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日本産希少ホップ「IBUKI」が生み出す『晴れ風』の味わい。秋田県横手市の生産地を訪ねて

キリンが17年ぶりに発表したスタンダードビールの新ブランド(※)『キリンビール 晴れ風』。
味わいだけでなく、今の時代だからこそのビールの在り方を追求した『晴れ風』には、柑橘系の爽やかな香りが特長の日本産希少ホップ「IBUKI」を使用しています。

キリンが日本産ホップの生産に取り組み始めたのは1919年のこと。第一次世界大戦によってドイツ産ホップの輸入が途絶えたのがきっかけでした。それから100年以上、キリンは日本産ホップの生産に関わり続けています。

秋田県横手市は、市町村別のホップ生産量で何度も日本一に輝いており、キリンと50年以上契約栽培をしている重要な産地の一つです。特に大雄たいゆうというエリアでは、『晴れ風』に使用している「IBUKI」も多く作られています。

今回は、横手市大雄でホップ農家を営む小棚木裕也さんのもとを、『晴れ風』のブランド担当である野際陽介が訪れました。

※ プレミアム・クラフト・販売先限定品・既存ブランド派生品を除く


秋田県横手市へUターン。ホップ栽培のおもしろさと専業農家としての道のり

『晴れ風』ブランドマネージャーの野際陽介

【プロフィール】野際 陽介のぎわ ようすけ
2009年キリンビバレッジ入社。2020年より、キリンビール マーケティング部にて『淡麗』や『一番搾り』ブランドを担当し、現在は『晴れ風』ブランドマネージャーとして全体を統括。

野際:はじめまして。キリンビールで『晴れ風』のブランド担当をしている野際と申します。本日はよろしくお願いいたします。

小棚木:秋田県横手市大雄でホップ農家をしている小棚木です。よろしくお願いします。

野際:私は、『晴れ風』開発当初から担当しており、中味開発やコミュニケーションといった幅広い業務に関わりながら、『晴れ風』をより多くのお客さまにご愛飲いただくために何をすべきかを日々考えています。

今回は、『晴れ風』でも使用している日本産希少ホップ「IBUKI」の生産者の方々にお会いするため、秋田県横手市に来ました。小棚木さんは、こちらが地元なんですか?

ホップ農家の小棚木裕也

【プロフィール】小棚木 裕也こたなぎ ゆうや
秋田県横手市出身。地元の高校卒業後、県外の自動車メーカーに勤務していたが、ホップ栽培を支援する企業から声をかけられ、約11年前にUターン。現在は、キリンの契約ホップ「IBUKI」をはじめ、クラフトブルワリー向けの外来ホップや他の野菜の栽培も手掛けている。

小棚木:生まれも育ちも横手市の大雄です。高校を卒業したあとは県外の自動車メーカーで働いていたんですけど、こっちでホップ栽培を盛り上げようとしている会社から声をかけてもらって、戻ってきました。今から11年くらい前ですかね。

野際:いつかは地元に戻ろうと思っていたのでしょうか?

小棚木:いや、まったく考えていなくて。うちは祖父の代からホップ農家なんですが、農業に対して「大変な仕事だな」というイメージがあって、やりたいとは思っていなかったんです。だけど、声をかけてくれた会社がホップを使ったさまざまな事業をしていたので、会社員として農業に関わるならいいかなと思って。

戻ってきて最初の1年は、ホップを使った商品開発を行っていました。でも、2年目からは3ヘクタールのホップ畑を任されて、商品開発に必要なホップ栽培を担当することになったんです。

秋田県横手市大雄の風景
秋田県横手市大雄の風景

野際:いきなりその規模を任されるのは、かなり大変だったんじゃないですか?

小棚木:さすがに無理ですよね(笑)。3ヘクタールって、東京ドームの半分以上の広さで、現役の農家でもなかなか扱わない規模ですよ。農業経験もなかったので、まずは父にホップの作り方を教わり、そこからいろんな農家さんに会いに行きました。そこで学んだことが、今の自分の知識と技術の基礎になっています。

秋田県横手市大雄のホップ圃場
ホップ圃場

野際:実際にホップを作ってみて、どんな印象を持ちましたか?

