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あの夜のワインは、パイナップルの香りがした。 【#いい時間とお酒 スタッフリレー企画 #01】

12月1日からnoteのコラボ企画「#いい時間とお酒」が始まりました。

#いい時間とお酒 」を考えることが、ゆったりとした自分らしいお酒の時間の楽しみ方を見つけるヒントになれば。そんな想いから始まった企画です。

私たちも一緒に「 #いい時間とお酒 」を考えよう。そう呼び掛けて、集まったキリン社員の「 #いい時間とお酒 」のエッセイをこれから不定期にお届けします。

第1回目はSNS担当の田中 碧たなか みどり。新入社員時代に出会った一杯のワインの思い出です。

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今日は、この1杯のお酒をゆっくりと、時間をかけて味わおう。

週末とっておきのお酒を開けるとき、そんな風に私は小さな決意をする。おいしいお酒に出会うと、ついつい次のひと口がすぐ欲しくなってしまうけれど、時間をかけて味わうからこそ出会える美味しさもある、そう思うからだ。

そんな風に思うようになったのは、ある一杯のワインがきっかけだった。

あれは10年前のちょうど今ごろ。

当時、ピカピカの新入社員だった私は、社会人になって初めての年末を迎え、会社の忘年会に参加していた。その夜はにぎやかにみんながお互いの仕事を労いあい、無事に今年も終わることを祝って、ちょっといいワインを1本あけようということになった。せっかくの機会だからと私も手を挙げて1杯もらうと、それを見た隣に座っていた人が声をかけてきたのだ。

「ワインがお好きですか?」

別のチームでキャリアもずいぶん上の方だったので、あまり話したことはない人だった。ただワインに相当造詣が深い方であることは他の人から聞いて知っていた。

あのとき、私はなんと答えただろうか。当時、私は20代前半。友人ともビールやサワーを飲むことがほとんど。仕事も清涼飲料のWeb広報を担当していたので、ワインは機会があれば飲むものの、まだまだ距離がある存在だった。でも勉強してみたい気持ちはある。ずいぶん昔のことで記憶がおぼろげになってきてはいるけれど、そんなことを話したのではないだろうか。

話の流れでその人は教えてくれた。

「ワインは、香りはグラスを回す前と後の2回確かめるといいですよ。そうすると前後で香りが変わるのを楽しめるんです」

それまでの私は、香りの変化を楽しむという概念もなく、見よう見まねで何となくグラスを回して飲んでいたので目から鱗だった。しかし、果たしてそんなどのつくような初心者の私が繊細な香りの違いが分かるのだろうか…。そんな一抹の不安も覚えながら、教えられたとおりに実践することにした。

ところが、それは杞憂に終わった。ほんとうに1回目と2回目で香りが違うのだ。そして2回目のほうではブドウとはまた違う甘い香りがかすかに感じられる。その香りを確かに私はどこかで知っていた。

しばらく考えた末、あっと思い当たった。
そうだ、これはパイナップルの香りだ。

まさしくその時「これはトロピカルフルーツのような香りがしますね。南半球のワインに多いんですよ」とその人も言うではないか。それまではワインを飲んでも、それが好きか、好きじゃないかの感想しか浮かんだことがなかった私だったのに、急に「パイナップル」という言葉がとびだしてきた。しかも、あながち間違ってなさそうだったのも、またなんともうれしい。そうかぁ、ワインって土地によって味が違うというけれどこういうことなのかと、腑に落ちた瞬間だった。

その後も、ワインをゆっくりと楽しみながら、その人に香りだけでなく、時間をかけて飲むことで、はじめと終わりで味が変わること、ワインによってはおいしく飲むために栓を抜いて、すぐ飲まずにしばらく置いておくこともあるのだということも教えていただいた。

あの頃の私は、家族や気心の知れた友人とお酒を飲みながら、なんてことないくだらない話から、普段なら打ち明けられないような人生に深くかかわるような話まで 、とりとめもなく様々なことを話すことに楽しさを見出していた。今ももちろん、そんな時間も変わらず大好きで、かけがえのない尊い時間だ。けれどそれだけではない、これまで見過ごし続けてきたのであろう、お酒のかすかな香りやわずかな味わいの変化を見つける楽しさ。あの時ゆっくりとていねいに1杯のワインを見つめた時間はそれを教えてくれた。

それは、その時まで経験してきたものとはまた違う楽しさだった。

あれから10年が経った。

その夜をきっかけに、私にとってワインはぐっと親しみのある存在になった。もっといろんな香りを、味わいを知りたい。そう思うようになり、ワインを前よりも飲むようになったし、香りや味わいをゆっくりとていねいに感じ取ることを心がけるようにもなった。そうして、パイナップル以外にも、さまざまな香りや味わいにいくつも出合ってきた。そういう飲み方を覚えると、自然とビールやウィスキーといったワイン以外のさまざまなお酒の香りや味わいの個性にも目を向けるようになり、あの頃にくらべてお酒の楽しみ方がずいぶん広がったように思う。

そのきっかけをくれた人は、あの夜からほどなくして私のいた部署を離れ、その後あらためて言葉を交わす機会はもつことはなかった。けれど、今もなお、あの夜飲んだワインのパイナップルのような香りは鮮やかに思い出すことができる。そして、あの香りが気づかせてくれたことは、これまでも、これからもきっと、私の週末のお酒時間を豊かなものにしつづけてくれるはずだ。