「理想のおいしいビール」を追求し続ける『一番搾り』。その道のりと、おいしさの理由
多くのファンに支えられ、今年で発売30周年を迎えた『一番搾り』。その名の通り、製造の過程で最初にとれる一番搾り麦汁だけを贅沢に使った、雑味がなく、調和の取れた味わいのビールです。
一番搾り製法ならではの“飲みやすく飲み飽きない”おいしさで、2019年一番搾り缶は、過去8年で最高売上(※)を達成しました。今あらためて、そのおいしさが注目される『一番搾り』ですが、その誕生の背景には会社が直面した重要な岐路や、理想のビールを追い求めた造り手たちの果敢な挑戦があったことはあまり知られていません。
『一番搾り』は、どのように誕生し、多くのファンに愛され、そして、これからどう進化していくのか?
醸造担当として商品開発に携わり、昨年行われたリニューアルではマスターブリュワーとして監修を務めた田山智広に、『一番搾り』が歩んできた30年の道のりについて話を聞きました。
※2012年~19年一番搾り<缶>出荷実績において
『一番搾り』を開発するきっかけとなった、『スーパードライ』の台頭
─最初に、田山さんと『一番搾り』の関わりについて聞かせてください。『一番搾り』の発売が1990年ということは、田山さんが入社したあとにつくられた商品なんですよね。
田山:そうですね。『一番搾り』が開発された当時、僕はキリンビールの滋賀工場にいました。滋賀工場は「調整工場」と呼ばれていて、新商品の開発などに取り組む場所だったんです。なので、『一番搾り』には立ち上げのところから携わっています。
─もともとは、『一番搾り』も数ある新商品の中の一つだったんですか?
田山:いや、『一番搾り』は最初から、会社肝いりの商品として開発されました。
これはもう30年以上前のことなので、歴史を客観的に振り返るステージになってきているんですけど…。簡単に言うと、アサヒビールさんが『スーパードライ』を発売したことが、開発のきっかけになったんです。
─それは、どういうことですか?
田山:それまでキリンは、ビールの国内トップシェアを誇っていたんですけど、1987年に『スーパードライ』が発売されて、これがものすごい勢いで売れたんです。
それで「これはまずいぞ」ということになり、我々を含めビール各社が一斉にドライビールを発売したんですよ。これは、俗に「ドライ戦争」と呼ばれているんですけど。
─『スーパードライ』の発売を機に、ドライビールのブームが巻き起こったんですね。
田山:そうなんです。我々も、1988年に『キリンドライ』という商品を発売しました。これがものすごく売れたんですよ。たぶん、これまでにキリンビールが出してきた商品の中で、初年度の売り上げでは未だにトップだと思います。
─そんなに!それはすごいですね。
田山:だけど、そこで何が起きたかというと、ドライビールというものの認知が一気に広がって、結果的に誰もスーパードライの勢いを止められなくなったんです。
田山:そこからキリンはどうしたかというと、とにかくさまざまなコンセプトの新商品を出し続けました。
─これまでにない商品を世に送り出そうとしたわけですね。
田山:今になって振り返ってみれば迷走…とも言える状態だったかもしれません(笑)。とにかく、キリンビールのよさをもう一度お客さまに伝えようと躍起になっていたんです。
─『スーパードライ』の独走を止めるために、試行錯誤を繰り返していたんですね。
田山:そうですね。だけど、結局どれも上手くいかず、「小手先の商品ばかりを出していてもダメだ」という結論になったんだと思います。
当時、僕はまだ入社したての人間だったので、詳しい話を聞いていたわけではないのですが、「脇を狙うような商品開発ではなく、原点に立ち返って『ド真ん中で本当にうまいビール』で勝負するぞ」という発想に転換したのでしょう。それで開発されたのが、『一番搾り』だったんです。
「飲み飽きないビール」という理想を実現するために
─窮地に追い込まれた状態から、勝負に打って出るために開発されたのが『一番搾り』だったんですね。
田山:『一番搾り』の開発で掲げられた「ド真ん中で本当にうまいビール」というコアアイディアは、従来からキリンが目指していた「理想のビール」の方向性とも合致していました。“一番搾り”という製法をもってすれば、その理想が実現できて、もっと高みにいけると考えていたんです。
─キリンが目指していた「理想のビール」というのは、具体的にどんなものだったのでしょうか?
