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海外で花開いた北海道生まれのホップ「ソラチエース」が日本で返り咲く。サッポロとブルックリン・ブルワリーが描く日本産ホップの未来

このホップには、常識を破る力があるらしい。

北海道空知郡上富良野町、1984年。ビールの大切な原料であるホップの新種が、サッポロビールの研究所で生まれました。杉やヒノキ、レモングラスのような香りを持つそれは、地名をとって「ソラチエース」と名付けられます。

ところが、時の主流はキレやのどごしを重視するドライビールたち。ソラチエースは活躍の場を得られず、20年あまり眠り続けます。花開いたのは2000年代のアメリカ。クラフトビールメーカーが見初め、その名は一躍、ヨーロッパを通じて世界へ知れ渡りました。

各社がソラチエースを使ったビールを醸すなか、キリンビールが共同出資するアメリカのブルックリン・ブルワリーは「ブルックリン ソラチエース」を発売。そして、生みの親でもあるサッポロビールも、ソラチエース100%使用の「SORACHI1984」を生み出します。

昨年9/5のソラチエースの誕生35周年を記念したイベントをサッポロビールとキリンビールが初開催。今年はオンラインという形で誕生をお祝いしました。

そして今日、このホップを愛する2社が、競合メーカーであるという垣根を超えて、ソラチエースをテーマに語り合う機会に恵まれました。

ビールながら魚やスパイス料理とも結ばれるマリアージュ、世界の醸造家が恋をするまでのストーリーなど、ソラチエースが持つ常識破りの魅力をご案内します。

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【プロフィール】金 惠允
2009年キリンビール(株)入社。九州にてキリンビールの量販営業を経験後、2014年キリンホールディングス(株)人事総務部 多様性推進室に異動。女性活躍推進および「なりキリンママ・パパ」を手がけたのち、2019年4月よりブルックリンブルワリー・ジャパン(株)アカウントダイレクターとして「B(ビー)」の店舗開発を担当。
「B」について
「B」公式Instagram

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【プロフィール】新井 健司
2007年サッポロビール(株)入社。価値創造フロンティア研究所で、発酵・酵母関連の研究を担当。2010年9月に九州日田工場製造部(現 醸造部)へ異動、ビールの仕込、発酵・貯酒、ろ過工程を担当。2013年9月からドイツへ留学し、ミュンヘン工科大学Weihenstephan校で醸造技術を学ぶ。2014年9月帰国後、新価値開発部などを経て、新商品開発業務に従事。「SORACHI1984」ブリューイングデザイナーとして、マーケティングから開発までを一手に担当している。

「ビールに合わない」食べ物ほど、試してほしい

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―まず、「ソラチエース」とはどのようなホップなのでしょうか?

金:ソラチエースの一番の特長は「香り」ですよね。レモングラスのような爽やかさで、一度知るとソラチエースだとすぐにわかります。ホップの違いでビールを楽しむ入門としても、ぴったりじゃないでしょうか。私もソラチエースを知ってから、他のホップにもグッと興味が強くなったくらいです。

新井:そうですね。しかも、ソラチエースは他のホップと組み併せて使うと、香りをうまく伸ばしてくれる効果もあります。ですから、表立って言わずとも、案外に併用されていることも多いホップなんですよ。

金:他の香りをうまく伸ばす意味では、フードペアリングでも感動的にシナジーを発揮してくれますよね。私のイメージでは、日本酒や白ワインにも近くて。

たとえば、お魚はいつも飲むようなピルスナータイプのビールだと、臭みや雑味とぶつかっちゃう。でも、ソラチエースのビールは、薬味みたいに働くんです。特に、和食にはすごく合うと思います!

