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歴史に爪痕を残したい。「ISEKADO」で受け継がれるクラフトビールの精神

キリンだからこそ担える、クラフトビールの役割がある」 

そんな志のもと、ブランドの垣根を越えてクラフトビールの楽しさを体感できる「Tap Marché(タップ・マルシェ)」というサービスがあります。コンセプトは“ビールの自由市場”。そこに共感したさまざまなブルワリーが参加してくださり、一緒にクラフトビール市場を盛り上げています。 

タップ・マルシェ担当の丹尾健二がタップ・マルシェに参加するブルワリーを訪ね、ビール造りへの想いやタップ・マルシェ導入後の変化についてうかがう連載企画。第3弾では、三重県伊勢市「ISEKADO(伊勢角屋麦酒いせかどやビール)」を訪ねます。

天正3年(1575年)創業の老舗餅屋「二軒茶屋餅」の21代目鈴木成宗さんが、1997年に立ち上げた伊勢角屋麦酒。味もビール造りも個性が光る、一目置かれるクラフトビールの先駆者的存在です。

今回は、創業者の鈴木成宗さんと2019年入社のブルワー瀬田一帆かずほさんに、日本のクラフトビールの未来、「ISEKADO」が目指す姿について伺いました。 


「ビールは一人で飲む物じゃない」人との出会いがビール造りの転機に

伊勢角の鈴木と瀬田とタップマルシェの丹尾

丹尾健二(以下、丹尾):老舗餅屋「二軒茶屋餅」の21代目でありながら、クラフトビールを造るという異色の経歴をお持ちの鈴木さん。あらめて、クラフトビールを造ることになったきっかけを教えてください。

鈴木成宗さん(以下、鈴木):小さい頃から微生物や小さな生物がとにかく好きでした。大学も農学部で微生物や海洋プランクトンの研究をしていました。卒業後に家業を継ぐことになったのですが、ちょうど酒税法の緩和により小規模の醸造所でもビールが造れるようになり各地で地ビールが誕生するのを見て、ビールなら微生物と遊べると思ったのがはじまりです(笑)。 

丹尾:今考えるとすごい理由ですよね(笑)。さらに、鈴木さんはビールの国際大会の審査員もされている。しかも、クラフトビール造りを始めた頃からですよね。 

鈴木:創業した年に審査員の資格を取りました。「二軒茶屋餅」の跡取りとしては認識されても、いきなりビールを造っても誰も相手にしてくれない。それなら「とりあえず世界タイトルをとろう」と思いついて。 

とはいえ、のんびりとビール造りをしていてもおそらく一生かかっても世界タイトルはとれない。ゆっくり山道を登る暇も、お金も、時間もないから、まっすぐ垂直に山頂を目指そうと思ったんです。そこで、まず審査し、選ぶ側になろうと決めました。

丹尾:発想がすごいですよね。選ぶ側になったことはビール造りに影響はありましたか? 

鈴木:ビール造りに必要な要素など、いろいろと学びましたね。とくに世界大会の審査員としてアメリカに行った出来事は、自分のビール造りへの姿勢を考える転機になりました。

丹尾:どんなことがあったんですか?

伊勢角の鈴木と瀬田

鈴木:それまで海外にも一度しか行ったことがないのに、「どうにかなる」と、その大会の審査員に立候補したんです(笑)。内心ビクビクしながら、大会が行われるホテルへ向かいました。フロントで、ほかの審査員とルームシェアするなら宿泊費は無料と言われて、お金もなかったのでもちろん答えは「YES」。そのルームメイトが、なんと大会の名誉審査員長のフレッド・エクハード氏でした。

 丹尾:そんなことがあるんですね!

鈴木:「なぜそんな立場のある方がルームシェアを?」と尋ねると、彼は「ビールは1人で飲むんじゃないんだよ」って言ったんです。なんてかっこいいんだと感激しましたね。やっぱりビールは人をつなげてくれる役割があるんだと実感しました。

さらに、「誰と一緒の部屋になるかわからないけど、せっかくならその誰かといい時間を使いたいと思ったんだ」と。いつか自分もこんなことが言える生き方をしたいなと思いましたね。彼とビールを飲みながら、日本のクラフトビールの展望とか、いろんな話をしていい時間を過ごさせてもらいました。

 もう一度原点に返るタイミング。ビール造りを丁寧に伝えていきたい

伊勢角の瀬田

丹尾:瀬田さんが「ISEKADO」に入社したいと思ったのはなぜですか?

