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荒地の開墾からはじまったバターづくり。小岩井が積み上げてきた120年の歩み

明治維新で日本全体が国の発展に向けて動き、鉄道建設が活発に行われていた時代。

「鉄道事業で日本の『 美田良圃(美しい田と良い畑)』 を潰してきた悔恨の念を、農場をつくることで埋め合わせられないだろうか 」

そんな想いから創設されたのが、岩手県にある小岩井農場です。もともと何もなかった荒地を開墾するところから始まり、牧畜の研究を進め、豊かな自然のなかで育った牛の乳で加工品をつくる。そういう取り組みを一歩ずつ続けてきて130年を迎えます。

1902年には小岩井乳業を代表する商品である『小岩井 純良バター』が誕生 。ヨーロッパ式の伝統的な製法でつくられた発酵バターは、時代に流されることなく今も当時のままのレシピが引き継がれており、その芳醇な香りと味わいで人々を魅了し続けています。

荒れ果てた手付かずの大地は、いかにして日本屈指の農場になったのか。

日本の乳業メーカーで唯一関連農場を持ち、自然と向き合いながらものづくりを続けてきた小岩井乳業の歩みや、伝統とサスティナブルな製法を守る『小岩井 純良バター』について、マーケティング部の松瀬希穂に話を聞きました。

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【プロフィール】松瀬希穂
小岩井乳業株式会社。マーケティング部・マーケティング担当
2016年入社。首都圏を中心とした量販店の営業として活動。2019年マーケティング部へ異動し、『小岩井 純良バター』の担当に。

荒地を手作業で切り拓いてきた、小岩井農場の歩み

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ー小岩井乳業のものづくりの原点である小岩井農場は、1891年に開設したところからはじまったそうですね。

松瀬:はい。創業者のひとりである井上勝が盛岡を訪れた際に、岩手山の麓にある荒地を見て、「この土地に農場を開きたい」と思ったのが、そもそものスタートでした。

井上は鉄道庁の長官として、東海道線や東北本線の整備をしてきましたが、そのなかで美田良圃を潰してきたという悔恨の念があったそうです。そうした気持ちから、放置されている荒地を農場にして 食糧の増産に寄与できれば、美しい田園風景を潰してきたことの埋め合わせになるのではないかと考えるようになりました。

ーなるほど。農場開設の背景には、鉄道開発で食糧の源である田畑を破壊してきたことに対する負い目があったんですね。

4407牛放牧

開設当初の小岩井農場の様子

松瀬:そうですね。しかし、実際に荒地を農場にするためには、たくさんの資金と労力が必要になります。そのために井上は、日本鉄道会社・副社長で、三菱社と親交の深かった実業家の小野義眞に相談を持ちかけました。農場開設の構想を聞いた小野は、三菱社の第2代社長である岩崎彌之助と井上を引き合わせます。生産事業を行うことで美田良圃を潰してきたことへの埋め合わせをしたいという井上の想いを聞いた岩崎は、その場で出資を決めたそうです。

ーそれが小岩井農場のスタートになったと。

松瀬:はい。小岩井という名称は地名だと思われることが多いんですが、実は、「小野」「岩崎」「井上」という 3人の創業者の苗字から1字ずつ取ってつけられた名前なんです。

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ー岩崎さんから出資が決まった後、農場をつくるためにどんな取り組みが行われたのでしょうか?

松瀬:井上が場主となり、当時の主たる輸出産業に少しでも貢献したいという思いから桑や漆の生産事業を始めました。
まずは環境を整備し農場の形態を整えるために、荒地を耕すことからはじまったそうです。防風林によって環境を整備しながら、効率化をはかるためにヨーロッパの機械を導入したのですが、起伏が激しく、川が流れている地形だったため思うように作業が進まず、結局は馬や人手を使って開墾を進めていったと記録されています。ですから、しばらくはまったく採算がとれない状態が続きました。

ー広大な荒地を手作業で開墾するというのは、途方もない時間を要する作業ですもんね。

松瀬:そうですね。井上は鉄道事業を続けながらも農場経営に邁進していたのですが、経営改善の見通しが立たなかったため、創業から8年後の1899年に小岩井の事業を手放すことになりました。そして、農場の経営は、当時三菱社の社長をしていた岩崎久彌に引き継がれたんです。

岩崎は外国から輸入した牛の品種改良を行い、全国の種畜場や牧場に牛を供給するという畜産事業をはじめました。それは、国内に優秀な種牛を広める事で日本酪農の発展に貢献したいという思いからでした。この畜産事業をはじめたことがきっかけとなり、ようやく農場の経営が安定化してきたそうです。

西洋の食文化と共に家庭に広まったバター

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ー小岩井乳業を代表する商品である「純良バター」は、どのように開発されたのでしょうか ?

