DX推進を通じて、変化に対応できる組織風土をつくる。キリンが本気でDXを推し進める理由
DX(デジタルトランスフォーメーション)がバズワードとして広がるなか、多くの企業でDX推進が叫ばれ、DX人材の育成が急務となっています。
DXとは、AIなどデジタルテクノロジーを活用して、業務、製品開発工程、組織、企業文化などを変革し、自社の競争力を高める取り組みのこと。キリンでもDX戦略推進室を中心に、DX人材の育成やデジタルを活用した事業推進に取り組んでいる真っ最中です。
「DXの本質は、変化に対応できる組織風土をつくっていくこと」。DX戦略推進室 室長の皆巳(みなみ)は、そう話します。
なぜキリンが本気でDXに取り組むのか、またDXによって未来はどのように変わる可能性があるのか。皆巳とともに、同じくDX戦略推進室に2022年に新卒として入社した重光に、キリンのDX推進のイマと未来について聞きました。
かつてのデジタル活用のアイデアは、真の課題解決に繋がっていなかった
― 昨年キリンは、「DX注目企業2022(※1)」に選定されました。DX推進における施策が実を結んでいるように思いますが、まずDX戦略推進室とはどんな部署か教えてください。
皆巳:キリンの商品をお客さまに届ける営業の現場、研究や商品開発の工程、社内システムなど、あらゆる領域において、デジタル・テクノロジーの力によってコスト削減、バリューアップをグループ全体で推し進めています。
世の中が急速に変化していくなか、私たちもそれに合わせて変わっていく必要があります。従業員の意識をDXに向けたり、DX人材を育成するための基盤を整えたりと、DXを進める環境を整えてグループ全体の競争力強化につなげることが私たちのミッションです。
重光:ただ、仰々しい部署名なこともあって、ちょっと怖がられているのかな?と感じることもありますね(笑)。
―怖がられているとは…!?
皆巳:たしかに、「専門知識がないと相手にしてくれないかも」とか「デジタルの知識がないと怒られそう」なんて思われているのかなと感じることはあります(笑)。
デジタルアレルギーというか、DXという言葉を単独で聞くと、どうしても“難しそう”“自分にはできなそう”というイメージが先立ってしまい、難色を示す人も少なくないですが、多様な従業員に取り組みの本質を理解してもらえるよう、さまざまな工夫をしています。
―なるほど。DX戦略推進室立ち上げの経緯も含めて、順にお話をうかがわせてください。皆巳さんは中途入社でキリンに入られたそうですね。
皆巳:はい、2017年の入社です。前職の食品メーカーでは営業を10年ほど担当していましたが、マス広告メインの従来のマーケティング手法だけでは、将来立ち行かなくなるという時代の変化を感じ始めていました。そこでデジタルマーケティングの部署を志願して、異動したんです。
その後、キリンがデジタルに力を入れているという話に興味を持ち、ご縁もあって入社することになりました。
―実際に入社してみて、キリンのDXの実態はどうでしたか?
皆巳:正直、まだまだ道半ばなんだなと感じた部分もありましたね。だけど、この会社でなら絶対うまくいくとも思えたんです。キリンには、とにかく誠実で前向きな人が多い。そして志が高い人がたくさんいる。デジタルで何かを変えていかなきゃという社内の空気とトライアンドエラーができる環境もありました。
重光:私は2022年入社なので、部署の立ち上がりの話は初めて聞きます。当時はどんな様子だったんですか?
皆巳:「これからの時代はデジタルだ」という空気はありつつも、デジタルの必要性に対する理解が浸透してなかった。心と頭がまだチグハグしているような状況でしたね。
皆巳: DX戦略推進室が立ち上がる前はデジタルマーケティング部に所属し、主に営業・マーケティング部門におけるデジタル活用に携わっていました。当時は部の中だけであれこれアイデアばかり考えていて、現場の本当の“負”を理解できていなかったんです。だから、本当の意味で事業が抱えている課題の解決に繋がっていなかったと思います。
それって誰の得にもならないですよね。現場から言われた、「僕たちのやりたいこと、本当にわかっていますか?」という言葉は忘れられません。
重光:はじめからスムーズにはいかなかったんですね。
本気でDXを推進するために、横断組織や人材育成プログラムを発足
皆巳:大きな転換点になったのは2020年。“DXはマーケティング戦略ではなく、経営戦略だ”と指針が掲げられたことでした。
部署も経営直下の「経営企画部 DX戦略推進部」に変更となった。構想が立派でも実行しなければ意味がないと、経営陣が本気になって全社でDXに取り組む姿勢を示してくれました。
同時にDX推進には事業部との連携が欠かせませんし、これまでの反省を活かして現場やお客さまに近いところと一緒になってDX推進を考えていくため、各事業会社の責任者が横串で参加する「グループDX推進委員会」を立ち上げました。これにより、全社的にDXに取り組む体制が整い始めました。
―専任組織と事業部門のつながりだけでなく、ヨコの連携を強化したんですね。他にはどんな取り組みや工夫がありますか?
