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消費者庁長官・伊藤明子さんと、自炊料理家・山口祐加さんが考える。身近なことから見直す、食品ロス問題

まだ食べられるにも関わらず、捨てている「食品ロス」問題。日本の食品ロス量は、最新の推計値で年間約522万トンあります。食品ロスには、飲食店や食品製造企業などから出る「事業系」、各家庭から出る「家庭系」があり、意外にもその配分は約半分ずつといいます。この数字を見てわかるように、食品ロス削減のためには、企業だけでなく、消費者の私たちも意識を高めていく必要があります。

日々の暮らしに欠かせない「食」のことだからこそ、もっと身近なところに見直すヒントがあるのでは?

今回は、食品ロス削減のためにさまざまな取り組みを行っている消費者庁長官の伊藤明子さんと、自炊料理家の山口祐加さんが、食品ロスの現状や、いますぐできる身近な食品ロスの対策、これからの食の未来についてお話をしました。

※2022年6月13日取材。本文中の肩書は取材時のもの。

消費者庁長官の伊藤明子

【プロフィール】伊藤 明子さん
島根県出身。京都大学工学部卒業後、建設省(現国土交通省)に入省。2017年国土交通省住宅局長に就任。国土交通省初の女性の局長を務めた。2018年内閣官房地方創生総括官補。2019年7月消費者庁長官。2022年7月消費者庁顧問。

料理家の山口祐加

【プロフィール】山口 祐加さん
自炊料理家®、食のライター。1992年生まれ、東京都出身。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた「自炊レッスン」やセミナー、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活動中。著書に『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)がある。自炊レッスンの開催情報などはtwitterやnoteで配信中。
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Twitter:https://twitter.com/yucca88


食品ロス削減への第一歩。冷蔵庫の見直しをルーティン化に

消費者庁長官の伊藤明子

伊藤明子長官(以下、伊藤長官):今日はよろしくお願いします。私たち消費者庁もご家庭でできる食品ロス対策をいろいろと発信していますが、まだまだできることもたくさんあると感じています。
今日は、山口さんが日頃どんな取り組みをされているかお聞きできること、とても楽しみです。

山口 祐加(以下、山口):どうぞよろしくお願いいたします。

伊藤長官:まずはじめに、政府の取り組みの1つをご紹介します。昨年「『めざせ!食品ロス・ゼロ』川柳コンテスト」を実施しました。今年1月に表彰式を行ったのですが、受賞したのは50代の方の作品「冷蔵庫 開けて地球を のぞき込む」と、小学3年生9歳の作品「あまりもの まほうをかけて 新レシピ」です。作品を拝見して、みなさん日常生活をよく観察しているんだなと感心しました。我々が思った以上におもしろい取り組みだったと思います。

大臣表彰の他にも、冷蔵庫がテーマの作品が多かった印象です。あまりものに魔法をかけてという表現は、とてもいいですよね。山口さんもまさに冷蔵庫にあるものに魔法をかけて、おいしく変身させているのでしょうね。

「食品ロス・ゼロ』川柳コンテストのポスター

山口:料理って本当に魔法だと思うんです。工夫1つで、食べられなかったものが、おいしく食べられるようになる。料理の魅力の1つだと思います。

伊藤長官:冷蔵庫にあるものを見て、新しいレシピにチャレンジすることもありますか?

山口:はい。そういうこともありますし、作り置きした常備菜に手を加えてアレンジすることも多いです。例えば、きんぴらごぼうを作ったのに家族があまり食べてくれず、気づいたら3〜4日経ってしまったとします。そのきんぴらを卵焼きで巻くだけで、家族が喜んで食べてくれたとか。あるものをどう調理すればもっとおいしく食べられるかを考えることで、無駄をなくすことができるってすごく素敵ですよね。

伊藤長官:まさに、魔法使いですね。ご自身でこれまでに、余った食材や常備菜などをアレンジしてこれは成功した!というメニューはありますか?

