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牛の乳を一滴も無駄にしない。小岩井乳業2人の開発担当が語る、おいしい製品を作るためのこだわりと努力とは?

牛乳を原料に作られる小岩井乳業の商品たち。

特集『 #小岩井とはなやぐ暮らし 』では、小岩井乳業の看板商品である『小岩井 純良バター』が作られている農場を訪れ、その歴史を紐解きながら、同社のフィロソフィーを紹介してきました。

しかし、小岩井乳業の商品が生まれる現場で、どのような取り組みが行われているかは、あまり知られていないのではないでしょうか。

そこで今回は、これまでに多くの開発に携わり、共に製品を作り上げてきた2人にインタビューを実施。

埼玉県狭山市の小岩井乳業開発センターに勤める後藤正已と、東京都中野区の本社で調達部に所属する増田ときをオンラインで繋ぎ、商品誕生までの道のりや開発者としての想いを語ってもらいました。

小岩井乳業が大事にする「おいしさ」へのこだわりや、原料を無駄にしない「生への畏敬」が感じられる、開発現場の声をお届けします。

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【プロフィール】後藤 正已
小岩井乳業株式会社 マーケティング部開発センター所属
1980年入社。開発部門30年と製造部門13年、技術部門で幅広く活躍2011年の震災時は東京工場長として勤務。開発センター長としての勤務は(1999、2007~2010年)。

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【プロフィール】増田とき
小岩井乳業株式会社 生産・SCM本部調達部調達担当
1996年入社。品質管理、開発、生産管理、マーケ、商品開発など、複数部署の担当を経て、開発センター長を務める(2017~2020年)。2020年4月より現職。後藤と開発センターで同時期に勤務した期間は1999〜2000年と、2003~2008年と、2017~2020年と合計約10年におよび、旧知の仲。

商品を設計する「開発」の仕事

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ー後藤さんと増田さんは、小岩井乳業の開発センター長を務めていらっしゃったとのことですが、開発部門の仕事というのは具体的にどのようなことをされているのでしょうか?

増田:主な仕事は「処方」の開発ですね。

ー処方というのは何ですか…?

増田:例えば、『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』の場合、原料は生乳と乳酸菌なんですけど、この組み合わせを考えるのが処方の開発です。食品には原材料表示がありますよね。そこの部分を考えています。

ー製品のレシピを作るってことなんですね。これまでにおふたりは、どんな商品の開発に携わってきたのでしょうか?

後藤:一緒に働いていた頃は、飲料やデザートが多かったですね。

増田:今の小岩井乳業はバターやヨーグルトが中心ですけど、以前はアイスクリームやプリンなどの洋生菓子や飲料が多かったんです。

後藤:2009年くらいまでは自社にアイスクリームの工場があったので、かなりの数を作っていましたね。

アイスクリーム
2008年まで発売されていた『小岩井 まきば アイスクリーム』

増田:今でもアイスクリームの処方を見返すと、後藤さんの字で書かれたものが残ってるんですよ。

ー直筆の処方が残っているんですか!

増田:そうなんです。私が入社してからは処方もパソコンで書いていたんですけど、後藤さんの時代のものは直筆なんです。

ーそれは、商品が人の手で作られたということを強く感じさせてくれる記録ですね。

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ー新しい商品を開発するときに、大事にしているこだわりを教えてください。

増田:私は、おいしさという部分にこだわっています。やっぱり、その時代に沿ったおいしさってあるじゃないですか。10年前はこういうテイストが流行っていたけど、今はこっちの方が良い反応を得られるんじゃないかというようなことは、かなりたくさん調査をしています。その上で、時代に合ったおいしさを追求していますね。

ーそれは消費者の声を集めていくってことですか?

増田:もちろんお客様の声を参考にさせていただくこともありますし、マーケティング部から提案もあります。それと、私はよく後藤さんから「自分を信じろ」と言われましたね。

ー自分の感覚を信じろということなのでしょうか?

増田:はい。やっぱり、ものを作っていると迷うじゃないですか。正解がないので。そういうときに、後藤さんに相談したら「自分を信じてやればいいんじゃない?」って言ってくれたんです。もちろん、ダメ出しされることもいっぱいありましたけど、その一言には背中を押されました。

ー後藤さんとしては、どういう想いでそのメッセージを伝えたんですか?

後藤:えーっとですね、実はそういう話をしたことを覚えてなくて(笑)。でも、増田さんはもともと味覚がよくて、センスもあって、作るのが上手な人なんです。だから、そんなに迷うようなことはないという意味で言ったんだと思います。
それに、自分たちが「どういうものを作りたいのか」を考えるのが一番大事な部分なので。

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ー後藤さんご自身も、開発者として迷う場面はありますか?

後藤:それはもう、いっぱいありますね。味作りというよりは、「物性」っていうのが難しくて。

ー物性…?