小棚木:最初は何もわからないので、大変でした。でも、あるとき茨城の常陸野ネストビールさんと知り合い、そこでホップには外来品種があることを知ったんです。試しに栽培してみたら、いろんな品種や形のホップがあることがおもしろくて、そこで初めてホップ栽培が楽しいと感じました。自分で栽培を始めて5年くらい経ったころですかね。

今は、キリンさんと契約している日本産ホップ「IBUKI」や、クラフトブルワリー向けに海外品種のホップ、そしてほかの野菜も栽培しています。

「IBUKI」の個性が生み出す、『晴れ風』のおいしさと飲みやすさのバランス

ホップ畑の中で『晴れ風』の缶を手に持つ小棚木

野際:『晴れ風』では、小棚木さんをはじめとする東北のホップ農家の皆さんが生産してくださった「IBUKI」を使用しています。キリンが新しいスタンダードビールをつくるにあたり、「IBUKI」を選んだ理由は二つあるんです。

一つ目は、味わいです。ビール離れが進んでいる理由の一つとして、ビールの過度な重さや酸味からくる飲みづらさを挙げる方が多いことがわかりました。そうした方々にもビールをおいしく飲んでいただけるよう、「ビールのうまみ」がありながらも、「飲みやすさ」が両立した、バランスよい味わいのビールが必要だと考えたんです。「IBUKI」の持つ柑橘系の爽やかで奥ゆかしく広がる香りが、『晴れ風』のおいしさをつくるために必要だと思いました

もう一つは、日本の風物詩を守り、未来につなげるための “晴れ風ACTION”という取り組みです。春のお花見や夏の花火大会など、ビールは季節の風物詩とともに楽しまれてきました。しかし、自治体の資金難や少子高齢化などのさまざまな要因から、保全や継承ができず、失われつつある地域もあります。今度はビールからの恩返しとして、『晴れ風』の売上の一部で各地の風物詩の保全・継承を支援できればと考えました。

今の時代に生まれるビールだからこそ、できることがあるのではないか?
そんな想いを込めたブランドなので、これまで長くキリンを支えてくれた日本産ホップ「IBUKI」を使いたかったんです。

小棚木:そういう熱い想いがあったんですね。初めて知りました。

野際:『晴れ風』が広まることで、日本産ホップや生産者の方々にも注目が集まるといいなと。寄付だけでなく、「IBUKI」のことを知ってもらうことも恩返しにつながると信じています。地域や産業に貢献できるブランドになれたらうれしいです。

たわわに実った収穫前のホップ「IBUKI」
たわわに実った収穫前のホップ「IBUKI」

野際:いろんな種類のホップを育てているなかで、「IBUKI」はどんな特長があると思いますか?

小棚木:「IBUKI」はとても洗練されたホップだなと思います。日本の気候にもよく合っていて、収穫量も安定して多いんです。ただ、栽培にはすごく手がかかって。海外品種と比べると作業工程が多くて、丁寧に手をかける必要があります。そういう細かな作業は、日本人の性格には合っているかもしれませんけど(笑)。

野際:その手間ひまが、『晴れ風』の香りや味わいにしっかりと反映されていますね。小棚木さんをはじめとする生産者の方々が丹精込めて育てたホップが使われているからこそ、ただの新商品ではなく、モノづくりの精神が詰まった素晴らしいビールになったんだと思います。
今日は『晴れ風』をお持ちしたので、よかったら飲んでみませんか?

