取り組んでいきました。
遠藤:小岩井乳業はおいしさや素材にこだわって、品質本位な商品を作り続けてきたブランドです。昔から大切にしてきた「おいしさ+質の高さ」というポリシーを振り返ったとき、シンプルでピュアで、素材のおいしさをそのまま味わえるヨーグルトこそが、我々の作るべきものだという考えに至ったんです。そして最終的に、生乳だけを使用した「自然なおいしさのヨーグルト」という方向性に決定しました。
原材料は生乳だけ。だからこそ、酸味が少なく、なめらかでクリーミーで、乳のコクや甘みを余すことなく楽しめる。プレーンヨーグルトでありながら、そのまま食べてもおいしいのが最大の魅力です。
当時のプレーンヨーグルトは酸味が強いものが多く、砂糖やジャムを添加して食べるのが当たり前でした。砂糖を入れて混ぜる手間を省きたいというお客さまもいたので、そういう課題を解消できるような商品を作るという目標も、『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』誕生の出発点ですね。
遠藤:実際に社内で試作品が完成したときも、味わった社員たちにはかなりの手応えがあったそうですが、商品発売後は想像以上に多くのお客さまに喜んでいただけました。なかでも「ヨーグルトの概念が変わった」「びっくりした」という反応が多かったようです。
今でも初めて食べたというお客さまからは、「生クリームみたいでまろやか」「ヨーグルトが朝食の楽しみになった」「なめらかで、器にそのまま注げるからラク」 など、うれしいお声が届いています。
生乳100%という「こだわり」と「苦悩」
―『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』はどのように作られているのでしょうか?
佐山:『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は、そのクリーミーななめらかさを出すために長時間前発酵製法という製法で作られています。ヨーグルトには大きく二つの製法があって、「前発酵」か「後発酵」かによってやわらかさに違いが現れます。
パッケージに入れてから発酵させる後発酵製法は、豆腐やプリンのような適度な硬さが特長。発酵時間も4時間程度で大量生産に向いているので、この製法で作られているヨーグルトが市場では一般的ですね。
一方で、『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は、パッケージに入れる前に発酵させる前発酵製法。やわらかくなめらかな仕上がりが特長ですが、発酵に半日以上も要します。
一般的な製法に比べ倍以上の時間がかかりますが、この手間ひまこそが、酸味が少なくてなめらかなヨーグルトに仕上げる秘訣なんです。
佐山:生乳100%で、酸味を抑えるには、酸を多く作らない乳酸菌を選んで、長時間ゆっくりと発酵させる必要がありました。それで辿り着いたのが、長時間前発酵だったんです。半日以上かけてじっくりと丁寧に発酵させる製法は発売当時から変わりません。
遠藤:乳酸菌の選定も重要ですよね。酸味はもちろん、香りや物性にも影響を与えます。なので、発売当時は『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』が完成するまでに、何度も乳酸菌を見直して、個々の課題を解決していくというアプローチを重ねていったんだと思います。
しかも、ヨーグルトって1種類の乳酸菌で作られているわけではないので、開発としてはかなり大変な作業かと思います。
佐山:そうですね。ヨーグルトは複数の乳酸菌を掛け合わせて作っているので、組み合わせは無数にありますし、比率によってもできあがりが変わってきます。同じ乳酸菌でもかける温度や時間によって物性や香りが変わるので、当時の開発は気の遠くなるような作業だったと思います。
遠藤:そして忘れてはいけないのが、原材料は“生乳(せいにゅう)のみ”であること。乳成分の調整も行っていないので、1年を通じて同じ品質を維持するのがとても大変な商品なんです。
牛は個体差もありますし、暑さに弱くて、バテると餌を食べなくなってしまいます。そうなると、生乳の脂肪分が低くなるなどの影響が出てくるので。
佐山:脱脂粉乳や調整乳を使うのであれば、そういう問題は起きません。添加する原材料によって成分を調整できますからね。
でも、生乳100%で作る場合は、年間を通じて素材の品質を一定にして、味や物性を維持していく大変さがあります。それに加えて、乳酸菌の組み合わせや温度管理もあるので、現代の開発も非常にデリケートな条件のなかで行われているんです。
脂肪ゼロで、原材料は生乳のみという挑戦
―2015年には『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』が発売されています。こちらはどのようにして開発された商品なのでしょうか?
遠藤:2015年当時はすでに脂肪ゼロヨーグルトの市場は定着していました。ただ、小岩井としてはやはり『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』のときと同じで、素材のおいしさを伝えるためには、脂肪ゼロでも生乳のみで作ることにこだわりがあったんです。
佐山:『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』は、生乳から脂肪を取り除き濃縮した原材料を使用することで、生乳のおいしさをもちつつ、脂肪ゼロを実現する製法で作っています。なので、まずは脂肪を抜く機械の検討からスタートしました。
レシピとしては、脂肪を抜くとコクが失われて酸味を感じやすくなるので、おいしさを追求するのが大変だったそうです。
遠藤:長時間前発酵製法だけで半日以上かかるのに、さらに『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』の生乳の状態から脂肪を抜くという製法は圧倒的に手間がかかっていて、本音を言うと大量生産に向かないんですよ。ただ、そこまでやってでも、このおいしさを実現したかったんですよね。
―そうして誕生した『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』ですが、今年3月にはリニューアルされるそうですね。どのような意図のリニューアルなのでしょうか?
