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時代の変わり目こそ、地域がおもしろい。サステナブルからリジェネラティブを目指す地域創生のいま

2008年を境に、日本は人口減少社会に突入しました。この大きな課題に直面する日本の活力向上を握る重要な取り組みとして、地域創生への注目度は加速度的に高まっています。
 
キリンも、東日本大震災の復興支援に原点を持つ『キリン地域創生トレーニングセンタープロジェクト(以下、地域トレセン)』を通じて、長年、地域創生に向き合ってきました。官民一丸となり、多くの取り組みが生まれる一方で、まだまだ地域には多くの課題が存在します。
 
そんな中、地域トレセンの運営委員でもあり、20年近くに渡って地域創生事業に携わってきた株式会社umari代表の古田秘馬さんは、「今こそ、地域がおもしろい」と話します。
 
今なぜ地域がおもしろいのか。そして、地域のおもしろさに企業はどんな可能性を見出し、向き合っていくべきなのか。
 
同じく地域トレセンの運営委員会メンバーであるキリンホールディングス株式会社CSV戦略部の中川紅子と古田さんが、地域創生の今と未来を語りました。

株式会社umari代表の古田秘馬さん

【プロフィール】古田 秘馬
株式会社umari代表取締役。東京・丸の内『丸の内朝大学』や山梨県・八ヶ岳南麓『日本一の朝プロジェクト』など数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手掛ける。

キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部の中川 紅子。

【プロフィール】中川 紅子
キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部主査。2012年入社。CSV活動を通じ「コミュニティ」における価値の共創や企業ブランディングを推進。キリン地域トレセン主管。 


地域を担う人材に、いま求められること

キリン地域創生トレーニングセンタープロジェクトのフィールドワーク
2022年に青森で開催された地域トレセンのひと幕

中川:今、日本の地域創生はおもしろさが増してきていますよね。秘馬さんは全国でいろいろな地域の課題を見てきていると思いますが、今の地域にはどんな人材が必要だと思いますか?
 
古田:地域に根ざした事業や活動を生み出すのがプロデューサー、生み出されたものを育てていくのがプレイヤーだとすると、プレイヤーが足りていませんね。

まず事業をやるためには出資責任、経営責任、運営責任の3つが必要です。そのうち、今、地域でもっとも足りていないのは経営責任を取れる人だと思います。出資者や現場を担当するスタッフは集められますが、現場の責任者として「最後までやり切ります!」と手を挙げる人が少ない印象です。

中川:最近は地域創生に関わる人も興味がある人も増えてきましたよね。そういった方々がプレイヤーを担うためには、まず何をすべきなんでしょうか?
 
古田:まずは、必ず一度は自分で事業をやってみること。そうでないと本質的な地域創生は掴めません。一例ですが、デザインやクリエイティブを経験した人が地域創生の取り組みに関わる場合、かっこよく地域をPRすることは得意だと思います。

だけど、そのPRの先のどこでキャッシュポイントを作り、持続可能な取り組みにしていくかという設計まではできないことが多いんです。この差は、やっぱり自分で事業をやったことがあるという経験だと思いますね。
 
地域創生の取り組みにおいて、少し前まではデザイン的素養が強く求められていたことも事実なんですが、今はビジネスモデルを作れるかどうかが重要です。そしてビジネスモデルを作ったらそれっきりではなく、随時ピボットをしながら地域に合ったやり方を見つけ、かつリスクを取って他よりも先にスタートさせる推進力が求められていると思います。

地域の関心は観光から暮らしへ。暮らしやすさが地域のブランドになる時代

中川:秘馬さんは地域創生の事業に20年近く携わっていますよね。地域課題も変わっているんでしょうか?
 