瀬田一帆さん(以下、瀬田):大学で醸造学を勉強していて、将来は酒類製造を志していました。お酒を飲むのも好きだったので、一番好きなお酒をと考えたときにクラフトビールが浮かびました。ただ、当時はなかなか新卒で入れるクラフトビールメーカーが少なく、いろいろと探したり問い合わせたりしているときに、「ISEKADO」が初めて新卒採用を始めると聞いて。会社説明会のときに社長の「やるからには一番を目指す。頂上があるならそこに向かってモノづくりをしたい」という想いに共感して入社を志望しました。

丹尾:鈴木社長の想いが響いたんですね。「ISEKADO」は鈴木社長の想いを受け継ぎながらも若手のブルワーさんたちがそれぞれに個性を発揮し始めているように感じます。そのなかで、鈴木さんとしては「ISEKADO」の味をどのように伝えているのですか?

鈴木:世界に通用するものを造りなさい」と。やるからには全身全霊かけて、造った1本が自分の遺作になってもいいと思うぐらいのつもりでやりなさい。考えに考えて今できる最高のものを造ろうという想いでやることで、初めてそのあとも経験が生きてくるということは伝えています。

ただ、最近では海外案件で会社を不在にすることも多く、現場との距離ができてしまっていて、改めて現場に立ち戻る必要があると思ったんです。

 丹尾:立ち止まって見直すタイミングなんですね。

鈴木:伝えているつもり、伝わっているつもりになっていたなと反省しました。今の規模だからこそできることもあるので、当たり前のところを、もう一度ちゃんと伝えていこうと思っているところです。長い時間をかけて商品を改良しながらロングセラーとしてお客さまの思い出の断片に残っていくような、そういうモノづくりをしていこうと、社員にも直接伝える機会を持つようにしました。

伊勢角の鈴木と瀬田

丹尾:具体的にはどのように伝えているのでしょうか? 

鈴木:私が押し付けるんじゃなくて自分で理解してもらう必要があると思っています。自分で掴み取ったという感覚を持ってもらう必要があるので、それをどう伝えるかには試行錯誤しています。瀬田君のような若い世代とも積極的に食事に行くなどコミュニケーションをとっています。

瀬田:食事に行かせてもらって一緒にいろいろなお話をさせてもらえるので、僕としてもありがたいですね。

大きな手を借りて、クラフトビールのマーケットを育てたい

伊勢角の鈴木

 丹尾:鈴木さんがタップ・マルシェに参画を決めていただいた理由は何だったのでしょうか。 

鈴木:当時のキリンの担当のお二人がものすごく丁寧だったんです。僕はそれまで御社含め、大手ビールメーカーなんて雲の上の存在で、僕らのことなんて見えてないだろうと思っていたのですが、リスペクトある言葉を我々にかけてくれたんです。それならばと参加しました。

また、90年代から自分たちでもクラフトビール業界をなんとか盛り上げようとイベントもやってきたけど、結局ビール市場全体の1%にも満たなかった。一方でアメリカでは急成長している。日本でクラフトビールの市場が育ってないなかで、キリンビールという巨大な力を借りられるのならば、僕は借りない手はないと思ったんです。 

丹尾:ありがとうございます。参画いただいたのが2018年の春ごろですが、果たして参画してくれるのだろうかという不安は私たちのなかにもあって。本当にいいご縁だったと思っています。

鈴木:僕らにももちろん不安もありました。僕らは、クラフトビールは本来、大手に対するアンチテーゼだと自分たちの存在意義を際立たせていて、クラフトビールファンもそれを求めているだろうと考えていました。クラフトビールである以上そうあるべきだという思いも少なからずあった。

それでも、僕はこのクラフトビールというマーケットを育てていくために、将来的にニッチなものじゃなくてひとつの大きな産業にしていくために、キリンビールと手を組みますと、何度も何度もブログなどで発信していたんです。

伊勢角のビールが詰め込まれた段ボール

丹尾:参画されてみていかがですか?

