人手不足の自販機業界をAIは救えるか?AIサービス「Vendy」で変える働き手の未来
全国に約400万台ある自動販売機。日本は「自販機大国」とも呼ばれるほど、私たちの生活に欠かせない存在となっています。そんな自販機業界の売上高は、なんと約4.7兆円にも上ります。
しかし、このビジネスを支える裏側では、商品補充や在庫管理、メンテナンスといった多くの作業が人手によって行われています。さらに、業界全体では深刻な人手不足や業務の非効率といった課題が常態化しているのも現状です。
そこで2024年10月、キリンビバレッジは自動販売機の運用を効率化する新たなサービス「Vendy」を導入しました。ソフトバンクが開発したこのシステムは、在庫管理や補充ルートの最適化、商品構成の提案をデータとテクノロジーの力で実現。AIを活用することで、さらに精度の高い運用が可能となり、これまで経験と勘に頼っていた業務を一変させる画期的なサービスです。
キリンビバレッジは2025年9月までに全国約8万台への導入を目指し、業務時間の約1割削減と約5%の売上増を見込んでいます。しかし、「Vendy」が目指すのは業務効率化だけではありません。
ソフトバンクでVendyを担当する五十嵐桂馬さんと、キリンビバレッジでオペレーション改革を推進する吉岡弘隆に、開発の経緯や今度の展望、そして業界の未来について聞きました。
自販機業界が抱える「人手不足」と「業務の非効率」。その背景と課題
─まずは、キリンビバレッジの吉岡さんにお聞きします。Vendyを導入した背景にある、自販機業界の課題を教えてください。
キリン 吉岡:自販機業界にとって、人手不足は永遠の課題ですね。私は1999年から自販機業界に身を置いていますが、以来20年以上にわたり、常に人手が足りない状況が続いています。
これはキリンビバレッジだけでなく、同業他社にも共通する課題です。特に、長期的に働きやすい環境づくりが難しい一面があり、人材の定着に苦労している企業が多いのが現状です。
また、業務に非効率な部分が多いことも大きな課題です。自動販売機は「自動」とうたっていますが、実際には一台一台、必ず誰かが定期的に商品補充や管理を行わなければならず、これが予想以上に大変な作業なんです…。
─具体的にはどのような作業で苦労しますか?
キリン 吉岡:例えば、ビルの19階に設置された自販機の場合、まず19階まで上がり、専用端末で自販機と通信して在庫状況を確認。その後、再び1階まで降りて商品を取り、再度19階まで上がって補充するという手間のかかる工程が必要でした。
2010年代半ばになって、ようやくオンラインで在庫管理を行うシステムを導入し、解決に至りました。ただ、こういった手間はほかにもたくさんあるんですね。
キリン 吉岡:さらに、現場で補充を行う担当者の仕事には、売上予測も含まれます。例えば、季節の変わり目に毎日の気温を見ながら、温かい飲料と冷たい飲料の構成変更を行います。ホット飲料には2週間という加温期限があり、在庫を抱えすぎるとロスにつながってしまう。かといって、品切れを起こせばお客さまにご迷惑をおかけすることになります。
現状では、担当者が判断して補充量を決めていますが、当然ながら時には予測が外れることもあります。
─現場の経験と勘に頼っている部分が大きいのですね。
キリン 吉岡:そうなんです。自販機一台ごとの補充だけでなく、一日に複数台を回る際のルート作成も同様です。自販機には、それぞれ立ち寄れる時間帯や曜日などさまざまな制約がありますので、これを踏まえて効率的なルートを毎日組み立てる必要があります。この業務はとても複雑で、経験が必要なため、ベテラン社員が半日かけて行うこともあります。
自販機ビジネスは、一見自動化されているように見えて、実は多くの人手と経験に支えられている業界なのです。
トラックに同乗して見えた現場の課題とは?ソフトバンクがVendyを開発した理由
─続いて、ソフトバンクがVendyの開発に至った経緯を教えていただけますか?
ソフトバンク 五十嵐:私の所属しているデジタルトランスフォーメーション本部は2017年に設立され、パートナー企業と共創しながら社会課題を解決することをミッションに、新たな事業を模索していました。
そのなかで、全国に約400万台ある自販機が、お客さまとの重要なタッチポイントとして大きな可能性を秘めているのではないかと考えたのです。
ソフトバンク 五十嵐:最初はアプリを活用した売上向上の施策なども検討していましたが、業界を調査していくなかで、少子高齢化による人材確保の課題や、ベテランと新人の間にあるノウハウのギャップなど、吉岡さんがおっしゃったようなさまざまな課題が見えてきました。
新しい売上向上施策を導入するにも、やはり人的リソースが必要です。そこで、まずは業務効率化の改善をサポートし、その先に向けた「余力」を生み出すことができればと考えました。
─どのようなアプローチから始めたのでしょうか。
ソフトバンク 五十嵐:2019年から本格的に取り組みを開始し、まずは徹底的に現場を理解することから始めました。開発にあたった私の上司たちは、実際に自販機オペレーターの方々のトラックに同乗させていただき、雨のなかでの補充作業も体験したと聞いています。
─キリンビバレッジとしては、どのような経緯でVendyの導入を決められたのですか?
