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消費者庁長官と考える、食品ロス問題の現状とこれから

近年、耳にすることが増えた「食品ロス問題」。社会全体で取り組んでいくべき課題の1つです。人と自然を見つめるものづくりの中で「食と健康」の新たな喜びを広げ、心豊かな社会の実現に貢献することをグループの経営理念とするキリングループでも、大きな課題の1つとして捉え、食品ロス削減に向けた取り組みを実施しています。

今回は、「『めざせ!食品ロス・ゼロ』川柳コンテスト」などをはじめ、食品ロスという社会課題の解決のために、さまざまな取り組みを行っている消費者庁とともに、食品ロスの現状や課題、これからの暮らし方について考えます。

消費者庁長官 伊藤明子さんに、キリンホールディングスCSV戦略部の藤川宏が企業や国⺠が今、社会の中でできることを伺いました。

※2022年6月13日取材。本文中の肩書は取材時のもの。

消費者庁長官の伊藤

【プロフィール】伊藤 明子さん
島根県出身。京都大学工学部卒業後、建設省(現国土交通省)に入省。2017年国土交通省住宅局長に就任。国土交通省初の女性の局長を務めた。2018年内閣官房地方創生総括官補。2019年7月消費者庁長官。2022年7月消費者庁顧問。

キリンCSV戦略部長の藤川

【プロフィール】藤川 宏
キリンホールディングス CSV戦略部長
1987年にキリンビール㈱に入社。営業・留学・マーケティング・秘書などを経験後、複数のM&A業務に携わり、キリングループの国際化に取り組む。豪州、シンガポール、ミャンマーなどに駐在し、各地でトップマネジメントに加わり、事業経営を経験。2017年からキリンホールディングス㈱人事総務部長、2019年からは3年間公益財団法人日本サッカー協会への出向を経て、2022年3月末から現職。
国内外のステークホルダーと信頼関係を築き、2027年にはキリングループを世界のCSV先進企業に成長させることを目指す。


日本の食品ロスの現状とは?

消費者庁長官の伊藤

藤川宏部長(以下、藤川):今日はよろしくお願いいたします。まず、食品ロスにおける日本の現状について教えてください。

伊藤明子長官(以下、伊藤長官):「食品ロス」というのは、まだ食べられるにも関わらず、捨てている食品のこと。我が国における食品ロス量は、最新の推計値で年間522万トンです。その内訳は、飲食店や食品製造企業などから出る「事業系」、各家庭から出る「家庭系」で約半分ずつになっています。

このように、本来食べられるはずの食品が廃棄されているという状況がある一方で、国連世界食糧計画による、貧しい国や紛争地域に向けた食料支援量は年間約420万トン。つまり、世界中で食べ物に困っている人へ届けられる食品の1.2倍もの量が、廃棄されているという現状があります。

また、日本でも満足に食事ができない生活困窮者の方がいらっしゃいます。子どもの貧困も、7人に1人と言われているほど。コロナ禍で、さらに厳しい状況に置かれている人たちがたくさんいるということです。

日本の食料自給率は4割未満で、私たちは多くの食品を輸入し、一方では余らせて捨てている。これが一番問題です。本来、日本人は、「もったいない」という意識を持っているはずなのに…。

事業者、消費者、政府。それぞれの取り組みが必要

消費者庁長官の伊藤

藤川:政府では、具体的にどういった取り組みをしているのでしょうか?