後藤:柔らかいとか固いとか、そういう商品の状態のことですね。味覚にはそこそこ自信があるんですけど、物性は本当に難しくて。

ーなるほど。開発というのは味を決めるだけじゃないんですもんね。

増田:そうなんですよ。プリンだと固めのものや、とろとろのものなど、いろんなタイプがあるじゃないですか。そういう食感を決めるというのも、開発の仕事なんです。

後藤:そういうことに関しては自分の感覚を信じるというより、まずは数をこなさないとダメなんですよね。何度も何度も試行錯誤して作るというのは、手間がかかって大変ではあるんですけど、非常に大事だと思っています。その経験はのちのち自分のノウハウになるので。
人に聞けばすぐにわかって楽なんでしょうけど、やっぱり自分でやるっていうのが一番大切ですね。

ーその積み重ねが、自分を信じるための材料になるんでしょうね。

増田:そうですね。味も物性も、試作の中でどれだけ失敗するかっていうのは、本当に大事な経験になったと思います。プリンが固まらない事件とかありましたもんね(笑)。

後藤:あった、あった(笑)。

お客様を裏切らないために手間ひまを惜しまない

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ー後藤さんは、商品を開発する際にどんなことを大切にされていますか?

後藤:私は、おいしさはもちろんですけど、「上質である」ということを意識しています。私が入社した頃には、毎年年末になると必ず小岩井乳業品ギフトセットのテレビCMが流れていたんですよ。ヨーロッパ風の高貴なお嬢さんが馬車に乗って、農園の道を進んでいくCMなんですけど、そのイメージが私のなかではすごく強いんですよね。
なので、牛乳をふんだんに使ったり、濃厚なコクのある製品を作ることで、他よりワンランク上の商品づくりを目指しています。

増田:上質さというのは、私もすごく大切な要素だと思っています。そういう食べ物って、おいしいだけでなく、気分も盛り上がりますよね。自分を満たしてくれるというか。だからこそ、小岩井の商品は絶対においしくなきゃいけないんです。お客様を裏切れませんから。

私自身、子どもの頃にギフトで小岩井の商品をもらっていた記憶があって。幼心にも、それはおいしくて、特別感のあるものだったんですよね。

後藤:私が初めて食べたのは、たぶん大学生のときに居酒屋で出てきた『レーズンアンドバター』だったと思うんですけど、やっぱりおいしかったのを覚えていますね。

なので、開発者としては品質がいいのは当然で、なおかつ圧倒的においしいと言ってもらえるものを作っていきたいなと思っています。

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増田:おいしさを目指す上では、原料の良さを活かすことも大切にしています。例えば『生乳だけで作った脂肪0ヨーグルト』は、生乳から脂肪を取り除いた脱脂乳を濃縮し、酸っぱくならない乳酸菌を発酵させて作っているので、一般的な脱脂粉乳から作られる無脂肪ヨーグルトより酸味が少なく、口当たりなめらかになります。

しかも、『生乳(なまにゅう)ヨーグルトシリーズ』で使用している生乳(せいにゅう)は、まったく成分調整をしていないので、季節によって味が違うんですよ。

ーということは、ヨーグルトになったときの味も違うんですか?

増田:はい。品質が安定するように調整はしていますが、味が一定になるわけではありません。一定の味を目指すのが一般的だと思うんですけど、その前提を変えてでも私たちは素材の味を活かすことを大事にしています。おいしいものを作るために、手間や原価がかかっても、原料の良さを最大限に活かす。なおかつ、原料を無駄にしないのが、私たちの基本姿勢です。

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増田:開発では必ず「これは何のために使う原料か」というのを教わるんです。最初は「この原料は必ず入れてください」と言われても、何のために使うのかわからないじゃないですか。だから、その理由を後輩たちにしっかりと説明するんです。
特に、生乳が発酵や分離などの過程を経て、さまざまな乳製品に加工されることを示す『ミルクの木』の話は、入社時に教わる大切な考え方となっています。

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ミルクの木を表現した図(出典:一般社団法人 日本乳業協会

増田:『小岩井 純良バター』を作る工程では、バターミルクという副原料が出てくるんですけど、それを捨てずに『小岩井 マーガリン』や『小岩井 コーヒー』に使ったりしています。低脂肪牛乳を作るときに抜いた脂肪はクリームにして、いろんな製品に活用していますね。

そうやって「牛乳を無駄なく使い切る」というのも処方を考える上では重要な要素なので、そういった意味でも「これはなんのために使う原料か」を理解することのは本当に大切なんです。

原料を無駄にせず、おいしいものを作るために

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ー「牛乳を無駄にしない」という理念と、「おいしいものを作る」という2つの理念を両立させるのって大変じゃないですか?

増田:それがですね、私は副原料でおいしくないものってあんまり出会ったことがないんですよ。

後藤:そうですね。「コクを出すのに使いたい」というように、邪魔者というよりは役立つものとして使うケースが多いですね。

ーなるほど!「捨てるのがもったいないから」だけではなく、「おいしいから使おう」という考えもあるんですね。

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ー商品開発における理念は、研修などの場で教わるんですか? それとも現場で学んでいくものなのでしょうか?