古田:もちろん、課題も変わっています。例えば、コロナ以前の地域課題は観光が中心でしたけど、最近は観光よりも暮らしへの意識が高まっているように感じます。観光以上移住未満で継続的に関わる人たちのことを「関係人口」と呼ぶんですが、コロナ以前の関係人口は都市部で暮らしている人にちょっとずつ関わってもらっている状況だったんです。
 
だけど今は逆で、地域を拠点にしながら都市部に通うという大きなパラダイムシフトが起きています。私が暮らす香川県三豊市も、2021年の1年間で300人が移住してきました 。これは、みんなが暮らしをベースにした豊かさを求めるようになってきたということだと思うんです。
 
そうなると地域の課題解決方法も変わりますよね。これまでのように有名な地元の食べ物をブランディングして人を呼ぶような方法ではなく、暮らしやすさをブランドにしていく時代になっていると思います。
 
中川:三豊市に移住をしてきた人たちは、どんな理由が多いんですか?
 
古田:父母ヶ浜という風光明媚な海岸もあるんですが、単にそういうきれいな景色に惹かれただけではなく、暮らしのなかの時間や働き方に惹かれて来ている人が多い印象です。
 
あと地方は経済的に暮らしやすいこともあって、「何があっても暮らしていける」という心理的安全性を獲得しやすいことも大きいと思いますね。パンデミックや戦争、円安、そして災害も含めて、想定外のことはたくさん起こるじゃないですか。
 
これら昨今のいろんな出来事は、「社会は不可抗力によっても大きく動く」という当たり前の前提を再認識させてくれました。これから町や暮らし方における心理的安全性のニーズはもっと高まってくると思いますよ。
 
時代が大きく変わろうとしているからこそ、世界の中心じゃないところにいたほうが客観的にいろんなものが見えてきます。だから、今は地方に身を置いていたほうがおもしろくて、ダイナミックな動きができるんじゃないでしょうか。

キリンが地域課題と向き合う「地域トレセン」とは

地域トレセンで行われるプレゼン
地域トレセンで行われるプレゼン。各地域におけるさまざまな取り組みとその課題が共有される

中川:地域トレセンの原点は、東日本大震災の復興支援を目的として立ち上げた復興応援 キリン絆プロジェクトなんです。当初は寄付金や農業器具などのハード面の支援を中心に行なっていましたが、活動を続けていくうちにぶつかったのが地域経済を牽引する「人材」という課題でした。

この状況を打開するため、2013年からは東北の一次産業を応援し、ソフト面の支援として日本農業の担い手を育てるために『東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト』をスタートしたんです。

さらにそこで培った経験やネットワークを活かして活動を全国規模に広げ、食を中心とした取り組みで地域の未来を牽引するリーダーを育成しようと始まったのが地域トレセンです。
 
地域トレセンの活動支援を通じて、キリンは地域や地域課題と向き合ってきましたが、私たちが地域との密接な関係を改めて実感したのも東日本大震災でした。震災でキリンビールの仙台工場が被災したとき、一時は閉鎖も視野に入れなければならないという話もありました。

しかし、キリンの工場が再開すればその周辺で事業をしているサプライヤーや物流関係の方々の再開にもつながり、それは地域の雇用を維持することになります。
 
仙台工場があることで私たちは経済的価値を受けられていますが、同時に地域とともに成長できるようにしなくてはいけないと強く感じたんです。だからこそ社会貢献と企業の成長を両立していけるような事業をすべきだということで、CSV(※)を経営の根幹に据えるようになりました。

地域トレセンもCSVにつながるものですが、東北での「農業トレセン」の次のステップとして、地域トレセン全体をプロデュースしていただくために秘馬さんにお声がけしたのは2016年頃でしたね。
 
古田:前身となる「農業トレセン」も含めると、一緒に取り組みを始めて、もう9年くらいになりますね。

(※)Creating Shared Value(=共通価値の創造)の略。社会的価値と経済的価値の両立を目指す、経営の指針・スタイルのこと。

青森で開催された地域トレセンの様子
こちらも青森で開催された地域トレセンの様子。プレゼンに加え、フィールドワークも行う

中川:地域創生のプロジェクトにいろいろと関わってきた秘馬さんから見て、この地域トレセンの特徴はどんなところだと思いますか?
 