新井:私たちがお客様へ香りを伝えるときには「ヒノキ」という言葉も使うようにしています。日本酒にも樽香として木の香りを楽しむものがありますから、共通していそうです。

金:それでいうと、「ブルックリン ソラチエース」はスウェーデンなど北欧諸国で大ヒットしました。これも海鮮系との相性の良さが、一役買ったんじゃないかなと。

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新井:たしかに、海老や牡蠣なんて、すごく合いますよね。ハーブでいえば、北欧では定番のディルに近い香りを持っているのも、受け入れられた理由かもしれません。

金:タイ料理やカレーといったスパイシーな食べ物もいいですよ。私自身、ここまで幅広くペアリングできるビールは初めてで、大きな気付きになりました。「飲む薬味」みたいな感じです(笑)。

新井:飲む薬味、いい表現ですね! あとは、“二度香る”のもソラチエースらしさ。一口目のフレーバーと、後から追いかけてくるフレーバーが異なるんです。私たちは二度目の香りをココナッツとよく表現しますが、甘く幸せな余韻が口の中を満たします。飲み終えると、もう1杯飲みたくなるような味わいも、ソラチエースを使うビールの特色といえそうです。

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―ブルックリン・ブルワリー「ブルックリン ソラチエース」とサッポロ「SORACHI1984」では、どちらもその「ソラチエース」を使用していますが、お互い違いはあるのでしょうか?

金:甘く幸せな余韻といえば、ブルックリン・ブルワリーの「ブルックリン ソラチエース」は、アメリカ本国で「熟したバナナのような甘み」と表現しているんです。新井さんにも飲んでいただきましたが、どんな感想を持たれました?

新井:ソラチエースの香りを、はっきりと感じられた1本でした。しかも、アルコール度数が7%でビールとしては高めですが、それを感じさせず飲みやすいんです。バナナやココナッツのような甘みを感じながらも、すっきりしていておいしいのでもう1杯飲みたくなる余韻が続くのが好きだなぁ、と楽しみました。

金:クラフトビールを飲み慣れていないからすると、クセが結構強いかもしれないなと思うんです。でも、これはこれでホップの良さが生きているのかなって。

新井:私たちの「SORACHI1984」は、どうでしたか?

金:より“和”のテイストを感じましたね。新井さんが「凛とした」というキーワードを冠していると聞いたときには、まさにそうだ! と。ふだんの食卓や身近な食材にも合わせやすいです。日本ならではの良さが生き、体現されているビールだなと思っています。……話していたら、またすっごく飲みたくなりました(笑)。

新井:ほんとうに、話すほど、飲みたくなりますよね(笑)。

「SORACHI1984」は、ビアスタイルとしてはゴールデンエールに属するのですが、作り手としては分類をそれほど気にしていません。ただ、純粋にソラチエースを楽しんでもらうためには、どのような骨格であるべきかを考え抜いてつくったビール、という感じですね。

熟練の醸造家に、ソラチエースはレシピを語りかけた

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―ソラチエースは20年あまり、眠っていた存在なんですよね。どういう経緯で生まれたのか、あらためて教えてもらえますか。

新井:サッポロビールは100年以上にわたってホップの研究を続けています。1974年からは香りに優れた「アロマホップ」を作るプロジェクトが走り出し、その1つがソラチエースでした。狙って作ったというより、品種を掛け合わせた偶然の産物だったようです。誕生した頃から、香りの豊かさは特筆ものでしたが、同時に「使えない」とも思われていて。

金:どうしてですか?

新井:ソラチエースは1984年に品種登録したのですが、3年後にはアサヒビールさんから「アサヒスーパードライ」が発売されて人気を博し、世の中はバブル景気。ビールに求められるのは爽快なのどごしで、気持ちよく飲めるテイストだったんです。ソラチエースのような強いフレーバーはお客様に好まれないと考えられており、なかなか使用する決断がしづらかったようです。

ただ、「このホップは面白そうだ、何かに使えるのではないか」と思っていた上富良野のメンバーが、1994年にアメリカのホップ研究機関に交流会へ持っていったといいます。

金:アメリカでは第2次クラフトビールブームが始まっていた頃ですね。

新井:その目論見もあったと思います。ただ、当時はホップよりもIPAやヴァイツェンといったビースのスタイルに注目が集まり、期待ほどではなかった。潮目が変わったのは2002年。スタイルが試し尽くされ、醸造家はホップでアレンジしていく模索をしていました。ホップ農家も新品種を探して紹介するなかで、ソラチエースも発見されたんです。

