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「日本ワインのあり方」を、変える。【1ミリ変える、ストーリー。 #03】

サステナブルの観点からも関心を集める日本ワイン。
日本国内で栽培されたブドウを100%使用して日本国内で醸造されたワインを指し、現在は国際的にも高い評価を受けつつあります。キリングループでは、メルシャンの日本ワインのブランド「シャトー・メルシャン」があり、“日本を世界の銘醸地に”をビジョンに掲げて、145年にわたる歴史の中で日本ワイン全体の発展に尽くしてきました。

キリングループでCSV(※)の実践に取り組む社員にフォーカスした企画「1ミリ変える、ストーリー。」。第3回は、メルシャンでシャトー・メルシャン ゼネラル・マネージャーを務める安蔵光弘です。

日本ワインは、どうCSVに関わっているのか、「シャトー・メルシャン」で長きにわたり日本ワイン造りに従事する安蔵はCSVをどう捉えているのかを詳しく知りたいと考え、今回は山梨県甲州市にある「シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリー」を訪れました。

※CSV:「Creating Shared Value」の略。「共通価値の創造」と訳され、社会的価値と経済的価値の両立を目指す、経営の指針・スタイルのこと。

シャトーメルシャンの安蔵

【プロフィール】安蔵 光弘
メルシャン シャトー・メルシャン ゼネラル・マネージャー


日本酒からワインへ。醸造家の原点は、ボルドーのブドウ畑に

シャトーメルシャンの安蔵

学生時代は、大学の農芸化学科(現:農学部生命化学・工学専修)で微生物を研究する傍ら、日本酒に凝っていました。そう、ワインじゃないんです(笑)。その頃は、銀座にある日本酒センター(現:日本の酒情報館)に足繁く通い、「利き酒コーナー」で何度も全問正解を出しました。

そんなことを続けていたある日、東京都酒造組合から「日本酒造中央会が主催する利き酒大会に、東京代表として参加しませんか?」と電話がかかってきたんです。どうやら「利き酒コーナー」の正答率に目をつけ、解答用紙に書いた電話番号を辿ってこられたようでした。

しかし、肝心の大会は大事な卒論発表の前日。参加するか大いに迷いましたが、「大会は午前中だけですし、参加賞もたくさんでます」という言葉につられて参加を承諾。結果は一次予選を全問正解で通過し、最終的には86人中3位と入賞を果たしました。

大会後、懇親会で他の参加者と話していると「安蔵さんはどんなワインがお好きですか?」と聞かれたので、ワインはほとんど飲まないことを伝えると、「ワインもおもしろいですよ」と言うんです。日本酒好きの方に言われたこともあり、そこからなんとなくワインの書籍を読むようになったのですが、瓶の形の違いやエチケット(※)の読み方が分かると途端におもしろくなってしまって。日本酒一辺倒から、少しずつワインの方に気持ちが傾き始めたのがその頃です。

※エチケット:フランス語で、ワインのボトルに貼られているラベルのこと。

その後、大学院へと進学してから、雑誌で見かけたワインスクールに通いはじめたところ、半年もしないうちにワインの魅力にどっぷりとはまってしまいました。その年の夏休みには、初の海外旅行先としてフランス・ボルドーを訪れ、メドック地区の有名シャトーを見学するバスツアーに参加しました。

ツアー客にまぎれ、バスの車窓から遥か地平線の先まで続くブドウ畑を見た時、うまく説明できないのですが「これだ!」と思ったんです。私の醸造家としてのキャリアは、あの景色を見た時に始まったのだと思います。

ままならない“ものづくり”と向き合い続ける、ということ

シャトーメルシャンの安蔵

実際にワインをやろうと決めてからは、二つの進路がありました。一つは国の機関でワインを研究する道、もう一つがメーカーに勤める道です。しかし、前者はどれだけおいしいワインを造っても、誰かに楽しんでいただくことはできないんですよね。それではきっと張り合いがないだろうと思い、迷うことなく民間への就職を決意。日本ワイン(※)のパイオニアとして走り続けるメルシャンにエントリーしました。

※日本ワイン:国内で採れたブドウを使って、国内で醸造されたワイン

役員面接の場で「研究職志望ですか?」と聞かれた際、「いえ、私はワインを造りたいので現場がいいです!」と言ったときの役員の方の驚いた顔は、今でもよく覚えています。

まさかその時のことを誰かが覚えていたとは思えませんが、ありがたいことに、現在まで、ほとんど途切れることなく現場で仕事をさせてもらっています。27年たった今も、モノづくりというのはつくづくおもしろい仕事だなと思っています。

ワイン造りの要は、なんといってもぶどうの品質を左右する天候です。忘れもしない、2016年のこと。この年は9月14日頃まで快晴続きで、ぶどうの状態がとてもよかったんです。収穫前からみんなで「今年はいい年だね」なんて言っていたら、収穫間際になって突然台風が発生し、そこから約1か月にわたって雨続きということがありました。それ以来、収穫が終わるまでは「今年はいい」と言わないということが、ワイナリーでの暗黙のルールになっています。

そして、天気と同じくらい重要なのが、醸造家が納得できるモノづくりができているかということです。コロナ禍以前は、各々が評判のいいワインを持ち寄り、食事と合わせて味や風味ついて徹底的に議論する場がありました。はたから見たらただの飲み会かもしれませんが、これが大事なんです。味を確認するならテイスティングで十分と思われるかもしれません。でも、ワインは本質的に「人を呼ぶお酒」であって、本来の楽しみ方のなかでしか感じられない味わいがありますから。

