
ファンがアニメクリエイターの健康をサポートする新しい応援のカタチ。新規事業「YoKIRIN」が描くアニメ業界の未来
世界中の人々に愛され、私たちの生活に欠かせない存在となっているアニメーション。しかし、その爆発的な広がりとともに、クリエイターの健康を守ることが業界全体の大きな課題となっています。
こうした現状に真正面から向き合うため、ファンがアニメクリエイターの健康をサポートできるサービス「YoKIRIN(ヨキリン)」が2024年春に誕生しました。この名前には、「よき」が「輪」となり連なることで、みんなの日々が少し善くなるという想いが込められています。
このサービスを立ち上げたのは、キリンのヘルスサイエンス事業部に所属する奥村雄実。いちアニメファンでもある彼は、社内で新規事業を立ち上げるための制度「キリンビジネスチャレンジ」を活用し、ゼロからこの事業を育ててきました。
キリンで新たな事業を切り拓く挑戦者たちに焦点を当て、その歩みを追う連載企画「#次のキリンをつくる~未来を切り拓く新規事業を追う~」。
今回は、「YoKIRIN」の導入を予定しているアニメ制作会社の一つ、スタジオコロリド京都スタジオを訪問。スタジオメンバーである間﨑さん、桔本さん、迫田さん、江部さんの4人に、制作現場の裏側やクリエイターが抱える課題をうかがいながら、「YoKIRIN」の奥村にサービス誕生の背景や展望を聞きました。
スタジオコロリドのアニメクリエイターが働きやすい環境づくりとは?

─まず、スタジオコロリドさんについて教えてください。どのようなスタジオなのでしょうか?
スタジオコロリド 江部さん(以下、コロリド 江部):スタジオコロリドは2011年に設立されたアニメーション制作スタジオです。アニメ業界では比較的新しいスタジオですが、「アニメに関わる人が安心して働き続けることができる場をつくる」という理念を掲げ、オリジナルアニメーション作品を中心に制作しています。
代表作には、長編アニメーション映画『ペンギン・ハイウェイ』や、Netflix長編アニメーション映画『泣きたい私は猫をかぶる』などがありますね。

─実際に働く環境としてはいかがですか?
スタジオコロリド 間﨑さん(以下、コロリド 間﨑):スタジオコロリドでは、劇場作品を進行させながら、その合間にゲームやCM、WEBといった短編作品も制作しています。
アニメ業界は過酷な労働環境になりがちですが、スタジオコロリド京都スタジオでは、プロデューサーの迫田さんや制作デスクの江部さんが案件を慎重に選んで、企画のバランスやスケジュールを調整してくれています。
スタッフに無理をさせないように配慮してくれているおかげで、ストレスが少なく、制作に集中できる環境になっていると思います。

スタジオコロリド 迫田さん(以下、コロリド 迫田):ただ、劇場作品と短編作品では、やっぱり働き方や感じ方が少し違うんですよ。
劇場作品は制作期間が長いので、自分が担当したシーンが完成するまで1年以上かかることもあります。自分の仕事がどう作品に貢献しているのか、実感しにくいという面があるんですよね。
一方、短編作品は制作期間が短いので、数か月後には完成した作品を見ることができる。短期間で大きな達成感を得られますし、成長にもつながるんです。

コロリド 間﨑:そうですね。それに、迫田さんがスタッフ一人ひとりの得意・不得意をしっかり把握してくれていることも、安心して仕事に取り組める土台となっています。「自分のことを見てもらえていない」と感じることって、結構心に響くものなので、そうした不安をなくしていくのは大切だなと。
コロリド 迫田:スタッフがやりがいを持って挑戦できるように、一人ひとりの個性や能力を把握することは重要です。特に短編作品では、規模の大小よりも「どれだけおもしろい表現ができるか」「スケジュールに無理がないか」を重視していて。表現の自由度や、作品に関わるメンバーが力を発揮できる環境をつくることが大切なんです。
アニメクリエイターが直面する健康課題とは?健康と作品づくりの関係性

