自分らしい働き方を見つけてほしい。仙台市、東北大学、キリンビールがインターンシップにかける想い
今なお、コロナ禍によるさまざまな制限は、大学の教育現場に大きな影響を与え続けています。授業はもとより就職活動においてもオンライン化が進み、中には実際に会社の様子を知ることなく就職先を決めなければならないケースも出てきているそうです。
こうした状況の中、キリンビール仙台工場は行政や教育機関と協力して、大学生を対象とした実践的なインターンシップの実施に取り組んでいます。
テーマは「モノづくりの上流から下流までを見てもらうこと」。ホップ畑から工場でのビール造り、お店で販売するところまでの一連の流れを見てもらうことで、学生たちに多様な働き方や地域との関わりを体感してもらうプログラムです。
産学官が一体となって進めるインターンシップは、どのようにして生まれたのか。今回はこの取り組みを主導する、仙台市経済局地域産業支援課の渡邉直樹さん、東北大学の門間由記子さん、キリンビール仙台工場長・荒川辰也の3名にお話をうかがいました。
「コロナ禍の壁」の先にたどり着いた三者協働
─キリンビール仙台工場が、仙台市や東北大学と連携してインターンシップを始めることになった経緯を教えてください。
荒川:私たちは「地域のお客さまに愛されるナンバーワン工場になる」ことを目指すうえで、地元である仙台に何か貢献できることはないかと常々考えてきました。工場スタッフといろんな意見を交わすなかで、“インバウンド向けの観光促進”というテーマが出てきたんです。
以前は、インバウンドの盛り上がりで、仙台にもたくさんの外国人旅行者の方が来てくれていました。そういう状況に対して、仙台市はいかにして街の魅力を発信するかに取り組んでいて、我々もより魅力的な工場見学ツアーの在り方を考えていたんですね。
そんなときに東北大学の門間先生と出会って、留学生の方々と接点を持つことができました。そこで、留学生の方々に「PBL(Program Based Learning)」として工場に来ていただいて、一緒に課題に取り組んでもらうプロジェクトを実施したんです。
門間:私は東北大学の高度教養教育・学生支援機構に所属していて、キャリア教育を担当しています。
キリンビールさんとお話をさせていただくなかで、留学生を対象にしたPBLを受け入れてくださることになって。インバウンド需要に対して、どうすれば訪日外国人の方々に工場見学をより魅力的に感じてもらえるかという課題に取り組むことになりました。
荒川:そうして2019年から東北大学さんと一緒にインターンシップを始めたんですが…翌年からコロナの影響で外国人旅行者のお客さまがいなくなってしまったんです。
荒川:中止も考えましたが、せっかくのご縁を無駄にはしたくなかったですし、何より初年度に参加してくれた参加学生の皆さんが「とても有意義な経験だった」と言ってくれて、それがすごくうれしかったんですよ。
そこで2020年からはテーマを変えて、もっと内側に目を向けることにしました。
─内側、というと?
荒川:海外ではなく、仙台市という地元地域に視点を移したんです。それから仙台市と連携したインターンシップも始まりました。
渡邉:仙台市では、生産年齢人口が減っていく状況下で、地域経済を支える人材の育成が重要だと考えています。そのために、UIJターン人材や外国人の方の就職促進にも取り組んでいますが、「若者の地元定着」のための環境整備にもっとも力を入れているんです。そこで仙台市として、キリンビールさんと一緒にできることがあるのではないか、と思いました。
仙台市は首都圏から近いこともあって、就職をきっかけに仙台を離れる若い方は少なくない。それは、地元企業のことをよく知らないというのも理由にあるんですよ。
─インターンシップの取り組みが、地元の大学生が地元企業について知るきっかけになるんじゃないかと。
渡邉:そうですね。就職活動をする学生に地元の企業を紹介するという取り組みは、これまでもやってきました。ただ、就職活動がはじまってしまうと慌ただしくなってしまって、地元企業にも目を向けてもらうことは難しいというのが実情でした。
そこで、「もっと低学年のうちから、地元企業を知ってもらう機会をつくれたら」と考え、2020年にキリンビールさんをはじめとする地元企業や東北大学さんと連携して宮城県内の大学生を対象にしたインターンシップを初めて実施しました。
一連のモノづくりを通して、地域との結びつきを伝えるインターンシップ
─そして今年、仙台市・東北大学・キリンビールという三者連携の体制が実現した、というわけですね。インターンというと就職活動の一環というイメージもありますが、キリンビールとしてはどんな意図で受け入れを決めたんですか?
