商品のストーリーを残し未来へつなぐ。キリンのアーカイブ室は今日も「お客様とのつながり」を記録し続ける
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商品のストーリーを残し未来へつなぐ。キリンのアーカイブ室は今日も「お客様とのつながり」を記録し続ける

身のまわりにたくさんある商品は、新発売として世に出回り、いつかは退きもします。中にはリニューアルにより、目新しい衣装を着ることも。
キリングループが生み出す商品は、いつも時代ごとの彩りをまとってきました。

それら商品にまつわる歴史の全てを記録するのが、キリンホールディングスのアーカイブ室の仕事です。

キリンビールの前身であるジャパン・ブルワリー・カンパニーが設立されたのが、1885年7月。実に136年後のある夏の日、さんさんと太陽の照る外気から離れて、静かに136年分の資料の眠るアーカイブ室を尋ねてみました。

案内役を務めるのは、アーカイブ室で収集管理を担当する山田弥生です。

明治初期の広告ポスターや、人気商品の旧パッケージなど、収蔵庫に眠るさまざまな資料を見せてもらいながら、アーカイブ室が守るミッションや未来に向けた取り組みについても話を聞きました。

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【プロフィール】山田弥生
キリンホールディングス株式会社 ブランド戦略部 アーカイブ室
学生時代にアートマネジメントを専攻後、公共施設で舞台制作に関わる。2009年に「みんなが楽しく、自分も楽しめる“食”に関わる仕事がしたい」とキリンアンドコミュニケーションズ株式会社に入社し、2011年にアーカイブ室に所属。

収蔵庫には、キリンと市井の歴史が詰まっていた

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キリン本社にあるアーカイブ室には、大学の図書室で見たような可動式の移動棚がズラリと並びます。専用のボックスの中に、古くは明治時代からの紙資料、広告ポスターの現物、商品パッケージの現物などがしまわれています。

キリンが自社資料の保管を始めたのは、創業90周年事業の一つであった社史編纂がきっかけ。各部署に散らばっていた資料を集め、さらに市井にあるものも含めて保存や整理をする組織として動き出し、2000年代半ばに「アーカイブ室」が生まれました。

現在は6名の社員で、キリングループの商品や広告物、販促品、経営会議の議事録、歴史的資料に至るまで、あらゆるものを整理、保存しています。
また、それらを外部へ貸し出したり、情報発信したりするのもアーカイブ室の役割です。

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たとえば、飲料の商品パッケージは製品に千枚通しなどで穴を開け、中身の飲料を抜き、漂白剤につけ置き洗いをしてから保存します。

これらの商品は、どれも実際に工場から出荷され、流通したものが中心なのだそう。その背景には「お客様の目に触れ、手に触れたものを保存する」というアーカイブ室のポリシーがあると言います。

「一度は市場へ出たものの方が、消費者にとって近しいところにありますよね。それこそが保存すべき“商品の実物”なのだと思うんです」(山田)

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現物だけでなく、写真(ポジフィルム)での記録も。製品名や撮影年ごとにキャビネットいっぱいに整理されています。パッと目についたものだけでも、昔なつかしの物から珍しい一品まで、種々様々に現れてきます。

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ポスターについても「お客様の目に触れ、手に触れたものを保存することに価値がある」という考えは変わりません。最新では日本各地のキリンの工場に貼り出されたものを中心に集めていますが、飲食店に貼られていたものをはじめ、中には「酒屋の蔵に眠っていた」という秘蔵っ子まで。修復が必要な場合は、国宝の美術品などを直す専門業者へ依頼します。

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これは、1927年まで販売契約を結んでいた株式会社明治屋が製作したポスター。

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瓶のあわい色彩、精緻な文字の描き込みなど、ポスターの隅々を眺めるだけでも時間が吸い込まれていきます。

これらの保管品は、博物館の展示をはじめ、テレビドラマやクイズ番組、コマーシャル映像の現場から「時代を映すもの」として貸し出しや参考としての閲覧依頼が来ることもあるのだそう。アーカイブ室が気を払う「なるべく消費者が見たままの状態」を保っているからこそ、時代の色もより濃く感じられるのでしょう。

