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私が仕事で大切にしている価値観は、世の中に刺激を与えること。お酒を楽しむ文化を未来へつないでいきたい【#わたしとキリン vol.19 古川淳一】

キリングループでは、「よろこびがつなぐ世界へ」というコーポレートスローガンを掲げています。そのために社員が大切にしているのは、「熱意」「誠意」「多様性」という3つの価値観。

これらをベースに、各自が大切にしている第4の価値観をミックスすることで、社内では新たな取り組みがたくさん生まれてきました。

そんな社員たちの取り組みから、多様な働き方を考えていく企画が#わたしとキリン ~第4の価値観~です。

今回の出演者は、キリンビールのマーケティング部・商品開発研究所に所属する古川淳一。以前担当していた「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」ではヘッドブリュワーを務め、これまでに数多くのビールを造ってきた醸造家です。

ナショナルブランドとクラフトビール、両方の現場を経験してきた彼が大切にする第4の価値観には、造り手としての本質的なよろこびがありました。


微生物の力におもしろさを感じてビール業界へ

キリンビールの古川淳一が話している様子

【プロフィール】古川 淳一
キリンビール株式会社 マーケティング部 商品開発研究所 中味開発グループ
2009年にキリンビール株式会社 技術開発部 醸造研究所へ入社。その後、『SPRING VALLEY BREWERY』の開発プロジェクトに最年少の醸造担当者として参画し、コアシリーズの一つ『JAZZBERRY』の開発を担当。2014年からキリンビール岡山工場の醸造エネルギー担当、2017年から『SPRING VALLEY BREWERY TOKYO』のヘッドブリュワーを歴任。2023年10月より現職にて、ビール類の中味開発に携わっている。

─まずは、現在のお仕事について教えてください。マーケティング本部の商品開発研究所とは、どのような部署で、古川さんはどんな業務を担当されているのでしょうか?

古川:商品開発研究所は、キリンビールが発売するビールやRTD、洋酒など、さまざまな酒類の商品開発を担う部署です。その中でも、中味開発グループは中味の開発を担当しています。

そこで私は”ビール・発泡酒・新ジャンルチーム”に所属していて、例えば『晴れ風』の新発売や『一番搾り』のリニューアルなど、ビール類やノンアルコールビールの開発を行っています。2023年10月にマネージャーとして着任し、リーダーを含む11名のチームで開発に取り組んでいます。

─ビール類の開発メンバーって、11人しかいないんですか?想像していたよりも少人数なので驚きました。

古川:これでも以前よりも増えているんです。私が入社したころは、もっと少ない人数で開発をしていたと思います。一つの商品を複数人で開発するのではなく、各メンバーが香味のコンセプト設計から原料の配合、味づくりまで一貫して担当しています。そういう開発の特性が、この少人数体制に影響しているのかもしれませんね。

キリンビールの古川淳一が話している様子

─古川さんがキリンに入社しようと思ったきっかけを教えてください。

古川:大学ではキノコの研究をしていたんですが、微生物の力を使って新しいプロダクトを生み出すことにすごく興味があったんです。お酒も好きだし、酵母や発酵のプロセスにもおもしろさを感じていたので、自然とビール業界に目が向きました。

面接を進めるなかで、キリンにはさまざまなタイプの人がいて、事業も多岐にわたっていたので、ここならいろいろなチャレンジができそうだと感じたんです。

─実際に入社してみて、どんな印象を受けましたか?

古川:入社前に抱いていたキリンの印象は、入社後も変わりませんでしたね。真面目で親切な人が多くて、困ったときには助けてくれる。あとは、ビール事業だけでなく、医薬や健康食品、さらに当時は花の事業も展開していて、真面目でありながらチャレンジ精神もある会社だとあらためて感じました。

それと同時に、「ビールって開発の余地があるのかな?」という疑問もあって。例えば、自動車はテクノロジーの進化によって燃費や機能が進化していきますよね。だけど、ビールは昔からあまり変わらないイメージがあったんです。ブランディングの観点では新しい挑戦ができそうだけど、中味の開発にはどれだけの余地があるのか、という疑問を抱いていました。

研究と製造現場の経験で広がったビールの可能性

キリンビールの古川淳一が話している様子

─キリンに入社して、最初に配属されたのも研究所だったんですよね。

古川:そうですね。最初はキリンビール醸造研究所という部署に配属されました。そこでは、ビールの新しい原料や製法を開発する研究を行っていて、いくつかの業務を経験しました。特に最初の2年間は、ホップの使い方に関する研究をしていましたね。

─そこでは、どのようなホップの研究をされていたのでしょうか?

