“当たり年”に頼らない。日本で求められるワインの味わいと香りをたぐり寄せた開発担当の挑戦
メルシャンは今春から、新たな事業として「Mercian Wines(メルシャン・ワインズ)」に取り組みます。そのコンセプトは、世界の造り手と、メルシャンの造り手が、日本のお客さまのために「共創する」輸入ワインブランド。
2022年3月に発売する第1弾のラインナップは、2商品。
新進気鋭の造り手と組んだボルドーワイン、そして原産国の異なるワインをかけ合わせたブレンドワインです。
これまでにも同じ国内のブドウやワインを合わせる例はありましたが、オーストラリア産とスペイン産のワインを掛け合わせるような、国境を超えたブレンドはメルシャンでははじめて。前例のないワイン造りに挑んでいます。
“Mercian Wines Blends Perfect Blend(メルシャン・ワインズ ブレンズ パーフェクト・ブレンド)”と冠した、この新製品の開発を担当した一人が、メルシャン藤沢工場技術課に所属する、入社6年目の赤宗行三。
これまでにも、メルシャン主力製品の一つである『ボン・ルージュ』のリニューアルや、スパークリングワインにホップやピールをかけ合わせた意欲作『メーカーズレシピ』シリーズのコンセプト提案などに関わってきました。今回のブレンドワインでも、目指す味わいの方向性を決め、そこへ近づけるための試作を重ねてきました。
「目指す味わいのワインを実現するために、メンバーと共に、このプロジェクトに参画してくださるワイナリーを探し、どのワインを使うのかを決め、どういった配合でブレンドしていくのか…という一連の流れに参加しました」(赤宗)。
前例のない取り組みをいかにして形にまとめ、赤宗はそこから何を学んだのか。メルシャンにとっても、ワイン業界にとっても、意欲的な「二つの国のブレンドワイン」の開発を経て、彼のなかに広がったのは、ワインという恵みのさらなるおもしろさでした。
「日本のお客さまに好まれるワインの味わい」をまず知る
大学では農学を専攻し、卒業後にキリングループへ入社。「お酒好き」だったことから酒造関連を希望し、2016年にメルシャンへ配属された赤宗。まずは3年間、藤沢工場製造課で「ボン・ルージュ」などの製造、製造設備の検証などの業務を経験します。
その後、現在の藤沢工場技術課へ異動となり、ぶどう果汁の品質管理や調達、新製品の技術開発などに携わるなかで、輸入ワインに触れる機会も増えていったといいます。そんな経験も経てたどり着いたのは、今回の原産国違いという意欲的なブレンドワインの構想でした。
「品質の安定化などを目的に異なるワインを混ぜること自体は、藤沢工場でも主体とする業務の一つでしたから、原産国が違うものでも技術的には可能だろうとは思いました。ただ、世界的な問題になっているように、海運の乱れで輸入コンテナが届かないといった物流関係の取り回しや、原料調達のハードルの高さは率直に感じましたね」(赤宗)。
チームが正式に走り出したのは2021年4月。まずはチームとして、どのようなワインを造るべきかの方向性決めからスタートしました。今回のワインは、日常生活でも手に取りやすい1,000円以下価格で、なおかつ多くの人に親しまれることを目指すもの。目的地だけは決まっていましたが、はたして「どういった味なら、それを実現できるのか」は未知数です。
「まずは価格帯としても近しい人気の輸入ワインを50本近く集め、複数回にわたってテイスティングを行い、お客さまから好まれている理由を探りました。結果として、酸や渋みを感じさせるものよりは、少しだけ甘味があり、渋みや酸味が際立ち過ぎないことで飲みやすさを感じるという共通点が見えたんです」(赤宗)。
多くのワインを比べるなかで、チームは一つの事実にあらためて思い当たります。それは輸入ワインとは、あくまで原産国で飲む人のために造られるものを日本へ持ってきているのであり、必ずしも“日本のお客さまが飲みたいと思えるワイン”ではないということ。
日本のお客さまの味覚に合うものを造るためには、もっと柔軟な視点で考える必要があるのではないか。そう考えてたどり着いたのが、味わいの広がりを持たせるために「原産国の異なるワインをブレンドする」ということでした。