伊藤長官:令和元年10月1日に「食品ロス削減推進法」が施行され、各省庁が連携してさまざまな取り組みを行っています。それを取りまとめているのが、消費者庁です。事業者、消費者がともに取り組んでいくことが大切です。まずは問題に気づいて、直していくことが大切だろうと考え、さまざまな情報発信をしています。

また、食品ロス削減に向けた取り組みを行っている消費者や事業者などへの表彰制度を行うなど、一生懸命取り組まれている方を応援することも行っています。

現在、事業者側でもさまざまな取り組みが進められています。まず、商慣習の見直し。つまり小売事業者への納品できる期限が、非常に厳しいルールで行われていたところ、それを緩和する方向で動いています。

消費者が「賞味期限」を見て、できるだけ期限が先のものを選んでしまうと、それより前の物は余ってしまうという現象が起きています。厳格な期限の管理が必要でないものについては、「賞味期限」の大括り化、つまり年月日ではなく年月表示にすることで、日付の逆転を少なくすることも進められています。

また、「賞味期限」を延ばすため容器包装の工夫など、技術開発もされています。節分の日の恵方巻きは、大量生産、大量廃棄をしていましたが、最近は予約制になってきました。さらに、これまで値下げをしなかったコンビニでも消費期限が近いものを値引きにしたり、ポイントを付与することで売りきる工夫をする事業者も増えています。

食品ロス削減のポスター

一方、消費者側では、「賞味期限」と「消費期限」の違いを正しく理解することも大切です。両者は混同されやすいのですが、傷みやすいものに設定されて過ぎたら食べないほうがよい期限である「消費期限」に対し、「賞味期限」はおいしく食べられる期限、いわば「おいしいめやす」です。その時までに食べるのがおすすめですが、「賞味期限」が過ぎたらすぐに捨ててしまう必要は全くありません。

あとは、「てまえどり」を呼びかける発信もしています。スーパーやコンビニに陳列された商品を、つい期限が長い奥の方から取りたくなりますが、すぐに使うなら手前から取ってもいい。事業者と消費者が協力し合いながら、双方で意識しながら取り組んでいくことが大切です。

また、家庭では、冷蔵庫を整理整頓するということも大切です。こうすることで、食品ロス削減につながるばかりでなく、衛生面、節電につながるというメリットもあります。

政府としても、それぞれの省庁で協力してできることをやっていこうという方針です。消費者及び食品安全担当である若宮大臣を中心に、それぞれの取り組みをお互いにエンカレッジして前に進もうとしています。

藤川:「てまえどり」の呼びかけをはじめて、手応えを感じることはありますか?

伊藤長官:「てまえどり」については、意識してくださる人が増えたように思います。若い世代の方ですと、数年前に比べて学校の授業などでSGDsについて学んだり耳にしたりする機会が多くなったこともあり、食品ロスの意識も高まっています。

また、食品のことは身近なことでもあるので、話題にも挙がりやすいようです。

キリンホールディングスが取り組む、社会的価値と経済的価値の両者を考えたCSV戦略

キリンCSV戦略部長の藤川

藤川:キリンホールディングスでの取り組みについて、少しお話させていただきます。食品ロスは、酒類・飲料メーカーとして取り組まねばならない問題の1つであると捉えています。その上でCSV(※)戦略として、社会的価値と経済的価値の両方を上げていくことを目指しています。事業を通じて社会課題を解決しながら、持続的に利益も出していこうというものです。

(※)Creating Shared Value(=共通価値の創造)の略。社会的価値と経済的価値の両立を目指す、経営の指針・スタイルのこと。

具体的には、「キリングループ環境ビジョン2050」に基づき、「気候変動」「容器包装」「水資源」「生物資源」という4つの領域で、実効性のある取り組みを包括的に進めていこうという考えです。この領域のうち、食品ロスは「生物資源」に位置付けており、大切なテーマの1つになっています。

ビールの原料である水や麦、ホップ、発酵工程で使う酵母なども生物資源です。キリングループとしては、2050年までに持続可能な生物資源を利用している社会の構築を目指しており、製品廃棄の削減や再資源化を推進し、生産活動によって発生する食品ロスをゼロにすることを目標に掲げています。

製造計画時には、小売りなどの需要側の変動要因を、工場や物流センターと緊密に情報共有し、需要予測を向上させることで、まずは必要以上の生産をしないように計画を立てています。

