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歴史から紐解く、紹興酒の町・紹興と日本の食文化の意外なつながり
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歴史から紐解く、紹興酒の町・紹興と日本の食文化の意外なつながり

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中国を代表する黄酒ホアンチュウ(※)のひとつである紹興酒。
紹興酒の歴史を紐解いていくと、約2500年前の越王勾践えつおうこうせんの時代まで遡ります。いにしえから、皇帝をはじめとする上流階級から庶民まで広く愛され、歴史的な書物には逸話も数多く残っているお酒です。

※中国の米などの穀物を原料とする醸造酒。紹興酒は代表的な黄酒。 

今回お話を伺うのは、そんな紹興酒が生まれた町、中国・紹興市出身で、紹興酒ブランド「古越龍山」の東京事務所所長を務める、夏 良根なつ りょうこんさん。上海の大学を卒業後、留学を機に訪日したのが約20年前のこと。2018年から、日本の有機農業を中国に広めようと、日中を行き来しながら米づくりや酒づくりに携わるなかで、紹興酒と「古越龍山」に出合ったのだそう。

紹興酒の歴史や魅力をもっと世界に広めたい、紹興の町の魅力を発信したい
互いの思いが合致し、2020年12月、「古越龍山」東京事務所を創設。所長を、夏さんが務めることに。
聞けば、日本は世界の中でも紹興酒を一番多く輸入している国なのだとか。
そしてそこには、紹興酒と日本酒の歴史、中国・紹興市と日本の食文化の意外な共通点がありました。 

まだまだ知られていない「紹興酒」の魅力をお届けする特集「紹興酒のすゝめ ~知れば中華がもっと楽しくなる~」第3弾。紹興酒の歴史や中国の紹興酒文化、日本の食文化との関係性について探るべく、夏さんのもとを訪ねました。

【プロフィール】夏 良根
「古越龍山」東京事務所所長。中国・紹興市出身。高校時代まで紹興市で過ごし、上海の復旦大学で日本語と日本文化を学んだ後、留学生として大阪外語大学で修士課程、京都大学で博士課程を修了。後に、共同通信社に就職し、約13年間、等身大の日本を中国に向けて配信してきた。退職後に「古越龍山」と出会い、東京事務所の開設とともに所長に就任。「紹興酒ソムリエ」の資格制度を創設するため、テキスト作成に力を注いでいる。

知られざる、紹興酒と「古越龍山」の歴史

―「古越龍山」は、どんな会社ですか?

 夏:中国最大手の黄酒製造会社です。国賓接待酒としても使われ、紹興酒を代表するナショナルブランドと言えます。傘下には1664年創業の沈永和などの有名ブランドを多数有しております。

古越龍山という名前は、2500年以上前の呉越春秋の物語に由来し、ロゴは越王勾践が呉に出征する時に舞台となった龍山を背景にしているんです。古越は、紹興酒の発祥地でもあります。

―歴史ある企業なのですね。中国では、紹興酒はどのような位置付けですか?

夏:紹興酒は、中国黄酒の中で最も有名なお酒と言えます。中国で、2000年に「原産地呼称保護制度(※)」が導入され、紹興酒はその第1号になりました。中国では、フランスのシャンパンと同様に、紹興市で一定の製造基準を満たした企業でないと、「紹興酒」とは名乗れないことになっています。現在それを満たしているのは、古越龍山を含む14社のみ。紹興酒は、2006年に中国の無形文化遺産にも登録されました。

※2005年地理的表示(GI)保護制度に移行

―紹興酒の歴史も長いそうですが、いつ頃から飲まれていたのでしょうか?

 夏:紹興酒が初めて歴史書に登場したのは、約2500年前の越王勾践えつおうこうせんの時代です。中国・しんの百科全書的史論書『呂氏春秋りょししゅんじゅう』によると、勾践こうせんが国力増強のため人口を増やそうと、子どもが産まれた家庭に奨励品として紹興酒と犬や豚を贈ったという話や、戦の際に酒を川の上流から流して下流にいる兵士に飲ませ、士気を高めたといったような物語も記されています。
中国清朝の皇帝の結婚式でも紹興酒がよく飲まれていたという記録もあり、上流階級の人たちが好むお酒でもあったようです。 

「紹興酒」という名前がついたのは約1000年前の南宋に「紹興」という年号があって、地名も「越州」から「紹興」に変わったためで、お酒自体は9000年前頃から造られていたのではないかと最近言われています。2000年に発見された「上山遺跡」から発掘された壺の内壁に、カビと酵母が見つかりました。稲作の起源でもあるこの場所で、当時すでに麹を使って酒を造る技術があったようです。 