鈴木:タップ・マルシェがあることで、当社のビールがより広いお客さまに手に取っていただいているので、ありがたいと思っています。遠くのお客さまの顔を思い浮かべながらモノづくりをやっているつもりなので、それはうれしいですね。 

瀬田:ふらっと入った飲食店にクラフトビールのラインアップにうちのビールがたまに入っていると、「あ、タップ・マルシェなんだろうな」って思ったりしますよね。造り手としてはそういうのを見るとうれしくなります。

ますます多様化している。クラフトビールの今

伊勢角の鈴木と瀬田

 丹尾:お二人は今の日本のクラフトビール業界をどう感じていますか?

鈴木:お客さまもクラフトビールファンも、多様化していると感じますね。90年代から飲み続けていただいてる古くからのファンの方々もいますし、一方で新しいものを追いかけている方々もいらっしゃって。ひとことでクラフトビールファンと一括りにできなくて、随分ペルソナの数が増えてきたんじゃないかとは考えています。 

丹尾:若い方たちから見ていかがですか? 

瀬田:ビールそのものを飲まない人もいたり、そもそもお酒を飲まない人も多かったりします。でも社会人になって5年ぐらい経ち、少し生活に余裕が出てきてちらほらとクラフトビールにハマり始めている人がいるなっていうのは、最近SNSを見ていても思うところです。ただ、成人したての人とかに刺さるのは価格帯的には早いのかなとも。

 丹尾:今のクラフトビールについては、いわゆる“地ビール”との対比で語られることが多いですよね。瀬田さんの世代は地ビールの頃を知らないと思うけれど、どんな印象を持っていますか?

伊勢角のビールを注ぐ様子

瀬田:僕のなかのイメージでは、ビールそのものの味わいを求めて造っていたというよりは、土地の名産品を使ったお土産事業という印象が強いです。そういう目的で造っているので、品質が追い付かないものが増えてしまったのが、ブームに終わってしまった要因かなと。

とはいえ、結果的に当時からビールの品質にこだわり抜いて造り続けたところが今も残っている。その時代があったからこそ、ここ数年で出てきたブルワリーの品質も上がっていることは間違いない。ブームが去ったあとも、クラフトビールでなんとかやっていこうという先人たちの努力があってからこそだと思っています。

 ビールの長い歴史のなかの、1ページになれたら。

伊勢角の醸造所内

 丹尾:瀬田さんがおっしゃるように、まさに品質にこだわり抜いてきたブルワリーのひとつが「ISEKADO」。酵母の研究やラボも見せていただいて、やはりそういった品質へのこだわりや力の入れ方はすごいと感じました。

鈴木:偉そうなことを考えているんですが、ビールには6000年とか8000年とかの歴史があって、ずっと歴史が積み上げられていくなかで、自分たちもせっかくならビールの歴史になにかしら貢献したい。歴史の1ページになれたらと。だからこそ世界に通用するものを造り続けたいと思っています。酵母の研究もそのひとつです。 

丹尾:今はビールの特徴を出すものとして、ホップに焦点が当たっているようにも思いますが、酵母や発酵はビール製造の要ですよね。

書籍「発酵野郎!世界一のビールを野生酵母でつくる」
鈴木さんの著書「発酵野郎! 世界一のビールを野生酵母でつくる

 鈴木:なるべく少ない原料で良いビールを造ろうと思ったら、酵母に頑張って働いてもらうしかなくて、酵母そのものを品種改良していくことは今後必然なのかなとも感じています。

丹尾:これから注目のトレンドとは言わないですけど、スポットが当たる分野になっていくのかもしれないですね。

鈴木:そうかもしれないです。あくまでも「かもしれない」レベルなんですけど。ひとつの取り組みとしてはいいと思っています。ホップは気象条件もある程度限定される。伊勢のように暖かい地域では質の良いホップを育てるのは難しいですよね。その点、酵母はどんどん培養できますから。

次世代が活躍できる、日本のクラフトビールの未来

伊勢角の鈴木

丹尾:これからの日本のクラフトビールの未来をどう見ていますか?