─アニメ制作の現場では、健康面での課題が多いと聞きますが、具体的にはどのようなものがありますか?
コロリド 迫田:自分の立場で話すと、プロジェクトマネージャーや制作デスクなど、マネジメントを担う側はメンタル面の負担が大きいですね。
劇場作品では、外部スタッフを含め関係者が数百人にのぼるため、調整や交渉が重なると、どうしてもストレスが溜まってしまうんです。
コロリド 江部:そうですね。コミュニケーションが得意な人でも、キャパオーバーになってしまうことで仕事が雑になり、自己嫌悪に陥ることもありますよね。
特にコロナ禍では、テキスト中心のコミュニケーションが増えて、言葉の温度感が伝わらず、誤解やすれ違いが増えました。直接会って話せば解決できることも、文字だけではなかなか難しくて。

コロリド 間﨑:それでいうと、京都スタジオが設立された大きな理由の一つが、「同じフロアで毎日顔を合わせて作品をつくりたい」という想いだったんです。作業を進めるなかで、スタッフ一人ひとりの状態って、同じ場所で顔を合わせないと気づけないことが多いんですよ。
特に、経験の浅いスタッフは作業のやり方が少し違うだけで、効率が大きく落ちることがあります。それを一人で改善するのは難しいので、先輩がすぐに気づいてアドバイスできる環境が必要なんです。
コロリド 桔本: 僕は、2024年1月に入社したばかりなのですが、そんな社風に惹かれた部分もありました。実際に出社して、間﨑さんと隣で作業しながら会話を交わすことで、作品がどんどんブラッシュアップされていく感覚があります。
一人で作業していると、どうしても仕事のやり方に迷うことや、つまずくことが多いんですが、ちょっとした雑談や気軽な会話が大きな助けになる。だからこそ、コミュニケーションを取れる環境が本当に大事だと実感しています。

コロリド 迫田:そのような環境面は意識しつつも、やはり締め切り間際になると、どうしてもメンタル・フィジカルの両方に負担がかかります。ただ、それ以前の大きな課題は、「ほぼ体を動かさずに仕事ができてしまう」というデジタル環境の弊害かもしれません。
以前のアニメ制作には、紙と鉛筆を使った手作業が多く、資料や作品を運ぶためにスタジオ内を動き回る必要がありました。今はほとんどの作業がパソコンでできるし、食事もデリバリーで済ませられるので、運動不足や栄養の偏りにつながりやすいんです。
コロリド 間﨑:20代で無理をして活躍できても、30代や40代で体を壊してしまい、監督として働くころには健康がボロボロになっている…なんてこともありえますよね。

コロリド 迫田:健康や運動面の意識が低いと、アニメーションにも影響が出るんです。例えば、キャラクターの動きを描くときに、重心の位置や筋肉の動きなどを意識しづらくなり、リアリティに欠ける表現になってしまう。
自分の健康を意識することと、身体性のある作品をつくるということは、どこかでつながっていると感じます。クリエイティブ従事者として長年活躍していくこと、いい作品づくりをすることには、健康への意識が不可欠だと思います。
ファンがクリエイターの健康をサポートできる「YoKIRIN」の誕生背景とその取り組み

【プロフィール】奥村 雄実
キリンホールディングス株式会社 ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ
大学卒業後、キリンホールディングス株式会社に入社。営業や経営企画の経験を積んだ後、社内の新規事業コンテスト「キリンビジネスチャレンジ」に参加。2024年春に、ファンがアニメクリエイターの健康をサポートできるサービス「YoKIRIN」をスタートし、さまざまな健康課題の解決に取り組んでいる。
─クリエイターの健康サポートのためにキリンから新しく生まれたのが「YoKIRIN」ですね。あらためて、どのようなサービスなのか教えてください。
キリン 奥村:先ほど、スタジオコロリドの皆さんがおっしゃっていたように、アニメ業界も少しずつ環境改善が進んでいるものの、やはり働き方に負荷がかかりやすく、クリエイターの心身の健康が懸念されています。そうした課題を解決する一助になればと立ち上げたのが「YoKIRIN」です。
これは、アニメファンがアニメ制作に関わるクリエイターの健康をサポートできるサービスで、ファンは月額2,200円から参加できます。集まった会費をもとに、「YoKIRIN」はクリエイターへ健康に関する商品やサービスを提供します。
ファンの皆さんには、作品づくりに関わるクリエイターへの健康サポートをお約束するとともに、リターンとして、制作の舞台裏を公開する動画やクリエイターのインタビュー記事など、ここでしか見られない特別なコンテンツを用意しています。

