伝統と進化。『キリンラガービール』10年ぶりのリニューアルに込められた想い
1888年、日本でまだビールが一般的ではなかった時代に誕生した『キリンビール』。それが後の『キリンラガービール』です。
本場ドイツの味を再現した本格的な『キリンラガービール』は、少しずつ進化を遂げながらファンを増やし、日本を代表するビールとして飲み継がれてきました。
誕生から132年を迎える今年、『キリンラガービール』は10年ぶりのリニューアルを実施。29歳の新進気鋭の若手技術員、山口景平が開発を担当しました。
長い歴史の中で、『キリンラガービール』が確立してきた個性、いつの時代も愛され続けるビールであるための取り組み、そして受け継がれてきた伝統や技術について、今回の中味リニューアルを担当した山口景平と、キリンのマスターブリュワーを務める|田山智広《たやまともひろ)に話を聞きました。
いつの時代も愛され続けるビールであるために。リニューアルの背景を語る
─『キリンラガービール』が10年ぶりのリニューアルとなりましたが、その経緯について教えてください。
田山:そもそも、「なぜリニューアルするのか?」と疑問に思う方もおられるでしょう。私たちが商品をリニューアルするのには、二つの理由があります。一つは、時代の流れによる食文化やお客さまの嗜好の変化に対応していくため。もう一つは、最新の技術でよりクオリティの高いビールを造りたいからです。
特に前者は、この10年間で大きく変化しています。例えばパクチーがいい例で、10年前の日本では今ほど一般的に食べられていなかったじゃないですか。そうやって食文化は常に変わり続けているので、食事と一緒に楽しむビールもアップデートされていく必要があります。
─もう一つの「よりクオリティの高いビール造り」は言うまでもなく、ですね。
田山:そうですね。我々は日夜ビール造りの技術を磨き、品質をよりよくすることを心がけています。そうして数年経てば、新しい技術でよりクオリティの高いビールが造れるスキルや知識が蓄積されていく。そうしたものをどんどんブランドに搭載していくというのが、我々のミッションだと思うんです。
─『キリンラガービール』は、誕生から130年以上の歴史を誇る商品ですが、それだけ長く愛されてきたのは常に進化をし続けてきたからなんですね。
田山:『キリンラガービール』は、我々にとって大切な魂のような商品です。だから、このビールは過去のノスタルジーに浸るためのブランドじゃなく、いつの時代でもみなさんの心の真ん中にあるブランドでなければいけない。そういう意味でもリニューアルはいいきっかけづくりになると思っています。
─今回のリニューアルで中味づくりを山口さんが担当されたとのことですが、どのようなビールを目指したのでしょうか?
山口:まず、『キリンラガービール』は、10年間この味でずっと親しまれてきたビールです。今のままでも愛されているビールを、さらにおいしくするにはどうしたらいいのかと悩んだ末に、辿り着いたのが「苦味の質」というポイントでした。
『キリンラガービール』の特長である飲みごたえや、苦味のバランスをきちんと引き継ぎつつ、この伝統的な苦味がもっと爽快で心地よく、「もう一杯飲みたいなぁ」と思えるような味を目指しました。
─具体的にどう変えたのか、教えてください。
山口:今回のリニューアルにおける変更点は、大きく三つあります。一つは使用するホップを増量したこと。ホップは「ビールの魂」と呼ばれるほど重要な素材です。これを増やすことで心地よい苦味と芳醇な余韻が楽しめるビールに仕上げました。
二つ目は、ホップの調整です。ホップは品種によって、さまざまな香りや苦味の特長があるんですが、今回は量を増やすだけでなく、渋みを抑えて穏やかな苦味を引き出すようにバランスを調整しました。
そして三つ目が、仕込工程の最適化。「飲み飽きない味わい」を実現するために、仕込工程の一部を変更して酸味を抑える工夫をしました。これによって、今までよりもバランスのとれたまろやかで芳醇な味わいを感じていただけるビールになったと思います。
田山:ラガービールって、実は造るのがすごく難しいんです。しっかりと個性がありつつ、でも微妙なところでバランスを保っていて、非常に繊細なんですよね。『キリンラガービール』の特長である、苦味を中心とした飲みごたえと、飲めば飲むほどまた飲みたくなるようなバランス。こうした佇まいと味わいは守りつつ、今の時代を意識した味覚にモダナイズしたのが、新生『キリンラガービール』です。
日本がビール造りに最適だった理由は「水」にあった?