古川:ホップに関してはいろいろな研究をさせてもらいました。例えば、ノンアルコール・ビールテイスト飲料にホップの香りを加える研究です。

ホップの香り成分は、ビールの製造過程で揮発したり、酵母の働きで変化したりするので、発酵を行わないノンアルコール・ビールテイスト飲料にそのままホップを加えると、ビールで感じるホップ香ではなく、草っぽい匂いになってしまうんです。そこで、華やかでフルーティな香りを加えるための製法を研究していました。

今ではクラフトビールの広がりでホップの香りが注目されていますが、当時はまだビールの香りに対する関心は低かったんです。そんななか、世界中のホップを集めて、キリンの商品に合うユニークな香りを持つ品種や、そのホップ特有の香気成分を地道に探していました。この経験は、自分のビール造りの基礎になっていますね。

─「ビールって開発の余地があるのかな?」という疑問に対して、研究を進めるなかで意識に変化はありましたか?

古川:ホップに関する知識やビールの製法を学ぶなかで、造り方によって味や香りがこんなにも変わることを実感しました。特に、ノンアルコール・ビールテイスト飲料はビールとは製法が大きく異なるので、それにともなって必要な技術も変わっています。開発の余地はまだまだあると感じたし、その重要性を実感するようになりました。

ビールの原料となるホップ
ビールの原料となるホップ

古川:次に岡山工場に移り、ビールの醸造エネルギー担当として、より安定しておいしく、無駄なくビールを造るための製造管理を担当していました。ビールの製造工程は、醸造と容器詰めの二つに大きく分かれます。私は醸造の技術員として、日々の造り込みや新商品の展開、新技術の導入などを工場のメンバーと一緒に行っていました。

─研究職とは異なる仕事ですね。

古川:研究職では一人で作業することも多かったんですけど、工場ではたくさんの人と関わる環境でした。製造管理では、いつ、どれくらいの量を造るか計画して、欠品や過剰在庫を避ける必要があります。ビール醸造の基本的な知識は活かせましたが、仕事内容はかなり違いましたね。

あるとき、研究所で開発に携わっていた『パーフェクトフリー』という商品の製造を、工場で担当したんですよ。そのときに感じたのは、実際にビールを造るうえで設備や従業員の手間まで考慮できていなかったなと。現場でスムーズに展開されるように製法を考えることの重要さを痛感しました。

─製法は開発だけではなく、生産現場の状況も考慮することが重要だと。

古川:そのとおりです。あとは、実際に商品となるビールを造ることで、お客さまに届く感覚を得ることができました。工場で造ったビールは翌週にはお客さまに届き、飲んでもらえる。

自分たちが造った商品をお客さまが楽しんでくださる実感は、研究所在籍時には味わえなかったもので、まさに工場での仕事の醍醐味だと思いました。

ブリュワーとして踏み込んだクラフトビールの世界

キリンビールの古川淳一が話している様子

─2017年には代官山にある「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」に異動されたとのことですが、こちらではどんな役割を担っていたのでしょうか?

古川: ヘッドブリュワー(ビール醸造の責任者)として、ビールの開発と生産管理を担当していました。ブルワリーとレストランが一体となったお店なので、運営に関わる仕事もしていましたね。

実は、2015年のSPRING VALLEY BREWERYブランドの立ち上げからさかのぼること4年前の2011年から立ち上げ準備は始まっていて、私は当時、研究所でその商品開発に携わっていたんです。立ち上げに際して、いくつかのクラフトビールを造ることになり、そのうちの一つとして担当したのが『JAZZBERRY 』という商品でした。

─2009年に入社してすぐに、新プロジェクトの重要なメニュー開発を任されていたんですね。

古川:ただ、そのときは大きなプロジェクトという感覚は全くなく、規模も小さい開発だったので、特にプレッシャーは感じていませんでした。全国展開の大きな商品ならプレッシャーもあったと思いますけど、お店とEC限定で発売される予定の商品だったので、チームからは「自由に造っていい」と言われていて。制約も少なかったし、気楽に取り組めました。

─「小規模で自由に」という、まさにクラフトブルワリーのスタンスの始まりだったんですね。『JAZZBERRY』の開発は、どのように進んでいったのでしょうか?