古田:僕は地域トレセンを「地域創生をやっている日本代表の集まり」と説明しているんですが、初期メンバーは地域トレセン発足当時、すでに各地で事業を起こし、活躍している人たちが中心でした。さらに地域トレセンの運営メンバーも自ら事業をやっている人たちなので、とても実践的なプロジェクトであることが特徴だと思います。
 
また、地域を拠点に活動するプロデューサーの多くは自らが経営者なんですが、経営者は皆一様に孤独なんですよ。地域は母数が少ない分、同じような境遇の人に出会うことも少なく、特に孤独を感じることが多いかもしれません。
 
だから利害関係なく本音で言い合えるつながりを持てることは、経営者たちにとってとても貴重な場です。そんな関係性を全国規模で生み出せる点でも、地域トレセンは新しい居場所にもなっていると思います。
 
中川:ありがとうございます。参加されている皆さん同士のつながりの輪がそれぞれの原動力につながっていく現場を見て、そのような場の創出を少しでもお手伝いできてよかったなと思っています。

地域の余白に可能性がある。企業が地域創生に取り組む意味

地域トレセンはこれまで25を超える町でフィールドワークを実施

中川:「地元を盛り上げたい」や「町に必要なサービスを作りたい」など、プロデューサーやプレイヤーが地域課題に取り組む理由は多種多様ですよね。企業にとっては、地域課題に取り組む意味はどんなところだと思いますか?
 
古田:地域には余白があると思うんです。余白とは、新しいマーケットや新しいビジネスモデルの可能性ですね。東京のように家賃も人件費も高いところでは、その分リスクも高いわけですから、新しいことに挑戦しづらい。すでにどこかで成功した事業をローカライズしてやってみるには、ハイリスクローリターンなんです。
 
一方、地方の場合は、ローリスクで始めることができ、さらにハイリターンになる可能性があります。僕らの取り組みで言えば『UDON HOUSE』がそうだし、地域トレセンメンバーが手掛けた『URASHIMA VILLAGE』もそうです。これらは物理的に都心では絶対実現できないコンテンツだし、似たコンテンツに挑戦するにもコスト的にリスクが高いですよね。
 
だから、企業としては新しいマーケットやビジネスモデルを生み出すための研究開発的な位置づけとして、地域との連携を模索することはとても重要だと思います。
 
中川:そうですよね、私たちも同じ思いですので、地域プロデューサーの皆さまが作った会社に出資をさせていただきました。

古田秘馬さんが手がけた香川県三豊市にある『UDON HOUSE』
古田さんが手がけた香川県三豊市にある『UDON HOUSE』

古田:ただ、地方における可能性の模索は、関わり方次第で可能性が大きく変わってくると思うんですよね。それを左右する一つに、企業内での想いの継承があると思います。

熱量の高かった企業側のプロジェクト立ち上げメンバーが異動すると、急に意思疎通がうまく取れなくなったり、プロジェクトが失速してしまうことも往々にしてあるんです。ですが、キリンさんは担当の方が変わっても、想いが見事に受け継がれていますよね。
 
中川:担当者が変わるときは、必ず現場を見てから引き継ぐことにしています。地域トレセンであれば、実際に参加して、自分で空気感や熱量を感じてみる。地域で奮闘する人たちの圧倒的な熱量を浴び、巻き込まれることで、キリンとしてやるべきことも自ずとわかってくると思っています。
 
また、現場を見ていない企業側が考える地域創生と、現場の先頭で挑戦している方々が感じている課題意識って、ズレていることが多いんです。だから、まずは現場へ足を運び、見て、感じることを大切にしていますね

「何をやるか」よりも「あるべき姿やありたい姿」を考える

キリン地域創生トレーニングセンタープロジェクトのフィールドワーク
フィールドワークでは、各地域における取り組みや施設を視察する

中川:私たちのような企業はもちろん、個人でも今地域に関わるうえで意識すべきことはなんですか?
 