─このプロジェクトはどのようにして生まれたのでしょうか?
キリン 奥村:私は子どものころからアニメが大好きで、スタジオコロリドさんをはじめとする多くのクリエイターの皆さんがつくり上げた作品に、強い影響を受けて育ちました。ずっと「その恩返しをしたい」と思っていて、それを形にしたのが「YoKIRIN」です。
ちょうど社内の新規事業コンテストが開催されていたので、このアイデアを提案しました。「ファンの心を潤す作品を生み出すクリエイターたちが、実は健康面で多くの課題を抱えている」という現実を知り、キリンとして、そしてファンの皆さんとともにその支えになれないかと考えたんです。
アニメクリエイターの皆さんの健康を支えることは、ファンの方々にとっての“心の健康”につながる。新たな作品との出会いが、私たちの楽しみを広げてくれる。これはキリンとしても新しい挑戦だと考えました。

─具体的には、アニメクリエイターの皆さんにどのようなサポートがあるのでしょうか?
キリン 奥村:例えば、健康な人の免疫機能の維持をサポートする飲料や野菜ジュース、サプリメントなどをラインナップし、日々の健康維持に役立つようなサポートとしてオフィスで活用いただいています。
また、キリングループ内にとどまらず、理念に共感いただいた社外企業とも連携しており、常温で保存可能な常備食や、スポーツジムのチケットなども提供可能です。
今後は、健康に関するセミナーやワークショップなど、さまざまなアプローチを試しながら、さらに多様なサポートを提供していきたいです。

─ファンの方々にとっては、リターンコンテンツの内容も気になるところですね。
キリン 奥村:現時点で考えているのは、制作の舞台裏やクリエイターの方々に焦点を当てた特別なコンテンツです。例えば、制作過程で使われる設定資料や、制作スタッフのインタビュー記事など、作品やクリエイターをより深く知ることのできる内容ですね。
ファンの方々にとって「応援してよかった」と感じてもらえるようなコンテンツをお届けすると同時に、クリエイターさんたちに負担をかけないよう工夫を凝らしていければと思っています。
アニメ業界の未来を変える。「YoKIRIN」がつなぐ、ファンとクリエイターの絆

─スタジオコロリドさんは、「YoKIRIN」を知ったとき、どう感じましたか?
コロリド 迫田:率直に、ありがたいサービスだなと感じました。アニメ制作においては、制作中は作品づくりを最優先にしてしまい、個々のメンバーの健康管理まで意識が回らないことが多いんですよね。
栄養バランスの取れた食事を提供したり、運動を促したり、健康に関する知識を共有したり…といったことは、なかなか自分たちだけでは難しい。それをサポートしてくれたり、意識づけさせてくれるのは、本当に心強いなって。こうした仕組みがあることは、業界全体にとって大きな意味があると思います。
コロリド 間﨑:そうですね。ファンの皆さんから応援してもらえるだけじゃなく、健康面でのサポートも受けられるのは、とてもうれしいこと。僕たちがつくる作品がファンによろこばれ、支えてくれる人々の存在をより強く感じることで、日々の励みになります。

─アニメファンの方々にとっても、クリエイターの皆さんと“つながり”を持てる貴重な場になりそうですね。
キリン 奥村:ファンとしてアニメを楽しむだけではなく、「この作品をつくった人たちを支えたい」と一歩踏み込むことで、より深くクリエイターの世界を知れる。さらにそのサポートが、次の素晴らしい作品を生み出す手助けにもなる。そんな「応援の輪」を広げるサービスにしていきたいと思っています。

─「YoKIRIN」と、アニメ業界。今後、どのような未来を期待していますか?
コロリド 迫田:スタジオ内で健康に関する会話や情報発信が自然と増えて、栄養バランスや運動不足といった課題に少しずつ向き合えるようになればいいですね。そして、このサービスがどれだけファンの方々に届き、どう受け止められるのか、とても楽しみです。
コロリド 間﨑:ファンの皆さんの応援が、クリエイターの健康や環境を支える形になるというのは素敵なことですし、それが新しい作品への力となる。そんないい循環が生まれる未来を楽しみにしています。
キリン 奥村:これから、アニメを見る人が増えれば増えるほど、制作現場も拡大していくはずです。そのときに、「YoKIRIN」のようなサポートの仕組みが業界に浸透していれば、制作現場、ファン、そしてアニメ業界全体の三方良しに近づけると考えています。
まだ始まったばかりですが、皆さんとともに進化しながら、アニメ業界全体を支える力になれるよう努めていきます。引き続き、よろしくお願いします。今日はありがとうございました。
スタジオコロリド:こちらこそ、ありがとうございました。
