ノンアルが豊かな時間をつくる。『Bar Straw』赤坂真知さんと考える、これからのノンアル
2024年9月3日、メルシャンからノンアルコールながら“ワインらしい味わい”を楽しめる『贅沢ワイン気分 スパークリング 白・ロゼ』が発売されました。メルシャンがこれまでに培ってきた技術を活用し、「ノンアルコールならではの価値を提供しよう」という新たな試みです。
お酒の代替品ではない、 “ノンアルコールならではの価値”とは、どんなものなのでしょう。
そこで今回お呼びしたのは、ノンアルコール専門のプロジェクト『Bar Straw』を主宰し、イベントやポップアップで活躍しているフリーランスバーテンダーの赤坂真知さん。
『贅沢ワイン気分 スパークリング 白・ロゼ』を担当したメルシャン マーケティング戦略部の齊藤 恵が赤坂さんと、それぞれのノンアルコール飲料の味づくりへのこだわりや、 ノンアルコールだからこその魅力について語り合いました。
選択肢の少なさが、今の仕事につながった
─『Bar Straw』バーテンダーの赤坂真知さんと、メルシャン マーケティング戦略部の齊藤恵さんは、ともに “ノンアルコール商品”に着目し、個人と企業それぞれの立場でお仕事されていますよね。
赤坂真知(以下、赤坂):僕はふだん、フリーランスのノンアルコールバーテンダーとしてイベントに出店しています。個人で活動しているので、こうして企業で商品を開発されている方とお話できる機会はすごくうれしいです。齊藤さんは具体的にどんなお仕事をされているんですか?
齊藤 恵(以下、齊藤):今日はどうぞよろしくお願いします。私はメルシャン株式会社のマーケティング戦略部で、商品開発を行っています。ワインを中心に広くお酒を扱っているなかで、ノンアルコール領域を担当しています。
─お二人は、どのような背景からノンアルコールに注目するようになったのでしょうか?
齊藤:キリンが最初にアルコール分0.00%のノンアルコール商品を発売したのは2009年。当時、飲酒運転による事故が社会問題になっていました。そこで、ノンアルコールビールテイスト飲料の『キリンフリー※1』を打ち出したんです。
メルシャンでも、2011年にノンアルコールのワイン領域では初となる『メルシャンフリー スパークリング※2』を発売し、2020年に『メルシャンスパークリング アルコールゼロ』、最近ではファンケル『カロリミット』とコラボした『カロリミット ノンアル梅酒テイスト』を開発するなど、ノンアルコール商品の価値を広げる試みを続けてきました。
ノンアルコール商品を打ち出した当初は、「本当はお酒が飲みたいけれど、飲めないから仕方なくノンアルコールを飲む」というネガティブな印象が世間的に強かったと思います。ですがここ数年で、仕事や子育ての合間のランチタイムや気分転換に、積極的にノンアルコールを選択する方も増えています。
こうした需要の広がりもあり、今回は少し贅沢なシーンに嗜むスパークリングワインにフォーカスした『贅沢ワイン気分 スパークリング 白・ロゼ』の開発に至りました。
齊藤:赤坂さんは、どういったきっかけでノンアルコールバーテンダーになられたんですか?
赤坂:僕はもともとアルコールのカクテルに興味を持ったのがきっかけなんです。一口飲んだときの味や、鼻から抜ける香りの複雑さがおもしろくて、一消費者として楽しんでいました。
ちょうどその頃、イベントや編集の会社を営む友人から「ノンアルコール専門のバーイベントをやろうと思っているんだけど、やってみない?」という話をもちかけられて。そこで初めて、ノンアルコールの世界に飛び込んだんですよ。そこから知り合いが仕事としてポップアップの出店などに声をかけてくれるようになって、今の肩書きにつながっています。
齊藤:イベントがきっかけで、今の『Bar Straw』を確立したんですね!実際にノンアルコールバーテンダーになってみて、どうですか?
赤坂:この職業を始めて気付いたのは、レストランや居酒屋でのノンアルコール商品の少なさ。世界中の人々がスピリッツやカクテルにクリエイティビティを費やしてきた長い歴史があり、街はバーで溢れ返っている。一方で、凝ったノンアルコールが飲める場所ってほとんどないんですよね。
例えば、体調や仕事、車の運転など、さまざまな理由でお酒を飲めない人には、ウーロン茶やコーラくらいしか選択肢がないんですよ。そんなときに、ちょっとひと捻りあるノンアルコールがもっとあればいいのにな、と感じていて。
だからこそ、僕がノンアルコールの選択肢を広げる役割を担うことで、これからは「飲めない」「あえて飲まない」といった方々の時間やコミュニケーションがもっと豊かになるといいなと思って活動を続けています。
ノンアルコール市場の広がりと可能性
─ここ数年でさまざまなノンアルコール商品が登場し、コンビニやスーパーでも目にする機会が増えてきたと感じます。実際にお客さまからはどのような声が挙がっているのでしょう?