古川:クラフトブルワリーを立ち上げるにあたり、まず定番ビールを数種類つくろうという話になりました。そこで、開発チームのメンバーとアメリカへ視察に行き、さまざまなクラフトビールを飲んでその多様さに驚きましたね。

色も味も多彩で、視覚や味覚でその違いがはっきりとわかるんですよ。それがおもしろいなと感じて、もともとフルーツビールが好きだったこともあり、バリエーションを広げるという意識で、果汁を使用して造ることにしました。果汁を使えば、色や味にわかりやすい個性が出ると思ったんです。

─たしかに『JAZZBERRY』は、色も味も独特で「こんなビールもあるんだ」と驚かされますね。

古川:ただ、『JAZZBERRY』製造のタイミングで岡山工場へ異動して、「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」のオープン後に戻ってきたという感じです。

─「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」では、お客さまが実際に飲む姿を目にする機会も多かったと思います。自分が造ったビールが目の前で飲まれているのを見て、どんな気持ちでしたか?

古川:いや、もうドキドキしましたね。もちろん賛否はあるとわかっていましたが、やはり「おいしく飲んでもらえたら」と思っていました。

特に印象に残っているのは、「『SPRING VALLEY BREWERY TOKYO』がきっかけでビールを飲めるようになりました」という声ですね。飲みやすく、おいしいビールを目指していたので、そう感じてもらえたことは本当にうれしかったです。

SPRING VALLEYのTシャツを着用するキリンビールの古川淳一

古川:「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」では、店舗でそのまま提供するビールを造っていたので、制約が少なく「こういうのをやりたい」といったアイデアも自由に試せる環境でした。

今まで挑戦したことのない新製法を取り入れたり、自分がおいしいと感じたものを追求できたのは、技術者として非常にいい経験になりました。期間限定の商品も含めて、6年間で約100種類のビールを造ったと思います。

なかでも特に印象的だったのは、震災復興支援の一環で福島を代表する白桃品種「あかつき」を使ったビールです。実際に農家さんを訪ねて、買ってきた桃を加工してビールにしたんですけど、それが驚くほどおいしくて。

大量生産は難しかったんですけど、店舗限定だったので、その点を気にせず純粋においしさを追求できました。お客さまからも好評で、あのビールはすごく心に残っています。

“自分視点”から“お客さま視点”へ。変化したやりがいの軸

キリンビールの古川淳一が話している様子

─ナショナルブランドの商品を工場で大量生産する環境から、ミニマムで自由なビールを造る環境に移って、造り手としての意識に変化はありましたか?

古川:ありましたね。入社して岡山工場にいたころまでは、「自分がおいしいビールを造るんだ」という功名心がありました。それが当時のモチベーションでもあったんです。

でも、「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」に異動してからは、飲んでくれる人がよろこんでくれることや、新しい楽しみを見つけてもらうことにやりがいを感じるようになりました。自分中心から相手中心に、やりがいの起点が変わったという感覚です。

あと以前は、研究所なら研究所の方、工場なら工場の方という感じで、仕事の相手がある程度限定されていたんですけど、「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」では営業やマーケティング、広報の方など、今まで接点のなかった部署の人たちと一緒に仕事をする機会が一気に増えました。

また社内だけでなく、飲食業界の方々やほかのブルワリーの方々とも連携や情報交換をするようになり、たくさんの刺激を受けましたね。キリン内部にいるだけでは得られなかった知識や視点に触れることで、横のつながりからも自分の考えが大きく広がったと感じています。

キリンビールの古川淳一が話している様子

─「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」が誕生してから今日まで、クラフトビールを取り巻く環境も大きく変わってきたと思います。そのあたりの変化について、どのように感じていますか?

古川:正直なところ、当初想像していたほどには進んでいないと感じています。もちろん、自分の手が届く範囲ではクラフトビールの認知を広げることができましたが、市場全体の広がりは、まだまだだなと感じています。

─クラフトビール市場をさらに広げるためには、何が必要なのでしょうか?