山口:私は困ったときは、カレーか豚汁にしています。豚汁は、和の食材で作るイメージだと思うんですが、ピーマンとかトマトなどの夏野菜で作る豚汁もすごくおいしくなるんです。きのこでもしめじなど和のきのこじゃなくて、マッシュルームで作ってもいい。実は豚汁ってどんな具材も受け入れてくれる料理なんですよね。夏も体は冷えやすいので味噌汁で体を温めたり、煮込むと野菜のかさも減ってたくさん食べられたりするので、健康にもいいですよね。まさに、いい食品ロス対策料理だと思います。

伊藤長官:いいですね。味噌汁は万能だという話をよくうかがいます。ただ、買った食品の管理をするってとても大変。冷蔵庫や冷凍庫に入れてしまえば、ずっと大丈夫のような気がしてしまいますよね。

山口:私はよく「連休の前に見直すといいのでは」という提案をしています。3連休や大型連休は2~3ヶ月に1回あります。そういうときに冷蔵庫の中を見直すことをルーティンにする。あとは年末、お盆休み。そうすればロスも減ると思って。
私は、GW前に災害用に取っておいたものの見直しをしたのですが、賞味期限が結構ギリギリなものもありました。まだ期限手前だったので、ちゃんとおいしくいただくことができましたね。

消費者庁長官の伊藤明子

伊藤長官:梅雨から夏至に移る時期に冷蔵庫の整理するのもおすすめ。消費者庁では6月21日は冷蔵庫の日だから、冷蔵庫を整理してみましょうと呼びかけをしていますが、定期的に整理する日を決めてやるのもいいですね。

常備ストックしている食品といえば、災害用備蓄食品がありますが、私たちはその保存方法についても情報発信しています。ローリングストック法といって、特別なものを揃えておくのではなく、日常のものをちょっとだけ多めに用意しておいて、食べたらまた買い足すという方法です。災害用で備蓄保存しているものは、日常の延長で使っていくというのもいいと思います。

ちなみに、冷蔵庫は、隙間を空けておいた方が、庫内が均一に冷えるので、食品ロス対策だけでなく節電にも繋がります。冷凍庫は逆に詰まっている方がいいのですよね?

山口:そうですね。全てが保冷剤の代わりになってくれるので。なるべく冷たいもの同士がくっついている方がいいと思います。

食品ロス削減は、地球にもお財布にも優しい

料理家の山口祐加

伊藤長官:次に、日本の食品ロスの現状についてお話ししたいのですが、食品ロス量は、事業系と家庭系は約半々の割合となっています。家庭系の食品ロス量が多い原因はどこにあると思いますか?

山口:食品ロスに関する資料を見ていたら、買いすぎが要因で食材を無駄にしてしまうようですね。例えば、使うかわからないけど、大根1本100円で、半分で80円で売られていたら、1本100円の方買うんだけど、結局使いきれなくて廃棄するということもあるみたいです。

伊藤長官:そうなんです。家庭系食品ロスの内訳をみてみると、家庭での食品ロスは、「直接廃棄」が44.1%、「食べ残し」が42.5%、残りが「過剰除去」となっています。

直近の家庭系食品ロス量は、570万トンから522万トンに減りました。コロナ禍で気軽にスーパーへ買い出しに行くこともできない状況の中で、家で過ごす時間も増え、冷蔵庫の中の食材を工夫して使い切るということをする家庭が増えたのかもしれません。

山口:それはいいことですね。買ったものを捨てるということは、お金を捨てるようなもの。買ったものを工夫して使い切ることは、地球にもお財布にも優しいし、いい影響があると思います。

伊藤長官:自分自身が買ったものを捨てるのは、それだけで損ですよね。事業者も同じで、捨ててしまうと、結局は誰かがそれを負担しないといけなくなる。どこかでその費用をオンしなくてはいけなくなるから、捨てている分、コストを乗せて販売することになると思います。家庭も事業者もそれぞれで工夫して食品ロスを減らせば、巡り巡って自分に返ってくる。循環しているんです。

ちなみに山口さんは買い物する際、どんなことを意識していますか?