遠藤:『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』のリニューアルは、2019年に続いて2回目になります。前回もそうでしたが、目的は「現行品よりもおいしいヨーグルトを作る」ということに尽きます。
コロナ禍で在宅勤務体制をとる方が非常に多くなり、運動不足や体重増加の悩みを抱える人が増えました。そういう状況下で、脂肪ゼロへの注目度が高まっていたこともあり、我々が今持っている最新の技術や経験を総動員して、最高においしい脂肪ゼロのヨーグルトをお届けしたいと思ったんです。
具体的には、酸味を大幅に低減しました。現行品は『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』と比べるとまだ若干の酸味があったので、脂肪ゼロでも同じくらいおいしい商品を作りたくて。そういう意図を私から開発担当に伝えました。
佐山:そうですね。今回のリニューアルは酸味を低減するのがメインで、あとは舌の奥に残るエグみを改善しようということでスタートしました。
そのために使用する乳酸菌を大きく変えています。酸味やエグみを覆い隠すようなものを添加できれば簡単ですが、我々の素材は生乳のみ。その制約のなかで改良するには乳酸菌を変えるしかありませんでした。
実際に乳酸菌の組み合わせは、かなりのパターンを試しました。酸味を抑えるだけならそこまで難しくはないのですが、同時においしくなければいけなかったので、そこのバランスをとるのが大変でしたね。
佐山:今回に限らずですが、味わいのニュアンスの共有がいつも難しいんですよね。ひとことに「酸味の低減」と言っても、その解釈は人それぞれなので、遠藤さん含めマーケティング部門の皆さんが求めている味わいを自分のなかに落とすまでが大変でした。
遠藤:そうですよね…苦労をおかけしました(笑)。こればかりはどうしようもなくて、試作して、食べて、話すことを繰り返しながら、お互いのイメージを近づけていきました。あとはコロナ禍でリモートのやりとりも多く、それも障壁になりましたよね。
佐山:その場で一緒に試食して話せたら早かったかもしれないですね…! 開発チーム内だと毎日一緒に商品を試食してコメントし合っているので、なんとなくその言葉の示すニュアンスがわかるんです。ただ、リモートだと言葉で伝えるしかないので、この要望が示す味わいとは?を考えては試作に励む日々でした。
あと、酸味って体調によっても感じ方が変わるのと、好みの問題もありますからね。ヨーグルトの温度によっても変わります。温度や糖分を測ることはもちろんできますが、リモートだと商品を自宅まで送らなければいけないので、お互いが全く同じ状態の商品を試食することができなかったり。
遠藤:やりとりの中でお互いに宿題を持ち帰って、それが次回に解決されたかどうかを繰り返していくことなので、ときには逆戻りしてしまうこともありましたよね。
―試作を繰り返すなかで、最終的な完成形はどのように決めるのですか?
遠藤:商品を開発するときには、最初に設計図を書くんです。商品コンセプトやリニュ―アルの目的、原価についてまで、「こういう商品にしたい」というのをすべて書いて、そこを目指して開発を進めていきます。それを体現できた時点で、商品化にGOを出すような流れですね。
最後の試作品を食べたときは正直たまげました。明らかに酸味が改善されていたし、なめらかで舌触りがよく、飲み込みやすい仕上がりになっていたので。こんなヨーグルトを出せたら、本当に喜んでもらえるだろうなと思いました。
佐山:私も実際に作ってみて「ここまで変わるのか」と驚くくらいの変化を遂げました。最終的には脂肪ゼロなのに、それを感じさせないような仕上がりになったと思います。
遠藤:商品開発で大切なのは、最初に決めた設計図と意見交換です。常にその原点に立ち返って考えることが大事で、「ここまできたんだから、もういいじゃん」という判断はあり得ません。
最初に決めた商品を実現するためには、今まで積み上げてきたものを崩して方向転換することもやむを得ないと考えています。
『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』の「らしさ」とは?
―『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』の「らしさ」って、どういう部分だと思われますか?
佐山:開発の大変さを知っているからこそ、このなめらかさこそが強みであり、『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』の「らしさ」だと思っています。
舌触りに嫌な感じがまったくないので、どんなタイミングでも食べられるヨーグルトだなと。朝食だけではなく、ちょっとお腹が空いたときにも。サラダのドレッシング代わりにもなるし、カレーやスイーツレシピなどの料理アレンジも豊富です。
遠藤:「体にいいから食べなきゃ」ではなく、「おいしいから食べたい」と思わせてくれるところですかね。食として純粋に楽しめるというか。何かを得るためには何かを我慢しなくてはいけないといった課題を解決して、ヨーグルトの新しい価値観を伝えられる商品だと思っています。
佐山:『小岩井 生乳だけで作った脂肪0(ゼロ)ヨーグルト』に関しては、今回のリニューアルで酸味は低減できましたが、改良を重ねることでもっとおいしくなる要素はあると思っていて。
宣伝をしなくとも口コミで広がるくらいおいしくて、食べやすいヨーグルトになってほしいので、それを目指して開発を続けていきたいです。
遠藤:継続して愛されていく商品になってほしいですね。そのために、1人でも多くのお客さまに食べてもらえるきっかけを作るのが、我々の仕事だと思っています。存在は知っているけど食べたことがないという方も、まだまだいらっしゃいますから。
遠藤:他のヨーグルトと比べると少し高いかもしれませんが、「このクオリティで、この値段は安い」とか「こんなにおいしいヨーグルトが日常的に買えるのはうれしい」と言ってくださる方もいるんです。
『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』を作るためには、多くの時間とコストがかかっています。「だから、この価格なんだ」と納得してくれる方もいるのはありがたいです。
ですから、「おいしいけど高いよね」でも「高いけどおいしいよね」でもなく、「高い」という部分を少しずつ取り除いていけたらなと思っています。
小岩井らしい商品作りをして、その価値を高め続けるということが、やはり大事なのではないでしょうか。そのために変わらぬ品質を提供し、新しい価値を提案し続けていこうと思っています。