古川:もっと社内を巻き込んだり、外部へのアプローチが必要だったかもしれません。いろいろなことにトライしてきましたが、目標には届きませんでした。

当初は、もっと多くの人が日常的にクラフトビールを楽しんでいる姿を思い描いていたんです。今も会社全体で努力は続けていますが、私が「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」にいる間に実現できなかったことが、少し心残りですね。

キリンビールの古川淳一が話している様子

─クラフトビールの普及という点では、店舗やECサイト限定だった『SPRING VALLEY BREWERY』のビールを、缶で全国発売するという決断もありましたね。

古川:社内でたくさんの議論がありましたが、私としては缶で展開するのはいいチャンスだと思いました。『SPRING VALLEY BREWERY』が単独のブルワリーなら、規模や働き方には満足していました。

でも、キリンとしてクラフトビールを世の中に広く普及させる使命がある以上、もっと多くの人に届けなければという想いがずっとあったんです。楽しさとやりがいはありながらも、「これで十分なのか?」というモヤモヤを抱えていましたね。

─それは、まさに大手企業がクラフトビールを展開する際のジレンマですね。

古川:そうなんです。会社としては、事業の規模が大きければ「やる価値がある」と簡単に判断できますが、規模が小さい場合、同じ労力をかけるとなると「それって利益も小さそうだし、手間暇のかかるクラフトってやる意味あるの?」という議論が出てしまいます。

それでも私は、キリンとしてクラフトビールに取り組む意義があると思っています。実際、クラフトビールは新しいお客さまに響いているし、『SPRING VALLEY BREWERY』をきっかけにビールファンになってくれた方がたくさんいることを、この目で直接見てきたので。お客さまの心を動かすことができるカテゴリーであり、ブランドであるなら、しっかり育てていくべきだと思います。

また、我々にとってもクラフトビールに取り組むことは、技術を進化させる観点でも非常に重要だと考えています。近年のビール醸造技術に関するメイントピックは、地球環境配慮型の原料や生産技術、ノンアルコール・ビールテイスト飲料、DX、そしてクラフトビールです。

クラフトビールでは、常識を覆す新しいチャレンジが世界中で日々なされていて、さまざまなビールの開発につながるヒントを得ることができます。

自分がリタイアしても、お酒を楽しむ文化が続いていくように

キリンビールの古川淳一が話している様子

─『わたしとキリン』という企画では、キリンが掲げている3つの価値観(熱意、誠意、多様性)に加えて、社員の方それぞれが大切にしている第4の価値観についてお聞きしています。古川さんが仕事をするうえで大切にされている、第4の価値観を教えてください。

古川: 私は、世の中に刺激を与える、少しでもいい影響を与えるような仕事がしたいと考えています。同じものでも伝え方を工夫することで、お客さまからの見え方が変わって、そのものの価値が上がることってあると思うんです。

そうしてお酒の魅力が向上して、私がリタイアしたあともずっとお酒を楽しむ文化が続いていくことに貢献できればなと。それは、キリンという会社だからこそ実現できることだと思うので。

─その価値観を大切にしながら、今後どのような仕事に取り組んでいきたいですか?

古川: 今は、自分でもほんの少しだけ開発に携わっていますが、どちらかというとチームをサポートする役割が多くて。メンバーそれぞれが自分より長い経験やスキルを持っていたり、工場への展開までしっかり考えられたりと、各自が強みを持っています。

私は、その強みを最大限活かせるようにサポートしていきたいですね。メンバーが開発した商品が成功すると、本当にうれしいんです。

キリンビールの古川淳一が話している様子

─「自分がおいしいビールを造るんだ」と思っていたころとは、今はずいぶん違うところに立たれている印象です。

古川:そうですね。自分が再びプレイヤーとして腕を磨くよりも、各メンバーが持つ強みを活かして商品を開発したほうが、明らかによりよいものができると感じています。開発って、ロジックや原理原則だけではできないんですよ。例えば、「この材料を選び、この製法にした」という判断にも、必ず個人の感性が入るんです。

「こういうビールを造りたい」「このコンセプトにはこの製法が合っている」という自分なりの仮説に基づいて進める開発は、データの積み上げだけでは実現できない。ロジックだけでは縛れない部分があるんですね。その過程をガチガチに固めてしまうと、どうしても無難なものしか生まれなくなってしまうので。

笑顔いっぱいのキリンビールの古川淳一

─個々の感性を尊重しながら、お客さまに新しい体験を届ける。今後も、挑戦は続いていきますね。

古川:はい。その先にあるのは「誰かの心を動かすビールを届けたい」という気持ちです。チーム一丸となって、お客さまの期待を超えるものを造り続けていきたいです。

文:阿部光平
写真:上野裕二
編集:RIDE inc.

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