山口:私はよく生徒さんたちに、「スーパーを冷蔵庫だと思ってください」とお伝えしています。お金を払わないといけない冷蔵庫。なので、できたら週1より、3日に1回の買い出しにして、使う分だけ買って、なくなったらまた買い出しに行くようにしましょうと。週1回の買い出しで、安くなっているものをばばばっと買ってしまうと、結局使わないことが多い。それで捨ててしまうと、物もお金ももったいないですよね。

最近はスーパーも深夜まで開いているので、私は食事を食べ終わってからお腹が満たされた状態で買い出しに行きます。空腹だと、私は無駄に買ってしまうんです。自分の習性をしっかり理解することも大切です。スーパーという名の巨大な冷蔵庫があって、お金は払うけど、新鮮な状態をキープしてくれている。食材をスーパーに取りに行って、料理するという気持ちです。そんなふうに考えると、家の冷蔵庫がぱんぱんにならずに済みます。

伊藤長官:それはおもしろい発想ですね。そうやって短期間で食べ切るのであれば、「てまえどり」で期限が近いものを買っても大丈夫ですよね。しばらく置いておくかもと思うと、ちょっとでも期限が長いものを買いたくなります。それに、あまりたくさんまとめ買いすると把握できずに余らせてしまいます。

山口:そうなんです。仕事があるなかで、今日のご飯どうしようとか、冷蔵庫に何があったかなとか考えるのは大変なんです。だから私は「お世話をする野菜」をなるべく減らそうと思っています。

賢い買い物と上手な保存方法で食材をきちんと使い切る

伊藤明子

伊藤長官:食材のお世話をするっておもしろいですね。食品の上手な保存方法などはありますか?

山口: 冷蔵庫内は、思ったより乾燥しているので、野菜もそのままだとすぐに萎びてしまいます。濡らしたキッチンペーパーを巻いてから、ビニールに入れておくだけでも持ちがアップ。そういう知識があるかどうか、そしてその少しの手間をやるかやらないかで、捨てなくて済むものが増えます。余裕がある方は、やってみてもいいのではないかと思います。

伊藤長官:そうなのですね。我々も「食品ロス削減ガイドブック」を作成したり、レシピサイト・クックパッドの「消費者庁のキッチン」で食品を無駄にしないレシピを掲載したり、ローリングストック法や消費期限と賞味期限との違い、てまえどりなどについて情報発信したりしています。保存方法や使い切ることも大事ですが、やはりまずは買いすぎないことですね。それを前提にしないとできないことだから、消費行動を変えることも必要だと感じています。

もともと食品は、命をいただいているもの。今はそこから切り離されているような感じがするので、もう一度原点に立ち返るタイミングなのだと思います。SDGsの意識調査をすると、10代・20代の若い世代の人たちの意識が高まっていて驚きました。「自分ごと」と捉えて、“みんなの中に自分がいる”ということをもっと意識することで、巡り巡って地球に優しく、節約にもつながっていくはずです。

次世代を担う子どもたちと食べ物の物語を考える

料理家の山口祐加

山口:私は、子どもたちに向けたお料理教室もしているのですが、そこでも若い世代の関心の高さを感じることはあります。先日もオンラインで全国の子どもたちを集めて、ゆで卵を作るワークショップを行いました。卵に、7・8・9・10…とゆで時間を書いてから茹でて、時間になったら順にすくい上げ、茹で加減の違いを知るという実験。同時に、「卵には高いものと安いものがあるのはなぜ?」ということを考えてみて欲しくて、両方の卵を用意していただき、それについて話す時間も設けました。