田山:我々が一貫してこだわってきたのは、「飲み飽きない」ということです。何杯飲んでも飲み飽きない。飲めばまた次が飲みたくなるというのが理想のビールだと。
そのためには、まず「飲みやすい」ことが必要です。だから、「飲み飽きない」と「飲みやすい」を兼ね備えたビールを、キリンはずっと理想として追いかけてきました。
─なるほど。飲みやすくて、飲み飽きないビールですか。
田山:そうです。それを“一番搾り”という製法を採用した新しいコンセプトのビールで、あらためて追求してみようと考えたんです。
だから、『一番搾り』の品質コンセプトには、「ストレート アンド プライムテイスト」と書かれています。ストレートというのは、雑味がないという意味で「飲みやすさ」を表しています。プライムテイストには「キリンが考え得る最高のクオリティのものをつくろう」という想いが込められています。
─そのコンセプトにも、『一番搾り』に対する強い覚悟が詰まっている感じがしますね。
田山:「雑味のない一番搾り麦汁だけで造れば、おいしいビールができる」というのは、醸造を担当している人間なら誰もが思いつくアイデアなんです。麦本来の旨味が生きた上品な味わいが造れますので。みんなが「それはそうに決まっている」と思うぐらい、疑問の余地がない製法です。
だけど、簡単にはできないんですよ。クラフトビールならまだしも、大量生産を前提にしたナショナルブランドでは、ちょっと考えられない製法なんです。
─「おいしいに決まっている」と「だけど簡単にはできない」が同居する製法だったと。それはコストの面で見合わないということですか?
田山:そうですね。とにかく贅沢な製法なので。僕が工場にいたときは「本当にやるの?」と思っていましたから。「それで工場が成り立つの?」って。
というのも、工場って現場の人間が日々切磋琢磨して工程改善をしているんです。作業効率を少しでも上げて、ほんの0.数%でも収率をよくするために。そういうふうに頑張っているのに、いきなり「二番搾り麦汁は使いません」って言われたら、「俺たちは今まで何をやっていたんだ…」って思うじゃないですか(笑)。
─たしかに。それまで細かい部分をコツコツと詰めてきたのに、急に大きな変化が求められるわけですもんね。
田山:だから、単に「二番麦汁を捨てるのがもったいない」で終わりじゃなくて、製造から後処理までを上手く回していくために、これまで必要のなかった作業も増えるんです。当然、その分のコストもかかってくるので、そういう意味でも、『一番搾り』は非常にプレミアムな製法なんですよ。
─実際には、見えない部分にかかっているコストも含めての価値なんですね。
田山:一方で、工場では廃棄物をただ捨てるのではなく資源として活用しています。例えば、“一番搾り”のあとのカスは非常に栄養が豊富なので、良質な家畜の餌になったり、キノコの培養床として使われ、再利用の道が生まれたりもしています。
─最近では、さまざまな企業がサスティナビリティを意識していますが、『一番搾り』はそれを30年前から体現している商品でもあったんですね。
田山:はい。廃棄物ゼロにこだわっていたり、それをいかに高付加価値化して社会に還元するかというエコシステムについては、昔から考え続けてきたことなんです。
─製法にこだわったビールを造るということは、そこまで考えて初めて実現できることなんですね。
田山:そうですね。だから、製法が変わるとなると、最初はかなり困るわけですよ(笑)。でも、それを嘆いていてもしょうがないので、いかにしてピンチをチャンスに変えるかですよね。それがイノベーションだと思いますし。
─今のお話を聞いていて、それがよくわかった気がします。そのような試行錯誤の末に完成した『一番搾り』に対して、お客さまからの反応はどうだったんですか?
田山:お陰さまでとても反響はよかったので、歓迎されたんだと思います。僕としては「こんなにコストをかけてつくったのに、他のビールと同じ値段でいいのかな?」とは思っていました。そこに関しては、相当な議論があったと聞いています。
結局は、より多くのお客さまに『一番搾り』のおいしさを知っていただくためには、価格は揃えた方がいいという判断をしたみたいですね。値段を高くしちゃうと、そのよさが限定された人にしか伝わらないですから。
人気商品をリニューアルする意味と、メーカーとしての覚悟
─昨年、『一番搾り』はリニューアルされました。既に売れていて、一定のファンもいる商品をリニューアルすることには、どういった意図があったのでしょうか?