金:その中には、ブルックリン・ブルワリーのブリューマスターだったギャレット・オリバーも含まれていたわけですね。

新井:ギャレットさんはビール業界で著名ですから、知名度も一気に上がりました。

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ブルックリン・ブルワリー ブリューマスター:ギャレット・オリヴァー

金:ギャレットは好奇心と探求心が高く、アーティスト気質がある醸造家です。旅先で出会ったものや触れたものからインスピレーションを受けて、レシピをひらめいたりします。聞いてみると、ソラチエースもそういう出会いのひとつだったようですね。

そこで1つ、語り継がれているストーリーがあります。ギャレットはその時点でも20年近くのキャリアがある経験豊富なブリュワーでしたが、ソラチエースの香りを嗅いだ瞬間に「このホップが、私をこんなビールにしてほしい!とレシピを伝えてくれた」って言うんです。手元にあった紙ナプキンに急いでメモをとったそうですよ。

いまだに彼がよく言ってるのは、「すべての素材がソラチエースみたいに僕へ語りかけてくれればいいのに」と(笑)。

新井:それはすごいですね。インスピレーションが、まさに一瞬の香りで降りてきた。

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金:数多くのホップに触れた人でも、それだけソラチエースは強烈だったのでしょうね。それもあって、定番のラベルもブルックリン・ブルワリーの「B」が全面に出るタイプではなく、トランプの「エース」があしらわれている1本になったんです。

当初ソラチエースを使ったビールは、ギャレットが限定醸造で造る予定だったものですが、これが大好評。輸出したヨーロッパでも人気を呼んで、2008年からは世界的に広げていく通常品としても展開されるようになりました。そして、2019年には日本にも上陸したわけです。

もしかしたら、ギャレット自身もここまで当たるとは思っていなかったかもしれません。今でも彼のキッチンには、作り始めた頃のボトルが飾ってあるぐらいなんですよ。

新井:ところが、ギャレットさんの「ソラチエース」があっても、生まれ故郷の日本では全く話題になっていなかったんですよね。私は2013年にドイツへ留学したのですが、実はそこで初めて存在を知ったんです。

海外のブルワリーと話したときに「サッポロビールの社員だ」と自己紹介したら、「あの面白いソラチエースを作ったんだよね!」……申し訳ないけれど、間違いではないかと聞いてしまいました(笑)。醸造に関わる社員であっても、知る人ぞ知るホップのひとつだったんです。

その後に上富良野のメンバーとも「これだけ日本以外では引く手数多であるならば、日本人が楽しめるソラチエースのビールを、自分たちで作らないといけないんじゃないか」と話す機会があって。それから私が新製品をいちから立ち上げる部署へ異動になったことで、SORACHI1984をつくることができました。

金:大河ドラマができるくらいのストーリーが、まだまだありそう(笑)。

新井:本当に、要所要所で、ソラチエースは人の縁をつないでいくんです。その末端に、われわれがいるような感じです。

クラフトビールが知れ渡った今だからこそ、愛される1本に

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―日本で生まれたものがアメリカに渡り、なぜまた逆輸入的に日本に戻ってきたのでしょうか?

金:今だからこそ、ソラチエースをみんなが楽しめるようになったんだろうな、と感じていまして。アメリカでもクラフトビールブームは、IPAスタイルの爆発的な広まりを経て、ビールの多様性をお客様が求めるフェーズに移っていったんです。

日本はクラフトビールブームが世界的にも遅く到来した国だと思いますが、ここ10年でアメリカの何十年分もの速さで発展していますよね。ホップの違いによる面白さも、ある程度はみなさんに知れ渡ってきたので、ソラチエースも受け入れられるんじゃないかなと。

まさに、日本が次なるフェーズへ差し掛かっているときに、ソラチエースは新しい窓口を担ってくれるんじゃないでしょうか。

新井:日本に生まれて、海外で活躍したアーティストやアスリートみたいな存在ですものね。ストーリー性は絶対にあります。尖っている個性だから、なおさらに。

金:ただ味で驚かせるだけでなく、この誕生からの歴史も一度聞くと忘れられないと思うんです。生い立ちを含めてみなさんに愛されるところも、ソラチエースが他の商品との違いを生むのかもしれませんね。この商品に関われるのが、私自身もすごく嬉しいんです。

日本産ホップで、究極のオリジンを求めていきたい

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ー北海道の富良野で生まれた「日本産ホップ」がこれだけ価値を上げて世界に広がっていきましたが、今後はどういった展望を考えていらっしゃるんですか?