造りたい味わいとその手法が組み上がったあとには、消費者インタビューやブラインドテストを実施。その際、普段よく買うワインがあるという消費者へ、ラベルを隠して飲んでもらったところ、試作中のブレンドワインを「おいしい」と選ばれたこともあったそう。
「よくワインを飲まれる方はラベルで判断して選ぶことがある一方で、実はそれぞれの心のなかには、『こういう味わいを求めている』という好みがあるのだ、というのもわかりました」(赤宗)。
その本音に近づくことができれば、今回造ろうとしているワインは、日本のお客さまによろこばれる1本になり得る──
定性調査によって味わいの仮説に一定の正しさを見たことで、いよいよ求める味わいを実現する“原産国の違うワインを掛け合わせたブレンドワイン”を本格的に造り始めます。しかし、何よりも大変なのは、ここからでした。
世界中からサンプルを取り寄せ、味を知り続ける日々
「間違いなく、人生でいちばんワインを味わいましたね」
笑いながらそう語る赤宗の苦労を推し量ることなど、到底できません。それもそのはず、方向性が決まれども、それを実現させて店頭に並べるまでには、原産国の異なるブレンドワインにそびえる最大のハードルともいえるワイナリー探しをクリアしなければならなかったのです。
あらゆるワイナリーからサンプルを取り寄せ、検証を続ける日々。
メルシャン欧州事務所が持つワイナリーリストから、メンバーで手分けして依頼をかけるだけでなく、輸入実績のない国や新規取引先の場合は会社のウェブサイトから正面突破でコンタクトを取ることも。サンプルを一堂に集めて味を見ては、このワインで造りたい味わいができるのかといった、ブレンドワイン造りのための評価を続けました。
「メルシャン・ワインズ」プロジェクトリーダー・山口大輔の記事でも紹介したように、このプロジェクトでは「4つのクレド」を掲げています。それらへの共感や配慮といった観点も、ワイナリー選定にあたっては気を払わなければなりませんでした。
さらに、ワインとしての完成度を高めるべく、「マスター・オブ・ワイン(MW)」の有資格者の監修を受けて開発は進められました。MWはイギリスに拠点を置くマスター・オブ・ワイン協会が認定し、世界でも約400名しか有しないほど名声の高い資格です。
資格試験で成績優秀者にも挙げられたサム・ハロップさんと、日本在住の日本人としてはただ1人のMWである大橋健一さんをパートナーに迎えました。特にサムさんからは「フレッシュでジューシーな果実味を感じられることの重要性」を説かれたそう。その意見を得て、さらに定性調査での気付きを重ねるなかで、造りたいワインをより形にできたと言います。
「定性調査の時に、樽香のあるものと、果実味を優先したものをテストしていただいたのですが、実はお客さまからは香りに関するコメントそのものがあまり見られなかったのです。それならば、香りに関しては自分たちがいいと思うものに寄せ、サムさんの意見も交えて、基本的には果実味豊かな方向性に調整していくことが自分たちの求める方向だと固めていけましたね」(赤宗)。
「フレッシュさ」のために輸送や充填も見直し
すべてのワインが熟成によって良くなるとは限りません。目指すべきフレッシュさを実現するのであれば、なるべく造りたてに近いものが理想的です。
最終的に選び出したのは、北半球のスペイン産ワインと、南半球のオーストラリア産ワイン。季節が全く異なる2カ国だからこそ、常に半年ごとにフレッシュなワインが組み合わさる仕掛けです。サムさんの意見から導き出された、ブレンドワインの副産物的なメリットでした。
「フレッシュさを保つために醸造だけではなく、輸送についても見直しをしました。大きなところでは輸送中のワインの香味を維持するために、不活性酵母を加える方式に挑戦しました。近年、海外で見られるようになった方式で、日本では前例がなかったんです。
また、MWの大橋さんからもアドバイスをいただき、日本での包装ラインでも窒素などを用いて酸素混入による酸化を防いだり、これまでに以上に充填温度を下げることで香り立ちを良くしたりなど、見直しをしています」(赤宗)。
ワイナリーとの協力や掲げるクレド、製造技術といったあらゆる点から“フレッシュ”を突き詰め、まさにメルシャン・ワインズとしてのブレンドワインが結実していったのです。
メルシャン・ワインズは業界に対しても提案の一つに
「原産国の違うワインを掛け合わせるという面で良かったことは、狙った味わいや香りを造り込んでいけるところですね」(赤宗)