─『キリンラガービール』の誕生は1888年。キリンビールの前身である「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」が発売した『キリンビール』が原点になっています。130年以上続いてきた歴史の中で、『キリンラガービール』の個性はどのように形づくられてきたのでしょうか?
田山:ビールには大きく分けて、「ラガー」と「エール」という2種類のタイプがあります。よくビールの起源として語られる古代エジプトやメソポタミアで飲まれていたものはエールで、ラガーは1840年代に酵母が発見された新しいビールなんです。
─じゃあ、歴史としてはまだ200年にも満たないんですね。
田山:はい。だから、ラガーにこだわったところが「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」の慧眼だったと思います。ラガービールを年間を通じて造るには、酵母の発酵温度の関係で、当時まだ最新鋭の冷凍機が必要でした。そのために「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」は、大きな設備投資をして当時の最先端技術を駆使したラガービールを造り始めました。
それ以降、世界大戦や関東大震災など、幾多の困難を経て残ってきたのが『キリンラガービール』です。まさにキリンビール社の歴史そのものを体現するブランドだといえます。
─当時まだ、世界的に見ても新しいラガービールをつくり始めた理由はなんだったのでしょうか?
田山:それについては諸説あるんですが、僕は一つの理由として、日本にいい水があったからだと考えています。ラガー酵母はバイエルンで発見されたんですが、当時ドイツでつくられたのはデュンケルという色の濃いビールでした。
しかし、チェコに持ち込んでビールを造ったところ、非常にクリアな色のものができた。これがピルスナーと呼ばれるビールなのですが、ドイツとチェコの何が違ったのかというと、水だったんですよね。チェコの水がすごく硬度の低い軟水だったために、淡い黄金色の透き通ったビールができたというわけです。
─なるほど。それでいうと、日本は軟水が多いですもんね。
田山:そうです。しかも、これだけ水が豊富な国は、世界的に見ても珍しいですから。日本は、ピルスナービールを造るのに最適な国だったんです。
山口:現在、日本で流通しているビールの約9割は、ラガータイプのビールだといわれています。なぜ日本ではラガーが主流になったのかという理由にも諸説あるのですが、一つは歴史的な背景、もう一つは日本の食文化が影響しているという説が有力です。
─「歴史的な背景」と「食文化の影響」ですか。
山口:歴史的な背景としては、明治維新のあとにさまざまな海外の文化を受け入れるようになり、イギリスからはエールタイプ、ドイツからのラガータイプのビールが入ってきました。しかし、当時の日本はドイツに倣った国づくりを進めていたため、そうした政治下でビールもドイツ生まれのラガータイプが根付いたとされています。
食文化の影響はですね、和食に対して甘みのあるエールタイプより、スッキリごくごく飲めるラガータイプのほうが合ったのではないかという説が考えられています。それは現代の日本人も感じることなので、当時も一緒だったのではないかと思います。
『キリンラガー』は、教科書のような存在
─山口さんは、キリンビールの中味開発を行って3年目、現在29歳ということで、まだお若いですよね。今回のリニューアルで山口さんが開発を担当するにあたって、マスターブリュワーである田山さんはどんなことを伝えられたのでしょうか?
田山:いや、特にないですよ(笑)。
─えー、そうなんですか!
田山:僕があれこれ言わなくても、彼はキリンラガービールの真髄をしっかり理解してくれていましたから。固定概念がないほうが客観的に見ることができますしね。
山口:とはいえ、やはりプレッシャーはありましたけどね…!伝統の重みをひしひしと感じながら開発させていただきました。試作にあたり、お客さまの声をたくさん聞くなかで、『キリンラガービール』がいかに愛されているかを実感しましたし、リニューアルによって味が変わることを心配されている方がいることも知りました。そういうことを踏まえたうえで、どう変えるか非常に悩みましたね。
そして、お客さまの声と同様に大切にしたのは、これまで『キリンラガービール』を造ってきた諸先輩たちの考えです。先ほど田山からもありましたが、ラガービールは造り方が難しく、非常に繊細なバランスで設計されているのですが、そういった製法の一つひとつに「こういう味にするために、こんな工夫をした」という記録が残されているんです。
─先人たちによる試行錯誤の記録が。
山口:今回のリニューアルに取り組むにあたって、先輩たちの技術的な試みや、過去のリニューアル経緯などの記録を読みながら、次なる一手を考えました。想像以上に大変な作業でしたが、いろんな知識が深まるいい機会にもなりました。
田山:『キリンラガービール』の改良は、これまで先人たちがたくさんの苦労を重ねてきているわけです。その記録が手書きの書類として保管されているんですよ。それぞれの先輩たちが書いたクセのある字で(笑)。
山口:まさしくそれを読みました!