鈴木:先ほど瀬田君が言ったみたいに日本のクラフトビール全体のレベル感はとても上がってきていると思います。一方で、もう随分昔から日本って物余りの時代で良いものはすでに世の中に溢れ返っているんですよね。そのなかでクラフトビールがどう存在できるのかというところに焦点を当てていかなくてはいけないと思うんです。

単純に味を楽しむだけでなく、そのブランド、その商品が持つストーリーをきちんとお客さまに伝えていく必要があるし、そういうモノづくりをしていかなくてはならない。

 丹尾:瀬田さんは、モノづくりやビール造りにおいてチャレンジしてみたいことはありますか?

伊勢角の瀬田

瀬田:まだ具体的なビジョンは見えていないんですが、先ほども社長の話にも出たビールの長い歴史に1枚のページを築き上げたいというのは、叶えたいし、夢があると思います。そのなかで「ジャパニーズスタイル」を確立しつつ、確固たるものを造り上げる。ひとつのモデルとなるような商品が造れたら、すごく素晴らしいことだと思います。 

これって実はあのISEKADOの商品がモデルになって造られているんだよ」と言われるようなことが実現できたらおもしろいなと。そうしたら歴史に爪痕を残せているんじゃないかなという感じがします。

丹尾:ジャパニーズスタイルというのは具体的にどういうイメージですか?

瀬田:日本ならではの果実や食材などの副原料に頼ったものではなく、“味わい”という意味で日本の風土に合ったものが理想だと思っています。そこに対するビジョンっていうのがまだ具体的にはないですが、造り手としてはやり甲斐があるなと思います。

丹尾:若い世代のこういった話を聞くと、日本のビールの将来は明るいなって勝手に想像しています。これもすべて、鈴木さんが後ろにいてくださるからっていうのはあると思いますが。

鈴木:彼らが活躍できるステージだけはしっかり作っていきたいなって思いますね。もう実際、私自身がビールを造れるような時間もチャンスもあまりないので、うちで実際に手を動かしている社員たちが活躍できる会社を作っていきたい。社長としてはそういう気持ちでいます。

伊勢角の鈴木

 【プロフィール】鈴木 成宗
「ISEKADO」社長。1967年生まれ。天正3年(1575年)創業の老舗餅屋の21代目として生まれる。餅屋の傍ら、大正12年創業の味噌・醤油醸造業も営む。卒業後、家業を継ぎ餅屋の仕事に就くも、大学時代に専攻した微生物の楽しさが忘れられず1997年に地ビール製造販売とレストラン業をスタート。ビールの国際大会優勝をめざし、創業と同時に審査員資格を取得。現在に至るまで、多くの国際大会で審査員を務めている。 2017年3月 野生酵母の研究で博士号取得。

伊勢角の瀬田

【プロフィール】瀬田 一帆
有限会社二軒茶屋餅角屋本店 ISEKADO(伊勢角屋麦酒)工場長/生産管理副本部長兼ブリュワー。2019年に有限会社二軒茶屋餅角屋本店に入社し、ISEKADO(伊勢角屋麦酒)を製造するクラフトビール事業に従事。同年3月にブリュワーとして自身で初めて開発した商品をリリース。2022年から工場長に就任。2024年より生産管理副本部長を兼任。ブリュワーとして醸造業務、商品開発に携わりながら工場全般のマネジメントと生産管理を管轄する。

タップマルシェの丹尾

【プロフィール】丹尾 健二
キリンビール株式会社 タップ・マルシェ担当。入社以来、営業やリサーチ業務、ECなどさまざまな分野を経験しながら、20年1月より現職。ブルワリー各社と共に、料飲店からクラフトビールの浸透を図る取り組みを行っている。いちユーザーとしても、クラフトビールの大ファン。

文:高野瞳
写真:土田凌
編集:花沢亜衣