そうして育んだ完成イメージに基づいて、造り手が自信を持って送り出せるモノづくりをすることが、ワイン造りには欠かせないんです。

日本のテロワールに、もっと自信を持っていい

シャトーメルシャンの安蔵

メルシャンの事業は、常に農業とともにあります。日本の農業が抱える課題については、さまざまな議論がされてきましたが、改善の肝は、農業をいかに魅力ある産業につくり変えていくのか、という点に尽きると思っています。

そうした視点から日本ワインを見てみると、ぶどう栽培は耕作放棄地の活用にとどまらず、採れたぶどうでワインを製造・販売する6次化まで実現でき、十分な利益を生み出しながら、地域活性化にも貢献できる。まさにCSVを体現する事業だと思っています。

日本ワインは生産量こそ少ないものの、その味や品質において、世界の名だたる銘醸地にも引けを取りません。たしかに、欧米より雨も多く条件は厳しいですが、日本の四季に育まれたワインは柔らかさや繊細さが際立っており、海外からの評価も非常に高い。私たちは、もっと日本のテロワール(※)に自信を持っていいと思うんです。だからこそ、私たちはこれからも“日本らしい”ワイン造りを通じて、社会課題の解決にも貢献していきたいですね。

※テロワール:ぶどう栽培を取り巻く環境のこと。土壌だけではなく、気候や地形も含まれる。

主語は、日本。パイオニアの宿命を力に変える


シャトー・メルシャンは、日本初の民間ワイン会社「大日本山梨葡萄酒会社」を源流とし、業界のパイオニアとして第一線を走り続けてきました。そうした中、「現代日本ワインの父」と呼ばれた元工場長の浅井昭吾さん(ペンネーム:麻井宇介)は「メルシャンだけが目立っていても意味がない。日本そのものがワイン産地として世界に認められなければダメなんだ」ということを繰り返し私たちに説いていました。

それはつまり、メルシャンの使命とは「日本」を世界から一目置かれるワイン産地に押し上げることにあり、その精神はビジョン「日本を世界の銘醸地に」として、企業のDNAに深く刻みこまれています。

そうした経緯もあり、地元、山梨県のワイン酒造組合の会長職はシャトー・メルシャンから選ばれることが多く、かくいう私も新米工場長ながら2020年6月から会長を拝命しました。コロナ禍の中、県内にある約90のワイナリーの舵取りを行わなければならないという重責に、大きなプレッシャーを感じていますが、同時にこの大事な役割を頑張って果たしたいと思っています。

現在、日本ワインの生産量は山梨県がトップですが、近年は長野県や北海道の成長が著しく、このままだと近い将来追い抜かれてしまうかもしれません。地元山梨県の発展には、古くからいる方だけでなく、新しい方にも入ってきていただけることが鍵になります。組合として、若手の参入を支援しながら産業全体を押し上げていき、日本ワインそのものの価値向上に貢献していきたいと考えています。

主語は、日本。パイオニアの宿命を力に変える


現在、日本で流通するワインの総量を100としたとき、日本ワインが占める割合はたった5%に過ぎません。私は、これをなんとか10%に持っていきたいと思っています。目標達成のためには、ぶどう畑を増やしていくと共に、より高い品質を追求することで日本ワインのパイそのものを大きくしていかなければなりません。

今の日本ワインは“クラフト的”な商品がほとんどで、誰もが知り、どこでも買えるようなメジャーな商品が少ないことが課題です。よくお客さまから、「日本ワインはどこで買えるのですか?」との質問を受けます。輸入ワインで言えば、メルシャンで販売しているチリのワイン、コンチャ・イ・トロの「フロンテラ」は年間50万ケース以上の本数で、スーパーマーケットや酒販店でよく見かけます。

一方、シャトー・メルシャンの日本ワインで最も生産数の多い「山梨甲州」「山梨マスカット・ベーリーA」「萌黄」「藍茜」は年間約10万本前後。他社も含めて、日本ワイン全体で、10万本を超えるアイテムが増えてくれば、お客様も雑誌やテレビで見かけた日本ワインを購入しやすくなると思います。

日本ワインはメディアに取り上げてもらう機会が多いにもかかわらず、生産量が少ないアイテムがほとんどであるがゆえに入手するのが難しく、魅力を知ってもらうチャンスをみすみす逃してしまっていると思うんです。お客さまが手に入れやすく、安定的に商品を楽しんでいただける状況をつくりだすためには、国内の日本ワイン業界として、数量と商品価値を両立させた定番商品を各社1~2アイテム実現し、日本中どこでも買える日本ワインが20~30アイテムほど、市場に展開されていく必要があると考えています。

本数の多いアイテムが実現できれば、コストが抑えられ、お客さまがもっと気軽に手に取れる価格になり、日本ワインの消費者を定着させられるはず。そうすれば、ぶどう栽培を継続的に儲けられる農業にすることができます。これからも、こうした取り組みを積極的に牽引していくことで、日本ワイン業界をよりサステナブルに進化、深化させていければと思います。

編集部のあとがき

これまで「日本ワイン」と聞くと何となく「特別な時に飲むワイン」という意識がありました。でも、ボトル1本1本に詰まったストーリーや産地・造り手のみなさんに思いを馳せ、日常の食卓で気軽に楽しむことが“日本ワインのあり方を変える”一歩につながっているのではないか―――。ワイナリーで美しく実る日本固有のブドウ品種「甲州」を見ながらそんなことを感じた取材となりました。

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