また、工場では製造時に発生する「残渣 ざんさ(※)」の再利用にも取り組んでいます。

キリンビールでは、ビール製造時に発生する仕込粕を飼料として再利用しています。メルシャンでは、ワイン製造時に発生するブドウの搾り粕を堆肥へ再利用、焼酎粕は飼料として再利用するなど、新しい資源として利用する取り組みを行なっています。これらは、製品製造時に発生する食品ロスの削減にも繋がります。

(※)濾過をした後に残ったかすのこと

キリンCSV戦略部長の藤川

そして、製品の流通では、賞味期限や製造時期表示の大括り化を採用しています。キリンビバレッジでは2013年から、キリンビールでは2020年から賞味期限や製造時期表示を従来の「年月旬表示」から「年月表示」への移行に取り組んできました。賞味期限や製造時期表示の緩和は、サプライチェーン上での物流拠点間の転送によるCO2排出などの環境負荷軽減に繋がります。

また、物流倉庫の保管スペース、店頭の先入先出作業等の効率化に繋がるとともに、製品の食品ロス削減にも大きく寄与しています。小売り段階では、「てまえどり」を呼びかけている小売店様のスタッフの方々からも「『年月表示』にすることで、作業の効率化に繋がった」という声もいただきました。

さらに、飲食店様でも食品ロス削減にお取り組み頂けるよう、キリンビールでは『TAPPY』というビールサーバーを開発しました。従来のビール樽は一番小さい樽でも7L入っており、開栓後3日で飲みきらなければならなかったのですが、コロナ禍の影響で、お客様の飲食店訪問頻度や滞在時間減少により、消費できず、食品ロスが増量してしまったんです。『TAPPY』は3L入りなので、開封後に短期間で飲み切れるというメリットがあります。

また、重量がある金属製の大樽の輸送等での作業負荷も課題になっていました。『TAPPY』は、3Lかつペットボトル製なので、格段に軽量化されます。食品ロスの削減だけでなく、輸送に係る作業負荷の軽減にも繋がっています。

また、ビール樽を繋ぐホースの中にビールが溜まり、翌日おいしいビールを入れるためには、お店の閉店時にホースを洗浄し、溜まったビールを排出しないといけません。『TAPPY』になると、それもごく少量に抑えられました。

対談している様子

藤川:弊社で運営する飲食店「キリンシティ」では、地域の食材を使った季節限定のメニューを提供しているのですが、これまでは限定期間を超過した際、お客様に提供できなくなった食材を廃棄せざるを得ませんでした。この限定期間を食材の在庫状況をふまえ、お客様のご理解を頂きながら期間延長することで、食材を使い切るよう努めています。

また、飲み放題メニューを廃止しました。飲み放題の仕組みは、消費者側にはメリットがあるけれど、どうしても飲み残しが出てしまうケースがあります。もともと我々は、「アルコールは過剰に摂取しないように」という考えから廃止を決めたのですが、結果的に飲み残しをなくすことができました。

そのほか、例えばキリンビバレッジでは、食品ロス削減の為、需給予測の精緻化等をしていますが、商品の販売動向などからやむを得ず余剰在庫品が発生する場合があります。この発生した余剰在庫品については、自治体やNGOと連携して、フードバンクへ寄贈しています。

長官のお話にもありましたが、日本では子どもの7人に1人が貧困状態にある中で、さらにコロナ禍での失職や収入減は、大きな社会課題となっています。製造して終わりということではなく、製造後の残りも含めて、川上から川下まで、できるかぎり無駄を出さないようにという包括的な取り組みを進めているところです。

伊藤長官:排出されるものを、資源と考えるのか、ゴミ(廃棄物)と考えるのか、というところがあると思います。キリングループで取り組んでいることは、結果的にゴミになるようなものを最小限にするということですね。一つひとつ、とても細かいことの積み重ねが重要だなと感じました。