人気商品リニューアルを支える影の立役者

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歴代キリンレモンのパッケージ

社内からも資料や旧品パッケージの貸し出し依頼を受けることも少なくありません。新規事業を興す際に、かつての計画書に目を通す社員もいるそう。近年での代表例では、キリンレモンが挙がります。

発売90周年でパッケージや味を大きくリニューアルしたキリンレモンは、数々の変遷をたどってきた商品のひとつ。山田は、リニューアルを担当した社員である二宮倫子の当時の姿を覚えていました。

▼二宮倫子へのインタビュー記事はこちら

「足繁くアーカイブ室に通っては、開発資料から販促物まで、たくさん掘り下げていました。マーケティング担当であれほど通っていた方は、私が知る限りは他にいませんね。『昔の商品を参考にしたい』という方はいても、『これまでのCMを全部見たい』なんて人は滅多にいません。リニューアルが成功したときは、ここでの時間も結実したんだなぁ、と嬉しく思いました」(山田)。

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現在にもつながる歴史の一つとして、山田が取り出したのは保存箱に包まれていた大ぶりの瓶。

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今のように飲食店にビールサーバーが普及するよりもずっと前、昭和8年に発売されたキリンビールの「2リットル特大瓶」です。飲食店でビールをコップ売りするために用いられていました。

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他にも、大切に保管されていた青く小さなラベルは、戦時下に特別価格で配給されたビールにつけられていたもの。簡素なデザインや漢字で「麦酒」と打たれていることなど、日本の歴史と共に歩んできたキリンビールを語るパーツといえます。貼られたシールやラベルも、お客様の目に触れた“現物”であり、保存の対象です。

渋沢栄一の直筆署名が残る議事録

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アーカイブ室のさらに奥、重厚な耐火金庫に収められていたのは、この部屋でも特級に貴重な資料たちでした。

ジャパン・ブルワリー・カンパニー時代の重役会議に関する資料で、最も古いものは設立年の1885年から残ります。

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在留外国人たちによって設立された新会社だけに、議事録もすべて端正な筆記体で残されていました。「重役会議事録」から読み取ることのできるエピソードとともに、全議事録はウェブサイトで公開されています。

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議事録を開いていくと、一躍時の人となった、渋沢栄一の直筆署名が。この「承諾」は、渋沢がジャパン・ブルワリー・カンパニーの重役に就くことの証として残されたものです。

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さらには、キリンラガービールが誕生した1888年に、たった1年だけ貼られていた貴重なラベルも保管されていました。当時西洋から輸入されていたビールのラベルに動物の絵柄が書かれていたことを参考に、東洋の想像上の動物である「麒麟」をモチーフに採用したのではないかと言われています。

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その翌年、今ではおなじみの麒麟マークに変更となりました。

写真下のラベルは、1889年の「ボックビール」のラベルです。ボックはビアスタイルの1つで、キリンで発売された初めての黒ビール。ラベルには聖獣麒麟ではなく、ビールの王様といわれる「ガンブリヌス」が描かれています。

これらを始めとするラベルは貴重ゆえに、かつては収集家から譲り受けることもあったそう。紙の端に記された「英領香港ニテ印刷セラレシモノナリ(イギリス領の香港にて印刷されたもの)」の文字を見るだけでも、このラベルの旅路を感じるものです。

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他にも蛇革があしらわれたアルバムも出てきました。

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紙焼きされた写真には、関東大震災の被害を受け、倒壊した工場の写真も。現在の仙台工場の前身である東洋醸造に従業員が並ぶ写真など、すべてが語り部となって時代を写します。

「キリンビールの工場には、90年にも渡るつながりがあります。関東大震災のときは横浜が被災し、そのときには仙台工場と尼崎工場が助けに行った。そして、東日本大震災のときは仙台工場が被災して、横浜と神戸が助けた…記念写真や記録的な写真もありますが、これらは工場間のつながりや助け合いも記録しているものなんです」(山田)

歴史にロマンはない。未来を支える、アーカイブ室のミッション

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アーカイブ室のミッションは、キリングループの経営活動を継続的に正しく記録・保存し、将来へ引き継ぐこと。そして、それらを活用した情報発信活動を通して、キリンブランド価値向上に貢献することです。

