従業員自身がファンになる。クラフトビールアンバサダーによる文化醸成とは?
クラフトビールの解釈を深めながら、クラフトビール文化の楽しさと可能性、キリンのクラフトビールに対する想いを発信していく連載企画。聞き手に雑誌『BRUTUS』編集長の田島朗氏をお招きして、キリンのクラフトビールに関わる人たちとの対話を重ねていきます。
第3回は、「従業員自身のファン化」を目指して集まった「クラフトビールアンバサダー」2名と対話します。「クラフトビールアンバサダー」とは?クラフトビールカテゴリーの拡大とスプリングバレーブランドの成長を実現させるためにどんな取り組みをしているのか?など、リアルな従業員の声を聞いてみました。
従業員自身のクラフトビールファン化を目指す、「クラフトビールアンバサダー」
田島 朗(以下、田島):はじめまして。よろしくお願いします。今回、第3回となる「クラフトビールを語らおう」企画なのですが、1回目はクラフトビール事業が始まった「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」で田山さんに造り手目線のお話を、2回目ではアメリカのクラフトビールブームを牽引してきたブルックリン発の世界的なビールメーカー〈ブルックリン・ブルワリー〉の日本初店舗「B by The Brooklyn Brewery」で山田さんにクラフトビールをどう広げていくのかというお話を伺いました。
今回は、中野のキリン本社にお邪魔させていただき、キリン社内でどんなクラフトビールの盛り上げ施策が行われているのかを伺えればと思っています。今年、「クラフトビールアンバサダー制度」というのが立ち上がったということでアンバサダーのお二人にきていただきました。
さっそくですが、クラフトビールアンバサダー制度とは、一体どんな取り組みなのでしょうか?
青木 こずえ(以下、青木):よろしくお願いいたします!「従業員自身のファン化」に主体的に取り組もうと、全国から約130名が手を挙げエントリーしました。社内の従業員自身がクラフトビールに触れ、専門性を高め、周囲に語っていく取り組みを検討・実行するけん引役がアンバサダーです。アンバサダー130人は8エリアに分かれ、それぞれの地域で活動を展開しています。私は福岡工場の広報として勤めながら九州エリアのアンバサダーをやっています。
青木:福岡工場ではクラフトビールの製造は行っていませんが、これからビール文化全体を活性化させていくためには、主力商品だけではなく、クラフトビールも含めてビールの楽しさを伝えていくことが必要だと感じていたし、それは自分の仕事につながることだと思ったのがきっかけです。
本地川 隼(以下、本地川):営業としてクラフトビールを売っていくなかで、お客さまに提案する立場である我々自身が、クラフトビールの魅力を知ることが重要だろうと感じていたんです。市場を大きなウネリを持って変えようとするにあたり、社内のモチベーションアップや社内の専門性向上を実現することが必要との課題認識があり手を挙げました。またこうした経験は、私自身の新たな学びや経験につながり、お得意先やお客さまへの提案がレベルアップされると考えています。
青木:実は、私は数年後に定年を控えているんです。最初は若手の後方支援にまわろうと思っていたのですが、他人まかせではなく自分でやってみよう、工場も営業も経験がある私だからこそできることがあるのではと、思い切って挑戦しました。
田島:いろんな部門や世代の方が主体的に関わっているのはいいですよね。実際アンバサダー以外の従業員は、クラフトビールに対してどのくらいの知識がありますか?
青木:正直なところ福岡工場の近くにはクラフトビールを取扱っているお店が少ないこともあり、まだまだ体験や知識不足という印象です。
キリンビールのクラフトビール戦略自体にも、「自分たちが作っている『一番搾り』じゃなくて、なぜクラフトビールなの?」という疑問を持つ方も多かったです。私自身工場の近くで育って、父の晩酌はいつもキリンビールでしたし、その景色が当たり前だと思っていたので気持ちがわかります。
田島:それは本当にそうですよね。すでにいい商品が存在していて、みんなに知られているものを売るほうがもちろん簡単。キリンがこれからクラフトビールを打ち出していこうと発信していても、製造していない地方の工場にまで、同じ熱量が伝わるのは時間がかかるし、ひと筋縄ではいかないだろうなというのは理解できます。
本地川:まさにその通りで、営業現場においても、従業員が日常的にクラフトビールを楽しんでいて、その魅力を語れるメンバーが多数かというと、そうではない。そこは福岡と一緒ですね。
まずは楽しさを知ってもらうことから。イベントや取り組みを通して見えてきたこと
田島:クラフトビールアンバサダー全体の目的は「従業員自身のファン化」ですが、本業とは異なる部分では、どんな目標を掲げているんですか?