後藤:
新商品を作るときって、実際に製造する工場の人たちとの関わりも多いんです。そこで教わったのは、小岩井乳業の商品は他より上質であること、自分たちには小岩井農場という素晴らしい場所があること、それから牛乳を一滴たりとも無駄にしないということでした。これは私だけでなく、開発担当みんなが教わったことだと思います。

ー現場での仕事を通じて、理念が受け継がれているんですね。以前、
純良バターの取材で小岩井農場に伺った際に、「最近はサスティナビリティやSDGsへの関心が高まっているけど、我々がやってきたのはただ牛乳を無駄にしないということで、それがたまたま時代にフィットしたのかもしれない」というお話を伺いました。そういう姿勢が開発の現場にも浸透していているんだなと思いました。

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岩手県岩手郡雫石町にある小岩井農場の様子。バターやヨーグルトの原料となる牛乳がここで搾られている。

ーちなみに、生乳からスタートしていろんな商品ができていく過程で、最終的に使えない部分ってどれくらいあるんですか?

増田:ほぼ無駄にはなってないと思いますね。もちろん副原料を使った製品の製造量が落ちると、廃棄に回ってしまうものもあるんですけど。

だけど、クリームなどはたくさんの製品に使われているので、過剰に出た場合は、いろんな製品と調整して使うようにしています。そういう、バッファを持った処方になっているんですよね。

ーそれは、いろんな商品を作っているからこそできる無駄のない活用法ですね。

震災時に注目を集めた『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』

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ー東日本大震災のときには『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』が大きな注目を集めたと伺いました。

後藤:そうですね。当時、市場にはヨーグルトがほとんどなくなってしまったんです。
ヨーグルトを作るときには、熱を加えたり冷やしたりするのにたくさんの電力を使います。だけど、震災後は計画停電が行われていたので、製造が難しかったんですよね。

そういう状況下で、小岩井乳業の『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』だけはお店に並んでいるということで、たくさんのメディアで取り上げていただきました。

ー計画停電が行われているなかで『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』が作れたのは、なぜだったのでしょうか?

後藤:ヨーグルトの多くは「後発酵製法」といって、容器に入れたあとに発酵させて作られています。これに対して『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は、大きなタンクで発酵させてから容器に詰める「前発酵製法」を採用しているんです。
後発酵製法での発酵は3〜5時間と短いんですけど、その間ずっと電気が必要になります。一方、前発酵製法は発酵に半日以上の時間をかけてゆっくり発酵させるので、計画停電のスケジュールに合わせてヨーグルトを作ることができたんです。

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ー『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は、もともとそういう製法だったということですよね?それも、やはり手間隙を惜しまずにおいしいものを作るという理念があったからこそなのでしょうか?

後藤:もう40年も前の話なんですけど、もともと『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』の開発者たちには、「酸っぱくないヨーグルトを作りたい」という想いがあったんです。というのも、当時のヨーグルトは酸っぱくて、砂糖を入れて食べるのが主流だったんですよね。

ーあぁ、たしかに。昔のヨーグルトには、そういう印象があります。

後藤:酸っぱくないヨーグルトを作るためには、酸を作る能力の低い「乳酸菌」を選ばなければいけません。それから、発酵時間を長くする必要があるんです。

長時間発酵させると、ヨーグルトの粒子が細かくなって、口当たりが滑らかになります。それでいて酸っぱくないということで、『小岩井 生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト』は以前から評判のいい商品だったんです。だけど、値段が少し高いので、みなさんに食べていただく機会が少なかったんですよね。

ーそれが、震災をきっかけに多くの方に知ってもらえるようになったんですね。

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ー会社として長年受け継がれてきた「牛乳を無駄にしない」や「おいしいものを作る」といった価値観を大切にしつつ、今後おふたりが思い描いているビジョンがあれば教えてください。

後藤:自分がここ20年くらいでやっているのが、乳酸菌関係のことです。牛のゲップには温室効果ガスのひとつであるメタンが多く含まれていることから、最近は酪農に対する世間の評価はよくない状況になってきています。なので、牛以外のこともやっていかなきゃいけないのかなと。

そういうことを考えると、乳業会社で生き残っていくためには、乳酸菌というのがひとつの鍵になっていくと思うんです。今後は乳酸菌の機能を活かせるような開発をしていきたいですね。

増田:確かに酪農に対するエネルギー的評価はよくありません。だけど、私はやはり牛乳を大事にしていきたい気持ちがあります。栄養という面でいうと、牛乳って本当に優れているんですよ。だから、牛の乳を一滴も無駄にしない精神で、これからもどうやって牛乳を価値化していくかを考えていきたいですね。

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小岩井乳業が大切にしてきた「牛の乳を一滴も無駄にしない精神」は、製品作りの現場にもしっかりと根づいていました。

これまで#小岩井とはなやぐ暮らし 』の特集で紹介してきた、伝統的な製法や、130年前から受け継がれている循環思想の実践現場が垣間見える取材になりました。

開発者が大事にしている製品作りのこだわりや想いは、次の世代へと引き継がれ、生活に豊かさを与えてくれる商品となって、これからもお客さまの食卓に届けられていくことでしょう。

次回は、2022年にまた新しい小岩井乳業の魅力をお届けしたいと思います。


文:阿部光平
写真:土田凌

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