皆巳:2021年に社内浸透を目指し、「DX道場」というDX推進に必要な考え方、知識を学ぶ社内研修プログラムを作りました。デジタルに苦手意識のある方にも参加してほしかったので、「意識の高い人だけが集まる“研修”じゃないよ」と伝えるために、あえてちょっとダサいネーミングを採用して「道場」にしたんです(笑)。
重光:デジタルがすごく難しいものだと思っている方や、どうしても変化に抵抗がある方もいるから、敷居を下げる工夫ってすごく大切ですよね。実際に社内では「いま、黒帯だ」とか「師範になった」など、会話が生まれています。「DX道場」への参加は本人の意思に任せた手挙げ制ですが、人気すぎて毎回抽選になっているくらいです。
―毎回抽選なんて、すごい人気ですね。
皆巳:とてもありがたいことです。「グループDX推進委員会」のメンバーは「DX道場」を参加必須にしたことも良かったのかもしれません。各社のリーダーが自分の言葉でDXの必要性や意義を語れることが重要だと思っていますし、「役に立った」「わかりやすい研修だった」と各部署で伝えてくれると、みんなが興味を持ちやすいですからね。
DX道場を通じて、2024年までに1,500人のDX人材育成を目標に掲げているんですが、2023年中には達成できる見込みなんですよ。
重光:そのほかに、「キリンDXチャレンジ」という取り組みも行っています。各事業部門が抱える課題に対してデジタル活用による事業課題解決のアイデアをエントリーしてもらい、その部門とDX戦略推進室が一体となって実行を目指すものです。
実際に、工場見学の受付などのオペレーション効率化のアイデアが採用され、私の後輩にあたる新卒2名が取り組んでいます。その他にも、海外を含めた各社のデジタルを活用したDXの取り組みの中から、特に優れたものをDXアワードという形で表彰もするんです。
DX推進の一歩目は、現場を知ることから
―新卒入社の方が重要な業務を任されていますが、重光さんも2022年に新卒でDX戦略推進室に入社したんですよね。
重光:はい。私は大学時代に計画の最適化に関する研究をしており、将来はDXに携わりたいと思っていたんです。DX戦略推進室の募集があると知り、キリンを志望するようになりました。
入社してからすぐに、さまざまな部署のプロジェクトに関わらせてもらっています。
―実際にDXに関わってみていかがですか?
重光:楽しいですが、もっと勉強が必要だなと感じています。
これまでは財務モデリングシステム化のプロジェクトや特許業務の効率化に携わってきましたが、業務遂行のためには、会計や知財の専門知識に加えて業務プロセスの理解が必要です。本を読んだり、部署の方に話を聞いたりして取り組んでいますが、まだまだ理解が浅いなと反省することも多いですね。
皆巳:重光さんは謙虚に話していますが、財務戦略部からオファーをいただいて、今後は現職と財務戦略部との兼務になるんですよ。重光さんが担当してくれた取り組みの成果が出て、あらためて力を貸してほしいとお願いがありました。とてもうれしい声ですよね。
このようにDX戦略推進室のメンバーが事業部門に入り込み、一緒になって事業課題を解決するようなケースはもっと増やしていきたいと思っています。
ー成果が他部署で実感されているからこそのオファーですね。そして課題解決のためには、やはり現場を知ることが一番重要だと。
皆巳:現場の本当の課題がわからないと、解決策も考えられません。そして最善の解決策を見つけるためには、「真の課題を知る」ことが欠かせなくて、それはDX戦略推進室だけで考えてもわかるものではありません。
最先端のテクノロジーを主語にして、「活かせる業務はないかな?」という視点から思考を出発してしまうと、現場のニーズにマッチしない残念なものが生まれてしまうことだってありますから。
だから、コミュニケーションを重ねて、些細なことでもいいので困っていることを知りたいんです。ちょっとした部署内の課題も、些細なことだと見過ごさず共有してもらうことがDX推進のカギなんだと思っています。
ーだから事業部門とのつながりを増やすなど、コミュニケーションを大切にしているんですね。
皆巳:そうですね。テクノロジーどうこうの前に、社内の意識をいかに醸成していくかが大切だと思っています。DXという言葉もいずれは古くなっていくはずですが、あらゆる変化に対応できる風土つくることが我々のようなDXを推進する組織のミッションの一つと言えるかもしれません。
DX道場などこれまでの取り組みを通じて、みんなの意識の底上げができて来ました。また、DX戦略推進室がデジタルを活用した業務変革を実現できた事例も、少しずつ認知されてきたので、これからが本番だなと思っています。
ー現状の達成度についてはどう感じていますか。
皆巳:まだまだ、道半ばだと考えています。大きなことから足元の小さなことまで、やりたいことは山ほどあります。でも変わろうとするムードが醸成されてきたのはうれしいですし、DX戦略推進室への相談も増えてきて、期待感の高まりは感じています。
目標は推進室の解散? DXを通じて目指す未来
―今後の目標について教えてください。
重光:これまで以上に事業に貢献したいという想いが強いです。今回、DX戦略推進室と財務戦略部を兼任する機会をいただきましたが、こんな形で事業会社や部門にさらに入り込んで、二人三脚でDXを推進できるような取り組みをしていきたいですね。
皆巳: DXの取り組みは、短期的にわかりやすい結果が出るものではありません。ですが変化の激しい時代ですから、私たちも変化に対応して進化していかないといけません。
DX戦略推進室は、いつか役目を終えてなくなる時が来ると個人的には思ってるんです。デジタルを活用したDXは、今や世の中では当たり前のスキルです。引き続きグループ全体に変革意識が浸透し、各場所で当たり前のようにDXが取り組まれている状態を目指していきますが、それが叶ったら中央に推進組織を置く必要がなくなりますよね。
だから、変化に応じて組織の形を変えていくこともあり得るかもしれません。
ー組織の形を変えていくことを見据えているのはおもしろいですね。
皆巳:DXの先にあるのは、全員がキリンで働いていて良かったなと思える未来だと信じています。取り組みがさらに進めば、今よりさらに働きやすくなり、新たな価値創造も生まれ、働きがいが増えるはず。DXを通じて、みんなが誇りに思える未来を創っていきたいと思っています。
文:井澤 梓(カタル)
写真:上野裕二
編集:RIDE inc.