フードバンクのお話が出ましたが、政府でも国の災害用備蓄食品の入れ替えにあたり、フードバンク団体等へ提供するという申し合わせを昨年度行いました。食料問題は今まではどちらかというと環境に優しくといった気持ちが大きかったのに対して、このコロナ禍において、そして今の世界情勢も含めて、食料問題がより切実な問題として考えられるようになったと感じています。
消費者は、このような社会的な課題を “我が事”として考えていく、そして取り組んでいる企業の商品を応援する、ということが大切です。

どういう“消費”をしていくかがカギ。今後の経済を考えた消費活動とは

消費者庁長官の伊藤

藤川:企業の食品ロス削減に向けた取り組みに対して、期待していることがあれば教えてください。

伊藤長官: GDPの約52%は家計消費です。つまり、消費者がどういう消費をしていくかということが、これからの社会や経済を決めるということになります。SDGsやESG(※)といった発想を持ち、努力している企業へ消費を通じて応援していく社会になることを期待します。

キリングループのように食品ロスを削減するための取り組みを実施する企業が増えて、かつ、その活動内容を発信することで、消費者側も応援消費したくなります。お互いによい循環が生まれるように、消費者庁としても積極的な情報発信をしていきたいと思っています。そして、フードバングのように、厳しい状況の人たちをお互いにどう支えていくかということも併せて考えていきたい。各方面で盛り立てていくことが大事かなと思っています。

※Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)のこと

藤川:食品ロス削減には、事業者はもちろん、消費者への普及啓発も大切なことだと思います。消費者が参加できるイベントとして、昨年度、川柳コンテストを行われていますね。

伊藤長官:食品ロス削減の国民運動の一環として「『めざせ!食品ロス・ゼロ』川柳コンテスト」を昨年10月の食品ロス削減月間に実施しました。川柳を自分で考えると、一生懸命に観察して言葉に乗せますよね。“我が事”にするためにもいいきっかけになりますし、川柳は小さいお子さまからお年寄りまで、誰でもできるもの。実際、大臣賞は50歳代の方、長官賞は小学生の作品が選ばれました。私たちが情報を発信することも大事ですが、自分たちで考えて気づくきっかけ作りをすることも必要だと思っています。

『めざせ!食品ロス・ゼロ』川柳コンテスト

「つくる責任、つかう責任」“我が事”として考え、循環する社会に

キリンCSV戦略部長の藤川

藤川:会社も、持続的に成長することが必要です。そう考えたとき、CSVの考え方は決して難しいものではないと思っています。食から医にまたがるメーカーの責任というところで、一つひとつの活動ができてきているので、あとはどうすればもっと貢献できるかというところと、それを商品やサービスに落とし込んで何ができるかということを、自分事で考えていきたいですね。

消費者の方々には、「こんなことができないの?」ということがあれば、ぜひお声をいただければと思います。長官がおっしゃられたように、食に関してはいち消費者としても一人ひとりでできることもあるので、一緒に盛り上げていきたいと思っています。

消費者庁長官の伊藤

伊藤長官:SDGsの12番目のゴールに「つくる責任、つかう責任」というのがあります。消費者の権利として、情報を開示されて、安心安全で守られなくてはいけないという権利がある一方で、つかう側の責務もあると思っています。つくる側もつかう側もそれぞれ責任があって、いい影響を与えあうことが大事ですね。双方が考えて行動して、循環する社会を作っていくことが、これからの未来には必要。食品ロスは、それをみなさんが身近なこととして考えられる事柄だと思います。

食料は無限にあるように思ってしまうけれど、「本当にそうなの?」と疑ってみて欲しい。世界的に食料問題が厳しい状況にある中で、自分1人だけで立っているわけではない。あなたも私も、みんな生活者、消費者で、世界中がつながって社会をつくるのに関与している。食品ロス削減は、それぞれの人が考えて行動しないといけない問題です。今回の企画が、自分のこととしてもう一度“もったいない”を考える、いいきっかけになることを期待しています。

文:高野瞳
写真:土田凌
編集:RIDE inc.

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