古田:今はサステナブルという言葉より、リジェネラティブという言葉が注目されています。サステナブルは同じものをずっと継続していくことですが、リジェネラティブは新しいものがまた生み出されるという意味なんです。
 
農業の世界には連作障害という言葉があるんですが、同じものだけをずっと作っていると畑が痩せてしまい、作物が病気になりやすいそうです。僕はこの連作障害を避けること、つまり一つの収穫が終わった後にある土の栄養で、次のものが育っていく構造を作ることを意識していますね
 
そこで重要なのは、「何をやるか」というTo Doではなくて、「どういう状態であるべきか」というTo Beなんです
 
中川:なるほど。まずは「何をやるか」以上に「あるべき姿やありたい姿」を考え尽くすんですね。
 
古田:そうです。どうしても近視眼的にTo Doを探そうとしてしまいがちなんですが、僕らはずっとTo Beを考えてやってきました。昨今の地域創生ではクラフトビールやゲストハウスが一つのトレンドでしたけど、ソリューションは時代の変化と共に変わってしまいます
 
だから、「何をやるか」に意識を奪われてしまうと、この場合ではクラフトビールを造りたいとか、ゲストハウスをやりたい人たちを集めるところから着手してしまう。それでは導き出したソリューションがダウントレンドになると同時に、地域創生も行き詰まってしまう可能性があります。
 
これでは本質的な地域の課題解決にもならず、サステナブルでもありません。でも、地域とどう向き合い、どんな状態を目指すかという理想はずっと変わりませんよね。

誰かを中心に立てるのではなく、自分たちの町は自分たちで守る

中川:時代が変わると、地域を担っていく人たちに求められる役割も変わっていくのでしょうか?
 
古田:まず基本的に、誰か一人や少数の人たちが地域の全部を担うという話ではありません。そしてこれからはより一層、特定の誰かにすべてをお願いする時代ではなくなるでしょうね。
 
一人ひとりが自分の役割を担う時代になっていますから、ゆくゆくは会社という組織もなくなっていくかもしれません。つまり、中心がない帰属の形が生まれてくるんです。
 
中川:中心がない帰属?
 
古田:何百年と続いている、とある地域の祭礼には事務局がないそうです。だからこそ、今まで続いてきたとも言われているんです。中心となる事務局が存在し、誰かがその役割を担った瞬間から、特定の人に責任が発生するわけです。だけど、中心がないことでみんながお祭りを守ろうという意識になり、ここまで続いてきたのでは?と。
 
中川:なるほど。三豊市の方々はまさに、そういう集団になっていますよね。「自分たちの町は自分たちで守ろう」という想いを、職業も年齢もバラバラの人たちが持っていて、みんなで町を作っているという。同じ想いで町づくりに関わっているうちに、「これもあったほうがいい」とか「こうしたらおもしろそう」というアイデアがアメーバ的に発展していくのって、地域づくりの理想形なのかなと思います。そういう地域が増えていくといいですよね。

キリン地域創生トレーニングセンタープロジェクト

中川:地域トレセンは「地域の食と人をつないで、ニッポンをおもしろく」というコンセプトを掲げてきました。秘馬さんは、今後の日本がどのようになってほしいと思っていますか?
 
古田:僕はもっと日本や社会全体が自由になってもいいと思っています。自由とは無秩序ということではなく、もっと本来の自分たちの生き方、働き方、暮らし方に素直になってもいいのでは、と。本当に本質的なことが問われる時代になってきて、逆に言うと本質さえ掴んでいれば、社会的な評価がなかったとしても、To Beとしての自己肯定感は非常に高くいられるはずなんです。
 
中川:暮らしを大切にすることは、自分を大切にすることと同じなんですよね。そう考える人が増えることは、いい世の中、ステキな日本の地域につながっていく気がしています。それこそが地域がリジェネラティブに、よりよい状態に再生していく理想の形かもしれません。キリンとしてはそういう地域の本質的な価値づくりにつながるお手伝いをしていきたいと思っています。
 
私たちキリンは、「人と人とのつながりを作り、『心と体』に、そして『社会』に、前向きな力を創り出す」、これをパーパスの一つとして掲げています。

既存のコミュニティや地域と言う枠を超えて、もっとさまざまな人と人とがつながることで、社会課題の解決やイノベーションを生み出し、明るい未来を創り出す、そんなネットワークをこれからも応援していきます。

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文:阿部光平
写真:櫛引智恵
編集:RIDE inc.