齊藤:近年では、コロナ禍を経て健康意識の高まりやおうち時間の増加が影響して、ノンアルコールを選ぶ方が少しずつ増えてきている印象です。
お客さま調査でも「ノンアルコール商品がおいしくなってきている」というお声を聞くようになりました。今では“酔わずにお酒気分を味わえる”というポジティブなニーズが広がっているのではないでしょうか。
赤坂:そうなんですね。正直、僕がノンアルコール業界に従事してからの5年間で 、自分と同じようなプレイヤーは増えていないんです。そんななか、アルコールを扱うバーテンダーやソムリエは増え続けている。
なので、僕の周りではノンアルコール飲料の広がりをまだあまり感じてはいないのですが、実際にそうした評価がお客さまから挙がっていて、数字に表れているというのはうれしいですね。
齊藤:さらに調査では、ノンアルコールもお酒のように贅沢な気分で楽しみたいというニーズがあることも分かりました。そこで、2021年に発売したのがノンアルコールサングリア『MOCK Bar(モクバル)』です。
ノンアルコールの価値を提供するために、お酒のカテゴリーのなかでも贅沢さやご褒美感のイメージのあるサングリアを選びました。メルシャン独自のワインエキスやスパイス・ハーブをきかせた複雑な味わいが「特別感を感じる」とお客さまからご好評いただいています。
齊藤:しかし、ノンアルコールのなかでも「ワイン」の需要はまだまだ狭いのが現状。市場をもっと盛り上げたいというチャレンジの気持ちも込めて、今回の『贅沢ワイン気分 スパークリング』が生まれたんです。赤坂さん、飲んでみていかがですか?
赤坂:うん、おいしいですね。特に『贅沢ワイン気分 スパークリング 白』は香りや飲み口にお酒っぽさを感じます。どんなところを意識して味づくりをされたんですか?
齊藤:ワインらしい飲み口に近づけるために、「香りと後味の余韻」にこだわりました。ワインのアルコール発酵からくる特有の香りを、アルコールを生成しない乳酸菌発酵で再現することで、ワインのような華やかな香りが口のなかに広がるのを感じていただけるかと思います。また、加熱したブドウ果汁をブレンドすることで後味の余韻も表現しています。
赤坂:このサイズにも理由があるんですか?
齊藤:飲み切りやすさを意識しています。ノンアルコール飲料は、誰かと一緒に飲むというよりも「相手がお酒を飲んでいるけれど、自分はノンアル」という場面や、食事シーンでの飲用が多いと思うんです。なので、あえて290ml缶にして一本飲み終えられるサイズに設定しました。
─お二人が目指すノンアルコールの価値や楽しみ方とは、どういったものなのでしょう?
齊藤:ノンアルコール商品がおいしくなってきているという認知が広まりつつある一方で、同じ金額を払うならばお酒を選ぶという人はまだまだいると思います。お酒が持つ価値とは、単に味や酔いだけでなく、料理と合わせたり、誰かと語らいながらじっくりと味わう贅沢な時間にもつながると思っていて。
一方で、アルコールに強くない方や、控えたいと思っているけれど、お酒の場や雰囲気が好きだという方にも「いい時間」を提供できるというのが、ノンアルコールの価値になるのかもしれません。
例えば休日のランチで、「今お酒は飲めないけれど、このパスタにおいしいワインを合わせたいな」と思うことってありますよね。そういった食事とワインのペアリングを楽しむときの贅沢感や上質な時間をノンアルコールでも提供できたら、もっと楽しみ方や選択肢が広がると思うんです。
だからこそ「仕方なく飲むもの」ではなく、「頑張ったご褒美にあえてノンアルコールを選ぶ」という“贅沢需要”をもっと増やしていきたいと思っています。
赤坂:たしかに、今まではそういうときにブドウジュースしか選択肢がなかったですよね。ちょっと特別な食事に、気が利いたドリンクがあるとすごくうれしいと思います。
僕自身、活動するなかでノンアルコール飲料を単体で何杯も楽しんでもらうのは現実的に少し難しいなと思っています。だからこそ、ノンアルコール飲料と何かを掛け合わせる化学反応のようなものが必要だと感じていて。
板橋・蓮根にある『PLANT』というお店で、2か月に1度開催されているモーニングイベントでペアリングドリンクを提供してるのですが、モーニングという特別なシチュエーションに合わせた飲み物としてノンアルコールは十分に成立している印象です。お客さまもわざわざ早起きをしてくれて、その非日常感を楽しんでいるんですよ。
朝からアルコールを飲まない方でもノンアルコールは飲めるし、プラスアルファでちょっとしたワクワク感も提供できると感じています。そういうふうにフードと合わせたり、お酒ではなく、あえてノンアルコールを楽しむ場をもっと増やしていきたいなと思っています。
お酒の代替品だけではない、ノンアルコールの魅力
─お客さまが求める「ジュースっぽくなさ」とはどのようなものでしょうか?