―そんなに昔から飲まれていて、暮らしに馴染んでいたものなのですね。

 夏:紹興がある浙江省せっこうしょうと隣の上海などではほとんどの家に紹興酒が置いてありますが、中国全土で考えるとシェアは小さいんです。戦後の食料不足により米が高価なものになったため、米を原料とする紹興酒より、雑穀を使った白酒パイチュウなどの蒸留酒の発展に力を入れるようになり、戦前まで中国を代表するお酒だった紹興酒は、下火になっていったんです。
ですから、紹興市では“紹興酒ルネサンス”を打ち出し、紹興酒を国内にとどまらず、世界に向けて広めていきたいという思いで、中国以外で1番飲まれている日本に「古越龍山東京事務所」を設立しました。

古越龍山の傘下には「女児紅」という有名なブランドもある。紹興では昔から女の子が生まれたら、家庭で醸造した紹興酒を甕に入れて埋めて保管しておくという風習があった。嫁入りの際、披露宴で振る舞ったり、残ったら「花彫酒はなほりしゅ」と呼ばれる美しい彫が入った陶器の甕に入れて嫁入り道具として持たせるもの。

楽しく飲むお酒にも、料理にも。

―そういった背景があるのですね。紹興酒は現地でどんな楽しみ方をするのでしょうか?

夏:紹興酒は、家族や友人と会話を楽しみながら、ちびちびと飲んでゆっくりと味わうお酒です。中国では、円卓を囲んで家族や友人とワイワイ食べたり飲んだりする時間を、人との交流の場として大切にしています。“親しい人と飲むお酒”といわれる紹興酒は、そういったシーンにマッチします。
 
飲み方としては熟成かめから出して、そのまま飲むのが1番おいしいですね。あと、燗酒も好まれます。紹興の冬は湿度が高く寒いので、燗酒で体を芯から温めてくれるんです。きざんだ生姜を入れて飲むと、さらに温まっておすすめです。オンザロックやハイボールという飲み方は、日本でよく見られますが、中国でも若者たちの間で広がってきています。また、昔から上海や香港ではカクテルベースとして使われることも多く、飲み方は意外とバラエティに富んでいます。ただ、上質な紹興酒はぜひストレートで飲んで、本来のおいしさを味わってもらいたいです。日本でよくあるザラメを入れる飲み方は一般的にはしません。

―紹興酒は、漢方の業界でも重宝されていると聞きます。

夏:中国では漢方医からのアドバイスで、初めて紹興酒を飲んだという人も少なくありません。中国の有名な政治家・故鄧小平とう しょうへいもその中の1人で、晩年毎日1杯飲んでいたそうです。なつめやクコの実を紹興酒に漬けて飲む人も多いですね。
 
また、漢方薬を作る際にも、紹興酒をはじめとする黄酒が使われます。明の時代の医学者・李時珍が書いた中国本草学の集大成とも呼ぶべき『本草網目ほんぞうこうもく』では、記されている約69種類の薬酒には、すべて黄酒が使われていました。

―紹興酒の成分が複雑でアミノ酸が多いと聞きます。

夏:紹興酒の原料は、もち米と麦麹です。米と麦と両方の良さが活かされています。日本酒と同じ「並行複発酵」という醸造法で造られていますが、日本酒の酒米のように削ることはしない低精白米を使います。紹興酒は発酵の過程で何千種類もの微生物が関わっていることがわかっています。また、伝統製法ではほとんどの工程を屋外で行うため自然のエネルギーもたっぷり取り込んでいます。ほかの酒に比べてアミノ酸の量も多いこともあり、滋養の酒・養生の酒と呼ばれるようになりました。

左から
・古越龍山善醸仕込み…酒を水の代わりに使う善醸仕込み製法による深い味わいと華やかな香り、濃厚で上質な甘さが特長の紹興酒。
・古越龍山金龍…5年貯蔵原酒を中心にセレクトした優美な味わいの紹興酒。
・古越龍山陳年…10年の歳月をかけ熟成した原酒をブレンドし、バランスの良い味わいと香りが特長の紹興酒。
・古越龍山景徳鎮 陳醸25年…甘みと酸味のバランスと口当たりの良さが特長の紹興酒。中国の代表的な陶磁器名産品である景徳鎮ボトル入り。

―飲むだけでなく、料理酒にもよく使われるのでしょうか? 