荒川:我々がインターン学生を受け入れる目的は、リクルートではありません。それよりも、この地域でキリンビールがどんな取り組みをしているかを知っていただく機会になればいいなと考えているんです。
そういった考えのもとで、2019年は海外からお客さまが来てくださる工場見学の取り組みを見ていただき、2020年はモノづくりの上流から下流まで、つまりビールがどのように造られて、販売されているかを見てもらうという内容でインターンシップを実施してきました。
そこには単に業務を知ってもらうというよりも、キリンビールが地域とどのように連携しながら仕事をしているかを見てもらいたいという想いがあったんです。
─なるほど。仙台工場は遠野市のホップ農家さんと協力してビールを造ったり、自社で造った製品を地元の量販店・料飲店さんに販売したりと、たくさんの方々との結びつきのなかで仕事をしているので、そこでのインターンシップは“働く”ということを広域で捉える機会になりそうですね。
荒川:そうなってもらえたら、うれしいですね。キリングループではCSV(※)経営を推進していて、インターンシップを通じてそういう考え方や価値観も知ってもらえたらなと思っています。
その結果として、最初にお話したように「地域のお客さまに愛されるナンバーワン工場になる」という目標に近づいていけたらいいですね。
変化の時代におけるインターンシップの意義とは?
門間:インターンシップに対する大学生たちのニーズは年々高まっていて、就職情報会社の調査によれば、2019年から8割以上の大学生がインターンシップに参加しているんですよ。
─そんなに多いんですね!学生さんたちの主な目的は何なのでしょうか?
門間:一番の大きな目的は、「社会を知る」「働き方を知る」というところです。昨年からはコロナの影響で人との出会いやリアルな体験の機会が減ってしまったので、人や社会との関わりを求めてインターンシップへ参加する学生も増えています。
高校から大学へ進学し、より深い学びを得られるはずが、双方向的に議論できる機会が少なくて…。そういった状況下で、数年後には社会人になるというイメージを持てない学生も少なくありません。
ですので、就職活動が本格化する前の1〜2年生でインターンシップに参加し、社会人としての自分をイメージできるようにしたいという学生が増えたように感じますね。
─大学側としては、直接的なコミュニケーションや実践的な教育現場の不足という課題を抱えているんですね。そういう意味でもインターンシップへの期待は大きくなっていると。
門間:はい。そうしたなかで一部分だけでなく、多様な視点からモノづくりの現場に触れることができるのは、またとない機会です。それにコロナ禍で移動が限られているなか、大学がある仙台市内でインターンシップを経験できるというのもありがたいですね。
─先ほど、渡邉さんから「若者の地元定着」という課題が語られましたが、東北大学の学生さんは卒業後も東北に残る人と、出ていく人ではどちらが多いのでしょうか?
門間:まず入学者の割合でいくと関東から来る学生が最も多く、東北出身者は全体の3割強です。そういう学生たちが大学時代に地域との結びつきが得られないと、結局は就職先として東北を選ぶという選択肢もなくなってしまいます。
特に今までは、インターンシップを受け入れてくださる企業の多くが首都圏だったんです。そうすると、学生が思い描けるのは首都圏で働く自分の姿ということになってしまうので、東北大の学生も大半は首都圏に出ていくというのが実情でした。
─学生さんが外に出ていく背景には、「自分がその地域で働くイメージを思い描ける機会が少ない」という事情もあったんですね。
門間:それは大きな課題の一つだと思います。働くというのは、暮らすことと一緒です。職種や業務だけではなく、人間関係も重要になってきますよね。大学でも「どこの何をしている企業に勤め、誰とどのような働き方をして、どのように暮らすのか」というライフキャリアを考える授業もあります。
だけど、そういう具体的なイメージって、どうしても想像だけでは補いきれないんですよね。だからこそ、インターンシップでの体験が大きな意味を持つと感じています。
渡邉:仙台市全体の話をすると、東北地方の高校生が進学を機に数多く仙台に集まってきます。けれども、大学や専門学校を卒業して就職する際には、首都圏に出ていってしまう。今、新規大卒者の就職先を見てみると、宮城県内に就職する方は全体の45%ほどになっています。
─仙台の大学に通っている学生さんの半数以上は、外に出ていってしまうんですね。その原因については、どうお考えですか?
