チャレンジして突破する人を増やし、キリンの未来を切り拓く。新規事業開発に込めた想い
テクノロジーの急速な進化、環境問題や災害、人口の減少など、さまざまな要素が複雑に絡み合い、世の中の変化を予測することはどんどん難しい時代になってきています。
不確実で変化の激しい今、キリンも今あるブランドやサービスの価値向上だけでなく、未来を見据えた新規事業の開発や社内起業の後押しを進めています。
まだまだ新規事業開発は道半ばーー
そう話すのは、社内向けの新規事業公募制度を推進し、数多くの新規事業プロジェクトを引っ張る西前純子。
「成功するのは1,000個のうち3つ」とも言われる新規事業に、今キリンが取り組む理由とは。そして「新規事業という山登りは、まだ道半ば」と話す取り組みの舞台裏や、新規事業チームを育てるうえで大切にしていること、新規事業が目指す未来に到達するために必要なことを語ってもらいます。
5年先、10年先のお客さまのウェルビーイングを叶えていくために。
ーこの数年、新規事業開発にとても力を入れていますね。
西前:5年先、10年先の未来を考えたとき、今ある事業だけでビジネスが成り立つかどうかわからない時代です。だからこそ、常に新たな機会を探せるような仕組みや仕掛け、土壌はあったほうがいいと思っています。
私たちは「食、医、ヘルスサイエンス」の3つの事業領域を軸に、お客さまの心や体などの健康に貢献すること、つまりウェルビーイングの実現を目指していますが、5年先、10年先のお客さまのウェルビーイングをどう叶えていくかを考えたとき、既存事業の範疇だけではきっと難しいはず。
この10年を振り返っても、テクノロジーの進化によって私たちの生活や市場が大きく変わったように、お客さまのウェルビーイングに貢献していくヘルスサイエンス領域でも、さまざまなテクノロジーと掛け合わせることで、できることが増えていくと考えています。
変化・進化していくお客さまのニーズに追いつき、それに応えられるものを探し続けることはもちろん、それを世に出し続けてしっかりとお客さまの反応を見て、アクセルを踏めるものは踏んでいく。そういうプロセスが当たり前に回せるように、試行しながら新規事業開発に取り組んでいます。
チャレンジして、突破していく人を増やす。イントレプレナーシップの醸成にもつなげたい
西前:5年先、10年先に花咲く種を探し出すことが最も大事なことですが、それだけが目的ではありません。新規事業開発が活性化することでイントレプレナー(社内起業家)が育つこと以上に、イントレプレナーシップを醸成したいんです。
ーイントレプレナーシップを醸成するとは、どういうことでしょうか?
新しいものを世に出していくため、未来を見据えてチャレンジを繰り返し、突破していけるような人がどんどん生まれてくることですね。これは新規事業に関わらず、キリン全体でもっと増やしていく必要があると考えています。
すべてのチャレンジがうまくいくわけではありませんが、本気でチャレンジした時点でそれは失敗ではないし、そこで経験やスキル、知見が得られるのは素晴らしいことです。そういったことも含めて、新規事業を推し進める意味をきちんと従業員に伝えることも大事だと思っています。
事業アイデアの応募件数が60件から230件へ。社内広報による認知度とマインドの向上
―新規事業創出のための取り組みには、どんなものがありますか?
西前:取り組みの一つに、社員から事業アイデアを募り、事業化まで支援する社内制度「キリンビジネスチャレンジ」があります。この制度は2017年にスタートしましたが、1年目は30件、2年目は60件となかなか不安な結果でした。
ですが、社内広報を徹底し、社内での認知度を高めることで、年々応募数も増え、前回は約230件の応募がありました。
こういった取り組みに対する理解や関心度合いなどはさまざまで、誰にどんな情報が響くかわからないため、参加者本人だけでなく、そのリーダーに向けてなど、あらゆる角度からの情報を頻度高く発信して、まずはたくさんの人に知ってもらうことを意識しました。
▼キリンビジネスチャレンジについてはこちら
―社内広報に注力したことで、こんなにも応募数に変化があるんですね。
西前:変化のきっかけとしては、新規事業開発支援を行う「アルファドライブ」社のサポートも大きかったと思います。
代表の麻生要一さんに社内セミナーをお願いしたのですが、そのとき話された一つに「正しいステップを踏めば、新規事業は誰でもできます」という言葉がありました。
「キリンビジネスチャレンジ」自体、誰にでも平等にチャンスがあり、誰でも応募できることをもっと広く伝えたかったので、シンプルかつ力強いメッセージで応募へのハードルを下げていただいたことは、多くの人が手を挙げるきっかけになったと思います。
他にも「顧客300回」というお話も印象的でした。まだ解消されていない世の中の課題をとらえ、仮説をもってお客さまの声を徹底的に聞き、垣根や限界を設けずに柔軟に考えることで、新しいアイデアを磨き上げていく。この視点は新規事業のみならず、既存事業でも大切なので、社内広報を通して広めたかったことのひとつです。
―具体的に、応募アイデアにはどんな変化がありましたか?