数多くの製品を見てきた山田が感じる「息の長い商品」の共通点や、アーカイブ室がつなぐ価値などを聞いてみました。

─今日は貴重な資料やパッケージなど、たくさん見せてもらって、ありがとうございました。ロマンを感じるものも多くて…。

山田:そうですね。でも、私は歴史にロマンはないと思っていまして(笑)。アーカイブ室にあるものは、どれも近代の歴史であり、事実の積み重ねでしかありません。私たちの手元に集まってくるそんな「積み重ね」を見ていると余計に、そこに奇跡はないと思えるのです。

何らかの結果には、社会情勢などそこに影響を与えた要因が必ずあります。それらをロマンという言葉でかっこよく包んでしまわず、いかにストーリーとして届けていけるのかということは、アーカイブ室の発信活動としても大切にしているところです。難しい視点ではあるのですが、楽しさでもありますね。

私たちが扱うのは、ここ100年ほどの近現代史に含まれる、エビデンスのある歴史ストーリーです。予測や所感を交えることはできても、決して空想になってはいけないというバランスの取り方は、情報発信の際にいつも気をつけています。

「つくりこまれているもの」は残っていく

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─数々の商品パッケージの変遷や歴史を見てきた経験から、「息の長い商品」に共通点はあると思いますか?

山田:パッケージも含めて、どれだけ「つくりこまれているのか」は、お客様にも響くのでしょうね。

たとえば、「午後の紅茶」って、最初はぜんぜん広告も出されていなくて、よくよく探したら発売日らしき1986年の10月13日に新聞広告が1件だけ。それでも、これだけ長く続く商品になったのに興味が湧いて、開発に携わった方にインタビューさせてもらったり、自分なりに調べてみたりしたんです。

発売された80年代は今と感覚が全然違い、お茶はお金を出して買うものではなく、今主流の500mlペットボトル容器もない状況でした。味に関しても、当初ストレートティーはなく、「ミルクティーとレモンティーで出そう」という声があったそうなんです。しかし、「午後の紅茶」の開発を担当した20代の女性3人が、「社内のおじさんはミルクとレモンで、なんて言うけど、私たちは絶対にストレートティーがいいと思う!」と主張したといいます。

―なぜ、ストレートティーにこだわったのでしょうか?

山田:彼女たちが想定していたのは、家庭で開かれるお茶会で、冷蔵庫に1.5リットルのペットボトルを入れておくこと。グラスへ移すときにレモンやミルクが必要なら足して飲むというシーンです。さらに「赤くて透明な紅茶らしさは絶対に必要」とこだわりました。通常、紅茶液を冷やすと「クリームダウン」といって濁ってしまう現象が起きるんです。当時、それをクリアなまま保つのは難しい技術とされていました。

自分でも実際に紅茶を淹れて試してみたのですが、たしかに濁って烏龍茶みたいになってしまって(笑)。改めて、「午後の紅茶」は見た目も、中身も、飲み方も、ちゃんと完成された商品だったんだということが、よくわかりました。その後に缶として商品が出たときに、“そのまま飲む”という想定ができたので、そこでミルクやレモンも追加したわけですね。

─その「完成された」という言葉は、「よくつくりこまれた」や「よく気遣いがされた」というふうにも言い換えられそうですね。

山田:そうかもしれません。商品は、実際にお客様が飲んで初めて完成するものだと思っています。

新入社員に教える「キリンビールの4つの原点」が全ての始まり

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―アーカイブ室が守るキリンの歴史や思想を、社員にも伝えることがあるそうですね。

山田:はい。アーカイブ室では新入社員向けの「歴史研修」を担当しています。そこでは会社の歴史を時系列で教えるようなことはせず、キリンビールが大事にする4つの根幹を学んでもらうようにしています。

まずは、「品質本位」「お客様本位」。ジャパン・ブルワリー・カンパニーの時代から続く言葉です。

草創期はイギリス人が多く、彼の地ではビールといえば「エールビール」が定番。当然、作るものもエールビールになりそうなところを、「日本人はラガーが好きで、輸入量も増えてきた」と踏まえて、将来の日本人にも飲んでもらうために、徹底的にこだわったドイツ風のラガービールを作っています。原料や機械も全て船便で、莫大なお金をかけてドイツから取り寄せたのです。