渡邉:先ほど門間先生のお話にもありましたが、県外出身の方はなおさら地元の企業を知る機会が少ないんです。そこで就職先を探すとなると、広く名前が知られている首都圏の企業ということになるんだと思います。
東北出身の方も、実際に就職活動をするときには、就職情報サイトから情報を得るケースが大半なので、結局目が向くのは大手企業ということになりがちです。そして、地元企業のことを知る機会がないままに就職してしまうという。そこが我々としても大きな課題なんです。
─結局は、地元のことを知る機会が全体的に少ないというのが課題なんですね。知らないから、選択肢に入ってこないという。
渡邉:そうなんですよね。ですから、我々としては地元企業と学生とが接点を持てる合同説明会を開催したり、インターンシップを通じて仕事の内容や働いている方々を知っていただく機会をつくるのが大事な役割だと思っています。
ビール造りを通して多様な働き方に触れてほしい
─今年のインターンシップがこれから始まりますが、どのような内容を予定していますか?
荒川:ビール造りの現場から売り場までを見てもらうという基本テーマは昨年と同じですが、今年は日本の一大ホップ産地である遠野まで足を伸ばして、学生の皆さんにホップ栽培の様子を見てもらおうと考えています。
仙台工場では毎年、遠野産のホップを使用した『一番搾り とれたてホップ生ビール』という製品を造っています。遠野市のホップ生産者さんたちにとっても、私たち造り手にとっても、ひときわ思い入れのある製品です。
▼関連記事
荒川:それがどのように造られて、お客さまの手元に届くかを知ってもらうために、まずはホップを育てている現場を見て、それを使ってビールを造り、お店で販売するというところまでを体験するプログラムを予定しています。
具体的に挙げると、遠野市に移住した方が立ち上げた「遠野醸造」に学生たちと訪問して、地域での起業やその土地ならではの資産を活かした産業づくりについて知ってもらう、ということも考えていて。
そういった体験を通じて、我々がどのように地域との接点を持ち、産業として一緒に発展していこうとしているかを感じていただけたらなと。
門間:モノづくりの一連の流れを現場で体験させていただくのは、多様な働き方を同時に見つめられる機会になるのではないかと考えています。
学生は学んでいる分野に応じて進む道も違いますし、企業の一員として働く際にも部署によって業務や働き方も異なります。起業を視野に入れている学生もおり、異なる働き方に触れることで、自分がどう社会に関わっていきたいかを考えるきっかけになればと思いますね。
─ビールって、造るところから売るとこまで本当にたくさんの方が関わっていますよね。農家さんだったり、お店で販売する方だったり。学生さんによって興味を持つポイントも違うかもしれませんね。
荒川:そうですね。工場の業務を体験していただくだけだと一部しか見てもらえないんですが、全体を見てもらうことで、我々の仕事は経済活動だけでなく、まちづくりや社会貢献にもつながっているということを知ってもらえるんじゃないかなと。
そういう部分に共感してくださる方が増えて、「自分たちにとっても、地域にとってもいい仕事」という考えが世の中に広がっていけば嬉しいですね。
門間:学生たちの仕事観や職業を選ぶ基準も、時代とともに少しずつ変わってきています。昔は福利厚生の充実を気にする学生が多かったんですが、最近は「自分らしく働ける」ことや、「社会のためになる」といったことが職業を選ぶ際の基準になってきていますね。
大学のキャリアの授業では学生に自己分析をさせるのですが、自己分析を通じて自分の興味や関心を知り、「自分は何をやりたいのか」を初めて知る学生も多いです。
やりたいことを見つけるというのが、学生時代における一つの目標になっていて、見つかった理想をめがけて就職したいという学生も増えています。
─そういう意味でも、福利厚生などの条件面だけでなく、どんな職場で、どういう仕事をするかという要素は重要になってきそうですね。
渡邉:そうですね。しかし残念ながら今はコロナの影響で、就職活動もオンラインで行うケースが増えています。そのため、ますます企業のことを直接的に知る機会は少なくなってきているんです。