田山:理由はいくつかあるんですけど、一つは「もっと理想のおいしいビールに近づきたい」ということですね。
もちろん、これまでも我々が考えるベストなビールをつくってきましたが、もっと「飲みやすく、飲み飽きないビール」に近づける余地はあると思うので、その方向性が見えてくればリニューアルを考えることになります。
─さらなる高みを目指していらっしゃるのですね。
田山:はい。それともうひとつは、嗜好って常に一定ではないと思うんです。個人でいえば年齢によって好みが変わったりもしますし、さまざまな他社製品が出てくると相対的に『一番搾り』との距離感も変わってくるじゃないですか。
社会という枠組みで考えれば、10年前はあまり一般的ではなかったパクチーが、今では普通に食べられるようになったりと、食のトレンドというのも常に変化しているんです。だから、お客さまの嗜好の真ん中に居続けるためには、我々のビールも変わり続けなければいけません。
─そう言われてみると、たしかに食文化というのは変化し続けていますよね。
田山:はい。だから、その二つが上手く噛み合ったときには、リニューアルに取り組もうと考えています。
─『一番搾り』という商品は歴史があって、多くの方にご愛飲いただいています。だから、いつも飲んでくれている方々が、リニューアルにガッカリしてしまうというリスクもあると思うのですが。
田山:そういうリスクはすごくあります。僕自身、「自分が気に入っているものを変えてくれるな」とか「今のままで十分好きだから、変えてほしくない」という方たちの気持ちを共有している部分もあるので。
ですが、我々はそういう方たちにも納得してもらえるような変更を設計しているつもりです。だから、「ちょっと変わったね。じゃあ、これと付き合っていこう」と積極的に思ってもらえるように、もっと理想を言えば「今までよりおいしくなったね」と思ってもらえるようなリニューアルを真剣に考えています。
田山:それと、リニューアルという話題があることで、「今まであんまり飲んだことないけども、ちょっと飲んでみようかな?」と思ってくださるお客さまもいると思うんです。そういう方々には、今のベストな『一番搾り』を飲んでいただくことで、「あー、これっておいしかったんだね!」と気づいてもらえたらなと思っています。
─常連の方にも、初めての方にもよろこんでもらえるビールを。
田山:そうですね。せっかくすごくおいしいビールをつくっているので、我々メーカーとしては、より多くのお客さまに飲んでもらいたいと考えています。そういうきっかけになるのであれば、リスクを踏まえつつ、チャレンジしていこうと。
─リニューアルをするにあたって、最終的な味を決めるのはマスターブリュワーである田山さんの仕事なんですか?
田山:そうですね。だからもう、本当にドキドキですよ。失敗したら、一生かけたって償えないですから(笑)。
─想像を絶するプレッシャーですよね。だけど、そういう覚悟のうえで、リニューアルが行われているんですね。
キリンらしさを受け継ぎ、体現していく『一番搾り』
─30年の間に、『一番搾り』は何度かリニューアルを繰り返してきましたが、その度に引き継がれてきたのは、どのような部分なのでしょうか?
田山:リニューアルの際、我々はまず「キリンらしさ」という部分を担保しなければいけません。
─田山さんが思われている「キリンらしさ」というのは、どういうところなんですか?
田山:一言では説明しづらいですけど、一つは「丁寧に造っている」というところですね。大量生産が前提となるナショナルブランドでも、素材や製法に最大限のこだわりを持ち、お客さまがそれを飲むシーンを思い浮かべながら丁寧につくるというのは、「キリンらしさ」だなと。
─そう考えると『一番搾り』は、まさに「キリンらしさ」を体現した商品なんですね。
田山:そうですね。それと、「ピュア」という言葉も、キリンのモノづくりを語るうえで、欠かせないキーワードの一つなんです。それは創業からずっと引き継がれてきたもので、多分10年経っても、20年経っても、僕がもう世の中からいなくなっても、キリンはピュアであることにこだわってモノづくりを続けていくと思います。
そのピュアネスを、どうやって形にして、どんなふうにお客さまに提供し、お客さまにどういうシーンで、どんな気持ちで飲んでもらうかっていうところを徹底的に突き詰めていけば、これからもきっと『一番搾り』は進化し続けていくと思うんですよ。だから、終わらないですよね。モノづくりというのは。
─世の中も変わっていくし、その度に新たな課題が出てきて、それに対する理想のアプローチも進化していくから。
田山:そうですね。そういう「キリンらしさ」を指針にして、そこに向かって進んでいくなかで、きっと時代ごとにアプローチの仕方は変わってくるでしょう。
だけど、きっと次世代の人たちが、しっかり想いとスキルを受け継いで、見事にやってくれると僕は思っています。僕がいなくなってからも問題はないと信じています(笑)。
─なんだか、鳥肌たちました。そうやって、『一番搾り』のおいしさは進化し続けていくんですね。普段、知り得なかったお話をたくさん聞けてよかったです。それと、今、すごく『一番搾り』が飲みたくなっています。
田山:それはよかった(笑)。どうぞ、どうぞ、本当においしいビールですから。たっぷりと味わってください。