ワインは、いわゆる“当たり年”があるものと理解されています。それもワインの楽しみではありますが、常に求めるおいしさを飲みたいという観点からすれば、課題といっても差し支えないでしょう。今回のブレンドワインは、ワインごとの特徴を知り、配合を変えることでより安定的な味わいを実現できる。それは言い換えれば、お客さまへいつも「約束」ができる、ということと同義にも感じます。
「原産国の違うワインを掛け合わせることによるデメリットがあるとするならば、やはり調達の面での難しさはありながらも、一番大きいのは売り方の部分です。原産国やブドウ品種といった、これまで重視されてきたマーケティング手法が通じにくいですから。
もっとも、ワインはその製造過程からいっても、地域性をクローズアップせざるを得ない飲み物であることも理解できます。その点で、原産国違いのブレンドワインという存在は受け入れるのが難しかったかもしれません。ただ、最近は世界的にも、これまでのワインに対する考え方にとらわれない造り方を志すのが、一種のムーブメントになってきてもいます。その文脈の中では、メルシャン・ワインズの“Perfect Blend”も、まさに潮流に乗っている提案の1つだと思いますね」(赤宗)。
造り手の哲学が、何よりもワインを形づくる
日本のお客さまの味覚に合う、日本の食卓に置かれるワインとして、「いつでも好きなときに、好きなものと合わせて、飲んでもらえるものになってほしい」と願いを込めたといいます。
「定性調査のとき、ワインを飲むシーンとして、こんな声がありました。ワインを飲むのは、お子さんを寝かせてから。簡単なおつまみと合わせて、寝る前に楽しむことが多いと。その意見を聞いて、おつまみを選ばないことも味わいの方向性として重要ではないか、とメンバーと話し合ったんです。
ワインはフードとのマリアージュの提案もよく話されますが、今回のブレンドワインは単体で飲んでも違和感を覚えないことを目指しています。ぜひ好きな食べ物と合わせることはもちろん、単体でも楽しんでみてもらいたいですね」(赤宗)
そして、原産国の異なるブレンドワインを造った経験は、赤宗自身にも一つの大きな契機となったのだそう。プロジェクトメンバーとして海外ワインメーカーとの打ち合わせや、シャトー・メルシャンでのワイナリー研修にも参加し、ワイン造りのためにはブドウや製造技術も大切な一方で、何よりも造り手が「哲学」を持つことの重要性を学んだと言います。
「目指すワインを造るために、どのような哲学を持ち、その哲学を実現するために必要なことは何か。『メルシャン・ワインズ』では造り手との共創を掲げていますが、それならば海外の現地へ赴き、その土地のブドウと考え方を知り、技術を選択していくのが、やはり重要なのだと思い直しました。今はもっと、ワイン醸造について学びたい気持ちが高まっています。
ワインの楽しみ方は、多様性があってどこまでも深められます。1本で100万円を超えるものから、500円以下のものまである、価格帯からしても幅広いお酒です。これほど多様な楽しみ方があるものに対して、まずは飲む人にとってブレンドワインが、『ワインっておいしい、飲みやすくていいな』と知ってもらう入口になれたらいいですね。
そして、ワインの入口を一歩くぐってもらったら、品種の違いや産地の楽しみ方といった、さらに深まるワインの世界で遊んでもらう。『メルシャン・ワインズ』が、そのきっかけの一つになってくれることを願っています」(赤宗)。
編集部のあとがき
言葉に迷いがない。取材時の受け答えを聞いて抱いた赤宗さんの印象でした。
「間違いなく、人生でいちばんワインを味わいましたね」
こんな風に、赤宗さんは笑って振り返っていましたが、きっと気の遠くなるような試行錯誤を繰り返して、ようやく自分なりの「答え」にたどり着いたのだと思います。今できることはやり切った、そんな爽やかな充実感があるから、受け答えに迷いがないように映ったのかもしれません。
とはいえ、赤宗さんの中に慢心はないようで、取材中「もっと学びたい」「もっとできることがあるのでは」という言葉も聞きました。商品名についた「パーフェクト」という言葉も、「これ以上ない」ということではなく、「よりパーフェクトなものに挑戦し続ける」という想いが込められている、とも仰っていました。
赤宗さんが挑む日本のお客様に合うワイン造りの「これから」がとても楽しみです。