青木:九州エリアでは「九州の全従業員が、クラフトビールに取り組むことの楽しさ・魅力を理解し、ワクワクしながらクラフトビールの素晴らしさを体感し、思わず周りの人に語ってしまっている」という状態を目指しています。まずは一人ひとりが主体的にクラフトビールの楽しさに触れられる実体験の機会を企画したり、工場の広報誌で活動を共有して、熱量の底上げを目指しています。
田島:取り組みを通して、浸透してきたなと手応えを感じる瞬間はありますか?
青木:アンバサダーになった頃は、職場でクラフトビールの話は出たことがなかったんです。でも最近、「このあいだ飲んだ黒いビールってなんだっけ」とか「お店で見つけたから買ってみたよ」って教えてくれる人が増えてきました。自然にクラフトビールの話題が職場内で交わされるのは大きな手応えです。
田島:本地川さんは若手の立場で、組織をけん引する経験をしてみていかがですか?
本地川:そうですね。大変ではありますが、いろいろな人を巻き込むにはどうしたらいいか?というのをいつも考えています。たとえば、普段、酒場で飲む機会が少ない総務など内勤部門の従業員を対象に実施した「”好き”が見つかるクラフトビール体験会」は好評でした。味わいと地域という2つのテーマで関西圏のクラフトビールを体験してもらったのですが、「こんなにビールの種類があるなんて知らなかった」という声があり、そこから従業員同士のコミュニケーションが生まれうれしかったですね。
田島:実際、近畿ではクラフトビールが浸透している実感はありますか?
本地川:うーん。正直なところまだ道半ばだと感じています。体験の機会を通して魅力は伝わりつつあり、クラフトビールを自ら楽しむお客さまは増えていますが、日常的に楽しまれるというところまでは行っていないな…と。
クラフトビールは文化になり得る?東京と地方の目線の違い
田島:お二人はアンバサダーということで、クラフトビールを取り扱っている飲食店にも行かれると思うのですが、具体的にどんな人たちがクラフトビールを飲んでいるかは見えてきていますか?
本地川:関西とひとことで言っても、大阪の中心部で飲まれている方と郊外のブルワリーで飲まれている方では大きな違いがあると思います。中心部では若い世代の感度の高い人たちが多い印象です。一方、郊外のブルワリーは、もっと地元の方に溶け込んでいて常連さんが多い印象です。
青木:福岡ではやっぱり天神などの繁華街では若い世代の方がクラフトビールを飲んでいるのを見かけます。地元の特産品を使ったビールも出るので、地域を応援したいという方も飲まれています。それでもまだ、福岡市内中心にとどまった傾向のように感じます。
田島:中心地とそれ以外では目線ってズレがありますよね。この質問は今回聞いてみたかったことの一つなんです。雑誌『BRUTUS』も全国で売ってはいるけど、作っているのは東京なのでやっぱり東京目線が多くなってしまう。東京にいるとクラフトビールは盛り上がっているなと感じるし、ちょっとおしゃれなお店ではだいたい置いている印象だけど、九州や近畿はどうなんだろうって。
前回の田山さんや山田さんの話でもキリンビールが「クラフトビールを文化にする」という覚悟を感じました。ずばり、クラフトビールは文化になりそうですか?
本地川:僕自身としては、クラフトビールをトレンドとして一過性のものにはしたくなくて。流行りというより、地域を盛り上げるもの、地産地消とか地域のブルワリーやお客さまとのつながりの象徴としてクラフトビールがある景色がいろんなところで当たり前になるといいなと思います。
田島:そうですね。流行りモノにするといつかは廃れてしまうというのはよくわかります。クラフトビールって、クラフトというだけあって、作り手たちが自分の手で目の届く範囲で作っている。それだけがクラフトの定義ではないけど、そういった地方の特性やそこに暮らす人の想いとか、そこまで含まれているものだと思うんです。
それがクラフトビールだし、クラフトビールカルチャーだとも思うので、今、本地川さんがおっしゃったことこそにヒントがあるんだろうなと思いました。生産者が増えることだけではなく、飲み手も伝え手も一緒になって増えていくことが重要になって来ますよね。カルチャーとして成熟するためには。
青木:地方には地産のおいしい食材やお料理が多いので、福岡の地元でも福岡の中心部以外でもクラフトビールと料理を一緒に楽しむ文化を作っていけたらと思っています。それってすごく豊かな時間だなと思うので続けていきたいですね。
田島:日本酒や焼酎、ワインのように、ビールが語れるお酒になったのもここ最近のこと。日本の文化として定着していくにはまさに地方の力が重要になってくると思います。九州に行ったら焼酎が飲みたくなるように、「九州のこのクラフトビールが飲みたいよね」と思われるのが理想。各地域で、「あそこに行ったらあのビールが飲みたいな」といった会話が普通にされる世の中になるといいなと思いますね。
ビール愛と地域愛を持って、クラフトビールを根付かせていきたい
田島:お二人のアンバサダーとして手を挙げた理由は、もちろんやりがいもあると思うけど、最終的にはビール愛ですか?