小棚木:いいですね。ぜひ飲みたいです。

ホップ栽培担当の小棚木が『晴れ風』を飲んでいる様子

小棚木:あー、おいしい。キリンさんのビールって、ガツンとした飲みごたえのイメージがありましたけど、『晴れ風』は本当にスッキリしていて全然違いますね。香りも「IBUKI」の特長がしっかり出ています。

野際:ありがとうございます。『晴れ風』は麦のうまみもしっかりありますが、スッと抜けるクセのない味わいが特長です。「IBUKI」が持つ奥ゆかしい柑橘系の香りが、重要な役割を担っています。
『晴れ風』では繊細な香りを感じてもらえるように、ホップを添加するタイミングにまでこだわることで、味と香りのバランスがよく、日本のお客さまの味覚に合う味わいになったと思います。

『晴れ風』ブランドマネージャーの野際陽介とホップ栽培担当の小棚木が対談している様子

小棚木:ガツンとしたビールは、最初はいいけど、だんだん重く感じることもありますよね。だけど、『晴れ風』は飲みやすくて、香りもいいので贅沢な気分になります。

野際:麦の豊かさやガツンとした飲みごたえは、ビール好きな方はよろこんでくださるんです。だけど、『晴れ風』はビール好きはもちろん、普段あまりビールを飲まない方にも楽しんでもらえるように、飲みやすさを追求し、ビールのおいしさもしっかりと感じられる、究極のバランスを目指しました。

『晴れ風』の原料は麦とホップと水だけですが、何か一つを強調しようとすると全体のバランスが崩れてしまいます。ホップを引き立てると麦のよさが薄れてしまったり、麦を強調するとホップが消えてしまったり。各要素のバランスを取るために試行錯誤を繰り返しました。

横手市のホップ産業の現状と未来を考える

『晴れ風』ブランドマネージャーの野際陽介とホップ栽培担当の小棚木が対談している様子

野際:小棚木さんは、大雄で最年少のホップ農家さんだとお聞きしました。若い立場から見た、この地域のホップ栽培の現状をどのように感じていますか?

小棚木:うーん、ちょっと厳しい状況だと思います。人手も減ってきているし、今まさに頑張りどころという感じです。

野際:同世代の農家さんは少ないのでしょうか?

小棚木:農家さんはいるのですが、ホップを育てたいという人はあまりいないですね。自分は父がホップ栽培をしていたので身近な存在でしたけど、ほとんどの人にとっては馴染みがない作物なので、栽培の選択肢に入らないんです。仮にホップを知っていたとしても、何メートルもある圃場の棚を見たら、大変そうって思いますよ。だから、ホップの生産者は減少し続けているのが現状です。

『晴れ風』ブランドマネージャーの野際陽介がメモを取っている様子

野際:そうした現状に対して、何かできることはあると思いますか?

小棚木:そうですね。これは農家あるあるなんですけど、自分の作ったものが市場に出たあとのことって、なかなか見えない部分が多くて。実は、僕も自分が育てた大雄のホップが『晴れ風』に使われているのを知ったのは最近でした。そうなると、収穫量を増やすことが唯一のモチベーションになってしまうんですよ。

野際:自分たちの作ったホップが、どんな商品としてお客さまに届いていて、楽しんでいただいているか、生産者の皆さまにしっかりと伝わっていないのは、私たちも反省すべき点があります。

大切に育てられたホップが、おいしいビールを造るためにどれほど重要かをお伝えすることで、ホップの価値をより多くの方に理解していただける。そして、ホップ栽培に興味を持っていただけるきっかけになるかもしれません。
『晴れ風』のテーマは「ビールからの恩返し」なので、このブランドを通じて、皆さんが丹精込めて作ったホップに、少しでも興味を持っていただけるよう、貢献できればと思っています。

『晴れ風』の缶に書かれた表記をアップで撮影した写真

野際:大雄のホップ産業が危機的な状況にあるとお聞きしましたが、市町村別の生産量では日本一という素晴らしい実績もあります。今後、大雄のホップ産業がどのようになっていくことを望まれますか?