齊藤:お客さまのお声を聞いていくなかで印象的だったのは、例えば350mlの缶の蓋をプシュッと開けてグラスに注ぐという行為自体が“お酒を飲んでいる”という感覚につながっているということ。それに加えて、ジュースとは異なる味わいの複雑味や爽快感・喉越し等が「ジュースじゃない」という気分にさせてくれる。その点が、清涼飲料水との大きな違いかなと思います。
赤坂:僕は、お酒とそれ以外の違いは“重さ”だと思っています。例えば、バーで出てくるようなウィスキーのストレートやロックって30mlしか入っていない。だけど、飲むのに長い時間をかけられて、満足感を感じられるのはアルコールが持つ重量感があるからなんです。
ノンアルコールでその重みをどう表現するかを考えたときに、一口飲んだときの味わいや香り、テクスチャーが多層的に混じり合っていることが重要だと思っています。つまり、ゴクゴク飲めないような複雑さが必要。先ほど齊藤さんのお話にもありましたが、ちょっとずつ味わって飲みたいという気持ちが、時間的・金銭的な価値につながっているのではないでしょうか。
齊藤:たしかに、お酒以外にゆっくり味わって飲めるものって少ないですよね。
赤坂:そこで思うのは、コーヒーとエナジードリンクのすごさ(笑)。どちらも重さがありますし、ゴクゴク飲めないけど、そこにお金をかける人も多いですよね。コーヒーの重さの由来はカフェインですが、やはりコーヒー好きは多いですし、カフェがたくさんあるのも需要があるからこそ。
あとはエナジードリンクもすごいと思っています。名前自体がパンチワードですし、その通称が人々の生活のなかで成立しているなんて、なかなかないことですよ。
─赤坂さんがもしノンアルコールのプロダクトを作るなら、どんな商品が理想ですか?
赤坂:僕がプロダクトを作るならば、“ノン”アルコールや“モク”テル(mock=似せる)のような否定語を使わないで、 “エナジードリンク”のような新たな言葉、新たなジャンルの飲みものが理想です。正直なところ、ノンアルコール商品の市場を拡大することは結構難しいと感じていて。お酒の代替品という立ち位置はなかなか超えられないと思っています。
だからこそ、“ノンアルコール”というワードを入れない、新たなカテゴリーで勝負したいなと。そういう意味で、キリンさんのような大きな会社がどういった展望でノンアルコール商品を開発しているのか、すごく気になります。
齊藤:私たちにとってのノンアルコール商品の開発は、世間の“お酒離れ”というメルシャンが抱える課題への解決方法の一つです。アルコールカテゴリーを超えることは難しいですが、今後お酒を飲まない人々が増えていったときに、お茶や清涼飲料水とは異なる“少し贅沢な選択肢”を提供したいと思っています。
現状、ノンアルコール商品を飲んでいる人のほとんどは、ふだんお酒を飲んでいる方々なんですよ。お酒を飲みたいけど今日は控えておこうと思うシチュエーションのときにでも、「酔わずにお酒気分が味わえる」「アルコールじゃなくてもおいしい」という価値がノンアルコール商品に求められているように感じます。その選択肢を増やすことが、我々の使命にも感じますね。
人生を豊かにしてくれる、特別な体験や時間を
─今回は、赤坂さんも実際にノンアルコールカクテルを作ってくださいました。
赤坂:ライチジュースをベースに、ジャスミン茶を12時間以上コールドブリューしたものでカクテルを作りました。「コールドブリュー」ってコーヒーでよく使う抽出方法なのですが、カクテルにも応用できるんですよ。
先ほど話したような“重さ”を表現しようと思うと、味が薄くなる水やソーダはベースに不向き。だから今回はライチジュースを採用しました。そうすることで、味の複雑さを表現できます。そこに生姜とアップルのビネガーをブレンドして、香りをより豊かにしています。
齊藤:すごくクリアで綺麗な色!この色味はどこからきているんですか?
赤坂:ハイビスカスの色です。酸味や少しの苦味もそこからきていますね。実はその透明感にも秘密があって、「アガー」という寒天に似た食材を溶かして酸と反応することでクリアになっているんです。同じ容量で牛乳を用いるバーテンダーの方もいますね。実は結構手間がかかってるんですよ(笑)。
齊藤:一口目と飲み進めたときで香りや味わいの印象が違うように感じます。これが、おっしゃっていた“複雑さ”なんですね。余韻も心地よくて、「ノンアルコールカクテルを飲みたい」という動機付けになるような味だと思います。
赤坂:こうした複雑な味わいのドリンクって日常でなかなか出会えないからこそ、人々の知的好奇心をくすぐることができると思うんですよ。ノンアルコールは、本や映画、音楽と同じように新しい扉を開いてくれるもの。もしかしたら生きていくうえでは必要のないことなのかもしれませんが、人生を豊かにしてくれる。そうした特別な体験や時間を、少しでも多くの人々に味わってほしいですね。
齊藤:まさに、私たちメルシャンもノンアルコールの商品を通じてお客さまに特別なひとときやご褒美感を提供することを目指しています。そして、ノンアルコール商品の持つ価値をさらに広めていきたい。今回の商品が、ノンアルコールの新たな選択肢の一つになれたらうれしいです。
文:川端うの(FIUME Inc.)
写真:成瀬 陽介
編集:RIDE inc.