新井:今年から上富良野ではソラチエースの栽培面積を増やしています。「SORACHI1984」で使うソラチエースの多くはアメリカ産なのですが、日本人が日本で作るからこそ、日本産ソラチエースを使うというオリジンを追求したい。それはブランドとしての夢でもあり、より価値の高いビールに育てるためにも、国産ホップの比率を上げていきたいのです。

ソラチエースの盛り上がりは地域にも良い影響を与え、お客様にも「日本産ホップがある」という認知も高めるはずです。国産ホップ産業はキリンビールさんも頑張っていただいていますが、どうしても海外産に押されています。魅力的な品種を作ることは、その状況を変えるきっかけになると思いますし、ソラチエースがその役を担ってくれる期待は大きいです。

契約農家と作りあげたソラチエースの配合が多いほど、より自信を持って紹介できますし、飲む側としてもしっくりくるでしょう。決して安価なビールではないですから、そういった感情面の価値向上にも取り組んでいきたいです。

われわれのつくるビールは、いわゆる「工業製品的だ」とよく思われますけれど、もともとは「農業製品」であるというメッセージに、もう一度戻していきたい気持ちもあって。

金:あぁ、いいですね!

新井:自然からの恵みを醸造し、自然のダイナミズムの中で生まれている。もっとそれを楽しんでもらいたいと思っています。

金:おそらく日本では、工業品的な品質を追求しすぎちゃうんですよね。「ブルックリン ソラチエース」を国内製造するタイミングで、アメリカ本国へ色や香りの異なるサンプルを複数持っていって、試飲してもらったんです。そうしたら「全部アリだよ。僕らなら全て商品化してる」と返されてしまいました(笑)。

ただ、それこそがクラフトビールだ、とも言えるなぁって。日本のビール会社は、毎年変わる麦やホップの出来栄えや、水のコンディションの違いを踏まえても、同じ味に仕立てていくというすごい技術力を持っています。逆に、その品質へのこだわりが、もしかしたらビールの新しい面白さの芽が出にくくなっていた理由かもしれないとも感じたんですね。

新井:「SORACHI1984」も基本的にレシピは変えずにつくりますから、おそらく仕上がりは少しブレると思います。ソラチエース100%使用なので、収穫年ごとのホップの品質には左右されます。もしかすると「味が少し変わった?」と感じられる方もいるかもしれません。

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金:でも、ワインのボージョレ・ヌーヴォーも、毎年そうやって味の変化を楽しみますよね。

新井:あぁ、たしかに。けれど、われわれがそういうふうに、均一なクオリティの商品をお客様へ提供していったからこその状況なんですよね。

金:それを自ら壊しに行っているかのような感じで。

新井:「元に戻そうとしている」がしっくりきそうです。サッポロビールだと「サッポロ クラシック 富良野VINTAGE」というブランドで、その年に収穫したホップだけを全て使っています。どんなものができるかはわからなくて、それがすごく面白い。そういうビールなり醸造なりの面白さも、もっとお客様へ伝えていけるポイントかもしれません。

金:以前にもサッポロビールとキリンビールで「ソラチエース」をテーマに合同イベントも共催してきましたが、今後もその伝えていく機会のひとつにできるといいですね。

新井:今年は新型コロナウイルスの影響でオンラインイベントでしたが、情勢を見て、いつかはオリジンの地である上富良野で開催してみたいとも考えたりはしています。

金:いずれはブルックリンでもできたら、最高です!

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「SORACHI 1984」と「ソラチエース」はアマゾンにて合同販売中!

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凛とした味わいが特長のサッポロビール「SORACHI 1984」と、バナナやココナッツのような甘い香りを感じるブルックリン・ブルワリー「ソラチエース」はアマゾンにて販売中です。魚料理や和食にも合わせやすいビール。ぜひ飲み比べてみてください。

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文:長谷川賢人 
写真:土田凌 

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