キリン 吉岡:実は私たちも2019年からAIの自販機オペレーションへの活用を検討していて、いくつかの企業と実証実験を重ねていました。その過程で、ソフトバンクさんのVendyに出会ったんです。
他社のソリューションでは、売上予測、品揃え計画、訪問順序の最適化など、それぞれの機能が個別のシステムとして提供されていました。ただ、それらを別々に導入して運用していくのは現実的ではありません。その点、Vendyはすべての機能をワンパッケージで提供されている。これなら、私たちの抱えている課題を解決してくれると感じたんです。
事前検証は、2022年12月から2023年1月にかけて約2,000台の自販機を対象に実施しました。その結果を踏まえ、2025年9月までに全国約8万台への導入を決めました。試算では、業務時間の約1割削減と約5%の売上増という具体的な効果を見込んでいます。
AIで売上アップ!導入から2か月、現場の変化とよろこびの声
─Vendyは具体的にどのような機能を持っているのでしょうか?
ソフトバンク 五十嵐:自販機に通信端末を設置することで、在庫状況や売上データをリアルタイムで収集する。ここまでは既存のサービスでも対応可能ですが、Vendyの強みは、上がってきたデータを用いてAIで分析、需要予測を立て、商品配置や巡回計画の提案を自動で行うことです。
─実際に導入してみて、現場の状況は変わりましたか?
キリン 吉岡:2024年10月から導入を開始していますが、正直に申し上げると、導入初期ということもあって、かなりの混乱もありました。使い方に慣れていない現場の戸惑いもありますし、実際に使ってみてからわかった機能面の課題も出てきています。
ただ、そういった初期の混乱は想定していましたし、ソフトバンクさんと毎日打ち合わせを重ねながら、タイムリーに改善を進めているところです。
キリン 吉岡:また、戸惑いはありながらも、現場の皆さんはとても前向きに取り組んでくれています。これまでベテラン社員が半日かけて行っていた補充訪問ルートの作成計画も、AIが最適化をサポートしてくれて、かなり助かっているようです。実務のなかでVendyの使い方や癖を学び、より効果的に活用できるよう試行錯誤している段階です。
─現場から聞かれた「声」で印象的なものがあれば教えてください。
キリン 吉岡:Vendyは自販機ごとの需要予測をしたうえで、どの商品を、どの位置に配置すべきかまで提案してくれます。これまでは個人の経験則で「この自販機には、この商品を入れても売れないだろう」と判断して置かなかった商品を、AIが「売れる」と推奨してきて、実際に導入してみたら予想以上に売れた、というケースがありました。
あるいは、投入口の変更についても同様です。自販機には上段から下段まで複数の投入口があり、上段は多くの商品が入る一方で、下段は収納量が限られています。どの商品をどの段に配置するか、Vendyの提案を採用したところ、各投入口の在庫が均一に減るようになり、効率が高まったという声が聞かれました。全国の販売データを学習しているからこそ、個人の経験だけでは気づけない最適な配置が見えてくるんですね。
─AIの予測精度はかなり高そうですね。
ソフトバンク 五十嵐:はい。先ほどお話ししたように、現場調査を行い、一連の業務を深く把握したうえでアルゴリズム開発に取り組んでいることが理由の一つだと感じています。また、学習に使用しているデータ量がかなり多いことも強みでしょう。これからさらにデータが蓄積されていけば、より精度の高い予測が可能になるはずです。
Vendyで変わる働き方。人手不足解消を超えて見える新しい可能性
─今後、Vendyをどのように進化させていきたいか、抱いている展望を教えてください。
ソフトバンク 五十嵐:現在は、自販機から得られる売上データと在庫情報を中心に分析していますが、将来的には気象データや人流データなども組み込んで、さらに精度を高めていくことを構想しています。
例えば、気象データと連携することで、「今週は天気が悪いので、このホット商品の需要が高まる」といった、より踏み込んだ提案ができるようになるかもしれません。
─単なる業務効率化だけでなく、マーケティングにも活用できそうですね。
キリン 吉岡:そうですね。自販機にとどまらず、サプライチェーン全体の最適化にも活用できる可能性を感じています。自販機での需要予測は、ほかの販売チャネルにも応用できますし、倉庫の在庫管理や生産計画にも役立つはずです。
ただ、現在は導入が始まったばかりですので、まずは目の前の課題である「お客さまによろこばれる品揃えをすべての自販機で実現すること」に注力したいと考えています。
─ソフトバンクとしては、このノウハウをほかの分野へ展開していく構想はありますか?
ソフトバンク 五十嵐:例えば、コインパーキングやコインランドリーなど、自販機と同じように現金回収のために各地を回る必要がある業態には、同様のソリューションが活用できると考えています。
また、人流や導線データと組み合わせることで、新規出店計画にも応用できる可能性があります。さまざまな業界の課題解決に役立てられたらいいですね。
─最後に、Vendyを通じて目指す、キリングループとしての未来像をお聞かせください。
キリン 吉岡:現場で働く人たちの中には、この仕事が好きで続けている方が大勢います。私自身も、やりがいのある仕事だと思っています。
ただ、これまでは人手不足のために、役割が固定化されてしまうことが多かった。オペレーションを担当する人は、ずっとオペレーション業務。ベテランになると配送計画を担当し、それもまた固定された役割になってしまう。その点、Vendyで業務が効率化されれば、人材の流動性が高まり、一人ひとりが新しい経験を積んで成長の機会を得ることができると考えています。
単なる人手不足の解消にとどまらず、働く人たちがよりよいキャリアを築ける職場づくりに貢献したい。そして、従業員の成長によって、よりお客さまによろこばれるサービスを提供したいと思っています。Vendyをきっかけに、そんな未来をつくっていけたらと考えています。