青木:私の場合はビール愛と地域愛ですね。クラフトビールを通じて地域を元気にしたい。食材、産業も含めて活性化させていきたいという思いがあります。その実感があったのが、宮崎ひでじビールの『九州クラフト日向夏』。タップマルシェに九州のブルワリーとして初参入したことで、これまであまり知られていなかった「日向夏」を知ってもらうきっかけにもなったんです。今は農家の方もすごくやりがいを持って栽培されているとか。クラフトビールを通じて農家の方々が笑顔になって、社会貢献にもつながると実感できました。
本地川:僕は、「乾杯で人の笑顔を作る」というのがこの会社を選んだ理由なので、ビール愛はあると思います。クラフトビールが広まった世界の先には、食卓が彩られて、それぞれが好きなビールを飲みながら、ゆっくり時間を過ごす日々があり、そこには笑顔があるというのを想像すると、もっと続けていきたいと思えますね。
田島:アンバサダーは来年3月までの任期ですが、今後の目標を教えてください。
本地川:まずは今の活動を継続していくこと。そして、トップランナーや一部の従業員だけでなく、「月1回は近畿に在籍する従業員全員がクラフトビールを飲んでいる状態をつくる」というゴールを達成したいと思っています。今はまだ道半ばなので、なんとかゴールを達成して少しでも多くの方にクラフトビールを飲む習慣が根付いたらいいなと思います。
田島:クラフトビールを社内でもっと浸透させていくための策はありますか?
本地川:まずは、少しでも身近に感じてもらうことかなと思っています。そのための情報発信は継続して。だけど、情報を受けとるだけでは身近にはなかなか感じてもらえないので、逆に発信してもらうとかお客さまに語っていくなどのアウトプットが作れるといいかなと。そういう場を意図的に作り出すための活動をやっていきたいです。
青木:私も、活動していく中で行き詰ることがあっても腐らず、繰り返しやっていくことかなと思っています。あとは次の世代にこの想いを繋いでいきたいので、一緒に頑張って活動してくれる仲間の輪を広げていきたいと思います。
最終的には、ビールに携わっている人間が、それを誇りに思えることが一番。単にビールをつくって売るだけではなくて、よろこびをつくっているという想いを持てるといいですよね。まだまだやらないといけないことがあります。
田島:自然とクラフトビールを土地に根付かせるための一番のポイントとして、みんなで楽しみながら飲む空間を作って、それぞれが好きなビールを語り合う。そしてそこに会話が生まれたり、体験が生まれたりする機会を作っていく。その体験や楽しさの積み重ねが増えてくると、幸せの輪が広まっていくのではと。すべてはやっぱり“共感”から生まれると思う。メディアを作る立場としても忘れずにいたいと思いました。
対談を振り返ってのあとがき|田島 朗
この連載の中でもひときわ楽しみにしていた今回の取材。クラフトビールを後押ししていく会社の想いは、従業員ひとりひとりにきちんと伝わっているのか? そういった意味でも、経営層だけでなく社員の生の声を、それも東京でなく地方に住む社員の生の声を聞いてみたい、とKIRIN note編集部にお願いしたのが今回のきっかけでした。
それぞれの地元から中野のキリンビール本社に集まって語らった時間は、そんな僕のちょっとした不安を吹っ飛ばすような有意義な時間だったのです。クラフトビールアンバサダーのお二人は、お客さまのすぐそばで仕事をし、自らもひとりのビール好きとして日々向き合っている立場からの「視点」をとても大事にしていらっしゃいました。
よく雑誌はトレンドを作っていると思われがちですが、私にはそんな意識はなくて、あくまで「新しい視点」を提供したいという思いで雑誌づくりをしています。喉越しを一番に楽しんでいたビールに「ゆっくり飲みながら語れるビールがあるんだよ。ゆっくり飲んでもおいしいビールがあるんだよ」と、今までとは違う「視点」を提供することで、ひとりひとりに価値観の転換が生まれていきます。
流行を作るのではなく、同じ目線で語らい、共感してもらっていかにクラフトビールを浸透させるか。文化を作ろうと気負わず、伝え続けることの大事さ。いかにいいものをつくっても、伝え方や届け方を怠っては、誰の目にも触れないから。お二人と語らうことで、私の背筋も伸びた気がします。関西や福岡に出張した時は、またぜひ乾杯させてくださいね!