その会社のことをあまり知らない状況で就職先を決めるというのは、学生にとっても不安ですし、何もかもオンラインに置き換えていいものなのかという気持ちもあります。
ですから、キリンビールさんにはこういった状況のなかでもさまざまな工夫をしていただいて、インターンシップの受け入れをしてくださることに非常に大きな価値があると思っています。
社会を知ることは、自分を知ること
門間:昨年までの参加学生を見ていると、インターンシップを終えたあとに、仕事に対する意識が大きく変わるんですよね。企業の中で自分がどんな働き方ができそうか、というイメージが具体的になるので。
渡邉:そういう変化はありますよね。やっぱり行く前は漠然としたイメージしか持てないじゃないですか。「あの業種は大変そう」とか「あの業界は華やかそう」とか。
とはいえ、実際に現場の人がどういうことを思いながら働いているのかというのは、その場に身を投じてみないとわからないですし、同じ業種でも企業によって雰囲気は全然違います。そういうことを体験すると、仕事に対するイメージが具体的になりますよね。
門間:仕事内容や会社の雰囲気を知ること以外に、インターンシップには「自分を知る機会になる」という側面もあると思います。
例えば、自分は得意だと思っていたけど意外とコミュニケーションが苦手だとか、当たり前にできると思っていた電話やメールが実はすごく難しかったとか、些細なことですが「自分ができること、できないこと」に気付かされるんです。
そういった体験は、今の自分には何が足りないのかを考えるきっかけになるので、インターンシップを終えた学生たちは、学びの意欲も非常に高くなります。それを大学1、2年生の頃に実感すると、活動できる期間が長く、より充実した学生生活を送ることができます。
─受け入れ側として、仙台工場ではインターンシップを通じて何か変化はありましたか?
荒川:私たち工場のメンバーはこれまで、社外の若い方の話を聞く機会があまりなかったんです。だからインターンシップに来てくださった学生さんからの意見には、刺激や気づきをたくさんもらいましたし、実際に取り入れた提言もありました。
学生さんたちがどんどん意見してくれるのも新鮮でしたね。上司と部下とか仕事の関係者とか、そういう利害関係があると「これ言っちゃいけないかな」と思ったりするんでしょうけど、そういう忖度なしで率直な意見交換ができますから(笑)。
一同:(笑)
門間:学生にとっては、真剣に大人の方が話を聞いてくださって、フィードバックをいただく機会は本当に貴重なんです。
自分の発言を大人が真剣に聞いてくれるという経験をすることで、「働くって怖いことばっかりだと思っていたけど、そんなことないんだ」と思ったり、普段は接することがない方の働き方を知って自分の理想を思い描いたりという機会になるんですよね。
─そう考えると、学生さんにとってインターンシップというのはものすごく濃厚な体験なんですね。それを産学官が一体になって実施しているのは、学生さんからすると心強いだろうなと思いました。
渡邊:行政、大学、企業が近い距離感で連携し合えるのは、仙台という地方都市ならではかもしれません。そして、こうした取り組みの推進が「学都仙台」と呼ばれる理由の一つでもあります。今回のインターンシップを通して、いろんなものを学生さんたちに持ち帰っていただきたいですね。
荒川:そうですね。次世代を担う若者たちの成長を見守り背中を押すことは、私たち大人の役目でもあります。学生さんたちを含めた“四方良し”の取り組みになればいいなと思っています。
今年のインターンシップでどんな学生さんたちとご一緒できるのか、今からとても楽しみです。
***
仙台市、東北大学、キリンビール 仙台工場が連携して行う2021年のインターンシップ。ビール造りの生産背景を知るだけでなく、働き方の多様性や、地域づくりについても触れることのできるプログラムを予定しています。
この「杜の都のビール学舎」特集では、その取り組みを紹介していくとともに、参加予定の学生さんたちと一緒にマガジンをつくり、活動内容を発信していきます。
果たしてどんなマガジンになるのか、初めての取り組みに私たちもワクワクしています。
次回もどうぞお楽しみに。