夏:はい、紹興酒などの黄酒は料理酒としてもよく使われています。紹興酒のアミノ酸が料理に旨みとコクを与えてくれるんです。また、日本酒同様に肉や魚の臭みを消し、素材をやわらかくしてくれる効果もあります。料理に使うとテリとつやのある仕上がりに。熟成香も特徴で、奥深い香りも楽しめます。

紹興酒は味、色、香りのほかに、「格」という全体のバランスが整っているかを判断する評価があります。味は六味(甘、酸、辛、苦、渋、旨)で評価され、六味のバランスが大事なんです。また、ほかのお酒で旨みは評価されないけど、紹興酒にとって“旨み”は大事な評価の軸になっています。

中国・紹興と日本の食文化の意外な共通点とは?

―夏さんから見て、日本と紹興の食文化の違いや共通点はありますか?

夏:中国ではあまり生ものは食べず、加熱して調味料を多用する料理が多いのですが、中国といっても広いので、地域によって食文化は大きく異なります。
紹興あたりは実は日本と食文化が近いんです。紹興は、四季がはっきりしていて日本と気候風土が似ているので、食文化や基層文化が似ています。日本同様、素材の味を大切に、あっさりとした味付けの料理も多い。
また、発酵食品も多く、昔からお酒と並んで醤油も有名です。野菜や豆、豆腐、魚、肉なども発酵させて食べますし、納豆のような食べ物もあります。おかげで私も日本に来て抵抗なく食べられました。

―それは意外ですね。日本は世界的に見ても、紹興酒をよく飲んでいる国だそうですが、紹興と食文化が近いことが理由でしょうか?

夏:食文化が近いのは大きな理由の1つですね。あとは、紹興酒と日本酒の歴史にもあると思います。紹興酒と日本酒は製法が似ていて、両方とも原料は、米と麹。日本酒のルーツは、2500年ほど前の越王勾践の時代、江南地方にあるという説もあります。水田稲作の伝来とともに酒造りの技術が広まり、長い歴史の中でそれぞれが独自の進化を遂げました。

スッキリした味わいの日本酒と、いろいろな成分が複雑に混ざり合い、その中でバランスを取って複雑な味わいになった紹興酒は、共通点がないように感じますが、意外と近い存在です。
また、紹興酒は文人に愛された酒でもあり、日本でも有名な魯迅や周恩来しゅうおんらいなどの文学や政治とともに、もっと知られるようになったと思います。

奥深い紹興酒の魅力を、世界に広めていきたい

ー紹興酒の魅力を日本に広げるために、現在どんな取り組みをしていますか?

夏:現在は、「紹興酒ソムリエ」の資格を創設するため、テキストを作成中です。紹興酒は、歴史が長いわりに正しい情報が少ないんです。インターネットで簡単に発信できる分、正しくない情報も多いので、日本と中国の文献を調べながら、間違いのない情報を発信したいと思っています。さまざまな分野の先生にご協力いただいております。
 
紹興酒と紹興の歴史のほか、紹興酒が登場する漢詩や小説、中医学との関わり、紹興という場所の特徴や文化なども深掘りすることで、ワインのように、地方の風土や土、水、空気、にこだわった酒造りをしていることを伝えたいと思います。また、飲み方や提供方法、お客様への伝え方など実用的な情報も網羅したテキストにしたいと考えています。

―読むだけでも楽しそうなテキストになりそうですね。今後さらに広めていくためのビジョンを教えてください。

 夏:紹興酒と、その歴史や文化を広く伝えていくため、紹興酒のセミナーや試飲会などのイベントも積極的に企画していく予定です。「紹興酒と書道」「紹興酒と漢詩」といったように、テーマを決めてイベントを企画してもおもしろいのではと考えています。また、料理家の方にご協力いただき、料理と紹興酒のペアリングも提案していきたいです。コロナが終息したら、現地視察ツアーも開催したいですね。紹興は、山も海もあって、水がきれい。現地で飲む紹興酒は格別なので、ぜひ体験していただきたいです。さらに、紹興料理が食べられるレストランやバーを作り、本物の紹興料理と紹興酒、文化が体験できる場も作っていけたらと思います。

ワインは過去50年間で7回のブームがあったと聞きます。日本酒も苦しい時代を経て、今では世界中で注目されるお酒のひとつです。紹興酒も、これからもっと広く親しまれるよう、まずは知ってもらうところから始めたいと思います。

編集部のあとがき

取材中はとにかく、夏さんの情報量に圧倒されました。紹興酒の歴史から楽しみ方、これからにかける想いを、息つく暇なく語っていただきました。この記事ではその一部を切り取っていますが、夏さんの中にある、膨大な紹興酒の知識と未来に向けたビジョンが、これから発足しようとしている「ソムリエ」のテキストに反映されていくのでしょう。
 
テキストが完成したら数千年分の紹興酒の歴史ロマンにどっぷり浸かりたいと思いました。

文:高野瞳
写真:大童鉄平 

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