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どうしちゃったのバナナ 【#いい時間とお酒 スタッフリレー企画 #05】

12月1日から始まったnoteのコラボ企画「 #いい時間とお酒 」も残すところ1週間程度になりました。

ほっとひと息つける、自分らしいお酒の楽しみ方って何だろうか。
キリンの社員も自分なりの「 #いい時間とお酒 」について考えてみました。
第5回はアーカイブ室の山田 弥生さん。雪国で初めての一人暮らしをしながら働いていた時のエピソードをお届けします。

▼アーカイブ室について詳しくはこちらから

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これは、クラフトビールの“ク”の字もなかった頃…いやむしろ自分はビールが好きかどうかさえよくわかっていなかった頃のお話です。

15年以上前に、私はとある雪国で就職して初めての一人暮らしをしながら働いていました。
仕事はとにかく忙しいうえにストレスフルな職場でした。
しょっちゅう怒られていましたし、何をやってもうまくいかない。そしてなんだかよくわからない不運に見舞われる。
自分のミスもあったり、不意の事故が起こったりもしたのですが、プライベートでは家の水道から急に茶色い水が出たり、雪道ではコケるわ、自転車は壊れるわ…
人生の中でありませんか、そういうツイてないなって時期。

テーマは #いい時間 とお酒 でしたっけ?
こんな話で始まってしまってすみません。

そんなツイてなかった私は、毎日暗澹たる気持ちで「今日はどんな最悪なことが起こるんだろう…」と思いながら、職場と家とを往復する日々を過ごしていました。
近かったので通勤は歩きだけで電車やバスにも乗らず、そうすると気持ちも切り替えられなくて、その日にあったことを引きずりながら家路につく毎日。
そんな日常からどうにか抜け出したくて、夜遅くなった仕事の帰り道で、いつもと違う路地を通り、行ったことのないお店に入ってみるというのが唯一ともいえる息抜きになっていきました。
住んでいた街には割と雰囲気のある飲食店やバーが多く、かっこいいバーテンダーさんがいるお店やシェリー酒専門のバー、おしゃれなおでん屋さんなんかがありました。
職場の蛍光灯の青白い光の中から抜け出し、暖色系の明かりの下でおいしいおつまみに一口お酒を飲むと、暗い常世(とこよ)の世界から現世(うつしよ)に戻ってきたような気分になれました。

まだ20代で飲食店にも慣れていない、暗い毎日を過ごしていた私にとって、飲食店はお店の人もお客さんも楽しそうで、非日常の世界でした。
カウンターで隣り合った大人カップルの話に耳をそばだてたり、沖縄料理のお店で焼酎を初めてボトルキープしたり、話しかけてきたスーツの男性陣が関西弁なのかなと思ったので「関西の方ですか?」と聞いたら「名古屋じゃ!」と怒られたり…今思えば若気の至りまくりでした。

お、やっと #いい時間とお酒 ぽい話になってきました?

そんな風に息継ぎしながらやり過ごしていたある日、通りに新しいお店がオープンしていました。
看板を見ると世界のビールを扱っているお店のようでした。
それまで旅行で海外に行っても現地でビールを飲んだことがなかったので、そもそも日本のビールしか知りませんでした。
早速入ってみると、店内は居心地の良い雰囲気で、行ったことはないけどイギリスとかにあるパブってこんな感じ?なんて思っていました。
驚いたのはカウンターの向い側にあった冷蔵庫に並ぶ世界のビール。確か、100種類くらいはあったんじゃないでしょうか。
幅3メートル、高さ2メートルくらいはある巨大な冷蔵庫のガラスは「これがビールのラベル?」と思うような色とりどりで、様々なデザインのラベルで埋め尽くされていました。

最初に飲んだビールは…うっ、すみません忘れました。
とにかくそのお店には足しげく通い、様々な国の様々なビールを飲むようになりました。
ヒューガルデン、デリリウム、シメイ、ステラアルトワ、ティママン…それぞれのビールにオリジナルのグラスで提供してくれるのも新鮮でしたし、ギネスには泡でクローバーを描いてくれました。
時にはお店の方におすすめを聞いたり、そのうちに「こんなビールあります?」とリクエストを出したり、同じ醸造所のビールや、同じタイプを飲み比べてみたり。
それでも忙しい日々だったので、ある時同僚と訪れてビールを飲んでいると、どうやら世の中ではオリンピックやっていて今日は開会式らしいよ、えっそうなの知らなかった、なんて話になり、一口ビールを飲んで「現世に帰ってきたな」と感じていました。

こんな話を書くと私の投稿はボツにされそうですが、ある時にフルーツビール飲み比べをしてみることにしました。
ベルギーのシャポーという醸造所のビールがあって、そのお店にはレモンとフランボワーズとバナナが置いてありました。
シャポーは今も昔もキリンでは取り扱っていません。すみません。
レモンのビールなんていかにもおいしそうですよね、パナシェなんていうビアカクテルもあるくらいですし。
もちろんおいしかったです。香りがさわやかですっきりとしていて。
フランボワーズも言うまでもなく。甘さと酸味がちょうどよくて幸せな気分になりました。
現代のクラフトビール慣れした方には当たり前かもしれませんが、その頃はクラフトビールのクの字もなかったですし、世界のビールだって珍しかったんです。

さて、バナナ…
うーん、一瞬考えました。バナナ、ビールと合うのかな。
もうこれで今日は帰ろうかなと思っていたので、できたらおいしいビールで1日を締めたいものです。
でもせっかくだし、このお店のシャポーのビール、制覇するかな。
そんな気持ちになってシャポーのバナナを飲んでみました。

一口飲んで出た言葉は「すごい!」でした。
「おいしい」とか「うまい」じゃなかったんです。
バナナの香り、ほんのりの甘さと共に、バナナの皮を剥いた筋にある渋みがビールの苦みと絶妙に合っていて、個性の合わなさそうなバナナとビールがいつの間にか仲良くなっていた!そんな感じだったのです。
まるで地元のかわいい幼なじみと就職先のかっこいい上司が結婚した気分です。
どうしちゃったのバナナ、一緒に遠足とか行ったよね…?

本当に久しぶりに感動したというか、凝り固まって動かなかった心が、飛んだり跳ねたりしだしたんです。

そのお店のおかげで私のビールに対する印象は様変わりしました。
いつものビールもおいしいけど、世界にはこんなに多様で、発見を与えてくれるビールがあるんだ。
私は一体いつまで、こんな暗い毎日を右往左往しているんだろう。

それからしばらくして、雪国から地元に帰り、現在のキリングループに転職することになりました。
理由は2つ、地元で就職したいということと、誰かを笑顔にしつつ自分も笑顔でいたいということでした。

今はお酒に関わる、いやその一端を担っているかなという仕事をしていますが、飲食店という場所が、どんな状況の人にとっても、ほっと一息つける、明るい場所でありますようにと願っています。