松瀬:当時、小岩井農場のメイン事業は牛の繁殖と育成でしたが、牛乳やバターをつくりたいという考えもあったようです。

牛乳に関しては殺菌をすれば販売できるのですが、バターは発酵させる技術が必要だったので、1899年頃から開発研究をはじめて、実際に売り出すまでに3年かかりました。そうして1902年に発売されたのが、小岩井乳業製品の中で最も歴史が古い商品である『小岩井 純良バター』なんです。今も当時と同じ製法でつくられています。

ー120年近くも同じ製法で !

松瀬:そうなんです。『小岩井 純良バター』の特長は、発酵させる製法にあります。これは、当時ヨーロッパで行われていた伝統的なバターのつくり方で、まず生乳をクリームと脱脂乳に分離させ、クリームに乳酸菌を入れてゆっくりと発酵させていきます。その後、チャーニングという工程でクリームを攪拌することでバターをつくっていくんですけど、とにかく時間と手間がかかる製法なんです。

ー発酵させたバターと、そうではないバターには、どのような違いがあるのでしょうか?

松瀬:今、日本で主流なのは、非発酵の『甘性バター』と呼ばれるタイプのものです。これは生乳(せいにゅう)からそのままつくられているクセの少ない甘みが特長のバターになります。
一方の発酵バターは、乳酸菌の働きによる爽やかな酸味と、豊かな香りが特長のバターです。ふわっと口の中に広がる芳醇な香りが、一番の特長ですね。

松瀬:昔は今みたいに冷蔵庫が無い時代ですので、木の箱におがくずを詰めて、その中で缶入りのバターを冷やしながら各地へ運んでいたそうです。

ーつくるにも運ぶにも手間がかかっていたということは、かなり高級な食材だったんですか?

松瀬:そうですね。当時は京浜や阪神エリアの在留外国人の方や、上流家庭の方を中心に食べられていたようです。

ーそれが一般的に食されるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

松瀬:明治時代に、西洋の食文化が入ってきたことが大きなきっかけになりました。一般家庭でも洋食が食べられるようになったのに伴い、バターも使われるようになっていったとされています。

ーそういう時代性にも、『小岩井 純良バター』はうまくマッチしていたんですね。

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松瀬:当時のプロモーションで面白かったのが、歌舞伎座で『小岩井 純良バター』を使用した洋菓子を配るという試みです。

ーなぜ、歌舞伎座でバターを使用した洋菓子を配っていたのですか?

松瀬:明治時代にベストセラーになった『食道楽』という本があって、そのなかにバターを使って、洋菓子をつくる場面があるんです。それを演劇にして上演したらしいんですよね。そのときにお土産として、お客様に『小岩井 純良バター』を使用した洋菓子を配ったという記録が残っています。

ーなるほど。今でいう企業コラボみたいなことをされていたんですね。

松瀬:そうなんですよ。ベストセラーの本を題材にしていたので上演も人気で、バターの反応もよかったようです。そういうところで認知が広まったという面もありました。

「豊かな自然を育みたい」という創業者の想い

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ー製法が変わってないということは、味も同じということですよね。120年前の人たちがおいしいと食べていたものが、今も変わらずおいしいと言われ続けているのって、すごいことですよね。

松瀬:そうですね。素材は昔から生乳と塩だけですし、製法も変わっていないので、味もほとんど当時のままです。『小岩井 純良バター』というネーミングも、「混じり気がなく、良いバター」という意味を込めて、発売当時につけられたものなんです。

香りに対するこだわりが強いので、品質を維持するために容器は瓶に変わりました。最初はブリキの缶で売られていたんですけど、それだと錆びてしまうんです。今は蓋の裏に脱酸素剤が付けられていて、開封前のバターが酸化するのを防ぐ仕組みになっています。 空気に触れてしまうと風味が落ちてしまうので。

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ー瓶にそんな工夫がなされていたとは。味は変わらなくても、品質保持の技術は着実に進歩しているわけですね。おがくずで品質を維持していた頃と比べると、だいぶ進化しましたね。

松瀬:ただ、おがくずを使っていたことにも実は意味はあるんですよ。今農場がある場所は、もともと木がほとんど生えていなくて、水はけの悪い湿地帯でした。夏には冷たい風が吹き、冬は吹雪になって、作物の生育を妨げるような土地だったんです。

だから、開墾のときに防風林をつくるための植林も行われていたんですよね。それが後に、農場を支える林業へと発展していきました。ここで育てたスギやアカマツを木材として売っていたんです。そうした事業のなかで出てきたのが、おがくずだったんですよね。

ーなるほど。つまり、木を切るときに出たおがくずが、バターの品質管理に使えそうだったから活用していたんですね。

松瀬:
そうなんです。今も林業は続いていて、木を切るごとに一定数の木を植えています。そうやって、100年後にも残る森をつくろうとしているんです。

4441岩手山(初夏)

現在の小岩井農場の様子

ー100年後にも残る森ですか。それは防風林としての意味合いではなく?