─まさに、「品質本位」と「お客様本位」の原点ですね。

山田:そうですね。あとは、「地域とのつながり」を大事にしています。メルシャンはブドウ農家さんと連携して、畑づくりから共に携わってきたことが強みになっており、それが現在の会社を形作ってもいます。

そして、医薬・ヘルスサイエンス領域での「社会への想い」も大切です。医薬領域は、キリングループが展開する医療事業「協和発酵工業」から始まっていますが、創立者が「戦後の日本を助けたい」と事業を始めたことが元にあります。当時、結核を減らす抗生物質「ストレプトマイシン」を開発し、「貧弱な体質を変えたい」と進めた研究が世界初のグルタミン酸発酵技術につながっています。

─「品質本位」「お客様本位」「地域とのつながり」「切実な想い」が、今のキリングループの事業の根幹にあると。

山田:はい。それは、あらゆる局面でも必要になる考えだと思って、新入社員へ伝えるようにしています。新しいものを作るときもその根幹はブレてはいけないですし、立ち止まって見直したいときにも、歴史が進むべき方向を示す羅針盤になってくれるんだと信じています。

もちろん進化も大事ですが、ずっと変わらない強さも大事。「一番搾り」も「午後の紅茶」も、そうなんだと思います。

─商品をつくるうえで、時代が変わっても「変わらないこと」はあるのでしょうか?

山田:正しくやるべきことを、ちゃんとやってきたブランドは強い気がします。あとは、あきらめないこと。「午後の紅茶」に「おいしい無糖」というシリーズがありますが、実は1990年代からリニューアルなども経て販売をし続けて、2011年にやっと世間に受け入れられたんです。私はマーケティング担当ではないですが、その頑張りの経過はずっと見てきました。

紅茶飲料といえば「缶入りの甘い紅茶」が定番だったところに、健康志向の高まりなど複数の要因が絡まって、お客様との距離もだんだん縮まり、やっとピタッと重なったのが2011年。その変化は急に起きたわけではなく、現実を諦めずに積み重ねた先にひらけた結果です。そう思うと、やっぱり、歴史にロマンはないんですよね(笑)。

お客様の「記憶の蓋」を開けるきっかけをつくる

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─アーカイブ室として、収集や保管以外に力を入れていることはありますか?

山田:発信活動です。一昨年からはTwitterを、2016年からはウェブサイトを充実させるなど対外的な発信を強化し、お客様とのつながりを作る機会にできないかと考えていました。

長い歴史をもつキリンのメリットを考えたときに「お客様とのつながりがそれだけ長い」ということに気づきました。

たとえば、かつて「緑色の缶」の午後の紅茶があったのですが、「緑の午後ティー、憶えてるよって人はリプライで教えてね!」とキリンビバレッジのTwitterの公式アカウントで呼びかけてみると、ご自身の思い出を具体的に語ってくださる方がたくさんいらっしゃったんです。

商品と自分の人生のつながりって、ふいに思い出すものです。私の父は数年前に亡くなったのですが、ビールはずっと「キリンラガー」の一本槍。通夜振る舞いでも親戚たちから「決まってキリンラガーだったよね」と声をかけられるくらいでした。でも、「飲み物は誰かの人生さえ語るものになりえるんだ」と感じ入ったんですよね。

しかも飲み物を手に取るときって、悪い記憶よりも、楽しさやうれしさが伴う出会いが多いと思います。これからも、お客様のそんな「記憶の蓋」を開けるきっかけとしても、発信を続けていきたいです。商品を目にした時に「子どもの頃から、ずっとそばにいましたよね」みたいに言えたら、いいですね。

▼キリンの歴史をもっと辿りたい方はこちら

「キリン歴史ミュージアム」では、アーカイブ室が保管するキリングループの商品を紹介しています。キリングループの代表的な商品ブランドの歴史や、「お酒や飲料」にまつわる文化史・人物史など。「お酒や飲料」を通じて歴史や文化を感じていただけます。みなさんの思い出に残るあの商品にも出会えるかもしれません。ぜひ、のぞいてみてください。

文:長谷川賢人 
写真:土田凌

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