小棚木:正直なところ、かなり厳しい状況です。ホップの栽培は一人でもできますが、収穫は一人じゃできません。だから、続けたいと思っていても、後継者不足などの状況次第では続けられなくなる可能性もあって。それが一番の課題なんです。離農する人がもっと増える前に、早く動かないといけないですけど。

『晴れ風』ブランドマネージャーの野際陽介とホップ栽培担当の小棚木が対談している様子

野際:そうした状況に対して、私たちができることは、おいしいビールを造り、そのビールに使われているホップの素晴らしさを伝えることだと思います。それが産業や地域の活性化につながるのではないかと。

これまで、期間限定のビールを除いては、特定のホップ品種を前面に押し出したブランドはあまりありませんでした。しかし、通年型のブランドでホップの品種をアピールできるのは『晴れ風』の強みです。これからも、素晴らしいホップが使われていることをしっかりと伝えていきたいと思います。

手元に『晴れ風』の缶を持つ小棚木

小棚木:日本産ホップに注目してもらえるようなブランドができる。こうしたチャンスはなかなかないと思うので、『晴れ風』がこれからも続いていくように、ぜひキリンさんには頑張ってほしいと心から思っています。

野際:生産現場の現状を知ってもらうことが、解決への第一歩かもしれない。小棚木さんとお話していて、そう感じます。
私たちはビールを通じて人や地域のつながりをつくっていきたいと考えていて、“晴れ風ACTION”といった取り組みを行っています。それを原料からも始められると、どんどんつながりの輪が広がって、地域や産業にいい変化をもたらすことができるのではと思いました。『晴れ風』を通じて、そういった取り組みを進めていきたいですね。

小棚木:熱い言葉ですね(笑)。野際さんの話を聞いていたら、もう少し頑張ろうという気持ちになりました。今まで「このホップは何に使われているんですか?」って聞かれたときが一番困っていたんです。だけど、これからは『晴れ風』を飲んでみてくださいって自信を持って言えるので、僕もしっかり伝えていこうと思います。

関わる人々の想いを背負ってビールを造る責任

ホップ畑で二人が話している様子

野際:今日はホップ生産者の方とお会いできて、本当によかったです。小棚木さんのお話をうかがって、『晴れ風』というブランドが成長していくことで、使用する「IBUKI」の量が増え、生産者の方々に少しでも恩返しできるかもしれないと感じました。
『晴れ風』に日本産ホップが使われていることを知ってもらうだけでは、現状が一気に変わるわけではないですけど、少しでも役立てる可能性はあるのかなと。

私たちは、多くのつながりを大切にしながら、このブランドにどんな人の、どんな想いが詰まっているのかを意識して、責任を持って育てていかなければなりません。売れなくなってしまったら、ホップをはじめ、桜や花火といった風物詩の支援もできないので。そういった役割も担っているんだなと思うと、気が引き締まります。小棚木さん、ぜひホップ作りを続けてくださいね。

小棚木:やめないですよ。今日の話を聞いて、責任重大だなと思ったので。もう逃げられませんね(笑)。

ホップ畑で二人が話している様子

小棚木:自分としても、野際さんたちの想いを少しでもホップで表現できたらと思います。収穫量を増やすことが基本ではあるんですけど、それだけじゃなくて。手間をかけることで、よりよいホップが育つことを実感しているので、その手間を惜しまずに取り組んでいこうと思います。

野際:そうして手間ひまかけて作っていただいていることを、お客さまにもきちんと伝えていくのが私たちのやるべきことですね。それによって、ビールのおいしさがより一層伝わると思いますし、価値も感じていただけると思います。

ホップ畑で二人が話している様子

小棚木:ホップ栽培は、1年1年が本当に大切です。年に1回しかチャレンジできないので、今32歳の自分にとって、これからホップを作るチャンスはおそらく30回くらいしかない。やり直しがきかない仕事だからこそ、「この作業を怠ったら未来が変わってしまうかも」と常に思うんです。後悔しないように、ビールを造る人や飲む人のことを意識しながら、来年のホップ栽培につなげていこうと思います。

野際:とても貴重な意見をいただく機会となりました。ありがとうございます。

小棚木:こちらこそ、お話しできてよかったです。ありがとうございました。

文:阿部光平
写真:土田凌
編集:RIDE inc.

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