松瀬:森をつくっているのは、創業者である井上の意思を受け継いだ取り組みだと考えています。彼が抱いていた美田良圃を潰したことへの悔恨の念と、その埋め合わせとしてつくってきた畑や森が、結果的に現在の美しい風景に繋がっているんです。

ーそこに繋がってくるんですね。農場ができてから130年経っても、創業者の想いは変わらずに受け継がれていると。

松瀬:はい。井上がはじめてこの土地を見たときは、荒れ果てた黒い土地という印象だったのではと推察されます。しかし、今は豊かな木々が生えている緑の土地という印象へと変わっています。

どんな食材も引き立ててくれる名脇役

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ーSDGsをはじめ、最近は世の中の環境意識が高まっていますが、今のお話を聞いていると、小岩井農場は130年近く前から持続可能な事業を目指していたんですね。

松瀬:やはり根幹には、長年、鉄道敷設事業に携わる中で潰してきた美田良圃に対する井上の悔恨の念がありますから。それが結果的に、時代の先駆けになっていたというのはあるのかもしれません。サスティナビリティという視点で言えば、牛の餌も農場でつくっていますし、排泄物を利用したバイオマス発電にも取り組んでいます。目指しているのは、循環型の酪農なんです。

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松瀬:農場の仕組みだけでなく、製品をつくる上でも循環というのは私たちが大切にしている考えです。例えば、『小岩井 純良バター』をつくる際にできる副原料は、チーズやマーガリンをつくるために使われています。

ーバターづくりで余った素材も、他の商品に活用しているということなんですね。捨てるところがないという。

松瀬:以前、先輩から、乳製品の原料となる生乳を大切にしなければいけない理由を聞かせてもらったことがあって。そもそも牛の乳って、母牛が子牛に与えるものじゃないですか。それを私たちがいただいているわけなので、すべてを使い切らなきゃいけないという話が、すごく胸に響いた んですよね。

最初に生乳があって、それを殺菌すると牛乳という製品になる。そこからどんどんと枝分かれしていって、バターやチーズ、脱脂粉乳などがつくられていくんです。そうやって、すべてを使い切るというのも循環だし、私たちの大事な役割だと思っています。

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小岩井乳業の定番商品。(左上から時計周りに)『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』・『小岩井 農場3.7牛乳』・『小岩井 純良バター』・『小岩井 純良バター 復刻版』『小岩井 クリーミーチーズ6P』

松瀬:小岩井乳業の商品を担当していて思うのは、私を含めた従業員の、商品やブランドへの愛が強いことです。それは商品にこだわってきた小岩井ならではの魅力だと思いますね。また、関連農場を持っている乳業メーカーは他になくて、壮大な土地や自然の恩恵を受けて、真摯にものづくりと向き合うというブランドの姿勢も感じます。

ーそんな松瀬さんがおすすめする『小岩井 純良バター』の使い方ってありますか?

松瀬:バターは主役にはなれませんが、どんな食材でも引き立ててくれる「名脇役」だと思います。『小岩井 純良バター』は、パンはもちろん、ご飯とも合うし、野菜やキノコ、肉、魚との相性も抜群なんです。何と合わせてもおいしくしてくれるんですよ。素材本来の味を邪魔せず、『小岩井 純良バター』の上品な香りが素材の良さを引き立ててくれます。個人的には「ソテー」にするのがおすすめです。旬の食材と一緒に味わってほしいですね。

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松瀬さんおすすめ「マッシュルームのソテー」

―『小岩井 純良バター』は、来年で誕生から120年を迎えますが、これからどんな商品になっていってほしいと思われていますか?

松瀬:今まではギフトとして買っていただくことが多かったのですが、もっと日常的に愛される商品になってほしいので、しっかりと価値を伝えて、新しいお客様にも届けていきたいです。

入社当初、店頭販売をしていたときに、お客様が「やっぱり、小岩井さんの瓶のバターは間違いないよね」と言ってくださったのは嬉しくて 。価値をわかっていただければ一度限りではなくきっと次も手にとってくださると思うので、純良バターの魅力を丁寧に伝えていきたいと思っています。

「お客様の期待に応え続ける」という経営理念を大事にし、品質へのこだわりは120年経った今も守っていきたいですね 。中身は変えず、今の時代に合った伝え方で、「純良バター」の魅力を発信していきたいと思っています 。

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広大な荒地を手作業で開墾してつくられた「小岩井農場」。緑豊かな土地で生まれる『小岩井 純良バター』は、誕生から120年経った今も品質へのこだわりを守り続けています。特集「#小岩井とはなやぐ暮らし〜純良バター編〜」では、長い歴史の中で小岩井乳業が大事にしてきた想いや、さらに『小岩井 純良バター』を楽しんでもらうための情報を発信していきます。

次回は、『小岩井 純良バター』の楽しみ方。純良バターの香りを生かしたおいしい食べ方を料理家の真藤舞衣子さんに教えていただきます。どうぞお楽しみに。

文:阿部光平
写真:土田凌
表示文字デザイン:しばやまあやの




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