おかげさまで、集まる事業アイデアもただ数が増えただけでなく、回を追うごとに質も上がりました。当初は既存商品のライン追加のような商品の提案が多かったのが、徐々に「顧客」や「社会」に注目した課題ありきのアイデアが増えてきたのはうれしいことです。
すべてを自分で受け止めるのが新規事業。だから痛みも喜びも分かち合える環境をつくる
西前:「新規事業は新しいことができて楽しそう」とよく言われます。もちろんやりがいはありますし、楽しさもあります。とはいえ、やっぱり大変なことも事実です。「1」良いことがあったら、「99」は大変なこと。
お客さまのところへ行けばダメ出しされ、自分の提案が受け入れられないこともあります。初期段階では、社員は一人のプロジェクトもあり、考えるときも落ち込むときも、自分で全部受け止めないといけません。
そして、そんな状況にありながらも、早く“稼げる”ところまで到達しないといけない。2〜3年という短い期間で、自分で引っ張って、世に出せる形にまで整えるということは本当にすごいことなんです。
―全部を一人で受け止めながら引っ張っていくのは、とても大変そうです。
西前:そうですね。大変なことも多いですが、一人で事業に向き合いつつも、横には競い合いながらも痛みやよろこびを分かち合える仲間がいるのは、社内で新規事業に取り組む利点だと思います。
進めていて良いときもあれば、なかなか思いどおりに行かないときもあるもの。それをカバーし合いながら、素直に受け入れられる環境を作るために、一人ひとりと向き合うのが私の役目です。
一人ひとりがオーナーシップを持つ個人商店のようなところがあるので、各人に合った能力やスキルの積み上げ方を考えたり、モチベートの仕方を変えたりと、今まで以上に個々人に注目して支援するように心がけています。
加えて、一人で取り組んでいると大事な経験やスキルが属人化したり、必要以上に一人で抱え込んでしまったりということもあるので、できるだけ共有する場を作ることも大事にしています。
今できる“確からしさ”を刻みながら、最良のタイミングでアクセルを踏む決断をする
西前:キリンでは「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる」ことを掲げています。それはつまり、社会の課題を解決しながら経済的価値を高める事業を生み出し、世に出していくということです。
今、新規事業の種として世の中に出しているものは、まだまだ世に出したばかりの案件が多いですが、新たに提供していく商品やサービスの価値が社会に認められていけば、そこから利益が生まれ、再びお客さまの課題解決のために投資ができます。
その循環をつくる新しい柱になるため、今やるべきは、“確からしさ”を刻んでいくことだと思っています。確からしさがないものを「やってみないとわからないじゃん」という言葉で片付けるのは好きではなくて、考えて、考えて、もうこれは本当にやってみないと最後はわからないというところまでまずは考え抜くこと。
ただ、確からしさをどの程度の粒度で考えるかは重要です。すでに確立されているブランドであれば、現状の市場規模や課題などから新商品開発における“確からしさ”の粒度を高めることはできますが、既存事業と同じ感覚で “確からしさ”を求めてしまうと何もできません。だから「今できる粒度の荒さでいいから確かめて」とは言っています。
そこから粒度を高めていけばいい。いきなり大きなリスクを取ろうとせず、リスクと投資のバランスを睨みながら前に進めています。
―そのバランスの判断は難しそうです。
西前:そうですね、バランスばかりを考えていては時間がかかりすぎるので、どこかで勝負に出ないといけません。環境も変わるし、競合が出てくるかもしれない。社内の説得に時間をかけすぎたら、遅かったということにもなります。リスクを制御しながら、本当にアクセルを踏んでいいのかを考えるときは、一番頭を使いますね。
まだまだ道半ばの新規事業開発。頂上を目指して登りは続く
西前:一つひとつのプロジェクトをとっても、新規事業全体で見ても、まだまだ目指す規模には届いていませんから、今後グロースさせていくことが次の課題です。
ですが、その成長フェーズの経験値はまだ浅くノウハウも限定的です。時間が許せば、1〜2年くらい社外で経験を積んでくるという選択肢があるかもしれませんし、私たちが目指す先と同じような事業のグロースの経験者を探す必要があるかもしれません。
目指す規模感までの到達を、設定された時間の中でどんなアプローチをとっていくのかを考えることが、次にやるべきことだと考えています。
正直、キリンの新規事業開発はまだまだ道半ばです。私は学生の時、登山部だったんですが、富士登山に例えるなら、河口湖方面からのルートにするか、御殿場方面からのルートにするかを決めて、登り始めたところ。まだまだ発展途上ですし、模索中ですが、ここからスピードアップで、最近は“トレランで行こう(笑)”と皆に言っています
特集「#次のキリンをつくる〜未来を切り拓く新規事業を追う〜」、始まります
キリンの未来を切り拓くため、そして変化の激しい時代の中でチャレンジする風土を醸成していくために力を注ぐ新規事業創出の取り組み。
熱い想いから始まる新規事業への挑戦は、一見すると華やかに見えますが、進むべき道が整えられていないゆえに、多くの苦悩も伴います。
特集「#次のキリンをつくる〜未来を切り拓く新規事業を追う〜」では、事業をつくる人を中心に、新規事業に携わる人たちにフォーカスを当て、さまざまな取り組みを紹介していきます。
立ち上げの背景や具体的な事業内容だけでなく、推進するなかで感じた苦悩と課題、そして、それでも実現したい想いなど、商品やサービスからは見えづらい事業の裏側までを語ってもらいます。
どうぞお楽しみに。