田山:とてもアナログな古い資料なんですけど、僕らにとっては宝の山なんですよ。レシピをつくるうえでの試行錯誤やリニューアルに向けての議論の記録が、大量にファイリングされていて。
山口:ラガービールは、ホップの使い方はもちろん、特に発酵が難しいんです。酵母の管理次第では、全然おいしくないものができあがってしまう波の出やすいビールで。工場が大型化、オートメーション化するなかで、今までと同じ造り方をしても同じビールはできません。酵母は生き物なので。
─じゃあ、その都度、最適な方法を見つけていかなければならないんですね。
田山:はい。だから、どうすれば発酵をコントロールできるかという研究は、もう何十年もずっとしてきました。それによって着実に技術は進歩しているので、今は僕が入社した頃と比べると味の制御技術が格段に進歩しています。そのうえで今があるので、今回のリニューアルにはかなり洗練された技術が使われています。
─そういう蓄積のうえで、現在の『キリンラガービール』があると思うと、あらためて歴史の重みを感じますね。
田山:そうですね。130年以上も続くブランドだとその間に、世の中の流れや、競合との関係、それから世界各地で新しい技術もどんどん生まれてくる。そういったさまざまな影響を受けながら、進化し続けてきたのが『キリンラガービール』の歴史です。
個人的な話ですが、これまでを振り返ってみると、僕は『キリンラガービール』に学び、格闘し、育てられてきました。何かあったときには必ず、『キリンラガービール』に立ち返る。まるで教科書のような存在です。教科書って、常にアップデートしないと時代遅れで使い物にならなくなる。それに、そもそもの“著者”は誰だかわからないけど、現代までたくさんの人の知恵やノウハウによってブラッシュアップされ続けている。
そういう意味でも『キリンラガービール』は、まさに教科書なんだと思います。
完成したのは世界に誇れる日本の傑作ラガービール
─田山さんから見て、山口さんがリニューアルを手がけた『キリンラガービール』はいかがですか?
田山:苦味の質を上げることと、飲み飽きない味わいの両立がとてもうまくできたと思います。「リニューアルして苦くなくなった」という声もありますが、実は全然そんなことはないんですよね。いい苦味というのは、苦さを意識させない苦味だと思っているので、そういった意味で狙い通りに仕上がりました。極上の苦味を楽しんでいただけると思います。
─山口さんはいかがでしょう?
山口:そうですね。以前の『キリンラガービール』に比べて、苦味の中にある渋さが軽減したと思います。それによって雑味が改善できたので、次々と飲みたくなるような味に仕上がった自信があります。
ですから、昔から『キリンラガービール』を飲んでくださっているファンの方々には、以前よりも質の上がった苦味と、変わらない飲みごたえを楽しんでいただきたいですね。これまで「苦いビール」というイメージで飲んだことのなかった方も、日本食に非常に合うビールなので、一度体験していただけたら幸いです。
田山:『キリンラガービール』は、世界的に見ても傑作だと思うんですよね。世界中に誇れる日本のラガービールであり、マスターピースだと胸を張って言えます。今まで飲んだことのない方にも、この機会にぜひ味わっていただきたいですね。
昔から飲んでくださっているみなさんは、最初は変わったことに違和感を覚えるかもしれませんが、期待に応えられる中味になっていると思います。新しい『キリンラガービール』とも、末長くお付き合いいただけたら、うれしく思います。
装いも新たに生まれ変わった、新生『キリンラガービール』
パッケージデザインもブラッシュアップされた、新生『キリンラガービール』。長年ファンから愛されてきたホップの効いた飲みごたえと締まりのある後味はそのままに、苦みの質が高まり、本格ビールのうまさが一層進化しました。ビール好きにはたまらない味に仕上がっています。ぜひご賞味ください。
今回10年ぶりのリニューアルに際して始まった特集企画、「改めて、キリンラガービールとは」。
『キリンラガービール』を長年愛してくださった方々、そして、これからを期待してくださる方も。次回からは、『キリンラガービール』愛好家の3名の方々に、その魅力について語っていただきます。お楽しみに。
あなたにとって、『キリンラガービール』とは?