味はどちらも変わらないけど、殻が硬い卵の方が高いとか、子どもなりに考えていて。「値段の差があるのはなぜ?」と問うと、「食べている餌がいいからだと思う」とか「気持ちいいところで育っているんだと思う」という答えが。「安い卵はどうして安くできるんだろう」という疑問も出てきました。こちらが言わなくても、値段や触った感じからも学べるんだなと感動しました。

伊藤長官:とてもいいワークショップですね。最近ではSDGsについて授業を行う学校も増えています。都市部で生まれて田舎を知らない子どもたちだと、「卵はどうやってくるの?」「植物はどうやって育つの?」といったことも、学ばないとわからない。

だから、山口さんがされているような学びはいいですね。食べ物が、どうやって自分の口に入っているか、いま一度考える必要があると思います。エシカル消費を語るときに、「物語を買う、食べる」といった言い方をしますが、そういう感覚が大事だと思います。

山口:物語があると、食卓で会話が生まれますよね。それが一番豊かなことだと思うんです。毎日一緒に家族でご飯を食べていると、そんなに出来事もなくて、話すトピックもないけど、「これはスーパーで安かった野菜だけど、こんな風に料理したんだけどどう?」というふうに会話のきっかけになったり、食べ物から通じる未来があるのではと思います

「つくる責任・つかう責任」お互いの経験値を上げて、WinWinの関係に

料理家の山口祐加

山口:消費期限と賞味期限のお話もそうですが、SDGsにもある「つくる責任・つかう責任」について考えていくべきだと思っています。レシピ本でも、「保存は目安で◯日間」などと記載するのですが、冷蔵庫にどれくらいものが入っているか、どのくらい衛生的なタッパーに入れるか、作り終わってどのくらい常温で置いておくかでも違うと思うんです。だから、本当にあくまで「目安」だなと。衛生管理について、過敏になっている人も多いように感じます。常備菜も「水分が出たから腐っている」と言う方もいますが、食べ物に塩をすると水分が出るものなので、腐っているわけではなく変化しているだけ。感覚的なことでもあるので、どう伝えていくべきか、これからの課題でもあります。それが「つかう責任」につながるのかなと。

伊藤長官:味噌のように発酵させて変化させて食べているものがある一方で、変化を怖がっているんですね。つかう側も経験を重ねていく必要もあると思います。

山口:そうですね。市販の味噌を変化しないように酒精(アルコール)を添加して発酵を止めているのも、まさに変色を防ぐという目的ですが、消費者側が「味噌は発酵していて、時間が経つと色が変わる」ということを知らなくて、メーカー側に「色が変わった」とクレームがくることもあるそうで。消費者はクレームを言う立場ではなく、何かが起きたときに「どういうふうに自分は買ったらよかったんだろう、どういうふうに使ったら問題が起きなかったのか」と、一旦考えてみることも必要。これからは物を買うときは、「つかう責任」についてこれまで以上に考えようと思いました。

伊藤長官:我々も、消費者ホットライン「188」でも相談を受けていますが、それをクレームと取るか、ご意見と取るかでも変わると思っています。不満というのは、期待とのギャップということなので、もっとコミュニケーションをとっていく必要があるし、期待にどう答えていくか考えていく必要もあると思っています。

消費者も企業も、「VS」ではなくて、「and」である必要がありますね。こういうときは、こういう工夫をすればいいとか、こういう保存をすればいいといったような、「おばあちゃんの知恵袋」みたいなものが大切だと思います。みんなで学んでいって、みんながWinWinの関係になれるといいですよね。消費者庁も各省庁や各方面と連携して、うまくパートナーシップを組んでいけたらと思っています。

身近なことから始める。食品ロス削減レシピ

暮らしの中での工夫で減らすことのできる食品ロス。身近なところからはじめることが、食や暮らし、そしてこれからの地球の未来を考えることにもつながります。
自炊料理家・山口祐加さんには今回の対談を終えての感想と、食品ロス削減のためのレシピをご提案いただきました。合わせてお楽しみください。

ライター:高野瞳
カメラマン:土田凌
編集:RIDE inc.